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4月11日(水)晴れ ゆりかもめは揺れる
▼初めて東京ビックサイトに行きました。もちろん仕事で。
▼会社を9時に出て銀座へ。(45) 忙しそうだったので1時間で終わり。
薬師丸ひろ子「探偵物語」
 この人の楽曲のタイトルは、映画の主題歌になっている特質上、まんま映画のタイトルになっているのが多い。
 件の曲の歌詞を読んで、どこかミステリめいた断片があるかと思っていたら、それもない。つまりは完全にタイアップ(という言葉は発売当時なかったとは思うが)なわけで。
 作詞松本隆・作曲大瀧詠一のコンビ。ゆるやかなメロディと、「潮騒を目の前にして、淡い恋のときめきと、そのさざ波に巻き込まれることを恐れているような、微妙な関係(少なくともこの曲の世界での女の子の側はそう思っている)」だけが耳に残る。
「好きよ……でもね……たぶん……きっと」という、ばらばらになった単語は、そのときめきを聴いた者が、あわててかき集めなければいけないような、せき立てられた感情に包まれる。時すでに遅く、言葉たちは波にかき消されている。
 喋ることが実存の携帯電話の世代には通じない世界ではあることよ。

(後日注)彼女に初めて会ったのは、『探偵物語』の主題歌の歌入れの時だった。紹介がすんで、ディレクターがピアノの前に座り、「譜面を見ながら歌ってごらん」と言った。普通は彼の横に立って歌う。ところが彼女ときたら何を思ったか、譜面を手に、だだっ広いスタジオの一番隅に行って、ぼくだちに背中を向けたまま歌い出した。もう数えきれないほど歌手の歌入れにつきあってきたけど、こんな光景にぶつかったのは初めてだった。ただのシャイじゃない、彼女のまわりに独立した空間のようなものが漂っているのをぼくは感じた。
 録音が始まると詞の説明をしてくれと言う。
「好きよ……でもね……たぶん……きっと……ってフレーズがあるでしょ」ぼくは詞を指して言った。
「はい」くいいるようなまなざしだった。
「この四つの単語の意味って全部同じに歌っちゃったらつまらないでしょう。……の隙間に主人公の微妙な心の動きが隠されていると思わない?」
「ええ」
「じゃ、四つとも気持ちを違えて歌いわけてみてくれる?」
「やってみます」
 今だから言えるけど、説明しながら、ほんとにそんなことが出来るのかなって半信半疑だった。ところが彼女はやってしまった。
(松本隆『成層圏紳士』p138〜139)

4月12日(水)晴れ 雨は降らなかったねえ
▼7時に会社を出て銀座へ。(46) 閉店まで。この時期にシャーベット食べると頭に響くな。結構な量を飲んだのに。
薬師丸ひろ子「時代」
 あの中島みゆきの出世曲のカバー。この時代のアイドルは「人生って素晴らしい」だの「自分を信じてゆくのだぴょん」だの、自分や他人に向けて、必要以上に鼓舞する歌詞というものが少なかったはず。「だから今日はくよくよしないで今日の風に吹かれましょう」とあの品行方正な美声で歌われると、なんとなく、そうかなあ、と意味もなく納得してしまうか、あるいは、大きなお世話だ、と思ってしまうかのどちらか。

4月13日(金)晴れ 
▼またフロアの移転。さっさと片づいてくれい。
薬師丸ひろ子「元気を出して」
 昨日取り上げた中島みゆきの楽曲は、本人の曲がまずあって他人にカバーされたのに対し、この曲はまずこちらがオリジナル。とはいえ竹内まりやのバージョンの方が有名になってしまったねえ。
 なにしろ「彼だけが男じゃないことに気づいて」という歌詞は、もっと人生の深淵を味わった(少なくともそのように見える)人じゃないと、言質に隠された皮肉まで伝えきれない。  もっとも、現在の薬師丸ひろ子なら私生活の経験から、この心境をリアルに伝えられる境地に達しているはずだから、再録音して歌って欲しい。
 余談ながら、竹内まりやバージョンは、エンディングでまりやと山下達郎と薬師丸ひろ子の三人コーラスでハモっている。特に薬師丸ひろ子の高音部分は美しい。

4月14日(土)晴れ 
▼春はいくらでも眠れる気がする。
▼晩から新宿へ。(15) 東口前の人の多さに辟易する。その後に銀座へ。(47)
薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」
 「探偵物語」の項で、この人の曲はタイアップがらみが多いと言ったが、デビュー曲からしてそうだったのね。来生たかおが自分で歌ったときのタイトルは「夢の途中」だったし。
 この曲を物真似する人、多かったなあ。よくよく考えると、松田聖子、中森明菜の時代に比べて、今は、声や歌い方で物真似される人、アイドルには少ないなあ。

