[トップページ] [平成11年上期一覧][Common Sense][222.01319 中国:反日外交][319 国際親善]


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        _/  _/    _/  _/           Japan On the Globe (73)
       _/  _/    _/  _/  _/_/      国際派日本人養成講座
 _/   _/   _/   _/  _/    _/    平成11年2月5日 6,202部発行
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_/_/      Common Sense: 親善外交の常識
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_/_/           ■ 目 次 ■
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_/_/    1.「侵略者」の「戦争責任」?
_/_/    2.独立国家間の親善外交とは
_/_/    3.日本は天安門事件を容認したのか
_/_/    4.謝罪と朝貢
_/_/    5.陛下の示された独立外交の精神
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■1.「侵略者」の「戦争責任」?■

     1950年6月25日、安保理事会は北朝鮮軍の韓国侵入の報を
    受けてこれを「平和の破壊」と認定し、1951年2月1日の国連
    総会は、「侵略者」たる北鮮軍を支援した中華人民共和国の行
    為を「侵略行為」と決議しました。しかしかうして国連によっ
    て「侵略者」と認定された北鮮、中国の両国に対しても、その
    「戦争責任」を論ずるものはありません。[1,p224]
    
 昨年、江沢民主席が来日して、所構わず「歴史認識問題」を持ち
出して、わが国に「侵略」の反省を迫ったときに[2]、この言葉を
ぶつけて、中国政府はこの「侵略行為」をどう反省しているのか、
と聞いてみたかった。

 これは拓殖大学総長・小田村四郎氏の発言である。小田村氏は大
蔵省、防衛庁、日本銀行、行政管理事務次官などの要職を通じて磨
かれた政治・立法の見識をもとに、近年の様々な政治・外交問題に
ついて、剛直な正論を説き続けてこられた。

 今日の異常な日中関係は、平成4年の天皇陛下御訪中を一つの起
点とする。当時、国内に強い反対論が展開されたのだが、その中心
が小田村氏であった。多くの国民が対中謝罪外交の迷妄に気がつき
始めた今、新たな日中友好関係を構築していくには、もう一度、小
田村氏の説かれる国際外交の常識に耳を傾けるところから始めるべ
きだろう。

■2.独立国家間の親善外交とは■

 平成4年、日中国交正常化20周年を記念して、天皇陛下御訪中
の計画が浮上した。しかし、これが「朝貢と謝罪」の外交に皇室を
巻き込むものであるとして、反対論が台頭した。政府は御訪中決定
の前に、数人の有識者から意見聴取を行ったが、その一人が小田村
氏であった。

 国内の御訪中推進派が、陛下による対中謝罪によって「過去の不
幸な歴史にけじめをつける」事を主張している事に対して、氏は次
のように意見陳述をされた。[1,p198-201]

1)過去のけじめは日中共同声明や日中平和友好条約で終わっている。

2)仮に両国間に何らかのわだかまりが残っているにしても、それを
  解決するのは外交当局の責任であり、陛下にご負担をおかけする
  ような事は、国民道徳としても、憲法の規定から言っても許され
  ない。

 外交上のけじめとは、声明や条約という合意文書の形でなすべき
ものだ。「歴史認識」や「心からの反省」などと言っていたら、際
限のないことになってしまうというのは、御訪中後、6年たった現
在でもまだ中国側が謝罪を要求している事から、明らかである。こ
の時に政府が1)の原則を貫いていたら、今回の江沢民の執拗な謝
罪要求もなかったはずである。

 2)の点は、日本国憲法第一条の「天皇は国民統合の象徴」とい
う規定からも、陛下の外国御訪問は、国民全体が一致してお出まし
願うという場合に限るべきであるという原則である。外交上の問題
のある国に対して、陛下のご訪問で解決を図るというのは、皇室を
政治問題に巻き込む事であり、大変な不見識なのである。

 時の宮沢首相、加藤紘一官房長官は、こういう基本原則を踏みに
じって御訪中を強引に実現したのである。

■3.日本は天安門事件を容認したのか■

 小田村氏は、政府が御訪中を強行するにしても、北京天安門広場
の人民英雄記念碑は決して、行幸されてはいけない、と説かれた。
    
     この記念碑は、抗日戦の戦士の碑であるのみならず、先の天
    安門事件に際し犠牲となった兵士達も祀られてゐると聞きます。
    それ故に、昨年秋、海部総理が、訪中の際ここを訪れて献花し
    たことは、中国の人権弾圧を批判する欧米諸国から、日本は天
    安門事件を容認したのか、と強い非難を浴びました。[1,p202]

