配置転換された彼女は、不平もいわずに新部門に移ったのでしたが、それからが大変だったのです。
彼女が着くやいなや、そこの古参の女性の一人が、彼女を呼んだのです。
『あんた、放り出されたのね。長年ご奉公したあげくさ!あそこの部はまったく情け知らずよ。』
配置転換された彼女は、相手が同情的なのを見て、ようやく自分が不当に扱われたのではないかと感じたのです。
元の職場の古参女子従業員からも、同じような反応が返ってきたのです。
とくに、古参の従業員は、彼女への同情と同時に怒りを示しはじめたのです。そのため、彼女は全古参従業員のシンボルになってしまったのでした。
騒ぎは、急速に大きくなりました。誰も、会社がこういう処置とをとった理由、また、当人の新しい職場での収入の変化のないことなどに、思いを及ぼさなかったのです。
翌日、人々は、彼女をもとの職場へ呼び戻すこと、勤続年数の長い従業員の尊重を考慮すること、等を会社側に要求したのです。
よくあることですが、ある特定の欲求が刺激されることによって、より深い根源的な衝動を呼び起こすことになったのです。そして、この人達は、自分達に関する経営者側の行動のすべてに神経をとがらせることになりました。
小さな出来事は、大げさに受け取られ、彼女達への仕事の指令に、少しでも落ち度があったり、何かちょっとした行き違いでもあると、ばかばかしいほど、彼女達をいきり立たせたのです。
その上、その部の部長は、勤続年数の浅い青年だったので、「冷淡だ」「他人のことを考えない」「思い上がっている」と、彼の、する事なすこと、ことごとく悪口を浴びる状態になって仕舞いました。
ことがここに至った事態では、上級管理者が乗り出さざるを得ません。
経営者側は、配転させられた従業員に、前もって事情をよく説明しなかった手落ちを認め、長期勤続者に対して考慮する方針を明らかにするに及んで、この事件のもとをなしていた古参従業員の不安は消え去ったのです。
それ以後、長期勤続者の移動は、もはや、不当扱いのシンボルとしてではなく、単に個人的な出来事として見なされるようになったのです。あれほど急激に吹き荒れた嵐は、同じように急速に止んでしまったのだ。
しかし、例の年の若い部長に対する反感だけは長く消えませんでした。群衆心理によって生まれた習慣と感情は、群衆心理が治まった後までも残ることが多いのです。外見上、事件が落着しても、その事件の生んだ疑惑、嫌悪、好ましくない習癖などが、いつまでも尾を引いて、平和的な生産関係を損なうことになるのです。
この話は、心理的な力がグループやそのリーダーに及ぼしたおそるべき影響を端的に表しております。こうした場合、リーダーが、正常関係を維持するために打つ手は、「その場の支配的な空気と、その理由を絶えず感知する」以外にありません。
前記の騒ぎは、従業員のそのときどきの反応をよく注意しなかったから大きくなったのです。
前記の引用から、他にもいくつかの教えが与えられております。
何よりも注意すべきことは、一端不調整が生ずると、絶対にもとの状態には戻れないということです。事態が治まっても、以前とは何処か違った空気が出来ているのです。これは、志気を脅かす新しい発端になる可能性が大きいのです。そのためリーダーは十分な心配りが大切になってくるのです。
リーダーの指導がよくて、志気を盛り返したような場合であっても、人々の反応は遅れがちになります。例えば、営利企業のように、組織の利益しか考えない狭い目標には、従業員は習慣的に、身を守り、リーダーが新しくしようとする事に対しても、先ず疑惑の目を向けることになります。
仮に、リーダーシップの性格が、リベラルな進歩的方向に急転したとしても、構成メンバー等の従属者の疑惑と憂慮が信頼と協調に変わるには、優に一世代はかかるのではないか、と、ある老巧な実業家が言い切っています。
今一つの教訓は、「リーダー」とその「従属者」の関係において、「決定的な要因」となるのは、それがどのように誤っていようとも、従属者の考えあるということであります。
だからこそ、事態を適切に処理するためには、リーダーが従属者の心理の動きを正しく察知することこそが絶対に重要で且つ必要なことなのです。
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