[トップページ] [平成11年下期一覧][Common Sense][323 憲法]


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        _/  _/    _/  _/         Common Sense: 憲法の国際ベンチマーキング
       _/  _/    _/  _/  _/_/   〜日本国憲法、無改正期間の世界記録更新中〜 
 _/   _/   _/   _/  _/    _/                          12,922部 H11.09.18
  _/_/      _/_/    _/_/_/   Japan On the Globe(105) 国際派日本人養成講座

■1.日本国憲法、無改正期間の世界記録更新中■

  「日本国憲法は、世界の約180カ国の憲法の中で、15番目に
  古い」という事実をご存知だろうか? 世界の憲法を古い順にト
  ップ5と、敗戦国の日独伊のみ紹介すると、[1,p17]

  順位 制定年 国名      改正の実際
   1 1787  アメリカ    1992までに18回、27ヶ条の追補
   2 1814  ノルウェー   1995までに139回、256ヶ条の改正
   3 1831  ベルギー    大きく5次の改正、1993に大改正
   4 1868  ルクセンブルグ 1983までに9回改正
   5 1874  スイス     1997までに132回改正
         〜〜〜
  15 1946  日本      無改正
         〜〜〜
  17 1947  イタリア    1993までに6回改正
  18 1949  ドイツ     1998までに46回改正
  
   我々は、戦後の「新憲法」は世界でも新しいものとなんとなく
  思っているが、こうして他の国々と比較してみると、実はそうで
  はないという、思いがけない事実が浮かび上がる。このような比
  較を産業界ではベンチマーキングと言い、自社を客観的に評価し
  て、「井の中の蛙」にならないよう務めている。今回は、憲法論
  議の最初として、まずこのベンチマーキングで、客観的な事実認
  識をしておこう。

   上のリストで断然目立つのは、日本の「無改正」である。21
  位まで見ても、他に「無改正」の国はない。改正を憲法のバージ
  ョンアップととらえると、現行バージョンでは、日本国憲法が世
  界最古となる。わが国は50年以上も憲法改正なしの世界記録を
  更新中なのである。
  
■2.世界で唯一の平和憲法?■

   日本国憲法は世界でも唯一の平和主義憲法であり、第9条を世
  界に輸出すべしなどと説く人々がいる。これもベンチマーキング
  で検証してみよう。

   まず、日本と同様に「国際紛争解決するための手段としての戦
  争放棄」を憲法で謳っている国々は、アゼルバイジャン、エクア
  ドル、ハンガリー、イタリア、ウズベキスタン、カザフスタン、
  フィリピンと7ヶ国にのぼる。
  
   さらに「国際紛争の平和的解決」、「侵略戦争または攻撃的戦
  争の否認」、「平和を国家目標に設定」、「中立政策の推進」な
  ど、何らかの形でこれら平和主義条項を憲法に取り入れている国
  家は実に124カ国に及ぶ。

   歴史的にみても最初に平和主義条項を唱えたのは日本国憲法で
  はない。第一次世界大戦の反省として、1919年のベルサイユ平和
  条約、1924年のジュネーブ議定書、1925年のロカルノ条約などを
  経て、1928年に締結された不戦条約では、「国際紛争解決の手段
  としての戦争」と「国策遂行の手段としての戦争」が違法とされ
  た。
  
  「国策遂行の手段としての戦争放棄」は、1931年のスペイン憲法
  や1935年のフィリピン憲法に取り入れられた。1940年のキューバ
  憲法は「侵略戦争の否認」を明記している。これらが平和主義憲
  法の嚆矢である。日本国憲法の平和主義は、決してオリジナルで
  も、トップランナーでもない。

   ただし、日本国憲法がユニークなのは、「平和主義=非武装」
  としている点である。非武装を謳っている憲法は世界でも皆無で
  ある。それなら、この「非武装主義」を世界に輸出するか?
  
   しかし海上自衛隊が第7位にランキングされるなど、世界でも
  有数の規模を誇る自衛隊を持ちながら、これを軍隊ではないと強
  弁して、「非武装主義を見習いなさい」と持ちかけても、世界の
  人々はジョークとしてしか受けとらないであろう。

   逆に、平和主義条項で世界の国々から、学ぶべき点がある。た
  とえば、核兵器の廃絶を憲法に謳っている国々が少なくない。カ
  ンボジア、リトアニア、アフガニスタン、ベラルーシ、コロンビ
  ア、モザンビーク、ニカラグア、パラオ、フィリピンなどである。
  わが国は唯一の被爆国として、世界に反核を訴えているが、真に
  反核を国是とするなら、当然、憲法にその旨を明記すべきだろう。
  [1,p19]

■3.基本的人権は完備しているか?■

  「基本的人権の尊重」においても、日本国憲法は世界に誇るべき
  ものだ、と思っている人が多い。しかし、さすがに50年以上も
  改正を怠っていると、世界の新しい人権思想の潮流から取り残さ
  れつつある。
  
