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-----Japan On the Globe(199)  国際派日本人養成講座----------
          _/_/   
          _/     Common Sense: 小学生に英語!?
       _/_/      
_/ _/_/_/         小学生の時から英語に慣れ親しめば、本当に
_/ _/_/          英語ができるようになるのだろうか?
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■1.「英語も国語も算数もみなダメになる!」■

         日本人の英語下手は大きな問題だ。中学、高校と6年間
        も英語を勉強しながら買い物一つできないのは、今の英語
        教育が間違っているからだ。もっと小さいうちから英語に
        慣れ親しませ、文法や読み書きより、まずは耳と口から覚
        えさせるべきだ。
        
     よく聞く意見である。実際に、平成14年から実施される新
    しい学習指導要領では、「総合的な学習の時間」(総合学習)
    が小学3年から6年まで合計430時間も設けられるが、それ
    を英語学習に使う学校が多数出ることが予想されている。
    
     総合学習に時間を取られる事に加えて毎週土曜日が休みとな
    ることで、授業時間は小学校6年間で5785時間から418
    時間も少なる結果、国語(224時間、14%減)、算数(1
    42時間、14%減)、理科(70時間、17%減)、社会
    (75時間、18%減)と基礎的な科目が軒並み大幅に削られ
    る。
    
     これでは「英語も国語も算数もみなダメになる!」と、問題
    提起しているのが、最近「小学校に英語は必要ない」を著され
    た茂木弘道氏である。氏は、本講座での「ゆとり教育」批判を
    読まれてから[a]、今まで疑問を感じていた小学校への英語教
    育導入の問題を検討し、その結果をこの著書にまとめたという。
    その一部を紹介させていただこう。

■2.子供なら遊んでいるうちに英語を覚えられる?■

    「文法などより、生の英語を大量に読んだり、聞いたりする方
    が良い」とする「インプット理論」がある。特に記憶力が良い
    子ども時代なら、英語も遊んでいるうちに自然に覚えてしまう
    だろう、というのが小学生に英語を、という考えの背景になっ
    ている。
    
     確かに、一家でアメリカに住めば、子供は遊んでいるうちに
    流暢な英語を話すようになる。しかし、この「遊んでいるうち
    に」という点に気をつけなければならない。
    
         現地(英語圏)の学校に入り、現地の友だちと遊ぶこと
        を考えますと、一日少なくとも6時間は英語に接している
        ことになります。6時間x365日=2190時間。たっ
        た1年で2000時間になるのです。[1,p50]
        
     中学レベルのTOEIC200点くらいの人が、海外駐在員
    レベルの730点に達するには、ネイティブ(英語を母国語と
    して話す人)について2000時間が必要だといわれる。日本
    人の子供が1年間、アメリカの学校に通い、現地の友だちと遊
    んでいれば、この2000時間の学習をすることになる。
    
     ちなみに、現在の中学3年間の英語の授業時間は、263〜
    350時間なので、2000時間に達するためには、その6〜
    8倍が必要だということになる。
    
     中学校3年間勉強してもものにならなかった英語が、子供が
    1年アメリカで遊んでいればマスターしてしまう、というのは、
    年齢や学び方よりも、この絶対時間の差だと、茂木氏は指摘す
    るのである。

■3.週2、3時間では、覚えるより忘れる方が速い■

     子供が1年間アメリカで遊んでいれば、2000時間になる
    が、日本の総合学習をすべて英語につぎ込んでも、430時間
    にしかならない。同じく「英語に親しむ」とは言っても、この
    絶対時間の差は決定的である。
    
     しかもこの430時間は、週に2,3時間、小学校3年から
    6年までの4年間にばらまかれている。ある調査結果では、英
    語をマスターした帰国子女が週1回程度の英会話教室に通って
    も、2,3ヶ月の間に加速度的に現地で習得した英語を忘れて
    いくことが明らかにされている。特に、小学校2年生くらいま
    でに帰国した子どもは3ヶ月後には全く英語を失うという。
    [1,p52]
    
     すなわち、子どもにとって週2,3時間位のペースでは、覚
    えるよりも、忘れるペースの方が速い。これでは他の基礎教科
    を犠牲にして捻出した430時間もまったくのムダな遊び時間
    になってしまうことになる。

