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白河記行

宗祇
『續群書類從』第18輯下〔紀行部、卷第524〕 續群書類從完成會 1930.2.28
※ 金子金治郎『宗祇旅の記私注』(桜楓社 1970.9.5)を参考に、必要最小限の注を施した。見出しも同書による。
※ 『私注』には「白河記行」「筑紫道記」「宗祇終焉記」を収録する。「白河記行」は応仁2年〔1468〕10月の旅の記。

 1 日光から那珂川まで  2 白河の関  3 白河百韻
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1 日光から那珂川まで

つくば山の見まほしかりし望をもとげ、Kかみ山(*男体山)の木の下露にも契りを結び、それよりある人の情にかゝりて、鹽谷といへる處より立出侍らんとするに、空いたうしぐれて、「行末いかに。」とためらひ侍りながら、立とゞまるべき事も、旅行ならひなれば打いでしに、案内者とて若侍二騎・道者(*巡礼)などうちつれ、はる\〃/と分入まゝに、こゝかしこの川音なども、袖の時雨にあらそふ心ちして物哀なり。
しるべの人も兩人はかへりて、只一人相具したるもいとゞ心ぼそきに、那須野の原といふにかゝりては、高萱道をせきて、弓のはずさへ見え侍らぬに、誠に武士のしるべならずは(*原文「ずば」)、いかでかかゝる道には命もたえ侍らんとかなしきに、むさし野なども果なき道には侍れど、ゆかりの草にもたのむかたは侍るを、是はやるかたなき心ちする、枯れたる中より篠の葉のうちなびきて、露しげきなどぞ、右府の詠哥(*「武士(もののふ)のやなみつくろふこての上に霰たばしる那須の篠原」〔金槐集〕)思ひ出られて、すこし哀なる心ちし侍る。しかはあれどかなしき事のみ多く侍るをおもひかへして、
歎かじよ 此世は誰も うき旅と 思ひなす野の 露にまかせて
同行の人々も思々の心をのべて、くるゝほどに、大俵(*大田原)といふ所にいたるに、あやしの民の戸をやどりにして、柴折くぶるなども、さまかはりて哀もふかきに、うちあはぬまかなひなどのはかなきをいひあはせて、泣みわらひみ語あかすに、事かなはぬ事ありて、關のねがひもすぎがたきに、あるじの翁情あるものにて、馬などを心ざし侍るを、こしにかゝりて(*「こと(言)にかかりて」〔言葉を頼りとして〕の意か。)悦をなして過行に、よもの山紅葉しわたして、所\/散したるなどもえんなるに、尾花・淺茅もきのふの野にかはらず、虫の音もあるかなきかなるに、柞原などは「平野の枯にや。」と覺侍るに、古郷のゆかりは侍らねど、秋風の涙は身ひとりと覚るに、同行みな\/物がなしく過行に、柏木むら\/色づきて、遠の山本ゆかしく、くぬぎのおほく立ならぶも、佐保の山陰・大川の邊の心ちして行まゝに、大なる流のうへにきし高く、いろ\/のもみぢ常磐木にまじり物ふかく、大井河など思ひ出るより、名をとひ侍れば、中川(*那珂川。『源氏物語』空蝉巻に「中河」が出てくる。)といふに、都のおもかげいとゞうかびて、なぐさむ方もやと覺えて、此川をわたるに、白水みなぎり落て、あしよはき馬などは、あがくそゝぎも袖のうへに滿て、萬葉集によめる武庫のわたり(*「武庫川の水脈(みを)を早みか赤駒のあがく激(たぎち)にぬれにけるかも」〔万葉集巻7〕。原歌の武庫川は但馬国の川。)と見えたり。

