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-----Japan On the Globe(175)  国際派日本人養成講座----------
          _/_/   
          _/     Common Sense: なんで英語やるの?
       _/_/      
_/ _/_/_/         英語を第2公用語とし、30%もの日本人を
_/ _/_/          バイリンガルにする必要はどこにあるのか?
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■1.英語公用語論!?■

         すでに国際化の進行とともに、英語が国際的汎用語化し
        てきたが、インターネット・グローバリゼーションはその
        流れを加速した。英語が事実上世界の共通言語である以上、
        日本国内でもそれに慣れる他はない。第二公用語にはしな
        いまでも第二の実用語の地位を与えて、日常的に併用すべ
        きである。[1]

     平成12年1月18日に、小渕前首相に提出された「21世
    紀日本の構想」懇談会の最終報告書の一節である。「第二公用
    語」という表現が論議を呼んだ。
    
     朝日新聞コラムニストの船橋洋一氏による「あえて英語公用
    語論」[2]は、懇談会メンバーの一員として、報告書よりも具
    体的・積極的な公用語論を展開している。鈴木孝夫・慶応大学
    名誉教授による「英語はいらない!?」[3]は、社会言語学の
    専門家としての立場から、安易な公用語論に警鐘をならしてい
    る。
    
     国際派日本人を目指す本講座読者としても、この議論は大い
    に関心のある所だろう。これからの日本人が英語にどう向かう
    べきか、考えてみたい。
    
■2.言力政治■

     まず両書で共通するのは、政治家や官僚、大学教授、企業人
    など、国際社会で活躍すべき人々の間で、英語力が不十分であ
    り、それがわが国の国益を大きく損なっている、という問題認
    識である。
    
         その昔、ある財務官がG5(JOG注:米英日など主要5
        カ国)の会議での英語のやりとりについていけず、ある日
        本の電機メーカーに依頼して、アタッシュ・ケースの中に
        隠しテープレコーダー装置をつくった。ある時、それが発
        覚して問題になりかけた。[2,p187]

     笑うに笑えない悲喜劇だが、国際会議で議論の流れについて
    いけないのでは、わが国の国益を踏まえて発言することなど、
    できるわけがない。結局、会議の場ではSmile, Silent, Sleep
    の3Sで過ごし、後で議事録を読んで、対応を考えるという事
    になってしまう。
    
     懇談会報告書の中には、「言力政治」(ワード・ポリティッ
    クス)という表現がある。言葉を武器にして、日本の立場を国
    際的に主張し、国益を守っていく、ということで、これは本講
    座172号で紹介した「言挙げの方法」にも通ずる考え方である。
    [a] 鈴木孝夫氏もこの表現については、「我が意を得たり」と
    高く評価している。この「言力政治」を行うためにも、英語の
    能力は不可欠である。
    
■3.国際会議は、英語ではなく、イングリックで■

     しかし国際会議で使われる言語について、[2]の著者鈴木孝
    夫氏では英語ではなく、「イングリック」であるべきだという
    独創的な提案を行っている。English-like language、すなわ
    ち英語ではないけれども、英語らしき人工言語である。
    
     以前、スイスでの学術会議に参加した時のことである。欧州
    諸国メンバーに、米、豪、そして我々日本からの参加者が加わ
    って議論をした。言語は英語である。欧州勢のまとめた提案書
    で使われている"Project Configurator"という単語に、アメリ
    カ代表がけちをつけた。一般のアメリカ人には理解不可能な表
    現だ、というのである。
    
     国際会議に慣れないアメリカ人がよく犯す誤りだと思って、
    私が口を挟んだ。確かにconfiguratorという言葉は相当大きな
    辞書にも載ってないが、configure(構成する)という動詞が
    ある以上、configurator(構成者)という名詞があってもおか
    しくない。それがないとしたら、英語の方の欠陥である。学術
    用語として必要な単語はどしどし作り、互いの了解のもとに使
    えばよい。英語の慣用上の欠陥に縛られる必要はない。
    
     この時、鈴木孝夫氏の「イングリック」という考え方を会議
    の前提としていたら、このアメリカ人の発言は出てこなかった
    ろう。我々が今使っているのは、英米人の文化的財産である
    「英語」ではない。国際語として平等の立場で使われる「イン
    グリック」なのだから、英語の慣用に縛られる必要はないのだ、
    と。

