乳酸アシドーシスについて
ビグアナイド系薬剤と乳酸アシドーシスについて
ビグアナイド系薬剤は主に肝における乳酸からの糖新生を抑制することにより血糖を下げるため、ビグアナイド系薬の投与によって乳酸が増加します。通常はそれに応じて乳酸の代謝が増加し、乳酸値のバランスは保たれますが、肝での代謝能以上に乳酸が増加した場合や、肝での乳酸の代謝能が低下している場合にはこのバランスが崩れ、乳酸アシドーシスが発現するおそれがあります。
乳酸アシドーシスの初期症状について
胃腸症状として悪心、嘔吐、腹痛、下痢等や、倦怠感、筋肉痛、過呼吸等が認められます。胃腸症状は、ビグアナイド系薬剤の投与開始初期によく認められる副作用である胃腸症状との区別が難しいとされています。通常の副作用の場合は軽度で一過性であり、一時的な減量、休薬により症状は回復することが多いようですが、海外では重傷の下痢、嘔吐等が乳酸アシドーシス発現前に数日から数週間続いている例が報告されています。
血中乳酸値が、どのくらいの値を超えると乳酸アシドーシスが発現しやすくなるのかというデータはありませんが、海外では27mg/dLを超えた場合はメトホルミン(メルビン)の投与を中止するという報告があります。また、血中乳酸値は、運動や食事のほか、薬物療法で低血糖の時も高値を示すので注意が必要です。(運動後、食後では高値を示す。)
乳酸アシドーシスの処置について
乳酸アシドーシスが疑われる場合は直ちにビグアナイド系薬剤の投与を中止し、血液透析による乳酸とビグアナイド系薬剤の除去、輸液による強制利尿(乳酸を含む輸液は使用不可)、炭酸水素ナトリウム静注等によるアシドーシスの補正(過剰投与によるアルカローシスに注意)等の適切な処置を行う。
乳酸アシドーシスを起こしやすい病態とその理由
禁 忌 | 理 由 |
乳酸アシドーシスの既往 | 乳酸アシドーシスの既往歴のかる患者では乳酸アシドーシスを起こしやすいといわれています。 |
腎機能生涯(軽度障害を含む) 透析患者(腹膜透析を含む) |
メトホルミン(メルビン)は肝で代謝されず大部分が腎から未変化体のまま排泄されるため、腎機能障害の患者ではメトホルミンが体内に蓄積する可能性があります。このため肝での乳酸の代謝能以上に乳酸が増加し、乳酸アシドーシスにつながるおそれがあります。(腎機能検査の結果が正常範囲外の患者には投与しないこと)透析患者では次の透析までの数日間メトホルミンが蓄積することから、乳酸アシドーシスが起きやすいと考えられます。また、ヨード造影剤使用時には投与を一時的に中止する等、適切な処置を行って下さい。 |
肝機能障害 | 乳酸は主に肝臓で代謝されるため、肝機能障害の患者では乳酸の代謝が抑制され、乳酸の血中濃度が上昇するおそれがあります。 |
ショック、心不全、心筋梗塞、肺塞栓など心血管系、肺機能に高度の障害のある患者およびその他の低酸素血症を伴いやすい状態 | このような状態の患者では、嫌気的解糖が亢進して乳酸産生が増加し、また循環不全により肝での乳酸処理能が低下します。 |
適度のアルコール摂取患者 | アルコールは乳酸から糖への新生、乳酸の肝臓での代謝を減少させる可能性があるため、乳酸の血中濃度が上昇するおそれがあります。アルコール依存のある人、あるいはアルコール痛飲時には服用しないようにする必要があります。 |
脱水症 下痢・嘔吐等の胃腸障害 |
脱水状態から循環不全、組織低酸素状態に至り、乳酸アシドーシスが起きやすくなります。 |
高齢者 | 一般に高齢者では腎・肝機能や呼吸機能が低下していることが多いため、乳酸アシドーシスを起こしやすいと考えられています。 |
妊婦または妊娠している可能性のある婦人 | 妊婦は乳酸アシドーシスを起こしやすいといわれています。 |
重症感染症、手術前後、重篤な外傷のある患者 | このような患者では、乳酸アシドーシスを起こしやすいといわれています。他院、他科での治療の際は、ビグアナイド系薬剤で治療中である旨を伝える必要があります。 |
乳酸アシドーシスの症例にみられた特徴
- 腎機能障害患者(透析患者を含む)
- 過度のアルコール摂取、シックデイ、脱水など、患者への注意・指導が必要な状態
- 心血管・肺機能障害、手術前後、肝機能障害などの患者
- 高齢者