狂歌百人一首
大田南畝
(武笠 三 校訂『太田南畝集』 全 有朋堂文庫 有朋堂書店 1926.9.23)
※ 歌に通し番号をつけた。〔原注〕、(*入力者注記)
天智天皇
秋の田のかりほの庵の歌がるたとりそこなつて雪はふり(*抛り)つつ
[001]
持統天皇
いかほどの洗濯なればかぐ山で衣ほすてふ持統天皇
[002]
柿本人丸
あし引の山鳥のをのしだりがほ〔したり顔〕人丸ばかり歌よみでなし
[003]
山邊赤人
白妙のふじの御詠で赤ひとの鼻の高ねに雪はふりつつ
[004]
猿丸大夫
鳴く鹿の聲聞くたびに涙ぐみ猿丸大夫いかい(*えらい)愁たん
[005]
中納言家持
その儘に置くしもの句をかり橋の白きをみれば夜ぞ更にける
[006]
安部(*ママ)
仲麿
仲麿はいかいはぶし(*歯節、歯)の達者もの三笠の山にいでし月かも〔哉、噛まん〕
[007]
喜撰法師
わが菴はみやこの辰巳午ひつじ申酉戌亥子丑寅う治
[008]
小野小町
衣通の歌の流義におのづからうつりにけりな女どし(*女同士)故
[009]
蝉丸
四の緒(*琵琶)のことをばいはずせみ丸のお歌の中にもの字四ところ
[010]
參議篁
こゝまでは漕出けれどことづてを一寸たのみたい海士の釣舟
[011]
僧正遍昭
吹きとぢよ少女の姿暫とはまだ未練なるむねさだ〔胸、宗貞、宗貞は遍昭の俗名〕のぬし
[012]
陽成院
みなの川みなうそばかりいふ中に戀ぞ積りて淵はげうさん
[013]
河原左大臣
陸奧のしのぶもぢ\/わが事をわれならなくになどと紛らす
[014]
光孝天皇
光孝(*孝行を掛ける。)と何かいふらん君がため若菜を摘むは忠義天皇
[015]
中納言行平
行平は狐のまねをしられけりまつとし聞けば今歸りこん
[016]
在原業平朝臣
千早振神代も聞かぬ御趣向をよくよみえたり在五中將
[017]
藤原敏行朝臣
とし行といふはもつとも住の江の岸による波顔による波
[018]
伊勢
難波がたみじかき蘆を伊勢ならばたゞ濱荻と詠みそうなもの〔難波の蘆は伊勢の濱荻〕
[019]
元良親王
詫ぬれば鯉のかはりによき鮒のみを造りても飮まんとぞ思ふ
[020]
素性法師
今來んといひし計りに出でこぬは素性法師の弟子か師匠か
[021]
文屋康秀
喰ふからに汗のお袖の萎るればむべ豆粥をあつしといふらん
[022]
大江千里
月みれば千々に芋こそ喰たけれ我身一人のすきにはあらねど
[023]
菅家
このたびはぬさも取敢ず手向山まだその上にさい錢もなし
[024]
三條右大臣
三條の右大臣なら前に居る河原の左大臣はなじみか
[025]
貞信公
小倉山みねのもみぢ葉心あらば貞信公に御返歌をせん
[026]
中納言兼輔
泉河いづ(*ママ)みきとてかかね輔がとなりの娘戀しかるらん
[027]
源宗于朝臣
山里は冬ぞさびしさまさりけるやはり市中がにぎやかでよい
[028]
凡河内躬恒
心あてに吸はばや吸はん初しもの昆布まどはせる鹽だしの汁
[029]
壬生忠峯
在明のつれなくみえしわかれより曉ばかりおこるしやくかな
[030]
坂上是則
是則がまだめのさめぬ朝ぼけに在明の月とみたるしら雪
[031]
春道列樹
質藏にかけし赤地のむしぼしはながれもあへぬ紅葉なりけり
[032]
紀友則
