良寛歌抄

あらたまの　年のうちより　待ちまちて　今はあひ見て　何か思はむ

降り積みし　高嶺のみ雪　それながら　天つみ空は　霞みそめけり

み山べの　み雪とけなば（イ　とくれば）　谷川に　よどめる水は　あらじとぞ思ふ

この園の　梅のさかりと　なりにけり　わが老いらくの　時に当りて

いざわれも　憂き世の中に　交りなむ　去年の古巣を　今日立ち出でて

鶯の　声を聞きつる　あしたより　春の心に　なりにけるかも（イ　かな）

山里に　桜かざして　思ふどち　遊ぶ春日は（イ　この日は）　くれずともよし（＊「思ふどち　春の山邊に　うちむれて　そこともいはぬ　旅寢してしが」〔素性法師、古今集126〕と同類歌）

かりそめに　わが来しかども　この園の　花に（イ　萩に）心を　移しつるかも

春雨の　わけてそれとは　降らねども　うくる草木の　おのがまにまに

あしひきの　山田の田居に　鳴くかはづ　声のはるけき　このゆふべかも

この宮の　森の木下に　子供らと　あそぶ春日に　なりにけらしも

山住みの（イ　ゆふぐれの・ゆく秋の）　あはれを誰に　語らまし　あかざ籠に入れ（イ　かごに入れて）　かへるゆふぐれ

卯の花の　咲きのさかりは　野積（＊のつみ・ぬつみ・のぞみ等に読む。）山　雪をわけゆく　心地こそすれ

待たれにし　花はいつしか　散りすぎて　山は青葉に　なりにけるかな（イ　なりにけらしも）

かすみ立つ　汐見の嶺たうげ　岩つつじ　誰が織りそめし　唐錦かも

あしひきの　国上の山の　時鳥　よそに聞くより　あはれなりけり

さ苗ひく　をとめを見れば　いそのかみ　古りにし御代の　思ほゆるかも

夏草は　心のままに　しげりけり　われいほりせむ　これの庵に

ちりひぢに　しまぬ蓮の　色見れば　もとのゑまひ（＊拈華微笑の故事を暗示する。）の　思ほゆるかも

浮草の　生ふるみぎはに　月かげの　ありとはここに　誰か知るらむ

あきの夜の　月の光を　見る毎に　心もしぬに　いにしへおもほゆ（＊「淡海の海夕波千鳥汝が鳴けば情もしのにいにしへ思ほゆ」〔柿本人麻呂〕を踏まえる。）

秋の野を　わがわけ来れば　朝露に　ぬれつつ立てり　をみなへしの花

秋の野ぬに　にほひて咲ける　藤袴　折りておくらむ　その人なしに（イ　なしも）

いとどしく　鳴くものにかも　きりぎりす　ひとり寝る夜の　いねられなくに

秋風に　散りみだれたる（イ　散りに散りしく）　萩の花　払はば惜しき　ものにぞありける

山里は　うらさびしくぞ　なりにける（イ　なりにけり）　木々の梢の　散りゆく（イ　枯れゆく）見れば

宵やみに　道やまどへる　さを鹿の　この岡をしも　過ぎがてに鳴く

夕霧に　をちの里べは　うづもれぬ　杉立つ宿に　かへるさの道

日は暮れて　浜辺をゆけば　千鳥鳴く　どうとは知らず　心細さよ

この岡に　つま木こりてむ　ひさかたの　しぐれの雨の　降らぬ間切れに

風まぜに　雪は降りけり　いづくより（イ　ひねもすに）　わがかへるさの　道もなきまで

草枕　夜毎にかはる　やどりにも　結ぶはおなじ　古里のゆめ

ゆくさくさ　見れども飽かぬ　岩室の　田中に立てる　一つ松あはれ（イ　一つ松の木）

松之尾の　松の間を　思ふどち　歩きしことは　今も忘れず

浦浪の（イ　白浪の）　寄するなぎさを　見わたせば　末は雲居に　つづく海原

世の中は　越の浦曲うらわに　生ふる藻の　かにもかくにも　波のまにまに

老が身の　あはれを誰に　語らまし　杖を忘れて　帰る夕暮

昔より　常世の国は　ありと聞けど（イ　ありといへど）　道を知らねば　行くよしもなし

なよたけの　はしたなる身は　なほざりに　いざ暮らさまし　ひと日ひと日に

長崎の　森の烏の　鳴かぬ日は　あれども袖の　ぬれぬ日ぞなき（イ　日はなし）

春は花　秋は千草に　戯れなむ　よしや里人　こちたかりとも

世の中に　まじらぬとには　あらねども　ひとり遊びぞ　我はまされる　（イ　ひとりあそびか　われはたのしき）

老の身の　老のよすがを　訪ふと　なづさひけらし　その山道を

如何なるが　苦しきものと　問ふならば　人をへだつる　心と答へよ

