草山和歌集
深草 元政(1623−1668)
小林好日 校註『近古諸家集 全』
(校註國歌大系14 國民圖書株式會社 1928.6.18)
※ 底本は1672年(寛文12)刊本に拠る。
※ 歌に通し番号をつけ、詞書に句読点を施した。
※ (*原注より)/(*入力者注)
春たつこゝろを
001
こほりゐし野中のしみづうち解けてもとの心にかへる春かな
としのうちにはるたちける日
002
あふさかの關路をこえてあらたまの年のこなたに春はきにけり
梅薫風といふことを
003
いづかたにあくがれいでむ梅がかのそことも知らぬ春の夕風
春月
004
春のよの習ひになしてみる人もうらみぬものと月や霞める
花のうたあまたよみし中に
005
つひに身のけぶりとならむ果てやなほ花にたちそふ霞ならまし
やよひのつごもりに
006
ゆく春をしばしとなかむ鳥だにもかへる別れはいふかひもなし
007
藤の花はひまつはれよ今はとて歸らむ春のつらき別れに
むさしの國にありける友だちのもとへ
008
むさし野は思ふ夢路もはてやなきあはでぞ歸るうたゝねの牀
世をのがれてこゝかしこありきけるころ
009
のがれては山里ならぬ宿もなしたゞわれからのうき世なりけり
はやくのともだちの許につかはしける
010
物毎に猶ぞわすれぬいでしよを思ひいでじと思ひすつれど
人のうたすゝめける返事に
011
木のはしにたぐふ身なればいまはなほ言葉の花も色やなからむ
題をさぐりてうたよみしに、寄道祝
012
のがれても長閑けき御世の惠みをばつまぎの路のやすきにぞ知る
ともだちのふみおこせたる返事に
013
なれしよの友をぞ思ふやま深く思ひいる身もいは木ならねば
やまざとにてほとゝぎすを聞きて
014
忍びねもやすくやもらす時鳥われひとりすむまつのとぼそに
015
ほとゝぎすなれもみ山を出でていなばいとゞ語らふ友やなからむ
秋たちける日
016
草葉にもまだおきあへぬ露みえて袖にまづ知る秋のはつ風
野蟲
017
さそひくるあきの野かぜや亂るらむをちこちになる鈴蟲の聲
旅行
018
旅の空なにかわびしき世を捨てていでにし身にはふるさともなし
浦月
019
よしやふけ難波の蘆のふしのまも月にねられぬ秋のうらかぜ
月を見てよめる
020
ことしげき都の人はいかゞ見るみづくさきよみ(*水草清み)澄める月影
契空戀といふことを
021
そのまゝに我こそたのめ人はよのかはる習ひに契りおきけむ
秋のころ、なくなりける人をいたみて
022
わが袖はいかでかわかむことわりの夕のほかの秋の心に
披書知昔といふことを
023
くりかへしとほき昔を靜かなる窗のうちとのふみ(*内外典を掛ける。)に見るかな
述懷涙
024
法の道をしむためには世のうさを歎きしほどもぬるゝ袖かは
雪埋松
025
松にのみなほ降りつみて冬枯のこずゑにかろき庭のしら雪
恨絶戀
026
まくずはらかへす衣の夢ぢまで今はうらみの秋風ぞ吹く
獨述懷
027
山ざとも都もおなじかくれがや世に忘られしわが身なるらむ
寄夢無常
028
このよをば現になして誰もなほ枕のゆめを夢と見るらむ
月前擣衣
029
たれもこの月にはねじと夜もすがらうつや砧のこゑもをしまぬ
わらはともだちなりし人、ゐなかよりたづね來てかへりしとき
030
迷ふぞよあふは別れのことわりは人にもさこそ教へける身の
山家橋
031
くちはてねなほをり\/はとふ人の心にかゝる谷のしば橋
景軌父公軌七周忌に、法華經ならびに開結二經をみづからかきて、供養に三十首歌すゝめける。此經難持。
032
いかにして暫したもたむうき身さへ受け難き世にあへる御法を
經文のうたよみける中に、唯我一人能爲救護
033
たのめ猶たゞわれひとり救ふべき教へたへなるのりの心を
山家冬朝
034
さびしさも今朝こそまされ嵐だに松におとせぬ雪のやまざと
冰
035
池の面は夜半のあらしにとぢはてて松に殘れる浪のおとかな
竹爲友
036
松のみさを梅の匂ひもなき身もてともなふ竹の心をぞ思ふ
人の子をうしなひたるをいたみて
037
たがまことたゞ僞りの人の世に定めなきよといひし一こと