■4.「読み書き文法」はできるという神話■

     「小学生に英語を」という背景には、中学以降で文法中心に
    勉強しても、読み書きはできるが、会話はできるようにならな
    いという考えがある。
    
     たしかに中学、高校と6年間も教室で一生懸命英語を勉強し
    たのに、アメリカへ行ったら全然通じなかったというショッキ
    ングな経験をした人は少なくないだろう。「6年も勉強したの
    に、英語で買い物一つできないのは問題だ!」と多くの人が思
    うのは無理はない。
    
     しかし、日本人は「読み書きは得意だが、会話が下手だ」と
    いうのは「神話」に過ぎないと、茂木氏は事実で喝破する。
    
     97/98年のTOEFL(留学生向けの英語実力試験)で
    は、日本人14万6千人の得点は498点、韓国は10万4千
    人で522点と確かに水を開けられている。これを分野別に見
    てみると、「聴き取り」が日本50、韓国50と同じなのに対
    して、「文法・作文」は日本50、韓国52とやや差が開き、
    もっとも差をつけられているのは、「読解」で日本50、韓国
    54である。「文法・作文」「読解」で差をつけられている、
    というのは、中国と比較しても同じである。日本人は「読み書
    き文法」の力が弱いのである。
    
■5.「読み書き文法」の力を破壊した「ゆとり教育」■

    「読み書き文法」の力で差をつけられている理由は、単純であ
    る。今まで進められてきた「ゆとり教育」で、英語の授業時間
    そのものが大幅に減らされ、内容も削減されているからである。
    
     授業時間については、中学3年間で昭和33(1958)年の33
    60時間に対して平成10年では2940時間、12.5%減
    となっており、また教科の内容も以下のように減っている。
    
                    昭和33(1958)年    平成10(1998)年
        文型    5種33文型      5種21文型
        新語表   1100〜1300語  900語      
        必修語数  520語        100語
        文法事項  20項目        11項目
        
     昭和22年の学習指導要領では、以下のように述べていた。
    
         英語の学習においては、一時に多くを学ぶよりも少し規
        則的正しく学ぶ方が効果がある。それで毎日1時間、1週
        6時間が英語学習の理想的な時間数であり、1週4時間で
        は効果が極めて減る。
        
     新指導要領では、「効果が極めて減る」週3時間に、ほとん
    ど意味のない小学校での週2時間という最悪の組み合わせにな
    る。「読み書きはできるのに買い物一つできない」という状態
    から、すでに「読み書きもできない」状態に移行しているので
    ある。

■6.「ゆとり教育」の無限地獄■

     [a]でも紹介したように、「ゆとり教育」を進めてきた寺脇
    研(文部科学省審議官)氏の考えは以下の発言から窺える。
    
         2002年(平成14年)からの学習指導要領では、
        (教科内容を)分からないで中学校を出る子は一人もいな
        いようにする。中学卒業時点で全員100点でないとおか
        しいんです。(朝日新聞、平成11年7月5日付け)
        
     おちこぼれをなくすために、教科内容を大幅に減らすととい
    うのである。確かに必修単語520語も覚えるのは大変だから、
    100語に減らせば、落ちこぼれは減るだろう。しかし、この
    考えは、どこかおかしいのではないか? 茂木氏は次の2点を
    指摘する。
    
     第一に、100語に減らしても、努力しない生徒がいる限り、
    また落ちこぼれは生まれる。すると、次は50語にし、それで
    も落ちこぼれは生まれ、、、という無限地獄に落ちることにな
    る。
    
     第二に、たとえ100語にして、全員100点をとれたにし
    ろ、それがどんな意味があるのか、という事である。コミュニ
    ケーションする相手があっての英語である。海外の相手にとっ
    て、100語では20点のコミュニケーションしかできないか
    もしれない。日本の中学校で全員落ちこぼれなく100点をと
    っても、世界に出たら全員20点では、何の意味があろう。
    
     アメリカではすでに20年前に「ゆとり教育」は国家的危機
    をもたらすものとして反省され、かつての教育大国日本をモデ
    ルにした教育改革が進んでいる[a]。そのようなアメリカでの
    反省と改革の成果にも、現在の日本での学力崩壊の事実にも目
    をそむけ、論理的にも破綻している「ゆとり教育」論をまっし
    ぐらに推進する寺脇氏の姿勢は、どうにも理解できない。本人
    自身の学力が崩壊しているのか、はたまた日本を「国家的危
    機」に追い込もうとする確信犯なのか、とつい勘ぐってしまう。