■4.イングリックで発信重視■
    
     英語をネイティブ・スピーカー並みに話せることを目標とし
    ていては、一生かかっても難しい。また国際会議のやりとりで
    そんな必要もない。特に英語は、複雑な発音、不規則な綴り、
    go, went, goneなどの不規則活用、膨大な慣用表現などから、
    もともと国際語に適した言葉ではない。
    
     何よりも、英米人の英語をお手本としては、それ以外の国民
    には圧倒的に不利になる。だから英語ではない、イングリック
    だ、という割り切りが必要なのである。一応、こちらも苦労し
    て英語らしきものを使ってやるのだから、英米人も理解の方で
    努力し、分からなければ、相手の英語が悪いなどと言わずに、
    聞き直すべきだ、という姿勢である。
    
     思い返せば、筆者がかつて学んだカリフォルニアの大学院で
    は、このイングリックが常態化していた。台湾からの留学生は、
    "He don't come"などと平気で言う。しかもこの"He"とは、彼
    の妻のことなのだ。中国語では彼と彼女の区別はないそうなの
    で、この留学生は女性もすべて"he"と呼ぶのである。インド人
    留学生は"thirty" をタルティと発音し、フランス人留学生は"
    nation"を「ナッシオーン」などとフランス語読みする。我々
    日本人留学生は、RとLの発音がごちゃまぜになる。
    
     そんな様々なお国訛りのイングリックが飛び交うクラスの中
    で、高度な知的議論が展開されていた。アメリカ人同級生たち
    が、外国人の変な発音や表現をからかったりしたら、真剣な議
    論を冒涜するものとして、袋叩きにされていただろう。さすが
    にそんなアメリカ人は一人もいなかったが。
    
     わが国の国益を代表する人々には、国際会議の場でどしどし
    発言してもらわねばならない。そのために彼等が身につけるべ
    きは、英語ではなくイングリックなのである。そういう方針で
    イングリック教育を考えれば、発信能力重視でいかなければな
    らない。難解な英米文学をゆっくり読むのではなく、イングリ
    ックでディベートしたり、日本の歴史や文化のプレゼンテーシ
    ョンをするなどという形に変わってこよう。

■5.真の問題は語学力の不足ではない■

     イングリックを説きながらも、真の問題は語学力の不足では
    ない、というのが鈴木氏の問題提起である。
    
         何が国益かという考えが官僚になくて、外国との交渉を
        うまくやれるはずがない。外務大臣に日本を守る、主権を
        守る、国家の尊厳を守るという固い意志もなく、また、そ
        れを支える国民的背景もなくて、ただぺこぺこ謝罪すると
        か、なだめるとか、ODAの援助を手土産に持っていとか
        いう形だったら、英語ができようができないか関係ない。
        [3,p177]
    
         要するに私は、国際的な場面で日本は英語ができないか
        らかすみだしたのではなくて、日本人のあり方、日本国家
        の存在がかすみだしたから、持っている英語力さえも、十
        分発揮できなくなってしまったと思うのです。日本人がし
        っかりしていさえすれば、そして日本が国家としてちゃん
        としていれば、たとえ5しかない不完全な英語力でも、そ
        れは使い方次第で7にも8にも使えると思う。真の原因は
        英語力の不足ではないというのが私の考えです。[3,175]
        
     この事は、先のクラスでの例を想像してみれば、すぐに分か
    ることである。自分の意見も主張もない学生は、いくら流暢な
    英語を使えても、存在感のある発言はできない。逆に、これだ
    けは主張したい、という内容を持っていれば、必死で語学を勉
    強し、また十分な発表準備をして、実力以上の発言ができよう。
    
     鈴木氏の言うイングリックなら、日本で大学入試の受験英語
    をみっちりやった人が、半年も英語漬けで生活すれば、国際会
    議で丁々発止とやりあうくらいの語学力は確実につく。真の問
    題はわが国の国益代表者達が、国際会議などで本当に国益を守
    ろうとする意思と智恵があるかどうか、ということである。
    
■6.英語公用語論の根拠■

     それでは国際会議などには縁のない、大部分の一般国民はど
    うなのか。船橋氏は、日本語を第一公用語、英語を第二公用語
    とし、日本語と英語を両方使えるバイリンガル人口を、30年
    後に人口の30%、中央政府職員では50%を目標とする事を
    提唱している。
    