京よりまできて、「世をいとふ人の心もふかくさの里をばかれずとはむとぞおもふ」といひし人に
038
かれずとへ人の心はあさくともたゞ深草の里のあはれを
無有魔事、雖有魔及魔民、皆護佛法
039
一むらの雲さへあきの光にて隈なき空にすめるつき影
春雪
040
さかぬまに消ゆるもつらし花と見てあるべきものをみねの白雪
龍華院より花のえだにつけてうたたまはりけるに
041
わしのやま昔のはるは遠けれどおなじ色香の花ぞたへなる
春のくれに
042
散る花はかぜに恨みてなぐさめき暮れゆく春をたれにかこたむ
人の名をよみし中に、李夫人(*漢武帝夫人)
043
はかなさや夢にまさらむ面かげの煙に消ゆる闇のうつゝは
夜述懷
044
うしや又いかにまぎれむ靜かなる夜はの心にあすもくれなで
停午(*正午)月
045
傾かでしばしやすらへ動きなき星のくらゐにむかふ月かげ
草庵にてこれかれうたよみしに、曉述懷
046
いつまでか寐覺むなしきとこの上に枕も知らぬ夢をのこさむ
庭月
047
月もやゝかげやかたぶく置く霜のなかば消えゆく庭のまさごぢ
初雪のあした
048
ほの\〃/とあけゆく庭のおもしろく神代おぼゆるけさの初雪
月前落葉
049
やまかぜによその紅葉をさそひきて松のこの間に曇る月かな
歸鴈
050
まよひいでし人の心をふる里にいざさばさそへ歸るかりがね
深草のさとにすみなれてのち
051
すまでやは霞も霧もをり\/のあはれこめたる深草の里
くるゝまで花を見て
052
月雪のひかりに匂ふ花の色に暮るゝも知らぬ春の木のもと
草庵の會に、山家郭公
053
人のよのこと語らはぬほとゝぎす又もとはなむ松の戸ぼそに
題をさぐりて、不逢戀を
054
いかにせむ身はさきだたむ思ひにて煙の末もあはで消えなば
いかなるときにか
055
鐘のおとのうち驚かす曉もなほ覺めやらぬ夢ぞつれなき
056
人のよを思ひねにのみまどろめばいやはかななる夢もみえけり
花を見て
057
花や猶あだなりと見む色にだに移ればかはる人のこゝろを
初鴈
058
月はまだほのめく峯のしらくもに數こそ見えね初鴈のこゑ
雪ふりつもりたるあした
059
里の犬のあとのみ見えてふる雪もいとゞ深草冬ぞさびしき
年のくれに
060
けふくれてあすは又こむ年なれどもとの月日のかへりやはする
海邊夕花
061
すまの浦の蜑のたくなは永き日もくるゝほどなき花のした影
旅宿三月盡
062
くさ枕われにて知りぬゆく春もこよひかりねの牀や露けき
草野秋近といふことを
063
夏ふかき小野のしのはら露ちりて忍ぶにあまる風の色かな
秋夕
064
めのまへの世をこそなげけ大方は憂しとも知らじ秋のゆふぐれ
山家時雨
065
散りのこるもみぢを庭にさそひ來て色にしぐるゝのきの山風
里雪
066
橋ひめのまつ夜むなしく降るゆきに今朝あとつくる宇治の里人
あづまへゆく人に
067
別れゆく道はとを(*十)將みそよそ(*三十・四十)とかへりこむ日を先づかぞへぬる
このすまひもなほ人めしげくて
068
世をいとふ山をも人のとひくれば市にやさらに身を隱さまし
やまぶき
069
芳野川はるの日かずもゆく水にうたかた淀むやまぶきの花
寄玉戀
070
人しれぬそでの涙のしらたまもみ世まであはぬためしとや見む
旅
071
なげかじな迷ひきにける身を知ればわが故郷もかりのやどりを
祝のこゝろを
072
四方の海みつのひじりの道ながらむかしの波にかへる御代かな
月のうたに
073
ながき夜も岸におふてふ草の名にあくる程なきすみのえの月
寄山述懷
074
あふぎ見るいそぢあまりの位山ふもとのちりの身をいかにせむ
ほとゝぎす
075
あしびきの山ほとゝぎす心とやうき世にいでてねをば鳴くらむ
吉水和尚(*慈鎮)のあとをたづねて人々歌よみしに、かの詠歌の句をとりて題をさぐりて、つきを
076
今宵なほあかず向ひておふけなく憂き身の友とたのむ月かな
としふる戀といふことを
077
みしかげのかはるもかなし閨の月身さへふりぬる袖の涙に
待月
078
山かげやわがまつのとはつきなくてよその高嶺をてらす月影
月をみて思ひつゞけける
079
なほふかく見てこそやまめ山里の寂しさあかぬ秋のよの月
月前忍戀
