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-----Japan On the Globe(220)  国際派日本人養成講座----------
          _/_/   
          _/     Media Watch: 自衛隊PKO
       _/_/                       〜世界の称賛、朝日の懸念
_/ _/_/_/         自衛隊のPKO活動を称賛する海外の声と
_/ _/_/          懸念する朝日新聞との巨大な落差。
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■1.青空になびくカンボジアの国旗■

     1993(平成5)年9月12日、カンボジアはタケオの自衛隊
    PKO駐屯地。広場に立つ二本のポールからブルーの国連旗と
    日の丸が降ろされ、かわりに新政府発足目前のカンボジアの国
    旗がタケオの青空に掲揚された。「この旗のように(カンボジ
    アが)独り立ちしてくれたら」と一人の自衛隊員がつぶやいた。
    
     石下義夫大隊長が大隊本部入り口の「日本施設大隊」と書か
    れた表札を取り外し、「地域開発センター」と英語とクメール
    語で書かれた青い看板がタケオ州当局者によって立てられた。
    「感無量です。看板を外した瞬間、ほっとした気分になった」
    と石下大隊長は言葉少なに語った。施設大隊が猛暑とスコール、
    サソリに負けずに一年間に修復した橋は約40、道路は100
    キロにのぼる。
    
    カンボジアでは、共産ゲリラによる住民大量虐殺などで荒廃
   した国家を再建すべく、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC、
   明石康代表)管理のもとで、1993年に民主的な総選挙を行った。
    
     これに協力すべく日本政府は国連PKO協力法を成立させて、
    初の自衛隊PKO派遣を行い、停戦監視や橋・道路などの施設
    補修を行った。同時にボランティアや警察官を選挙実施要員、
    文民警察として派遣した。選挙支援に携わったボランティア青
    年の中田厚仁さん、文民警察に従事した高田晴行警視がゲリラ
    により命を落としたのは、この時である。[a]

     PKO協力法審議の際には、社会党が投票引き延ばしのため
    に、全員が議員辞職願いを出したり、議席から投票箱まで二晩
    もかけるという「牛歩戦術」で抵抗したが、カンボジアPKO
    は成功と評価された。酷暑と危険の中で本当の汗をかいた自衛
    隊員たちが帰国した時、社会党議員たちは辞職願いを忘れたか
    のように、細川内閣のもとで6人も大臣になっていた。[b]

■2.ずっとタケオにいてほしかった■

     やがて自衛隊の施設大隊約250名がバスで出発した。両側
    には住民200人が花道をなして見送る。小学校の前では児童
    が手に持った花を振って送り出した。[1]

     小学生のブン・トウンちゃんは「近くに家があり宿営地によ
    く遊びにいった。隊員たちとサッカーをした。勉強しろと、本
    をくれた人もいた。ずっとタケオにいてほしかった」と寂しげ
    な表情で話した。

     ソイ・チュオンさんは「私の家はとても貧しい。子供が病気
    になったと話すと必ず薬をくれる隊員がいた。わたしは、UN
    TACの中で日本が一番だと思っている」と語った。
    
     明石康UNTAC代表は自衛隊の成功を評してこう語った。
    
         わが国からUNTACに派遣された要員と部隊は、その
        真面目な態度と効率的な仕事ぶりを、UNTACからも参
        加諸国からも高く評価されました。カンボジアの民衆に愛
        され、この国の生活にとけこもうとする努力は、とりわけ
        目立ち、胸を打つものがありました。自衛隊員たちがカン
        ボジアで働いたことを、誇りに感じていることを知って、
        私は心からうれしく思っています。[2,p107]

■3.何よりも私たちの模範となったのは、熱心に働く姿です。■

     自衛隊PKOの活躍は続く。ルアンダでは内戦を機に大量の
    難民がザイールなど周辺国に流出し、コレラ、赤痢などの蔓延
    により多数の死者が出る悲惨な情況にあった。国連難民高等弁
    務官事務所(UNHCR)の要請を受け、医療、防疫、給水、
    空輸などの分野で救援活動を行うため、1994年(平成6
    年)9月から12月までの間、ザイール共和国のゴマなどに自
    衛隊の部隊が派遣された。 

     医療活動では自衛隊の医官が2ヶ月間に延べ2100人の治
    療と、約70件の手術を行った。治療を受けた住民は次のよう
    に語っている。[2,p105]
    
         日本人は患者を親切に迎え、丁寧に治療してくれます。
        医薬品についての知識も豊富で、とても効果的な医療品や
        設備を持っていて信頼できます。
        
     ゴマ市長は、以下のように自衛隊の仕事ぶりを絶賛した。
    
         自衛隊は合理性、規律、秩序といった多くの模範を示し
        てくれました。そのことで、すべての仕事が非常にスムー
        ズに進みました。何よりも私たちの模範となったのは、熱
        心に働く姿です。民間人にも兵士にも、彼らは誠実な態度
        で接してくれました。私とゴマ市民は、このことに非常に
        感謝しています。
        
■4.「ヤパーニ、ヤパーニ(日本人、日本人)」■

     平成8(1996)年には自衛隊の輸送業務隊がアラブとイスラエ
    ル両軍が睨みあうゴラン高原に送り込まれた。選抜された45
    人の自衛隊員は、国連兵力分離監視軍のポーランドやオースト
    リアの歩兵大隊のために、物資輸送や道路の補修を始めた。
    
     酷暑、酷寒、乾燥の砂漠気候の中で、毒蛇やサソリと戦いな
    がら、同時にイスラエル・シリア両軍に挟まれ、ハマスやヒズ
    ボラのゲリラ活動に脅かされながら任務を遂行するのは、よほ
    ど強靱な体力と精神力がないと一週間しかもたない。
    