     なぜ30%もの日本人がバイリンガルにならねばならないか
    というと、以下の2点が主要な根拠であるようだ。
    
    1) 日本が世界とよりよく生きていくには、一握りの外交官や
       商社員や大学教授やジャーナリストが対外説明要員の役割
       を担うだけでは不十分である。国民の大部分がそうした対
       外説明の役割を果たせる識字能力をつけることが、これか
       らの教育の重大な使命であろう。[2,p202]
       
    2) 21世紀の日本は多くの民族が定住するようになり、多く
       の言語が家や共同体で話されることになるだろう。その場
       合、理念として多言語主義に依拠しつつ、日本語を公用語
       とすることをあらかじめ明記しておく。(中略)
        公用語を定める法律では、英語を第二公用語とする。政
       府が、英語を日本社会において「外国語」ではなく「第二
       言語」の地位に高め、社会生活一般で広く使われる言語と
       して認知する。[2,p203]

■7.英語公用語論の二つの弱点■

     1)の主張には、二つの弱点がある。一つは鈴木氏が指摘され
    ているように、国益代表者の語学力は、現在ただ今の問題であ
    って、30年後まで待つ余裕はない、ということである。

     たとえば、「バラマキ政治」と酷評された地域振興券は7千
    億円もの予算規模だったが、これだけの金額をイングリック強
    化に投入していれば、一人100万円使っても、70万人の短
    期特訓ができたはずである。こうすれば、わが国益代表者たち
    の語学力問題は1,2年で解消できよう。
    
     第二に、30年後と言わず、10年後には、現在の補聴器程
    度の大きさの自動通訳機が確実に実現しているだろう。音声の
    電子テキスト化、その自動翻訳、発声という要素技術はすでに
    存在している。この自動通訳機を使えば、日本と外国の小学生
    どうしが直接対話することも可能となる。こうなればイングリ
    ック習得すら不要となり、外国語学習は再び異文化理解という
    目的に戻るだろう。通常の会話のために苦労して、30%もの
    日本人がバイリンガルになる必要性はないのである。

■8.「私はアメリカ人ではありません」■

     船橋氏の2)の主張は、外国人移住者を大量に入れて、日本が
    多民族国家になるべきだ、という「21世紀日本の構想」懇談
    会報告書の前提に基づいている。この主張をドイツにあてはめ
    れば、国内の200万人のトルコ人労働者のためにも英語を第二
    公用語とせよ、というのと同じで、ドイツ人が聞いたらとんで
    もない暴論とあきれるだろう。それどころか、ドイツは大量の
    外国人労働者の存在自体に現在苦しんでいるのである。[b]。
    
     さらに鈴木氏は、在日外国人の次のような発言を紹介してい
    る。
    
         私の知っているあるフランス人は「(胸のところを指し
        て)ここに札を下げて『私はアメリカ人じゃありません。
        英語できません』と書いて日本の街を歩きたい」と冗談を
        言ったくらいです。
        
     日本人が白人と見るとアメリカ人だと思って、"Are you an 
    American?"などと英語で話しかけるのは、フランス人やドイツ
    人など非英語国民にとって、不愉快きわまりない、という嫌悪
    感が在日外国人社会にあることを、鈴木氏は指摘している。
    
     また日本語ができる外国人は、「日本人は全部が頭のいい秀
    才でもないのに、一応みんな日本語使っているではないか。そ
    れなのにその日本語が難しいから、外国人には無理だ、できる
    はずがないと思っているのは、俺たちが低脳だと思っているの
    か? これは明らかに人種差別ではないか。」と怒る。
    
     鈴木氏はある時、東京駅で、白人の中年の奥さんが乳母車を
    引いて、二人のちっちゃな子どもを連れ、時々手にした地図を
    見ているのを見つけた。鈴木氏が近寄って「どこかお探しです
    か?」と日本語で聞くと、習い覚えたたどたどしい日本語で
    「ワタシ、コノホテルイキタインデス」と地図を見せる。「あ
    っ、それなら私が行くところの先だからご一緒しましょう」と
    案内してあげたという。この奥さんは「外人」としてではなく、
    日本人並みに扱われたことを喜んだであろう。

