[トップページ] [平成11年上期一覧][Common Sense][210.755 大東亜戦争:特攻隊員の思い]


          _/    _/_/      _/_/_/  _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
        _/  _/    _/  _/           Japan On the Globe (80)
       _/  _/    _/  _/  _/_/      国際派日本人養成講座
 _/   _/   _/   _/  _/    _/    平成11年3月27日 7,269部発行
  _/_/      _/_/    _/_/_/   _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/
_/_/     Common Sense: ミラー大尉の残したもの
_/_/
_/_/           ■ 目 次 ■
_/_/
_/_/       1.プライベート・ライアン
_/_/       2.新しいヒーロー達
_/_/       3.最後のコンサート
_/_/       4.ミラー大尉の遺したもの
_/_/       5.何ものにもかえ難いもの
_/_/    
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■1.プライベート・ライアン■
 今年のオスカー賞で監督賞その他、5部門で受賞した「プライベ
ート・ライアン」は、凄まじい戦闘シーンが話題になったが、その
陰で実に重いテーマを提起していた。
 プライベート・ライアン、すなわち、ライアン二等兵は、男ばか
りの4人兄弟なのだが、3人の兄がほぼ同じ頃に戦死する。4人目
を死なせてはならないと、ライアンを生きて母親の所に戻すために、
トム・ハンクス演じるミラー大尉以下、8人のチームが派遣される。
 チームの中では、なぜ一人の命を救うために、8人が命を懸けね
ばならないのか、という当然の疑問が生まれる。しかし、その答え
は見つからないまま、ドイツ軍との激戦の続くフランスの最前線で、
捜索を続け、一人二人と命を落としていく。
 ようやくライアン2等兵を見つけるのだが、彼は重要な橋を守っ
ている時に、任務と仲間を捨てて戦線を離脱することを拒否する。
しかたなくチームは一緒に橋を守るために戦う。ライアンは生き残
るが、ミラー大尉は彼を護って戦死する。負傷して、動けなくなっ
ても、敵の戦車にピストルをうち続けて、、、。[1]
■2.新しいヒーロー達■
 かつてのアメリカ映画のヒーローと言えば、大活躍の後は九死に
一生を得て、ハッピーエンドに終わったものだった。しかし近年の
新しいヒーロー達は違う。
 小惑星が地球に衝突するという危機を描いた「ディープ・インパ
クト」では、宇宙船が水爆を抱えたまま小惑星につっこんで爆破し、
地球を救う。まさに特攻だ。
 大ヒットした「インデペンデンス・デイ」では、宇宙人の巨大円
盤がレーザーで地球の大都市を次々と破壊していく。空軍パイロッ
ト出身のアメリカ大統領が自ら戦闘機に乗り込み、最後の攻撃をか
ける。しかし護衛の攻撃艇に阻まれ、ミサイルを打ち尽くしてしま
う。
 やがて巨大円盤の底部が開いて、合衆国最後の拠点にレーザー攻
撃を始めようとする。そこに登場するのが、呑んだくれの老パイロ
ット。おんぼろ機に盗んできたミサイルをくくりつけている。
 無線で「とうさん、だめだ」と叫ぶ息子に対し、「いかにゃなら
んのだ、息子よ! おまえはいつも、おれよりうんと立派に家族の
面倒を見てくれた。あとはたのんだぞ。」
 おんぼろ機は、巨大円盤の開いた底部にミサイルもろともつっこ
み、見事、誘爆させる。これまた特攻である。
 タイトルの「インデペンデンス・デイ」とは、この総攻撃がアメ
リカの独立記念日7月4日に行われたことを意味する。総攻撃の前
の大統領の演説が胸を打つ。
 「さあ、諸君、勝とうが負けようが、ともに叫ぼうではないか。
我々は決して粛然と闇に消えたりはしない! 抵抗もせずに滅びて
たまるものか!」
 そして「なんらかの奇蹟により、一見不可能事に見えるこの戦い
に勝ち抜けたら」、地球上のすべての国家が肩を組み、「真の独立
記念日(インデペンデンス・デイ)を祝うのだ!」