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2 白河の関

それより又K川と云河を見侍れば、中川よりは少しのどかなるに、落合たる谷水に紅葉ながれをせき、青苔道をとぢ、名もしらぬ鳥など聲ちかき程に、「世のうきよりは」(*「山里は物の寂しき事こそあれ世の憂きよりは住みよかりけり」〔古今集〕)と思ふのみぞなぐさむ心地し侍るに、はるけき林のおくに、「山姫も此一本や心とゞめけん。」と(*「わたつみの神に手向る山姫の幣をぞ人は紅葉といひける」〔後撰集〕)、いろふかくみゆるを、興に乘じてほどなく横岡(*那須郡芦野町)といふ所に來れる。こゝも里の長をたのみてやどりとし、それよりのりものゝ用意して、白川の關にいたれる道のほど、谷の小河・峯の松かぜなど、何となく常よりは哀ふかく侍るに、このもかのもの梢むれむら落ばして、山賤の栖もあらはに、梺(*麓)の澤には霜がれのあし下折て、さをしかのつまとはん岡べの田面も、守人絶てかたぶきたる庵に引板(*ひた)のかけ繩朽殘りたるは、音するよりはさびしさ増りて人々語らひ行に、おくふかき方より、ことにいろこくみゆるを、「あれこそ關の梢にて侍れ。」と、しるべのものをしへ侍るに、心空にて駒の足をはやめいそぐに、關にいたりては中\/言のはにのべがたし。只二所明神(*二所関明神)のかみさびたるに、一方はいかにもきらびやかに、社頭・神殿も神\/しく侍るに、今一かたは(*原文は二字分アキ。)ふりはてゝ、苔を軒端とし紅葉をゐ垣(*斎垣)として、正木のかづら(*【柾木葛・真拆葛】定家葛または蔓柾)ゆふかけわたすに、木枯のみぞ手向をばし侍ると見えて、感涙とゞめがたきに、「兼盛能因こゝにのぞみて、いかばかりの哀侍りけん。」(*平兼盛「便あらばいかで都へつげやらむけふ白河の関は越えぬと」〔拾遺集〕、能因「都をば霞とともにたちしかど秋かぜぞふくしら川のせき」〔後拾遺集〕)と想像(*おもひやる)に、瓦礫をつゞり侍らんも中\/なれど、皆思ひ餘りて、
宗祇
都出し 霞も風も けふみれば 跡無空の 夢に時雨て
行末の 名をばたのまず 心をや 世々にとゞめん 白川の關
平尹盛(*未詳)、これも都の朋友にて、こゝに伴にも一しほ哀ふかきにや。
思ふとも 君し越ずは(*原文「越ずば」) 白川の 關吹風や よそにきかまし
穆翁(*未詳)
尋ねこし 昔の人の 心をも 今白川の 關の秋風
牧林(*未詳)
木枯も 都の人の つとにとや 紅葉を殘す 白川のせき
此兩人は板東の人なるが、みな此道に心をよする人にて、したひ來れるなるべし。かくて夕月夜のおもしろきを伴ひて、横岡の宿に歸る程、作りあはせたるやうのゆふべなるべし。