ひさかたの光のどけき春の日に紀の友則がひるね一時
[033]
藤原興風
誰をかも仲人にして高砂の尉と姥とのなかよかるらん
[034]
紀貫之
人はいざどこともしらず貫之がつら\/\/とよみし故郷は
[035]
清原深養父
夏の夜は未宵ながらよく寢ればげに鱶やぶ(*野夫か。)と名をやいふらん
[036]
文屋朝康
かぜの吹く秋の野のみか瀧壺もつらぬきとめぬ玉ぞちりける
[037]
右近
忘らるゝ身をば思はず誓ひてし人のいのちの世話ばかりする
[038]
參議等
徳利はよこにこけしに豆腐汁あまりてなどか酒のこひしき
[039]
平兼盛
留むれどよそに出にけり小息子はうちに居るかと人の問ふ迄
[040]
壬生忠見
召せといふわか菜の聲は立にけり人知れずして春になりしか
[041]
清原元輔
清はらの元輔といふ御名にてお歌は末の松山といふ
[042]
中納言敦忠
またしてもじゝとばゝとのくりごとに昔は物を思はざりけり
[043]
中納言朝忠
すく人の絶えてしなくば眞桑瓜皮をもみをもかぶらざらまし
[044]
謙徳公
初松魚くふべき客は不參にてみのいたづらになりぬべきかな
[045]
曾禰好忠
由良のとを渡る舟人菓子をたべお茶のかはりに鹽水を飮む
[046]
惠慶法師
八重むぐら茂れる宿のさびしさに惠慶法師のあくび百遍
[047]
源重之
花見んともちしさゝえ〔竹筒、酒器〕をぶちおとし碎けてものを思ふ頃かな
[048]
大中臣能宣朝臣
御かき守衞士のこく屁によし宣が(*原文「か」)鼻かゝへつゝ物をこそ思へ
[049]
藤原義孝
めいていにすゝる海鼠腸味よくて長くもがなと思ひけるかな
[050]
藤原實方
かくとだにえやは伊吹のさし艾なくば灸治はほくち(*火口。火打ち石の火花を移し取るもの。)なるらん
[051]
藤原道信
明けぬればくるゝものとは御存の道信どのも朝ね四つ時
[052]
右大將道綱朝臣(*ママ)(*道綱母)
醉ひ潰れ獨ぬるよの明くる間はばかに久しきものとかはしる
[053]
儀同三司母
よみ歌のうへならばこそいふだあろ今日を限りの命なれとは
[054]
大納言公任
瀧の音は絶えて久しくなりぬるといふはいかなる旱魃のとし
[055]
和泉式部
あらざらん未來のためのくりごとに今一度の逢ふこともがな
[056]
紫式部
名ばかりは五十四帖にあらはせる雲がくれにし夜半の月かな 〔源氏物語に雲隱の卷あり。名のみにて文なし。〕
[057]
大貳三位
有あひの棚の酒をば呑むときはゆでさや豆をさかなとぞする
[058]
赤染衞門
赤染がいねぶりをしておつむりもかたぶく迄の月をみしかな
[059]
小式部内侍
大江山いく野のみちのとほければ酒呑童子のいびききこえず
[060]
伊勢大輔
いにしへのならのみやこの八重櫻さくら\/と謠はれにけり
[061]
清少納言
夜を籠て鳥のまねしてまづよしにせい少納言よく知つてゐる
[062]
左京大夫道雅
今はたゞ思ひ絶えなんとばかりを人傳ならでどうぞいひたい
[063]
權中納言定頼
朝ぼらけ宇治の川邊に定頼がめをこすりつゝ瀬々のあじろ木
[064]
相模
うらみ侘びほさぬ袖だにあるものを此四五日は雨の日ぐらし
[065]
前大僧正行尊
眼と口と耳と眉毛のなかりせばはなよりほかに知る人もなし