   1990年代に制定された新憲法65のうち、実に51の憲法が、
  環境に関する条項を設けている。この傾向はすでに70年代から始
  まっており、たとえば、1978年のスペイン憲法では、「何人も、
  人格の発展にふさわしい環境を享受する権利を有し、およびこれ
  を保護する義務を負う」とある。
  
   同様に、65の新憲法のうち、44はプライバシーの権利を明
  記している。特にクロアチアなど最近の憲法は、コンピュータの
  発達を反映して、個人データの保護を取り入れているものまであ
  る。
  
   「知る権利」については、65のうち25カ国が取り入れてい
  る。さらに、外国人の権利保護、高齢者・身体不自由者の保護、
  消費者の保護、スポーツ・余暇の奨励、文化および伝統の保護・
  育成など、人権条項の多様化が進んでいる。
  
   半世紀以上も前のままの日本国憲法には、当然これらの新しい
  概念はなく、抽象的な「幸福追求の権利」で済ませている。
  
   もう一つ、人権は当然、無制限ではありえない。日本国憲法で
  も第12条に、「国民は、これを濫用してはならない」とあるが、
  これはいかにも抽象的なお説教に過ぎない。どういう場合が「濫
  用」なのかが定義されていないと、法文としては不十分である。
  
   たとえば、1966年の国際人権規約では、表現の自由は「国の安
  全、公の秩序、または、公衆の健康または道徳の保護」の観点か
  ら制約に付されるとしている。
  
   基本的人権とは、具体的にどのような権利を含み、それがどの
  ような場合に制約を受けるのか、この点を明確化しようという真
  摯な努力を国際社会は続けているのである。これこそ真に人権を
  尊重する道であろう。[1,p25]

■4.非常に整った憲法?■

   日本国憲法は、全体的に格調高く、非常に整った憲法であると
  評価する向きがある。はたしてそうであろうか。例えば次の2つ
  の条文を比較してもらいたい。
  
    第97条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類
    の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利
    は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵す
    ことのできない永久の権利として信託されたものである。

    第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。
    この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない
    永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

   ほとんど、同じような内容である。全体でもわずか103条し
  かない憲法に、どうしてこのような繰り返しがあるのか。
  
   実は、占領軍総司令部が作成した草案は、97条に近いものだ
  ったが、そのような歴史的・芸術的表現は、日本の法文の体系に
  合わないとして、日本側が書き改めたのが第11条なのである。
  
   総司令部もいったんは日本案を了解したのだが、後で「実は、
  あの条文はホイットニー将軍(総司令部民生局長)が自ら筆をと
  った自慢のものだから、せめて後の章にでもいいから入れてもら
  いたい」と懇請してきた。
  
   そこで、第97条として生かされることになった。ホイットニ
  ー局長は自分の自慢作が残ったことにいたく満足して、日本側担
  当者の手を握って何度もお礼を言った。この担当者は、「いった
  い、どこの国の憲法を手伝いにきたのか」という錯覚をおこしそ
  うになったという。[1,p210]
  
   外国人へのごますりのために、本来不要な条文が追加されたと
  いうのは、世界でも例がないに違いない。

■5.悪訳、誤訳■

   文章自体の格調の高さを見てみよう。前文は次の文章で始まる。
  
     日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて
    行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和によ
    る成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、
    政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにす
    ることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、こ
    の憲法を確定する。
    
   この文章を読んで、一度で文章の脈絡が理解できる人がどれだ
  けいるのだろうか? たとえば、「決意し」というのは、「行動
  し」や「確保し」までも含めているのか、どうもよく分からない。
  これではせっかくの「決意」も空振りである。
  
   このように英語文脈をそのままにして、単語だけ和訳した結果、
  意味の通らない文章になってしまうのは、英語の初学者が良くす
  る失敗である。
  
  「国会における代表者を通じて行動し」という表現も、通常使わ
  れる日本語ではなく、意味がよく分からない。原文を見ると"We,
   the Japanese people, acting through 〜" とあり、これは
  「〜を代理として」という意味である。とすると、冒頭の文章は、
  「日本国民は、正当に選挙された国会議員を代理として、以下の
  ことを決意した」という文脈だということが分かる。
  
   総司令部から、48時間以内に和訳せよ、と言われて、大急ぎ
  で作業した所から生じた誤訳であろう。ある国の憲法が、外国語
  からの翻訳であり、原文に遡らないとなかなか意味も通じない悪
  訳や誤訳を含む、というのも、世界に類のない珍現象に違いない。
  [2,p202]

■6.改正基準の厳しさ■

   このような日本国憲法に対して、国民の46%が改正を支持
  (反対は39%、朝日新聞の平成9年4月調査)している。しか
  し、改憲がどれだけ容易かを見てみると、ここにも日本国憲法の
  特異性が見える。
  