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3 白河百韻

於白川關 應仁二年十月廿二日
宗祇
袖にみな 時雨をせきの 山路かな [001]
尹盛
木の葉を床の 旅の夕ぐれ [002]
牧林
さやかなる 月を嵐の やどに見て [003]
穆翁
夜寒のそらは ねんかたもなし [004]
旬阿(*未詳)
下もゐず 雲にや鴈の 渡るらん [005]
白なみあらき 沖のはるけさ [006]
しばしだに かよふも船は 安からで [007]
一むらさめに 人ぞやすらふ [008]
柴はこぶ 尾上の道の 松がもと [009]
かけはし遠く むかふ山里 [010]
行袖の あくる戸ぼそに また見えて [011]
消んはかなし 夜半のおもかげ [012]
老が身や 此世の月を 送るらん [013]
おくるゝ我は 秋もはづかし [014]
枯る野に ゆふべの露を 名殘にて [015]
あるかなきかの 花の冬草 [016]
古郷や とはれし道も たえぬらん [017]
いまはたよりも きかぬ戀しさ [018]
もろこしは 只うき中の 心にて [019]
夢に行とも いとはれやせん [020]
身をかくす 人もやどりは 聞まほし [021]
たづぬる山は 雲ふかきかげ [022]
水氷る 雪のむら鳥 餌に餓て [023]
冬の田づらの くれの哀さ [024]
送りえぬ 今年をいかゞ 賤の庵 [025]
けぶりをたやす 袖のあきかぜ [026]
おもひ無 月に泪も はらはれて [027]
又身をしれる 雨の夜長さ [028]
問こぬも ことはり(*ママ)なれや 我よはひ [029]
いのちつれなく みえんさへうし [030]
跡たえて 戀路に入ん 山もがな [031]
行衞おぼえぬ 雪の夕かぜ [032]
果しなき 心は花に さそはれて [033]
夢をかぎりの 世中の春 [034]
身はふりぬ はや永日も よしあらじ [035]
なげきなつめそ 入相のかね [036]
物思ふ 袖になみだの つきもせで [037]
人よわすれば うきも殘らじ [038]
心ある 里をとはゞや 旅のくれ [039]
たのみてとまる 山ぞさびしき [040]
烏鳴 峯の枯木に 霜ふりて [041]
雲もさはらぬ 冬の夜の月 [042]
河音の 高きや空に ながるらん [043]
落くる水ぞ 風をつれたる [044]
荻のはに 軒の筧の うづもれて [045]
野寺にふかき 庭の朝霧 [046]
道もなき 霜にや秋も 歸るらん [047]
まれにも人の 見えぬ山陰 [048]
かゝる身は すつるといふも おろかにて [049]
猶わびつゝぞ 交りてふる [050]
袖寒き あしたの雪の 市假や [051]
河かぜはらふ 三輪の杉むら [052]
清く行 水も御祓の しるしにて [053]
神よ心の つらさのこすな [054]
泪をも 手向になさば うけやせん [055]
なきが跡とふ 苔の下みち [056]
山ふかく 住しは夢の 庵朽て [057]
みやこの月に たれかへるらん [058]
しらぬ野に 獨つゆけき 草枕 [059]
かたしく袖は たゞ秋のかぜ [060]
たまさかに かさねしまゝの ころもへぬ [061]
 (*「浜木綿」は「隔つ」を導く。)
濱ゆふほども 我な隔てそ [062]
玉づさの かへし斗を 契にて [063]
いつをまことの あふせならまし [064]
夢なくば 古郷人を たのまめや [065]
まくらをかせな 淺ぢふの陰 [066]
歸るなと 花散やらで かすむ野に [067]
春の日數よ 思ふかひあれ [068]
年越て 名殘なを(*ママ)うき 藤衣 [069]
きのふになさぬ 別れぢもがな [070]
いつのまに 遠くも人の かはるらん [071]
子ぞつぎ\/に 生れおとれる [072]
いやしきも 大君の代を はじめにて [073]
 (*古今集仮名序に「難波津」と「安積山」は和歌の父母と伝える。)
まなべあさかの やまとことのは [074]
花がつみ かれど心の 色はなし [075]
月に小舟の かへる夕川 [076]
山本に 千鳥鳴江の 霧はれて [077]
秋の村には 風ぞさえぬる [078]
ふくるまゝ 砧のをと(*ママ) 近き夜に [079]
よそのおもひも 聞からぞうき [080]
鳥べ野の けぶりに人の 名を問て [081]
消なん事を 歎く身のうへ [082]
望ある 道に心や のこらまし [083]
傳へん法の 數なおしみそ(*ママ) [084]
松島は 舟さすあまを しるべにて [085]
波に苫屋の やどりをぞかる [086]
月も見よ かゝる藻汐の 小夜枕 [087]
衣にふかき あかつきのつゆ [088]
歸るさの 身もひやゝかに 風吹て [089]
わすれぬ思ひ 心にぞしむ [090]
俤に なりてや花も うかるらん [091]
こずゑかすめる いにしへの里 [092]
人も無 垣根に鳥の 囀りて [093]
夕日かすかに のこる道のべ [094]
入山を さそひて鐘や ひゞくらん [095]
御たけはるけき みよし野の奧 [096]
出ぬべき 佛にも身は よもあはじ [097]
たのまば心 ふかくあはれめ [098]
別ては 誰先だゝむ けふの友 [099]
契りはかなや 道芝の露 [100]

宗祇卅     穆翁廿四
  尹盛廿二    旬阿
  牧林廿二


此一卷古寫本を得て書寫終  坂昌成(*未詳)

(白河記行<了>)

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