■7.文法が上達の土台■

     それでは、本当の英語力を身につけるには、どうしたら良い
    か? 実証的なデータをもとに、具体的、かつ建設的な提案に
    まで踏み込んでいるのが、茂木氏の著書の魅力である。
    
     ある大学で英語力を高めるためのコンピュータを使った集中
    学習プログラムを実験している先生によると、「会話は出来る
    が、読解力が低い学生」と「読解力はあるが会話はさっぱりと
    いう学生」を比較すると、後者は2ヶ月の集中学習でTOEI
    C(国際コミュニケーションのための英語試験)の得点を10
    0点も上げられるそうだ。逆に「会話力」だけの学生は、目に
    見えた成果がなかなか出ない、という。
    
     これは筆者の経験とも一致する。アメリカで夫の留学に同行
    してきた奥さん方を観察すると、大学入試で受験勉強をした奥
    さん達は短期間に比較的まっとうな英語を話せるようになるが、
    高卒で受験勉強をしていない奥さん方は、いつまでもブローク
    ンな英語しか話せなかった。この違いを生んでいるのは、頭の
    善し悪しではなく、受験勉強で一度は英文法と格闘したことが
    あるかどうか、という事なのである。
    
     「文法などより、生の英語を大量に読んだり、聞いたりする
    方が良い」とするインプット理論が暴論だということはスポー
    ツで考えればすぐに分かる。たとえば水泳でも、手足の動かし
    方や息継ぎの仕方などの基本があり、それらを体系的に習得す
    ることで、効率的に上達できる。基本などどうでも良いから、
    とにかく沢山泳いで上達せよ、などという水泳コーチはいない。
    沢山およぐことは必要だが、基本形をまず身につけることで、
    その後の練習も効率的、効果的になるのである。
    
     したがって、中学ではまず英語を週5時間に戻し、文法など
    基礎中心のカリキュラムにすべし、というのが、茂木氏の提案
    である。そして英会話を勉強したい生徒は、運動部のようにヒ
    アリングや音読などを毎日2時間みっちり鍛える「英会話トレ
    ーニング部」で学ばせる。シドニー・オリンピックのマラソン
    金メダリスト高橋尚子は、普通の選手が3時間くらい練習する
    のを、5時間くらい「楽しんだ」という。スポーツも英会話も
    楽をしてうまくなるという事はありえない。練習の苦しさを乗
    り越えて「楽しみ」に変えるほどの取り組みをして初めて一流
    のレベルに到達できるのである。「ゆとり教育」では、本物は
    育たない。

■8.母語の持つ意味の重さ■

     それでは小学生はどうすべきか? 1年間海外留学をした学
    生の英語語彙力は、日本語の語彙力と非常に高い相関を持つと
    いう調査結果がある。すなわち国語の出来る生徒は、英語もで
    きるようになる。したがって小学校では中途半端な英語教育で
    はなく、むしろ国語教育を強化すべきだ、と茂木氏は主張する。
    
     人間が生まれてから6歳まで、毎日10時間は母国語に触れ
    ているとすると、10時間x365日x6年=約1万5千時間
    となる。英語をマスターするのに必要とされる2000時間の
    7.5倍もの時間を我々は母国語の習得に使っているのである。
    そう考えると、「母語というものの持つ意味の重さに改めて気
    づかされるのではないでしょうか?」と茂木氏は問いかける。

     小学校の国語教育は、この1万5千時間の基盤の上で母語の
    読み書きを習い、それによって論理的な思考力を確立する。こ
    の国語力と思考力が中学に入ってからの英語力の土台となるの
    である。
    
     ところが「ゆとり教育」は国語教育をも蝕んでいる。現在の
    小学校6年間で学ぶ漢字の数は1006字で、戦前昭和8年の
    1362字と比べると、26%も削減されている。中国では小
    学生に3000字も教えているそうである。
    
     小学校の国語も算数も犠牲にして、英語に慣れ親しむ楽しい
    「ゆとり教育」で育つのは、貧弱な国語力と未熟な思考力のま
    ま、意味も文法も知らずに英語の歌を歌うだけの子供たちでは
    ないか。そういう子供たちがわが国の未来を担い、国際社会で
    も活躍する国際派日本人に育つだろうか?
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(131) 学力崩壊が階級社会を招く
b. JOG(175) なんで英語やるの?