 老パイロットの特攻は、この奇蹟をもたらしたのである。[2]
■3.最後のコンサート■
 特攻と言えば、大東亜戦争においては、約4千人のパイロットが
若い命を散らした。その一つの実話を紹介しよう。
 すでに米軍が沖縄に侵攻していた昭和20年5月のある日、二人
の童顔の陸軍将校が、佐賀県の鳥栖小学校を突然訪ねてきた。上野
歌子先生が応対すると、二人は言った。
     自分たちは上野音楽学校(現・芸術大)ピアノ科出身の学徒
    出身兵です。明日、特攻出撃することになりましたが、学校を
    出て今日まで演奏会でピアノを弾く機会がありませんでした。
     もちろん祖国のために命を捧げる事は本懐ですが、今生の思
    い出に思いきりピアノを弾いて二人だけの演奏会をやりたいの
    です。今日は目達原の基地から、あちらこちらとピアノを求め
    歩いて、やっとこの小学校にたどりつきましたが、どうぞお願
    いいたします。
 上野先生の胸中には灼きつく熱いものがこみあげてきた。
     どうぞ兵隊さん、時間のある限り弾いて下さい。私もここで
    聴かせていただきます。
 静かな放課後の音楽教室で、二人の少尉は、代わる代わるピアノ
に向ってベートーベンの「月光」などの曲を奏でた。その一時間程
の間に、どこから聞きつけたのか二十人程の学童達がいつの間にか
集ってきて、一緒にピアノの演奏に耳を傾けた。
 やがて帰隊の時刻も迫ってきた時、上野先生は二人に向って言っ
た。
     有難うございました。こんな素晴らしいピアノを何年ぶりか
    で聴かせていただきました。この子供達もあなた方のお姿と一
    緒に永遠に今日のピアノ演奏を忘れることはないでしょう。明
    日は愈々ご出発とのことですが、心からご武運を祈らせていた
    だきます。お別れにこの子供達と『海行かば』を合唱させてい
    ただきます。
 教室一杯に静かに『海行かば』が流れた。送られる二人の少尉も
いつしか声をあわせて一緒に合唱していた。
 帰り際、二人の少尉は「この戦争はいつかは終わります。しかし
今自分達が死ななければ、この国を君たちに残すことはできませ
ん」といって、子供たちの頭をなで、満足の微笑みをたたえながら
去って行った。
 翌日の午前、鳥栖小学校の上空に一機の飛行機が現われ、二度、
三度と翼を大きく振りながら南の空へ飛び去っていったという。こ
の時のピアノは今も、鳥栖小学校に保存されているそうだ。[3]
■4.ミラー大尉の遺したもの■
 特攻隊に対して、「負けると分かっているのに、命を捨てるのは
犬死だ」と思う人もいるであろう。そう考えれば、一人の二等兵を
救うために、ミラー大尉ら8人もが命を懸けるというのも、計算に
合わない。
 「インデペンデンス・デイ」で、「一見不可能事に見える戦い」
に「抵抗もせずに滅びてたまるものか!」、「いかにゃならんの
だ」と言って大統領やおいぼれパイロットが出撃したのも、戦術的
に考えれば、非合理な戦いであった。しかし、計算に合わないから、
非合理だから意味がない、とは言えない所に人生の複雑さがある。
 「プライベート・ライアン」は、生き残って半世紀後に老人とな
ったライアンが、ミラー大尉の墓参りをするシーンで閉じられる。
墓の前でひざまづき、涙をこぼしながら言う。
     たとえ一日だって、あの橋であったことを考えない日はなか
    った。(中略)努力しました。精いっばい人生を送るように努
    力しました。これでじゅうぶんでしょうか。(中略)農場を経
    営し、家族を育てました。ひとつの人生を生きました。せめて
    大尉だけでも、あなたがたのやってくださったことに見合うよ
    うなひとかどの人間になったと思ってくださるでしょうか。
 ミラー大尉が天国でこのライアンの声を聴いたら、自分達の犠牲
もまた意味があったと思うのではないだろうか。
■5.何ものにもかえ難いもの■
 フランスの元・文化大臣、アンドレ・マルローは次のように言う。
     確かに日本人は第2次大戦で敗れた。だがその代わりに何も
    のにもかえ難いものを得たことを忘れてはならない。それは世
    界のどの国にも真似のできない特別攻撃隊である。戦後フラン
    スの大臣として日本を訪れたのは私が最初だが、その時も陛下
    (昭和天皇)にとくとそれを申し上げておいた。
    