080
なれぬとて月をもいかゞ宿すべき今はいろなる袖のなみだに
山家水
081
すむとだに知らるなふかき山水のうき世の塵に名をもけがさじ
月前鐘
082
ながめやるとほちの里のかねの音も聞ゆばかりに澄める月かな
山紅葉
083
名にしおはばしのぶのやまの下紅葉いかでか露の色に出づらむ
若離我執、忽然歸大我といふこゝろを
084
思へ人たゞぬしもなき大空のなかにはもるゝ海山もなし
松崎岡の風のおとたかく、いとさびしきゆふべ
085
軒近きまつのあらしもこゑ高しすみこし山にとしや經ぬらむ
はるのうたの中に
086
うちなびく梢に見えて青柳のいとより細きはるの三日月
顯壽七周忌に
087
なき人をなほこひぐさの七くるまめぐれる年の數はつめども
(*戀草を力車に七くるま積みて戀ふらく我が心から〔萬葉集〕)
曙郭公
088
たぐひやはありあけの山のほとゝぎす月も雲間の空の一聲
六波羅蜜の歌よみし中に、檀波羅蜜(*檀那波羅蜜=布施)
089
惜しからぬ身を思ふにも人のため捨つるかひなきわれぞ悲しき
毘梨耶波羅蜜(*檀毘梨耶波羅蜜=精進)
090
おもへ人かたきためしのいはほにも流るゝ水の跡は見えけり
十界の歌の中に、縁覺(*縁覺界)
091
さとりあれば月日てらさぬ中ぞらの闇にもひとの道やまよはぬ
四弘誓願の中に、煩惱無盡誓願斷
092
はらひ見よ心に積るちりひぢの山の端なくばつきも隔てじ
山家夢
093
跡絶えて入りぬる山のかひやなきみし世へだてぬ夢のかよひぢ
萩風
094
おどろかせうき世のゆめもさむべくば恨みもはてじ萩の上風
折句の歌に、ふゆのはな
095
ふみわけし雪のみ山ののりの道はるけきあとになほ迷ふかな
深山鹿
096
おもひいる人は絶えたる奧山になきても鹿の獨りすむらむ
秋雲
097
ふきそめてうき秋風のこゑよりも立つしらくもの色ぞ身にしむ
八月二十日ばかり、平等院にふけゆくまで月を見て
098
たちかへるそらも忘れて更くる夜の月にいさよふうぢの川波
はしの上にやすらひて
099
うらやまし宇治のはしもりいく秋の月をながめて年のへぬらむ
太子傳をよみしついでに
100
よしあしとわかれし末ののりは皆なにはの水の流れなりけり
101
末のよにたれくみてしる法の水とみのをがははなほたえねども
世短意常多といふ句を韵にて詩つくりけるとき、おなじくよみしうたの中に
102
いつまでと猶たのむらむ百年の夢てふものもさだめなき世を
103
うつりゆく夕の雲をながめてもこの世の中はなにか常なる
花のうたの中に
104
いこまやまかくろふ雲もおしなべて花のはやしに薫る春風
105
咲きて散るものもおもはじ山櫻いろかのほかに花をながめば
106
なに故に花に心をつくすぞと春はふれどもとふ人もなし
しぼちのあづまへ行くをはなむけすとて人のうたよみけるをみて
107
むさしのの雪も冰もふみわけて果てなきのりの道をきはめよ
108
便りあらば清見がせきも富士の嶺もかくながめきと人につげこせ
109
おほかたの世に濁るとも住みなれしわが山みづの心わするな
山房夜話といふことを詩につくりしとき
110
ともにきく枕の山のさるの聲なれもうき世のことやかたらぬ
竹爲友といふことを
111
植ゑ置きてむなしき心すなほなる姿を友となるゝくれ竹
春のくれに
112
はるをなほしたふ心ぞのこりける花にやいまだつくさざりけむ
いなりのやしろにて
113
なほ照らせひかりをこゝにやはらげて人の願ひをみつの燈火
ちゝのひさしくすみける家にて、月前梅といふことを
114
袖の上は月やあらぬと霞む夜に春やむかしの梅がかぞする
おなじところにて
115
面影もたゞさながらのふる里をうづみなはてそ庭のあさぢふ
116
ふみわくるあとは昔の庭のおもにたゞ名もしらぬ草ぞしげれる
殘雪を
117
谷かげやゆききまれなるあと見えて久しく殘るこぞのしら雪
百首の歌の中に、駒迎
118
逢坂のこのしたくらき秋ぎりに獨り路しるもちづきの駒
春盡雨聲中といふ句を韵にて詩つくりけるに、雨といふ文字をえて
119
白妙に匂ひし峯の雲消えてみどりを染むるよもの春雨
山夏月
120
