AD物語III 第14話 「時間よ、とまれ」
放送事故。
いつ聞いてもいやな言葉だ。
放送事故は、過去に書いた通り、何種類かあるのだが、
大きく分けて、
○無音状態
○放送禁止用語を言ってしまった
○CMの送出ミス
この3つに分類されると思う。
僕は割りと放送事故に関係することは少なく、
始末書であるとか、
事故報告書とかいうものを書いたことは無かったのだが・・・。
・
1999年5月22日土曜日。
午前中に生放送をこなし、
午後から完パケ番組のダビング。
夕方から三宅裕司さん率いるSETのお芝居を見に行く。
のほほんと、女性とデート気分で。
お芝居のあと、ご飯なんぞ食べに行き、
車で女性の送っていく時のこと。
あの角を曲がれば、彼女のお家。
時刻はもうすぐ23時。
ふと、ニッポン放送のオンエアが気になった。
夕方にダビングしていた「SMAP中居正広のサムガールスマップ」。
なんか、気になっちゃったんだな。
カーステのスイッチを入れてニッポン放送にあわせる。
23時の時報とともに、テープが流れ始める。
「SMAP・中居正広のサムガールスマップ! ♪〜」
タイトルコールからオープニングテーマが流れ始める。
え? 何?
タイトルコールから、オープニングテーマ?
それだけか?
これは、マズイ。
・
中居正広のサムガールスマップは、2種類のテープが存在する。
ニッポン放送で土曜日の夜オンエアになっているものと、
地方局のネット用のもの。
この2つ何が違うのかというと、
CMが入っているか否かという点。
ニッポン放送でオンエアされているものは、
資生堂がスポンサーについている。
CMはもちろん全部、資生堂。
それに加えて、提供クレジットが付き、
また、番組の冒頭に、「資生堂 SPRENDED PARTY」という冠がつく。
ネット分は、CMが入っていない。
代わりに、CMのダミーとして、BGMが入っている。
・
タイトルコールから、オープニングテーマ?
それだけか?
これは、マズイ。
いきなり、
「SMAP中居正広のサムガールスマップ! ♪〜」
・・・と始まるのは、ネット分のテープだ!
ニッポン放送のバージョンは、
「資生堂 SPRENDED PARTY SMAP中居正広のサムガールスマップ! ♪〜」
・・・と始まらなければならない。
なんだ、なんだ、どういうことだ?
あ。
「ねぇ、顔色悪いけど、どうしたの?」
「え? あ、ううん。なんでもない。」
「なんでもない、って顔じゃないけど。」
「え? そ、そう? そ、そんなことないと思うけど。」
「なんか、動揺してない?」
「な、な、な、な、何言ってんだよ。ほ、ほ、ほら、着いたよ。」
「ふーん、じゃ、今日はどうも。」
「う、う、うん。お、お、お疲れ様でした。ま、ま、またね。」
同乗していた女性を下ろし、車を発進させる。
まずい、まずい。
事態は最悪だ。
・
今、SMAPのテープが送出されているのは、
ニッポン放送の主調整室(マスター)。
すぐに電話しなければ。
あ。
マスターの電話番号、知らねぇ!!
しかたない。
ニッポン放送の制作デスクに電話だ。
だがしかし。
土曜日の夜だけに、どのデスクに電話しても誰も出ない。
夜班のデスクでようやく1人、電話に出てくれた。
電話に出たのは、構成作家の石川くん。
なんとかかんとか、マスターの電話番号を聞きだし、電話しなおす。
もうオンエアから、5分経とうとしている。
もうすぐ、1本目のCMの時間だ。
「もしもし、小林ですが。」
『はい、なんでしょう。』
「今、オンエアされている、SMAPのテープですが。」
『はい。』
「ネット分のテープです!」
『なんですと!?』
「すみません。夕方にダビングした時に、箱を入れ間違えてしまったようです!」
そう。
そうなのだ。
テープを箱に入れる時に、間違えて、
ニッポン放送用のテープの箱に、
ネット用のテープを入れてしまったようなのだ。
『で? ニッポン放送用のテープはどこにあるのっ?』
「おそらく、スタジオ管理室にあるネット用のテープの中だと思います。」
『分かりました。なんとか途中からニッポン放送分に戻すようにがんばってみます。』
「申し訳ありません。僕もすぐにそちらに行きます。」
マスターの人も、ようやく事態が飲み込めたらしい。
とにかく、一刻も早くニッポン放送に行かなくては。
ここは目黒。
この時間なら、
高速に乗れば、15分くらいでお台場に着けるはず。
気分は、湾岸ミッドナイト。
首都高2号目黒線の上りから、環状線内回り、
浜崎橋の分岐から、首都高1号羽田線下りレーンを経由し、
すかさず11号台場線下りへ。
僕の車は4駆。
首都高のようなきついコーナーが連続する高速道路は大の苦手。
激しいロールにおびえながら、台場を目指す。
時刻は、23時15分。
SMAPの番組は、2本目のCMに入ろうとしている。
ネット用のテープには、CMが入っていない。
本来なら資生堂のCMが入るゾーンには、
代理のBGMが差し込んである。
1本目、2本目のCMゾーンは、
いずれも、代理BGMが出てしまった。
マスターはまだニッポン放送分に差し替えられないのか?
目の前で血がドクドク流れていくような気分だ。
たのむ、時間よ、とまれ!
・
23時20分、ニッポン放送着。
ダッシュで24階のマスターにかけこむ。
「どうなりました?」
「あ、早かったね。困るんだよなぁ。こういうことされちゃ。」
「すみません。で、状況は?」
「今、ニッポン放送分に差し替えたところ。」
「じゃあ、3本目のCMゾーンは、資生堂のCMが流れますね。」
「ああ。」
「ご迷惑おかけしました。」
結果、3本流さなければいけないCMのうち、2本が流れなかった。
また、オープニングの、
「この番組は資生堂がお送りします。」
・・・という、提供クレジットも流れなかった。
損失は、重大である。
・
この放送事故は、2つのミスが重なったものである。
僕がニッポン放送とネット分のテープの箱を入れ間違えたこと。
もうひとつは、マスターが、テープの内容を確認せずに送出してしまったことだ。
他局に存在し、ニッポン放送に存在しないシステムに、
「試聴」というものがある。
たとえば、文化放送の場合、テープ送出の番組は、
完パケ化されたあと、直接マスターに納品するのではなく、
「試聴」という、おじさんが常駐している部屋に持ちこまれるのである。
この「試聴」のおじさんが、テープの内容をチェックし、
その内容に問題が無いと判断されたところで、はじめて、
マスターに納品されるのである。
この「試聴」というシステムのおかげで、
完パケテープ内の放送禁止用語やCMにまつわる事故が未然に防げる。
しかし、ニッポン放送にはこのシステムはない。
たとえば、僕がものすごく危険な思想の持ち主で、
日本転覆を狙うような内容の番組を作って、
それをそのまま流してしまうようなことも、不可能ではないわけだ。
ま、そんなことしないけどね。
多分。
・
この大放送事故は、厳重注意というかたちで幕を閉じた。
しかし、ニッポン放送がこの「試聴」というシステムを設けない限り、
またいつか、同じような事故が起こるであろう。
ま、その事故を起こすのが僕でないことを祈るばかりである・・・。
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