     スターリン主義者たちにせよ、ナチ党員たちにせよ、結局は
    権力を手に入れるための行為にすぎなかった。日本の純真な若
    い特攻隊員たちは、ファナチック(狂信的)だったとよくいわ
    れる。それは違う。彼らには権勢欲とか名誉欲など露ほどもな
    かったし、ひたすら祖国を憂える貴い熱情があるばかりであっ
    た。
    
     代償を求めない純粋な行為、そこに真の偉大さがあり、逆上
    と紙一重のファナチズムとは根本的に異質である。人間はいつ
    でも偉大さへの志向を失ってはならないのだ。[4]
 後を継ぐ我々が、この「祖国を憂える貴い熱情」を受け止めて、
より良い国作りに励めば、4千人の若者が捧げた生命は「何ものに
もかえ難いもの」として意味を持つのだろう。
■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. マックス・A・コリンズ、「プライベート・ライアン」★★、
  新潮文庫、H10.8
2. デブリン&エメリッヒ/スティーブン・モルスタッド、
  「インデペンデンス・デイ」、徳間文庫、H8.11
3. 「高校と教育」、H2.11
4. 「特攻」とは何だったのか、明日への選択、H7.12
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/★★読者の声★★_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「ミラー大尉の残したもの」について            sasaki様より
 今回の記事における「アメリカ映画における[特攻]の描かれ方」
はとても考えさせられる内容でした。これらの事が決して「愚行」
ではなく、むしろ「英雄的行為」として描かれている事は欧米の人
々の特攻隊に対する考えが反映しているものなのだと思います。
 この「アメリカ映画における特攻シーン」については、私は「ス
ターウォーズ・ジェダイの復讐」を思い出しました。この映画でも、
クライマックスの戦闘シーンで反乱軍の戦闘機が帝国軍の戦艦に特
攻を行なうシーンが有ります。
 そして、この特攻は愚行どころか帝国軍の旗艦に致命傷を与えま
す。ここで改めて考えてみたのですが、製作のルーカス氏や監督の
マーカンド氏が、これが「KAMIKAZE ATTACK」だという事に気がつ
かないでこのシーンを入れたという事はありえないはずです。
 だとすれば彼らは、いや彼らもまた「特攻」は決して愚行でも無
駄な事でもない、と考えているという事だと思います。欧米の人々
はたとえ敵国であっても、特攻隊は「敵ながら天晴れ」という感覚
で捉えているのだと思います。今、私はむしろ日本人が、というよ
り日本人だけが特攻隊について、「狂気の沙汰だった」とか「無駄
な事だった」と戦後ずっと言い続けてきた、という事に気づいてな
んとも言えない複雑な気分です。
            アメリカ・ナッシュビル在住 Megumi Kimura様より
 私が小学校で教師をしていた頃,運動会の開会式で,国旗掲揚の
際に,子供たちや教師が脱帽するかどうかという事が,職員会議の
議題になった事があります。その時の先生方の意見の多数は,「国
旗掲揚の時に,なぜぼうしを脱がなければならないのか,と子ども
にきかれても,わたしは説明できない。」というものでした。
また,「子供たちに,帽子を脱ぐ事を強制する事は,民主主義に反
する事だ。」という意見もありました。それで結局,こどもたちに
は脱がなくていいという指示が出て,私たち教師は,個人の意志に
任せる,という事で一件落着したのを覚えています。
 この話からわかるように,私たち日本人は,数世代にわたって,
国の象徴である国旗を敬う術さえ無くしてしまっているのです。本
当は,私たち大人が,教師が,教えていかなければならないのに,
私たち大人もまたその術を知らないのです。
 私もその一人でした。しかし,ある日を境に,考えが変わりまし
た。それは鹿児島にある知覧特攻記念館を訪れた日からでした。そ
こには神風特攻隊員として若い命を散らした人たちの,家族や恋人
にあてた最後の手紙などが展示されていました。
 戦争のために自分は死んでいくのに,みんな「日本万歳」といっ
て死んでいったという話を聞いたとき,また日の丸を抱いて出撃し
ていった人たちを考えたとき,私は国旗日の丸の重さを思わずには
いられませんでした。日の丸が抱えている重さは,私たちの国日本
が歩んできた歴史の重みなのです。
 それは,繁栄や成功や失敗,責任,そして反省などすべてのもの
を内包しているのだとおもうのです。私たち日本人は,この国旗に
象徴される日本という国を,ありのままに受け止め,次世代へ伝え
ていく義務があるのではないでしょうか。最後まで日本国を思って,
日本国のために,自らの命を散らした人たちがいたという事を,忘
れるべきではないと思います。
                      大石 郁夫様より
 こんにちは、いつも愛読させてもらってます。JOG80号、「ミラ
ー大尉の残したもの」を読み返して涙が止まりませんでした。何か、
いてもたってもいられない気持ちになり感想を送らせてもらいまし
た。ものすごく意味深な内容であり、また誰もが琴線に触れる名文
であると思います。
「自分も命をかけて誰かを愛せるだろうか。また、知らないうちに
もそのような愛を受けているとしたら、どのようにしてお返しでき
るだろうか・・・」と深く考えさせられました。
 すんでる所の近くに江田島の海軍兵学校跡があることもありまし
て職場の者とか友人数人にプリントアウトして配りました。皆涙ぐ
みながら読んでいました。
(江田島の海軍兵学校跡について)
 今の教育問題など、若者たちをここに連れて行くだけでも相当解
決するんじゃないかと思います(笑)。特攻隊の青年たちが遺した
遺書の数々・・・。人生観がいっぺんで変わってしまいます。
★編集部より 知覧、江田島とならんで、東京では靖国神社の遊就
  館に展示があります。
http://www.yasukuni.or.jp/

[トップページ] [平成11年上期一覧][Common Sense]113 人生観][210.75 大東亜戦争]

© 1999 [伊勢雅臣]. All rights reserved.