いかにして　人をそだてむ　法のりのため　こぼす涙は　わがおとすなくに（＊わがおとさなくに）

くりの落つ　ひにもぞ君は　きますなる　さこそ我わは思もへ　けだしいかがあらむ

こよひあひ　明日は山路を　へだてなば　ひとりや住まむ　もとの庵に

君が宿と（イ　君が宿）　わが宿わかつ　塩法の　坂を鍬もて　こぼたましものを

人の身は　ならはしものぞ　子供らを　よく教へてよ　ねぎらひまして

鉢の子を　わが忘るれども　とる人はなし　取る人はなし　その鉢の子を
（＊「道のべに　すみれつみつつ　鉢之子を　わが忘るれど　取る人もなし」〔125〕、「道のべに　菫つみつつ　鉢之子を　忘れてぞ来し　あはれ鉢之子」〔126〕を参照。）

いそのかみ　古のふる道　しかすがに（イ　さながらに）　み草ふみわけ　行く人なしに

むらぎもの　心をやらむ　方ぞなき　あふさきるさに　思ひまどひて（イ　みだれて）

あたらねば　はづるともなき　梓弓　空を目あてに　はなつもの故

粥二合　業三合（＊身口意の三業）を　まぜくはせ　五合庵にぞ　君は住むなり

雁鴨は　われを見捨てて　去りにけり　豆腐に羽根の　なきぞうれしき

夕立に　ふりこめられし　くされ儒者　ひたる君子と　誰かいふらむ　（＊濡れる意の「くされる」と乾たる君子の取り合せ）

ぬばたまの　よるはすがらに　糞まりあかし　あからひく　昼は厠に　走り敢へなくに　（＊旋頭歌）

冬ごもり　春さりくれば　 飯いひ乞ふと　草のいほりを　 立ち出でて　里にい行けば　 たまぼこの　道のちまたに　 子どもらが　今を（イ　今は）春べと 手まりつく　ひふみよいむな　 汝がつけば　吾あはうたひ　 あがつけば　なはうたひ　つきてうたひて　 霞立つ　長き春日を　 暮らしつるかも
（＊霞立つ　長き春日を　子供らと　手まりつきつつ　今日も（イ　この日）くらしつ〔168〕）

鉢の子は　愛はしきものかも　 朝夕に　わが身をさらず　 あさなけに（＊あさにけに）　もたりしものを　 今日よそに　忘れて来れば　 たつらくの　たづきもしらに 居るらくの　すべをもしらに　 かりごもの　思ひみだれて　 夕づつの　かゆきかくゆき　 たまぼこの　道のくまぐま　 隈もおちず　尋とめて行かむと　 おもふ時　ここにありとて　 鉢の子を　人はもて来ぬ　 うれしくも　もて来しものか　 よろしなべ（＊よろしなへ）　もち来しものか　 その鉢の子を

神無月　しぐれの雨の（イ　雨に）　 をとつ日も　きのふも今日も　 降るなべに　山のもみぢは（イ　森のもみぢ葉）　 たまぼこの　道もなきまで　 散りしきぬ　夕さりくれば さすかけて（イ　おあかけて）　つま木焚きつつ　 やまたづの（イ　あさつくひ）　向ひの丘に　 さを鹿の　妻よび立てて　 鳴く声を　聞けば昔の　 思ひ出て（イ　思ひ出に）　うき世は（イ　うき世を）夢と 知りながら　憂きに堪へねば　 さむしろに　衣片敷き　 うち寝れば　板じきの間より　 あしひきの　山下風の　 いと寒く　吹き来るなべに ありぎぬの　ありのことごと　 引きかづき　こいまろびつつ　 ぬばたまの　長きこの夜を　 いも寝かねつも（イ　いも寝かねつつ）

あしびきの　国上の山の 冬ごもり　日に日に雪の　 降るなべに　往き来の道の（イ　人の）　 跡も絶え　ふる里人の　 音もなし　うき世をここに　 門さして　飛騨のたくみが　 打つ縄の　ただひとすぢの　 岩清水　そを命にて　 あらたまの　今年のけふも　 暮らしつるかも
（＊わが宿は　国上山もと　冬ごもり　往き来の人の　あとかたもなし〔620〕、
さ夜ふけて（イ　このゆふべ）　岩間のたぎつ　音せぬは　高嶺のみ雪　降り積るらし〔607〕等）

ゆく水は　塞せけばとまるを　 高山は　毀てば岡と　 なるものを　過ぎし月日の　 かへるとは　書にも見えず　 うつせみの（イ　うつそみの）　人もかたらず（イ　人にもきかず） いにしへも　かくやありけむ（イ　かくしあるらし）　 今の世も　かくぞありける　 後の世も　かくこそあらめ（イ　かくしあるらし）　 かにかくに　すべなきものは　 老にぞありける
（＊ねもころの　ものにもあるか　年月は　賤が宿まで（イ　賤が伏屋も）　とめて来にけり〔781〕、他。）

