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-----Japan On the Globe(215)  国際派日本人養成講座----------
          _/_/   
          _/     The Globe Now: 情報文明、日本発
       _/_/                     〜坂村健氏のビジョンと挑戦
_/ _/_/_/         世界の文化の多様性を生かす新しい情報文明
_/ _/_/          のビジョンと技術を日本から発信。
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■1.世界で最も使われているコンピュータの基本ソフトは?■

     世界で最も多く使われているコンピュータのオペレーティン
    グ・システム(OS、基本ソフト)は何か、と聞かれれば、ほ
    とんどの人が、マイクロソフトのウィンドウズだと答えるだろ
    う。パソコンだけで考えたら確かにそうだが、コンピュータは、
    もっと幅広い分野で使われている。たとえば携帯電話、ビデオ
    カメラ、レーザープリンタ、ファックス、さらには、テレビ、
    エアコン、洗濯機から自動車のエンジン制御まで。
    
     これらに使われているすべてのコンピュータを含めると、世
    界で最も多く使われているOSは、TRON(The Real-time 
    Operating system Nucleus)である。これは東京大学の坂村健
    教授が中心となって、昭和59年に発足した日本の産学協同プ
    ロジェクトが生みだしたものである。
    
     TRONには、今後の世界の情報文明を左右しうる遠大なビ
    ジョンが込められている。それはマイクロソフトが築こうとし
    ているアメリカ流の情報文明に真っ向から対立するものだ。

■2.「どこでもコンピュータ」■

     坂村氏のビジョンをもっともよく現しているのが、「どこで
    もコンピュータ」という言葉であろう。コンピュータが米粒よ
    りも小さく、安くなると、我々を取り囲むすべての人工物にT
    RONで動くコンピュータ・チップが入り込み、それらが通信
    しあって、人間を助けるようになる。
    
     たとえば、ある二つの薬を一緒に飲むと副作用がおきて有害
    だという場合、それらの瓶が近くに置かれると、瓶に埋め込ま
    れたチップ同志が話し合って、危険を予知し、近くにいる人の
    携帯電話に連絡して、「この二つの薬を一緒に飲むと危険で
    す」と警告してくれる。
    
     また目の不自由な人が知らない街を歩く際でも、補聴器のよ
    うな音声ナビゲーション・システムが、信号や電柱などに埋め
    込まれたチップと交信しながら、音声で道案内をしてくれる。
    
     坂村氏は特に指摘していないが、この「どこでもコンピュー
    タ」とは、山や川や石ころにまで命があると考えた日本古来か
    らの多神教的な生命観に通ずる未来ビジョンである。現代の欧
    米人のような一神教の人間から見れば、かなり「異端的」な印
    象を受けるだろうが、古代ギリシャやゲルマンの民にとっては、
    馴染みのある世界だ。現代の先進国で唯一、古代からの多神教
    的世界観を豊かに継承する日本ならではビジョンなのである。

■3.人類の共有財産■

     TRONはこのような「どこでもコンピュータ」を実現する
    ための基本ソフトであるから、特定の企業の独占物であっては
    ならず、広く人類の共有財産でなければならない。そう考える
    坂村氏は、TRONの仕様をすべて無償で公開し、製品を作る
    ことも、ビジネスに利用することも自由とした。
    
     そのために、東芝、日立、NEC、富士通、三菱など、様々
    な企業が、自社のコンピュータに、TRONを搭載している。
    音声ナビゲーションシステムと、信号機が別々のメーカーで作
    られていても、共通のTRON仕様に基づいていれば交信は容
    易である。また、その共通仕様は、様々な企業のハード上で多
    様なソフトウェアとして実現されるので、一種類のコンピュー
    タ・ウイルスが世界全体に猛威を振るうというような事もあり
    えない。自動車やロボットにまで使われるためには、このよう
    な信頼性が不可欠である。
    
     さらに多くの企業が共通のTRONを利用することで、お互
    いの創意工夫を共有化し、蓄積していけるために、TRON自
    体の進化が速くなる。
    
    「どこでもコンピュータ」を目指すTRONは、このようなオ
    ープンな、多数の企業や研究者を巻き込んだ分散自律型の体制
    によって開発が進められている。この点も八百万の神々が集う
    いかにも民主的な日本神話の世界を連想させる。

■4.マイクロソフトの独占戦略■

     TRONと比較すると、パソコン用OSで圧倒的なシェアを
    誇るマイクロソフトの特異な性格が浮き彫りになる。まずTR
    ONがすべてオープンなのに対し、ウィンドウズは内部を公開
    しないクローズド・システムで、応用ソフトの開発者にも見え
    ない部分がある。
    