 国家元首が外国訪問をされる時に、どの地を訪問されるかは、重
要な政治的メッセージとなる、というのは外交常識である。江沢民
主席が訪米した時に、真珠湾を訪れたのは、アメリカと中国は、日
本を敵として、共に戦った仲ですよ、とのアピールなのである。

 小田村氏の警告を聞き入れたのか、天安門広場はご訪問先に入ら
ず、我が国が「天安門事件を容認している」という誤ったメッセー
ジを世界に送る愚は避けられた。

 また、中国が我が国の国連PKO参加に反対しているのは、
    
     国連憲章第24条により国際の平和と安全に関する責任を負
    ひ、加盟国に代わって行動する義務を有する安全保障理事会の
    常任理事国の立場と全く矛盾するものであり、我が国としては、
    安全保障常任理事国としての中国の責任を追及し、中国の非難
    に対しては毅然として論駁し、国連平和維持活動に対する我が
    国の参加を歓迎する旨を表明させることが必要であります。
    [1,p206]

 相手が誤っている点については、このようにその非を堂々と指摘
する、これが独立国としての外交の原則である。それを逸脱してま
で、相手のご機嫌を損じまいというのでは、宗主国と属国の関係に
なってしまう。

■4.謝罪と朝貢■
    
 陛下をお迎えした揚尚昆国家主席は、次のような発言をした。

     遺憾なことに、近代の戦争において、中日関係に不幸な一時
    期があったため、中国国民は大きな災難を蒙りました。前の事
    を忘れず、後の戒めとし、歴史の教訓とすることは両国民の根
    本的利益に合致する事であります。

 昨年の江沢民主席が繰り返した謝罪要求とまったく同じである。
これに対して、小田村氏は次のように批判した。

     もともと、友好親善を目的としての元首の訪問であれば、 
    1986年に訪中されたエリザベス女王の如く、過去の戦争に
    触れないのが通例である。互いに名分を譲らぬ戦争を論ずるこ
    とは親善目的に反するからであり、もし触れる場合には相互に
    交戦将兵の武勇を讃へ、困苦欠乏に耐へた国民の偉大さを賞賛
    するものでなければならない。[1,p218]

 また、江沢民主席は3900億円のODAを単に「評価する」の
一言しか言わずに受け取っていったが、日本には感謝しないという
姿勢は、御訪中の時も同じであった。
    
     揚主席のスピーチが政治的発言に終始したに拘らず、我が国
    がこれまでに膨大な経済援助(低利円借款1兆6100億円、
    輸銀エネルギー借款1兆7千億円、無償援助700億円等)を
    供与して来たこと、天安門事件以後世界的に孤立した中国に対
    し我が国が率先して交流を復活し借款供与を再開したことに対
    して一言の謝意の表明もなかった[1,p213]
    
 日本に対して、徹底的に謝罪を求める一方、経済援助は感謝の言
葉もなく、当然のものとして受け取る。こうした中国の外交姿勢を、
氏は次のように分析される。
       
     思ふに、彼等のいふ「礼儀」なるものは、決して近代国際関
    係における対等国間の礼儀、即ち独立主権国家同士の礼儀では
    ないのではないか。中国はあくまでもその名の通り中華であり
    「無謬」であるが、日本は侵略という罪科を犯した前科国であ
    り、永久に反省を続けなければならない。犯罪国が犯罪の結果、
    損害を蒙るのは罰として当然であり、経済協力は当然の贖罪で
    ある。友好とはこの大前提に立っての友好であるから、対等の
    関係とはなり得ないのは当然である。彼らの行動はかかる思考
    に基づくと考えない限り理解できない。[1,p213]

■5.陛下の示された独立外交の精神■

 さてこうした政府当局の不見識のもとで強行された御訪中であっ
たが、その中での陛下のお言葉に関して、氏は次のように指摘された。

     お言葉の中で特筆すべき部分は、マスコミは無視してゐるが、
    (中略)陛下が遣隋使、遣唐使を日中交流史の最初に取り上げ
    給うたこと、今世紀に入ってから中国の留学生や志士が多く来
    日して交流を深めた事実に言及し給うたことにある[3]。前者
    は我が国がアジアで支那と対等の外交を行った唯一の国である
    ことを含意し、後者は中国の近代化に対する我が国民の多大の
    援助と尽力を想起させられたのである。[1,p217]