   日本国憲法は、衆参両議院の総議員数の2/3が賛成して、よ
  うやく改正の発議ができ、さらに国民投票にかけて、過半数の賛
  成を必要とする。
  
   大日本帝国憲法では、衆議院、貴族院の2/3以上の出席があ
  り、その2/3が賛成すればよかった。ちなみにアメリカ憲法の
  場合は、上下両院議員の出席者の2/3が賛成し、あとは、州議
  会の3/4が賛成すればよい。総司令部は、自分たちの作った憲
  法がすぐには改正できないように、もともと緩やかであった大日
  本帝国憲法の改正基準を、自国よりもさらに厳しくしたのである。
  
   日本国憲法が、50数年以上もの無改正期間の世界記録を更新
  しつつあるのは、このあまりに厳しい改憲基準のためである。ま
  さに総司令部の狙いどおりになったのである。

■7.立憲政治を腐食させる護憲派■

   憲法改正を議論するためにようやく設けられることになった憲
  法調査会に関して、朝日新聞の社説は、次のように述べる。
  
     けれども、ことは国家の根本規範にかかわる。いま、なぜ憲
    法を調査するのか、をわかりやすく国民に説明する必要がある。
    国会論議はいかにも不十分だった。[3]
    
   上述のいろいろな欠陥にも関わらず、世界で唯一、50年以上
  も無改正のままとなっている事実を踏まえれば、「いま、なぜ憲
  法を調査するのか」という主張の異常さがよく分かろう。国民の
  半数近くが改憲に賛成しているという自社の世論調査をも、無視
  する主張である。
    
   一字一句の改憲もさせまいという「護憲派」の姿勢は、次の2
  点で、健全な立憲政治の発展を阻むものである。
  
   第一に、改正を封じられた日本国憲法は進化をやめたシーラカ
  ンスの如く「生きた化石」となりつつあり、世界の思想進歩から
  取り残されつつある。
  
   第二に、現実と遊離した憲法の辻褄あわせのために、解釈改憲
  に頼らざるを得ない。たとえば、国民が改正を望む大きな理由は、
  現行憲法に「知る権利」やプライバシー権、環境権のないことで
  あるが、朝日の社説では、「条文に文言がないことが、これらの
  権利の実現を阻んでいるのだろうか」と述べ、「幸福追求の権
  利」を活用すれば良いと言う。

  「幸福追求の権利」から玉手箱のように「知る権利」でも、「環
  境権」でも、何でも取り出そうというのは、解釈改憲そのもので
  あり、自衛隊を軍隊ではないと言いくるめる詐術と同じである。
  
   法文はいかようにも解釈できる、というのであれば、国民は法
  に対する信頼を持ち得ない。法に対する信頼は立憲政治、法治国
  家の基盤であり、それがない所では民主主義も発展し得ないので
  ある。

■ 参考 ■
1. 「日本国憲法を考える」、西修、文春新書、H11.03
2. 「日本国新憲法制定宣言」、日本を守る国民会議、徳間書店、
    H6.4
3. 朝日新聞、社説、H11.07.30

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/★★読者の声★★_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
                  渡邉英一さん(56歳)より
「日本国憲法・・」を読んで。                                 
 
   改めて、憲法前文を読んで「これは、自虐憲法だ。」との思い
  を深くしました。

   特に腹が立つのは、「 ・・平和を愛する諸国民の公正と信義
  に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」の
  くだりです。 

   これを日本語に翻訳すれば、「先の大戦で極悪非道の大罪を犯
  した我等日本国民は、前非を悔い、戦勝国の(お慈悲と)公正と
  信義にすがって今後は真人間への更正の道を歩む事にしました
  (どうぞ今後の私たちを温かく見守ってください。お願いします。
  )」という事になりましょう。

   極東軍事裁判史観に端を発する自虐史観はこんな所にも周到に
  張り巡らされていたのかと愕然としました。

   終戦直後は、確かにこのような心境もうなずけない事はなかっ
  たが、それにしても、法学部のえらい先生方はこのくだりを学生
  にどのように講義したのでしょうか。憲法学者とやらの見識を疑
  います。

   さらには、現在の近隣諸国の何処が「公正と信義」の国なのか、
  「護憲、護憲」と繰り返す護憲派の連中や、朝日新聞の論説委員
  に具体的に教えてもらいたものです。 

   しかし、百歩譲って現行憲法を護っても、北朝鮮や共産中国に
  我が国は武力行使可能と私は考えています。 

   なぜなら、北朝鮮は「ヤクザ国家」であり、尖閣列島の海域を
  侵す共産中国は「盗人国家」であり、憲法前文に掲げられた崇高
  な「公正と信義」の国でない事は明らかであるので、そのような
  国家に対してまで、紛争解決の手段としての武力行使は放棄して
  ない(9条反対解釈)と考えているからです。

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