     国際化時代だから日本国内でも英語を、などと言っている人
    は、その態度がかえって外国人を「外人」扱いして、日本社会
    に溶け込むのを阻んでいることを知る必要がある。ドイツ在住
    の外国人はドイツ語を学び、日本在住の外国人は日本語を学ぶ
    べきだ。それができない旅行者などは「申し訳ないがイングリ
    ックで」、というのが国際化時代にも変わらぬ原則である。

                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(172) Common Sense: 言挙げの方法〜松原久子氏に学ぶ
    国益貫徹の冷たさを美しく包む言語を豊かに発達させてきた
   国際社会を生き抜く方法とは。
b. JOG(143) 労働移民の悲劇
   ぼくたちには何のチャンスもありません。ドイツに夢を抱いて
  いたことが間違いでした。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 「21世紀日本の構想」懇談会最終報告書
   http://www.kantei.go.jp/jp/21century/index.html
2. 「あえて英語公用語論」、船橋洋一、文春新書、H12.8
3. 「英語はいらない!?」★★★、鈴木孝夫、PHP新書、H13.1

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「なんで英語やるの?」について 
                          中根(オーストラリア在住)さんより

     とにかく日本人の語学力は低い。英語が下手糞過ぎる。あれ
    だけ英会話学校が氾濫し、あれだけ若者の音楽にアルファベッ
    トが浸透し、あれだけアメリカ文化にあこがれるヤングが多い
    のに、どうしてこんなに英会話が下手糞なの? と首をひねっ
    てしまう。

     観光客が英語が話せないのはどうでもいいんですが、問題は
    ワーキングホリデイ等の制度を使って日本から勇躍海外に出て
    来るヤングの語学力の無さです。

     日本から豪州にワーホリで来るヤングは年間1万人くらいだ
    とか聞いてますが、この大半が英語殆どダメ人間です。せっか
    く人生の大事な時を使ってはるばる来てるのに、結局英語がダ
    メで、ここで日本人同士で付き合って、何の収穫も無い。
    
     彼らの貴重な一年は日本に居ても出来るような事の為に浪費
    され、ロクに何も学べず、バイトでこき使われて、劣悪な生活
    条件の中で浪費されているのです。

     これらのワーホリビザ申請の人達は「英語の必要な人」です。
    それならば、彼らに必要な人としての最低条件をビザ発給条件
    にするのは当たり前です。どうして国の明日を背負う大事な若
    者達の巣立ちに際して、それなりの能力を身に付けろと指導出
    来ないんでしょうか?
    
    (伊勢雅臣:イングリックの必要な人にはそれなりの高い要求
    をすべきですね。悪平等主義の学力崩壊は国益に反します。)
    
                              知世子さん(モスクワ在住)より

     ロシア語は、サンスクリットと同型の文法など、便宜性はな
    いものの、非常に思考の根底が深い言語なのです。そのために、
    同じ分野のことをロシア語で学び直すと、いろいろ気付かされ
    ることがあります。そして、ドストエフスキーなどに代表され
    る、その人類的な運命論まで含めて語るような文学が、なぜロ
    シアで生まれたのか、理解できます。

     おそらく、他の言語でもいろいろな特性があるのでしょう。
    とにかく、その言葉を理解するようになると、そういう違う視
    点から世の中を見られるということこそ、重要なことかもしれ
    ません。

     それが、もし日本では外国語というと英語。そのように、一
    点張りになった日には、英語的な思考の形態まで、国民に押し
    付けることとなり、精神的な文化においても、その影響は免れ
    ないでしょう。たまに英語が話せるだけで、なにかまるで日本
    人ではないような勘違いした無神経な行動をしてしまう、厚か
    ましい同世代を見ると、なにかとても悲しくなります。それは
    本当の意味での国際化ではないと思うのです。

     だからこそ、多くの国に散らばった日本人がそれぞれの国の
    長所をしっかり学んで、実際に今の日本を良い方向に変化させ
    ていく原動力となるべきだと思います。そういう意味では、む
    しろ英語より、多種多様な文化圏を包容するような、真の意味
    で国際的な態度こそ、これからの日本の未来の鍵だという気が
    します。

    (伊勢雅臣:国際社会は文化的に多様であり、英語文化はその
     一つに過ぎません。国際化=英語ではありません)

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