 遣隋使を送るに際し、聖徳太子は随の煬帝にあてて、「日出づる
処の天子、署を日没する処の天子に致す、恙無(つつがな)きや」
と対等の立場から国書を送られた。これが我が国が支那の册封体制
(宗主国−属国の体制)からの独立を宣言した第一歩なのだが[4]、
陛下のお言葉も、この独立精神に沿われたものである。

     外国(とつくに)の旅より帰る日の本の空赤くして富士の峰
    立つ

 御訪中の帰路、陛下の詠まれた御歌である。歌人の鈴木正男氏は、
この御歌に「びっくりするほど感激」したとして、次のように語ら
れた。

     使命を終えられ日本にお帰りになるときにちょうど夕日が照
    って空を赤くしている。その夕日のなかに富士が浮かび上がっ
    て聳え立っている。我が帰り行くのは、富士の聳え立つ国であ
    る。こういうまことに堂々とした、陛下でないと出来ない歌な
    のです。[5]

 皇后様が言われたように、他国と橋をかけるには、まず自分自身
の「根っこ」をしっかりもたなければならない。独立国家間の対等
な友好関係において、これが基本である。[6]

[参考]
1. 占領後遺症の克服−祖国の真の独立のために−、小田村四郎、
   国民文化研究会、H7.1、(ご希望の方は、本メールに返信の形
 で、ご注文下さい。\700+送料)
2. JOG(66) 江沢民の憂鬱 −歴史認識しかない対日カード
3. JOG(43) 孫文と日本の志士達 
4. JOG(57) 自主独立への気概 
5. 御即位十年に仰ぐ「おほみうた」の伝統、鈴木正男、
  明日への選択、H11.1
6. JOG(69) 平和の架け橋


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■北京より 斉藤恵美さん
 中国語を学び、仕事で大陸に来てもう2年になりましたが、確か
に大陸人と台湾人の差は歴然としています。台湾人は他人のような
気がしないのです。そしてよく比較される台湾と韓国の日本統治に
対する認識の差というのも感じました。

 韓国に留学していたとき、いつも話題になる日韓関係。しかし、
韓国人というのは日本に対する反感を持っていながら、個人として
日本人を好きになってしまうとそのジレンマに苦しむ、というかわ
いい面を持っているような気がして引きつけられてやみません。

 また、特に北京と言う場所柄は日本に対する関心があまり高くな
いところです。大連や上海では日本語を勉強する人は大勢いますが、
政治の中心北京はまず英語やフランス語ドイツ語といった西洋語に
関心が向いているようです。

 そのためか、日本のことを知っている人、興味のある人が相対的
に少なく、これなら憎い、嫌いといっているが、日本のことは韓国
人の方がよく分かっている、と思いました。知らないと言うのが一
番悲しいことですから。

 そんなわけで、日本を正しく理解するための知識としてこれから
も楽しみに読ませていただきます。

草壁志郎さん   
 外交に天皇陛下を利用するのは良い事とは思えないが、しかし一
方で、陛下の品位ある態度が外国で好評を博しているのも確かです。

 それにしても、様々な意味で微妙な立場におられる陛下が、どこ
の国へ行ってもその名に何ら恥じる事のない立派な態度を貫いてお
られる事には、感動を覚えるところです。

 訪中の帰路に詠まれたという御詩も素晴らしく、日本という国を、
不必要な気負いなどなしに、唯、その美と豊穣を誇りに感じておら
れるご様子。私もかくありたいと感じずにはいられません。 この
ような立派な心を持って他国の人々と接すれば、人間と人間の関係
の中で最も重要な、相手を尊重する精神を自分にも相手にも根付か
せる事が出来る事でしょう。

 外交に最も必要なものは、自らを確かなものと感じることにより
生ずる品位です。品位を持って行動するなら、いかなる時にもその
品位に恥じる行為を控え、たとえ相手が自分と意見を異にしたとし
ても、それを意見として認める事が出来るばずです。これこそが対
等な友好関係と呼ばれるものではないでしょうか。

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