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 茂木弘道、「小学校に英語はいらない」★★★、講談社、H11
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「小学生に英語!?」について

     私は高校2年生の時にロサンゼルスの友達を訪ねたのをきっ
    かけにアメリカ留学を決意しました。こちらへ来て一番大切だ
    と思ったものは語彙力と文法でした。誰かと話をしてて、言い
    たい事はたくさんあるのに、単語が日本語の順番のように出て
    きてしまったり、単語の順番を考えながらしゃべっているので
    結局途切れ途切れになってしまって理解してもらえなかったり
    という事がよくありました。高校では「しゃべるのには文法は
    関係ない」といった事をいろいろなところから聞いていて、そ
    れを信じていたため、さほど力を入れて文法や語彙を勉強して
    いませんでした。だから、最初のころはよく「高校でもっとち
    ゃんと勉強しておけばよかった」と後悔していました。また、
    こちらでは英語力が満たない生徒が通うESLというのがあり
    ます。そしてここでは毎日4時間くらい文法と語彙、読解を学
    ぶのです。以上の事を総合すると、やはり英語は文法、語彙、
    読解をしっかり学ばなければ、いくら生の英語を聞いていても
    しゃべれるようにはなれないのです。(静香さん)
    
     当地(アメリカ)でも多くの日本の方達とお付き合いさせて
    いただいておりますが、その多くが高校、大学まで日本で教育
    を受けた人たちです。しかしながら彼らの英会話力はすばらし
    く、アメリカ人が「ネイティブと同じだ」と褒めるレベルの人
    たちも大勢いらっしゃいます。日本国内で一般的な学力を身に
    つけた後でも外国語の習得は十分可能なのです。幼いころから
    学習しないと英語が身につかないなどということは断じてあり
    ません。職場には小学校高学年から大学までアメリカで教育を
    受けた同僚がいますが、人格を形成するうえで最も大事な時期
    をアメリカで過ごし、日本人からは「日本の常識が通じないア
    メリカ人」、アメリカ人からは「英語は上手いが自分らには解
    からない結論の出し方をする、結局は日本人」と見なされ、そ
    の経歴に比べ非常に損な思いをしています。外国語や外国に関
    する学習は、日本の歴史や日本語を十分学んだ後でよいのです。
    (匿名希望)
    
     私は現役の高校英語教師をしています。現在教えている高校
    で英語の授業は年々難しさが深刻になってきています。「烏合
    の衆」「年功序列」などの、英語の教科書に登場する英文のキ
    ーワードになっている言葉の日本語の意味がわからないのです。
    さらに、「てにおは」を使い分けることができないということ
    です。日本語の助詞の働きを理解できないだけではなく、微妙
    な使い分けができないのです。「私」に「は」「が」をつける
    と主語になる、と説明してなるほどそうだなと思えない世界は、
    ちょっと困りました。ですから、英語の語順に単語の意味だけ
    を並べても、そこから正しい日本語を作ることができません。
    これは、日本語運用能力の欠如ということでしょうか。英語ど
    ころの騒ぎでは内容に思います。(古田さん)

     日本は単一民族国家で難民受け入れ等も進んでいないとよ
    く言われますが、外国人労働者が多い地域ではそれらの方々の
    子供の教育問題や住民間のトラブルなどよく聞きます。

     そんなことから思うのは、語学の前に、人種や宗教の違う人
    たちが世界にはたくさんいるということや、自分をよく知り、
    お互いの違いを正しく認識し対等に共存していくといった考え
    方やコミュニケーションの仕方、大切さを子供のうちから身に
    付けさせる努力が必要なのではないかということです。

     そういったコミュニケーションの過程でことばの必要性が出
    てくると思うし、そこで初めて共通語としての英語の大切さが
    出てくるんだと思います。こういった教育を学校だけで行える
    か、または行うべきかというのは置いておくにしても、それが
    わかっていない子供(大人も同様ですが)に言語だけ教えても
    なんの意味もないと思うのです。

     ゆとりゆとりといいますが、心のゆとりと、勉強する楽しさ
    や基本的な勉強の大切さとの間にどんな関係があるのかと思い
    ます。終身雇用などが幻想になりつつある中で未だに受験戦争
    を経て、いい学校に入るだけで幸せになれるんだと思っている
    その考え方が改まれば、授業時間を減らすまでもなく、いろい
    ろなゆとりが発生してくるのではないのでしょうか。
                                              (かおりさん)

■ 編集長・伊勢雅臣より

     小学生に英語を教える事に対する反対意見をたくさんいただ
    きました。少しづつ紹介させていただきます。

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