4月15日(日)晴れ 暑くなってきたので炒め物のとき汗をかいた
▼今日もほとんど一日中寝ていました。
▼夜にひげ剃りを買いに出た時、若干冷たい風が肌をすり抜けたか。
薬師丸ひろ子「Woman”Wの悲劇”より」
「”Wの悲劇”より」って、何でまた無理矢理タイアップがらみにつなげるのか。
 この映画で彼女の台詞「わたし、御爺様を殺してしまったぁぁぁぁ」という物真似がやけに流行っていたと記憶している。
 んで、映画とまったく関係ないような歌である。
「ああ、時の河をわたる舟にオールはない、流されてく」の辺りでいきなり高音になるところが歌いづらそう。いや昨今の曲ならそんなのばかりだから、カラオケで歌えるかな。(って歌うんかい、俺)

4月16日(月)晴れ 
▼松屋が期間限定でカレー290円だそうですが、これっていつものメニューであるカレギュウと、どうちがうのだろう。
 ところで「カレギュウ」という響きはなんとなく、女の子が頻繁に口にする「元カレ」という響きに似ている。この「元カレ」って響きがまた軽い。軽すぎる。男が「元カノ」とあまり言わないのに対して奴らはなぜ「元カレ」「元カレ」と軽々しく口にできるのか。自分が振ったことに対する罪の意識を軽減するためか、あるいは当の「元カレ」との関係がそれくらいの程度でしかなかったのだろう。
▼「飽きたら止める」と言ったものの、読んでくれる人が全員飽きていそうな薬師丸ひろ子レビュー。今日も続く。
 薬師丸ひろ子「メイン・テーマ」
 これまた映画の主題歌。「主題」の歌が「メイン・テーマ」とはこれいかに。
 作詞松本隆・作曲南佳孝のコンビ。(南佳孝がセルフカバーしたと記憶している。歌詞がちがっているが)
 全体にアンニュイ。言い換えればフランス映画のヒロインの真似をしてただのわがままな態度しかできない娘っ子の独白。「愛ってよくわからないけど傷つく感じが素敵」ときたもんだ。愛に付随するような、目のさめるような口づけも、胸の鼓動が聞こえるくらいの触れあいも、押し流されるように交わす秘めごとも、「傷つく感じが素敵」として、対称となる単語「傷」ひとつに集約させている。対称の構造は次に続く。「笑っちゃう涙の止め方も知らない」
 さらに「20年も生きてきたのにね」とは何事だ。たかだか二十年ぐらいで娘っ子が人生悟ったように吐き捨てるとは笑止千万。中澤裕子だって怒るぞ。

(後日注)「愛ってよくわからない」って言いきってしまうラブ・ソングも例がないと想う。時代を斜めに見てると、「愛」なんて単語は、もうほとんど死語になってるんじゃないかって気がしてくる。だからせめて歌の中の密室だけでも無前提の「愛」が語られる必要性があるんだろうけど、あえてクエスチョン・マークを投げこんでみようというのが、今回のメイン・テーマだった。
 今まで、たくさんの映画に数えきれない数の主題歌を書いてきたわけだけど、言葉と音と映像をここまで接近した世界は、かつて無かったと想う。むろん「日本では」という限定つきだが。
「傷つく感じが素敵」というフレーズで、たった二十年しか生きてない薬師丸ひろ子は首をかしげたそうで、これは三十四年も生きてしまったぼくの感性かもしれない。
 でも、試写を見た時、4WDの荷台で雨に打たれてた彼女は、なかなか素敵だった。

(松本隆『成層圏紳士』p30)