     たとえばワープロでかつてベストセラーとなった「一太郎」
    の開発者は、その公開された部分だけを頼りにソフト開発を進
    めなければならない。その一方でマイクロソフトのワープロ
    「ワード」の開発者は、公表前からすべての情報を使って開発
    できる。
    
     これでは開発スピードと、ワープロの質の両面で公正な競争
    はできない。マイクロソフトを独占禁止法違反から、OSの会
    社と応用ソフトの会社に分割すべきだという議論が絶えないの
    もこのためだ。
    
     TRONが人類の公共財として完全に公開されているのに対
    して、ウィンドウズはマイクロソフト社が自社の専有物として、
    それを武器に応用ソフトでの市場独占を進めつつある。その結
    果、マイクロソフト会長のビル・ゲイツは98年時点で584億
    ドル(約7兆円規模)と、米国一の資産家となっている。これ
    は米国民の下から45%、すなわち1億1,250万人の資産合計を
    上回る額である。ウィンドウズによる市場独占は、このような
    非常な富の集中をもたらしている。
    
■5.マイクロソフトの横取り戦略■

     はたしてマイクロソフトはこれだけの富の集中に見合った技
    術的貢献をしているのだろうか。マイクロソフトの最初のOS
    はIBMパソコン向けのMS−DOSであったが、これは他社
    が開発した既存のOSを買い取って短期間で改造したものだ。
    
     またウィンドウズの「窓」機能自体も、ゼロックスのパロア
    ルト研究所で開発され、アップルのマッキントッシュが普及さ
    せたものだ。表計算ソフトの「エクセル」はロータス123の
    後追いであり、ホームページ閲覧用のソフトのインターネッ
    ト・エクスプローラは、ネットスケープの物真似と言って良い。
    こう見ると、今日までのパソコン技術の発展でマイクロソフト
    は目立った技術的貢献をしていない。
    
     「窓」機能にしろ、ブラウザ・ソフトにしろ、他の企業が出
    したもので当たると分かれば、ウィンドウズの次期バージョン
    で真似してその機能を取り込んでしまう。基本ソフトの中にパ
    ッケージとなって入っているのであれば、それを捨ててまで他
    の会社のソフトを買う人は少ない。こうしてマイクロソフトは
    競争者を駆逐し、市場を支配していく。その経済的成功は技術
    的貢献というよりも、他社の独創的な開発成果を横取りしてい
    った販売戦略上の巧みさから来ていると言える。
    
■6.ユーザーを犠牲にするマイクロソフトの独占■

     一企業の専有物となったOSが市場を独占することは、次の
    二つの点で大きな問題を起こす。
    
     第一に、一つの設計ミスや、一種類のウィルスが世界全体に
    大きな被害を与えてしまうことだ。単一のソフトが世界中で使
    われているとすれば、ウィルス攻撃をするにも、格好の標的と
    なる。
    
     2001年7月に登場したコードレッドと呼ばれるウィルスは、
    一月で25万台に感染し、損害額が20億ドルに達するとされ
    ている。筆者の聞いた話では、あるアメリカ企業などは、自衛
    のために、マイクロソフトのメールソフトから発信されたメー
    ルは一切受け取りを拒否しているそうである。
    
     第二の問題は、開発がマイクロソフト社内だけで行われるの
    で、技術進歩が遅いことだ。たとえば、TRONと同様、ソフ
    ト自体をオープンにして、世界中の専門家が開発に参画してい
    るリナックスでは、攻撃される可能性のある部分を大勢の目で
    チェックし、毎週のように修正部分が送られてくるという。ウ
    ィンドウズでは、マイクロソフトの技術者だけがこういう仕事
    を担当するので、とてもこういう訳にはいかない。
    
     このようにマイクロソフトは、OSの専有化による市場独占
    を通じて、唯一神とも言える地位を築き、膨大な利益を上げて
    いる。進歩の遅さ、信頼性の欠如を押しつけられるユーザーは、
    その人身御供とも言うべきか。

■7.ユニコードによる文化制約■

     もう一つ、一神教的性格を表しているのが、文字コードの問
    題である。マイクロソフト、IBM、アップルなどの米国企業
    が中心となって、ユニコードという国際標準文字コードを制定
    した。
    
     日本にはひらがな、かたかな、漢字などを表すJIS(日本
    工業規格)コードがあり、韓国や中国ではその方式を使ってK
    Sコード、GBコードを作ったが、日本人がJISコードで書
    いたメールを、韓国人がKSコードで読もうとすると、文字化
    けしてまったく読めない、という問題が出てきた。
    
     こういう問題を解決するために、各国の文字を収録した世界
    統一コードとして開発されたのがユニコードである。しかし、
    全体でも6万5千文字ほどの集録容量しかない所に、日本、韓
    国、中国、台湾から選ばれた漢字だけでも5万4千文字ほどを
    詰め込む必要が出てきた。これを各国で多少字体が異なっても、
    もともとは同じ字だとして強引に2万9千文字にまとめてしま
    ったから話がややこしくなる。
    