うつせみの　仮のうき世は　 ありてなき　ものと思へこそ　 白妙の　衣に変ふる　 ぬばたまの　髪をもおろす　 しかしより　天つみ空に ゐる雲の　あとも定めず　 ゆく水の　そこともいはず　 うち日さす　宮も藁屋も　 はてぞなき　（＊以下、破調あり。） よけくもあれ　 あしけくも　あらばありなむ（イ　あらばありなむと） 思ひし身の　なぞもかく　 思ひしやまぬ（イ　思ひはやまぬ）　 わがおもひ　人知るらめや この心　誰に語らむ　 語るとも　いふとも尽きぬ　 荒磯海は　深しといへど　 高山は　高くしあれど　 時しあれば　尽くることし　 ありといふものを　 かにもかくにも　つきせぬものは　 わが思ひはも（イ　わが思ひかも）
（＊世の中に　門さしたりと　見ゆれども　などか思ひの　絶ゆることなき〔806〕）

もみぢ葉の　過ぎにしみ代に　 ありといふ　猿ましと兎をさぎと　 狐きつにとが　ともにちぎりて　 あしたには　野山ぬやまにあそび　 ゆふべには　林に帰り　 かくしつつ　年のへぬれば　 ひさかたの　天あめの帝の　 きこしめし　翁になりて　 そのもとに　ゆきて語らく　 いましたち　朝夕ともに　 遊ぶてふ　まこと聞きしが　 ごとならば　翁が飢ゑを　 救ひてよ　翁はけふは　 遠くより　まかりたりとて　 その杖を　土に投じて　 いこひしに　やすきこととて　 とくいでて　猿はうしろの　 林より　木の実をひろひて　 来りたり　狐は前の　 川原より　魚をくはへて　 与へたり　兎はあたりに　 飛びとべど　何もものせで　 ありければ　いましはこころ　 異なりと　ののしりければ　 いたましや　兎計りて　 申すらく　猿は柴を　 刈りて来よ　狐はこれを　 焚きてたべ　ことのまにまに　 なしければ　焔の中に　 身を投げて　翁が飢ゑを　 すくひけり　翁はこれを　 見るよりも　心もしぬに　 ひさかたの　天を仰ぎて　 なげきつつ　土にたふりて　 こいまろび　胸うちたたき　 申すらく　いましみたりの　 友がきは　いづれ劣ると　 なけれども　兎はことに　 かなしとして　骸からをかかへて　 ひさかたの　月の宮にぞ　 はふりける　今の世までも　 語りつぎ　月の兎と　 いふことは　これがよしにて　 ありけりと　聞くわれさへも　 白たへの　衣の袖は　 とほりて濡れぬ　（＊今昔物語集に拠る。）

鉢之子に　菫たんぽぽ　こきまぜて　三世みよの仏に　たてまつりてむ

しづが家の　垣根に春の　たちしより　若葉つまむと　しめぬ日ぞなき（イ　日はなし）

この頃は　さ苗とるらし　わが庵は　形を絵にかき　手向けこそすれ

あしひきの　山田のかがし　汝なれさへも　穂ひろふ鳥を　守もるてふものを

いざ歌へ　われ立ち舞はむ　ぬばたまの　こよひの月に　い寝らるべしや（イ　べきや）

この岡の　秋萩すすき　手折りもて　三世みよの仏に　たてまつらばや

もたらしの　園生の木の実　めづらしみ　三世の仏に　まづ奉る

ひさかたの　雪野に立てる　白鷺は　おのが姿に　身をかくしつつ

わが宿は　越のしら山　冬ごもり　往き来の人の　あとかたもなし

わが庵は　国上山もと　冬ごもり　往き来の人の　あとさへぞなき

わが宿は　越の山もと　冬ごもり　氷も雪も　雲のかかりて

世の中は　何にたとへむ　ぬばたまの　墨絵にかける　を野の白雪

草のいほに　立ちゐてみても　すべぞなき　あまの刈藻の　思ひみだれて

ゆきゆきて　宝の山に　入りぬれば　仮の宿りぞ　棲処なりける

法のりの道　まことわかたむ　西東　行くもかへるも　波にまかせて

草の庵に　寝てもさめても　申すこと　南無阿弥陀仏　南無阿弥陀仏

法の塵に　けがれぬ人は　ありときけど　まさ目に一目　見しことはあらず

ゆめに夢を　説くとは誰が　言ならむ　さめたる人の　ありぬらばこそ（＊原文頭注に「ありぬればこそ」かという。しかし、破格ながら反語の意を含むか。「ぬらば」で強意の仮定を表す用例は良寛の他の歌にも見られる。）

形見とて　何かのこさむ　春は花　山ほととぎす　秋はもみぢ葉

夢の世に　かつまどろみて　ゆめをまた　語るもゆめも　それがまにまに

いかにして　誠の道に　かなはむと　ひとへに思ふ　ねてもさめても

うゑてみよ　花のそだたぬ　里もなし　心からこそ　身はいやしけれ