たかねには夏もさはらでみる月の影だにもらぬは山しげ山
(*筑波山は山しげ山しげけれど思ひ入るにはさはらざりけり〔新古今集〕)
山家のうたとて
121
峯のくも谷のかすみに朽ちぬべしうき世にそめぬあさの小衣
題をさぐりて歌よみしに、あじろ・あはぬこひ
122
心から身をうぢ川のあじろもりはかなきわざに日を送るらむ
123
今はたゞ心ひとつに戀ひ死なむ思ひたえぬと人にしらせて
空山無人水流花開といへることをおもひて
124
人はこでむなしき谷にみづながれ花咲くやまの春ぞしづけき
ほたる
125
よるはなほ心をのみぞ照らすべき窗の螢もなにかあつめむ
東寺の蓮さかりなるころ、つとめて見にいきて、くれにかへりにける。鴨川わたるとて
126
なつの日のあつさも知らずあさかはや夕河わたる道のゆききは
遠村の蚊遣火
127
かやりびの煙たてずば夕まぐれありとも見えじ山もとの里
淀川の舟にて
128
よるひると流れもゆくか淀川のよどむと人はよそに見れども
宇治川の水上にのぼりて、人もかよはずしづかなるところにひさしくながめて、柴舟のゆきかふをみるに、かをる大將の「たれもおもへば」などいひしも(*源氏物語・橋姫「誰も思へば同じ如なる世の常なさなり。『我は浮ばず。玉の臺に静けき身。』と思ふべき世かは。」と薫が述懐するくだりを指す。)おもかげにうかびて
129
人のよは誰もおもへば水の上に浮きてはかなき宇治のしばふね
雨ふりける日、平等院にまうでて堂のもとにものうちしきて、いとひさしくをりけり。鐘のこゑかすかにきこゆるを「いづこ。」ととへば、「みむろなり。」といふ。おもひつゞけて
130
はかなくて今日も暮れけりあす知らぬみむろの山の入相のかね
あきのころ、うぢにせうえうして、あめさへふりけるに、「をばなかりふき」といひしもきようありてやどりぬ。ふけゆく夜のいとしづかにて
131
尾花ふくかりほの庵のよるの雨に里のな知らぬかたしきの牀
(*秋の野の尾花かりふきやどれりしうぢのみやこのかりほしおもほゆ〔萬葉集〕)
「月のころ、醍醐にのぼらむ。」といひやりたるに、「かみにはさはることあり。しもへ。」とありしを、雨いたうふりてにはかに晴れたるゆふべ、麓のさとにきて、月のすみのぼるによめる
132
きて見よといはずばつらし雨はれてかさとりやまに出づる月影
中谷といふところにて、ひた(*引板=鳴子)のおとを聞きて
133
なにごとも今はやまだのひたぶるにすててやすまむ谷深き庵
野夏草
134
わけゆかば野べはしげれる夏草の中にももとのみちやのこらむ
草花告秋といふことをひとのよませしに
135
ほにいづる袖とはなしに花薄いかにまねきて秋のきぬらむ
山家冬月
136
まれに見しひとめもかれて冬枯の草のとざしは月ぞくまなき
稻荷社にて、百首歌の中に、五月雨
137
とふ人もとはでほどふる五月雨に雲はゆききの絶ゆるまもなき
山家
138
身をさらぬ心を友と定めずば猶もすむべき山のおくかは
山家曉
139
猶深き山の奧ともいそがれず寐覺のとこに心すむよは
夕立
140
むしのねも催すばかり夕立のなごりすゞしき庭のくさむら
「妙の一字をかきてうたよみて。」と人のいひしに
141
こゝろにも及ばぬものは何かある心にとへば心なりけり
題しらず
142
そなたぞとながむる空もかきくらしいとゞ隔つる雪のふるさと
母のなくなりぬるころ(*寛文7年〔1667〕12月)、人のもとより五首の歌よみてとぶらひける返事に
143
さきだたば猶いかばかり悲しさのおくるゝ程はたぐひなけれど
144
今はたゞふかくさ山に立つ雲をよはの煙のはてとこそ見め
145
何事も昨日のゆめと知りながら思ひさまさぬわれぞかなしき
146
いかにして如何にむくいむ限りなき空を仰ぎてねにはなくとも
147
たのもしなあまねきのりの光には人の心のやみものこらじ
はゝのなくなりてのち
148
惜しからぬ身ぞをしまるゝ垂乳根の親の殘せるかたみとおもへば
おなじ年のくれに
149
ふゆふかき宿にこりつむ山がつのなげきのなかに年もくれけり
辭世(*寛文8年〔1668〕2月入寂)
150
鷲の山つねにすむてふ峯の月かりにあらはれかりに隱れて
草山和歌集 終