[066]
周防内侍
春の夜の聲ばかりなる轉寢にねちがひしたるくびぞいたけれ
[067]
三條院
友もなく酒をもなしに眺めなばいやになるべき夜半の月かな
[068]
能因法師
嵐吹く三室の山のもみぢ葉はたつた今のまにちり失せにけり
[069]
良暹法師
淋しさに宿を立出でながめたり煙草呑んだり茶をせんじたり
[070]
大納言經信
夕されば門田のいなばおとづれて權兵衞内なら一合やらうか
[071]
祐子内親王家紀伊
赤をいざやくばらん鳥のふんかなしや袖のゆれもこそすれ
[072]
前中納言匡房
高砂の尾の上の櫻咲きにけりこゝからなりとみつゝ飮まばや
[073]
源俊頼朝臣
とし頼はさむさも強し山おろしはげしかれとは祈らぬものを
[074]
藤原基經(*ママ)(*基俊)
ふる懸をとりしばかりを命にてあはれ今年のあきなひもなし
[075]
法性寺入道前關白太政大臣
法性寺入道さきの關白を半分ほどでおきつしら波
[076]
崇徳院
燒つぎにやりなばよしや此徳利われても末にあわんとぞ思ふ
[077]
源兼昌
淡路島かよふ千鳥の鳴く聲にまた寢酒のむ須磨の關もり
[078]
左京大夫顯輔
顯輔がうつゝぬかして雲まよりもれいづる月の影に仰むく
[079]
待賢門院堀河
二宵にすはんと思ふ地玉子のみだれてけさはものをこそ思へ
[080]
後徳大寺左大臣
郭公なきつるかたにあきれたる後徳大寺がありあけのかほ
[081]
道因法師
思ひ侘び偖も命はあるものをうきにたへぬはなんだべらぼう
[082]
皇太后宮大夫俊成
鞠の皮筆毛の用にとりつくし山の奧にも鹿ぞなく〔鳴く、無く〕なる
[083]
藤原清輔
あと戻りする世の中もあれかしなうしとみしよぞ今は戀しき
[084]
俊惠法師
夜もすがら物思ふ頃は明やらであらふものなら世界くらやみ
[085]
西行法師
何ゆゑか西行ほどの強勇が月の影にてしほ\/となく
[086]
寂蓮法師
むらさめの道のわるさの下駄のはにはらたちのぼる秋の夕暮
[087]
皇嘉門院別當
なには江の蘆のかりねの一夜たび皇嘉門院辨當御持參
[088]
式子内親王
玉の緒よ絶えなば絶えねなどといひ今といつたら先お斷り
[089]
殷富門院大輔
あとさきの紀伊も讚岐も袖濡れて殷富門院矢張同斷
[090]
御京極攝政前太政大臣
きり\〃/すなくや霜夜のさむしろに後京極殿寢たり起きたり
[091]
二條院讚岐
わが袖は鹽みづふきし沖の石の人こそ知らねかはくまもなし
[092]
鎌倉右大臣
波かぜの常にかはれば渚こぐあまの小舟の船人かなしも
[093]
參議雅經
衣うつ音にびつくり目をさましところで一首つづる雅經
[094]
前大僧正慈圓
この廣い浮世の民をおほふとはいかい大きなすみぞめの袖
[095]
入道前太政大臣
花さそふあらしの庭の雪ならでふりゆくものは牛のきんたま
[096]
權中納言定家
定家どのさても氣ながくこぬ人と知りてまつほの浦のゆふ暮
[097]
正三位家隆
風そよぐならの小川の夕ぐれに薄著をしたる家隆くつしやみ
[098]
後鳥羽院
後鳥羽どのことばつづきの面白く世を思ふゆゑに物思ふ身は
[099]
順徳院
百色の御歌のとんとおしまひにもゝしきやとは妙に出あつた
[100]
(*「狂歌百人一首」<了>)