     たとえば、日本語漢字の「刃」の「ヽ」の部分が、中国と韓
    国では「ノ」となっている。それらが同じ5203というコー
    ドで表される。しかもユニコードは代表字形を中国のものとし
    ている。ユニコードをそのまま使おうとすれば、日本人も中国
    の字体を使うことを要求されるわけで、あくまで日本字体を使
    おうとすれば、従来と同じようなローカルな変換プロセスが必
    要となる。
    
     欧米人から見れば、同じ漢字(チャイニーズ・キャラクター、
    中国文字)が韓国や日本に伝わって、様々な字体が生まれたの
    を、そのまま膨大なデータ容量を使って集録することは、何と
    も馬鹿げたことだと思われたのだろう。
    
■8.文化の多様性を生かす「超漢字」■

     このような「合理的」発想は欧米人には無理のないことであ
    るが、問題なのはユニコードの委員会に参加していた日本人メ
    ンバーが、きちんと反対していなかったことだ。わが国にも昔
    から漢字全廃論者や漢字制限論者が少なくなかったので、その
    手合いが参加していたのだろうか。

     一昔前、欧米人はタイプライターで高速に文章を書けるのに、
    日本語は手書きしかできないので、日本語表記もローマ字のみ
    にして、タイプライターを使えるようにしようとか、ひらがな
    タイプライターを開発して、ひらがなのみの文章を書こうとい
    う提案が大真面目になされた。
    
     その後、漢字かな混じりのワープロが発達して、今はこのよ
    うな提案も笑い話となった。技術的制約から文化的多様性を制
    限しようとする案はかならず失敗する。なぜなら文化を変えよ
    うとすれば少なくとも数十年かかるが、その間に技術の方が進
    歩するからである。
    
     文化の多様性を生かすように、技術を発展させるべきである。
    そのような思想に基づいて作られたのが、TRONの「超漢
    字」である。現時点でも17万字強を収録し、日中韓の文字セ
    ットをすべてそのまま含んでいる。能力的には150万字以上
    が収録でき、各国が自らで決めた文字セットをそのまま収録す
    ることができる。国際委員会による中央集権的な決定など必要
    がないのである。
    
     収録例には中国少数民族のトンパ文字などもあり、今まで本
    の出版もできず、絶滅寸前にあった多くの文字、言語を救うこ
    ともできるだろう。

■9.「違いが表現できるコンピュータ」を■

     文化の多様性を制限して世界の文字コードを統一しようとす
    るユニコードと、技術の工夫で多様性をそのまま生かそうとす
    るTRONの超漢字、ここにも一神教と多神教の世界観の違い
    がありそうだ。坂村氏は言う。
    
         文化の特徴は「違い」にあると私は思う。そして、その
        「違い」を理解し、楽しむことが二十一世紀の世界であり、
        その意味で「文化の世界」になるだろう。それは「多様性
        の世界」と言い換えることもできるが、この時に必要なの
        は「違いが表現できるコンピュータ」である。
        
         日本は世界第二位の経済力とコンピュータ技術を持ち、
        しかも多文字文化を持つ国家の一つでもある。そういう国
        だからこそ世界に貢献できる道がある。それは「違いが表
        現できるコンピュータ・システム」を構築することだ。
        
     世界が期待しているのはこのような日本独自の発想に基づい
    たオリジナリティある提案である。
    
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(033) 世界を支える匠の技術

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 坂村健、「情報文明の日本モデル」★★、PHP新書、H13
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「情報文明、日本発」について sinsinさんより

     マイクロソフトの話が出ると、いつも思い出すのがプロジェ
    クトXで紹介されていたミスターVHSこと高野鎮雄さんの話です。
    苦労して部下をリストラから守り抜き、VHSの試作品を他社に
    公開して規格の普及を目指した話は何度聞いても目頭が熱くな
    ります。サラリーマンの鑑とも言える人です。

     葬儀の日、ビクターの社員からの「ミスターVHS高野鎮雄さ
    ん ありがとうございます」の横断幕を横切りながら棺を乗せ
    た車が見送られたシーンでは涙が止まりませんでした。たとえ
    何兆円稼いでも、物真似という後ろめたさは消せませんし高野
    さんのように慕われる事も無いでしょう。

     日本はグローバルスタンダードと言う名のアメリカンスタン
    ダードを崇拝するのをやめて、高野さんのようなやり方を誇り
    に思い継承して行くべきではないかと思います。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     科学技術というような「グローバル」な分野でも、日本人独
  自の発想やアプローチがあってこそ、他国への貢献となり、評
  価されるのでしょう。

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© 平成13年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.