4月17日(火)晴れ 
▼携帯電話にダイレクトメールが届いて、着信ごとに料金を加算されるという苦情が相次いでいる。前にも書いたが、相手は無差別に携帯番号をメールアドレスに保有している者を狙ってくる。
 局側の呼びかけとして「なるべく自己保有のメールアドレスにすること」……って、それだけかい。
 またしても前に書いたが、緊急のときに相手がこちらの携帯電話の番号を知って、なおかつメールに転用できると知ってもらえた場合のことを考えると、みだりに自分のアドレスを設定するわけにいかない。「送ろうとして出来なかった」と文句言われるの厭だし。
 今日も二時間のうちに三通もダイレクトメールが届いた。蒸し暑くなりつつある社内ではワイシャツで過ごす。携帯電話は左の胸ポケットに入れている。着信はバイブ機能。メールを受け取るごとにバイブ機能が作動し、ワイシャツとその下のシャツを通じて微量な振動が、少しだけ優しく胸元を撫でまわし……。
 早くダイレクトメールを何とかしてくれ。でないと数日後に大人のおもちゃ屋へ寄り道しそうで。
薬師丸ひろ子「すこしだけ やさしく」
 この一連のレビューは「記憶している」という語が頻出しているように、薬師丸ひろ子ファンサイトや角川映画サイトなどを全く見ないで書いています。明らかなまちがいなどは「後日注:」と付け加える予定。
 この曲は「わくわく動物ランド」という動物番組のエンディングテーマだったと記憶している。愛くるしい動物たちの画像に会わせて、流れる歌詞は、「もしも心に怪我をしたなら淋しさって繃帯で縛ってあげる」と繰り返されるときたもんだ。
 アレンジを変えて椎名林檎に歌ってほしい。

4月18日(火)晴れて曇って午後10時ぐらいで雨降ってきた 
▼吉幾三が「俺ら東京さ行ぐだ」をヒットさせた年、NHKが紅白歌合戦にこの歌で出場させるか否か審議したところ「NO」の回答が出た。「レーザーディスク」と「おまわり」の二語が放送コードに引っかかるのだと。
「おまわり」はわからんでもないが、(その昔、RCサクセションが歌詞に「ポリ公」を使ってレコ倫に引っかかってたっけ)なぜ「レーザーディスク」がだめなのか。
 これがパイオニアの商標なんだそうな。うーむ知らなかった。「ウォークマン」みたいなものか。つうかLDなんつって略語にまでなって浸透している語なのに。
薬師丸ひろ子「紳士同盟」
 阿木燿子&宇崎竜童の夫婦コンビのペンによる。小林信彦原作の「紳士同盟」だったけなあ……この頃になると全然覚えがない。
「どうにかなるわ/騙されて上げる/あなたになら相手に不足はないわ/どうにでもなれ/恋は永遠の暇つぶし/遊びましょうよ……なんてね」と、この当時の彼女の年齢からしてアンニュイが板についてきている。語尾の「なんてね」がさらに全体の殺し文句を引き立てている、というより全歌詞が殺し文句みたいなもんなんだけど。

4月19日(木) 晴れ
▼先日亡くなった河島英五が、病院を強制退院して長女の結婚式に臨んだ写真を見たが、これが往年のイメージとちがって、長髪カーリーヘアで痩せていた。
 ところでフォークデュオだかロックデュオだかギターデュオだかのアナム&マキのアナムは河島英五の次女だそうな。そういや長女は「あみる」だしなあ。意味ありげな名前にして二世ミュージシャンだったか……。
▼今やいちばん注目されている二世、SAYAKA。今日買ったヤンジャンで彼女の写真を見たが……「松田聖子の娘」という前情報がなければ「ふーん、十四歳か。ちょっとぽっちゃりか。このぐらいの歳の子はみんなぽっちゃりだ」ぐらいの感想しかないだろう。しかし彼女の出生を知っているがゆえに、この何も知らなそうな幼き身体の上にものすげえ濃い人生が横たわっているような気がしてくるのですよ。
 いや、実際にはマスコミが過剰な報告をしているのであって、彼女の身の上はもっと無菌状態なのかもしれない。そうやって人を食う白ワンピ十四歳。おそらく二十代後半以上の「松田聖子の出産」というニュースが脳裏に残っている人はすべて、彼女の登場によって、自分がひどく歳をとってしまったように感じることだろう。↓この人のファンだった人なども……。
▼薬師丸ひろ子レビュー最終回。本当なら近年の発売になる、「恋愛中毒」の主題歌もフォローしたかったんだが、まあこの辺でってことで。
 薬師丸ひろ子「Windy boy」
 作詞作曲高見澤俊彦。この人の基本にある七十年代ポップス&ロックが開花した一例。80年代のかしましきアイドルポップスから離れたフォーク調。「どれほど涙を流せば/本当のやさしさに気づくの/どれほど時が流れてゆけば/思い出にできるの」と「ボブデイラン/風に吹かれて」が挿入されているが、この環境音楽的な歌声なら遊佐未森に対抗できるな。

4月20日(金) 晴れ 明日は気温が下がるって?
▼新人歓迎会の後に単独で銀座へ。(48) 十時ぐらいに入ったけど、会社員多そうだねえ。女性客の比率が高いし。閉店まで。

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