     こんな厳しい任務を行う自衛隊員を現地の人々は心から歓迎
    した。第2次ゴラン高原派遣部隊に参加した陸上自衛隊米子駐
    屯地の藤田一曹は、こう述べている。[2,p104]
    
         シリアの人たちは、われわれに好意的で、よく挨拶をし
        てくれ、道端で車を止めては、シャイというお茶をふるま
        ってくれました。一日も早く紛争が平和的に解決されるこ
        とを望む、住民の気持ちの現われだと思います。この人た
        ちのためにも、われわれが全力で任務を遂行して、シリ
        ア・イスラエルの両国間に、武力衝突のない環境を作らね
        ば、とあらためて感じたものです。
        
     また太田明三等陸曹は、たよりにこう書いている。
    
         シリアやイスラエルの人々は、日本人に対して大変友好
        的で、町を歩いていると、よく「ヤパーニ、ヤパーニ(日
        本人、日本人)」と声を掛けてきて握手を求め、親愛の情
        を示そうとする。
    
■5.アサド・シリア大統領の約束■

     自衛隊を歓迎したのは、シリア政府も同様だった。アサド大
    統領は隊長である本松敬史三等陸佐(当時)を呼び、「日本の
    自衛隊は決して事件に巻き込まれることはない」と約束をして
    くれた。
    
     大統領は、シリア軍に対して、その支配下にあったイスラム
    原理主義組織ハマスとヒズボラが日の丸と自衛隊に対して一発
    でも銃弾を撃ち込んだら、全面攻撃を加える旨の命令を出して
    いたのである。
    
     同時にアサド大統領は日本からのODAに対して心からの感
    謝の意を表した。その金額は100億円単位と、数多くの国の
    中ではかなり低い水準ではあったが。
    
■6.争いの絶えない世界で■

     1945年から1999年までの55年間に発生した国家間の戦争や
    軍事紛争は合計719件。年平均では13件に上る。さらに世
    界の7千の民族が200前後の国家に属している。国家内の民
    族対立や独立紛争が絶えないわけである。
    
     1992年のカンボジアへの最初のPKO派遣から、2000年2月
    の東チモール避難民救援まで、派遣された陸海空自衛隊員はの
    べ1767名。高い技術と士気、規律に支えられ、住民の中に
    入り込んで支援を行う我が自衛隊員たちの活躍は、世界各地で
    感謝と称賛の声を巻き起こしている。わが国が平和国家として
    世界に貢献しようとするなら、これほどふさわしい活動は他に
    ないであろう。
    
     争いの絶えない世界で、わが国は戦後一度も戦争に巻き込ま
    れず、また国内での民族闘争もない、例外的な平和国家である。
    その平和な国内に安住して、海外の危険の中で汗を流す自衛隊
    の活躍の足を引っ張る勢力が旧社会党勢力以外にもいる。朝日
    新聞に代表される一部マスコミである。

■7.「懸念の声があがっている」!?■

     ザイールのゴマでのこと、日本の非政府組織(NGO)であ
    るアジア医師連絡協議会(AMDA)のトラックがルワンダ難
    民に奪われ、武装した自衛隊ルワンダ救援隊が緊急出動した。
    
     これに対して、朝日新聞はこう報じた。
    
         閣議決定された「実施計画」では、自衛隊の任務は医療
        などの人道目的に限られ、今回のような緊急出動は任務に
        規定されていない。悪化した治安の中、自衛隊に救援要請
        がある可能性は以前から指摘されていたが、出動の当否や
        基準についてはあいまいなままだった。一部では「これを
        契機に、なし崩しに任務が拡大されるのではないか」との
        懸念の声もあがっている。[3]
        
    「懸念の声があがっている」と言うが、誰がいつ、どのような
    懸念をしたのか。自衛隊が今回の事件を利用して勝手に武器使
    用に踏み切り、やがてはザイール侵略にまで乗り出すかと誰か
    が「懸念」しているのだろうか。この「懸念」とは、さも客観
    的な報道を装って、自分の主張を暗に伝えたい時に朝日新聞が
    よく使う手口なのである。
    
■8.「軍隊として当然の行動ではないのか」■

     同じ事件を産経新聞は次のように報じている。
    
        「これまで自衛隊には警護を望んでいたが、法的に難しい
        ことを承知していたため、警護を頼まなかった。しかし、
        今回はトラックを奪われたので、われわれの輸送を求めた。
        その迅速な対応に感謝している」

         事件後、AMDAスタッフの一人は自衛隊への感謝を率
        直に語り、「(国内で)騒ぎになってしまって、自衛隊に
        申し訳ない」とまでいった。・・・
        
         自衛隊がAMDAスタッフを輸送する現場を見ていたザ
        イール人現地スタッフは「軍隊として当然の行動ではない
        のか」と語る。自衛隊も国外に出ればまさしく「軍隊」な
        のだ。その「軍隊」が目の前で起きている自国民の緊急事
        態を傍観していたら、現地の人や各国のNGOはどう思う
        であろうか。現場は平和と安全を享受している日本国内で
        はないのだ。[4]

■9.コステルス総司令官の激怒■

     ゴラン高原へのPKO派遣に関しても、朝日新聞は「説得力
    欠く参加理由」と題して、次のように報じた。
    
         日本の中東外交の礎石がしっかり確立していれば、日本
        はどこまで本腰で取り組む気があるのか、日本の「押し掛
        けPKO」ではないか、という現地の人たちの疑念に対し
        て、もっと明確に説明できたはずだ。日本が「日本」のた
        めのPKOにとどまっている限り、真の貢献からはほど遠
        い。[5]
        
     今度は「懸念」に替わって「疑念」であるが、またも同じ手
    口である。アサド大統領の「自衛隊を守る」という約束や、自
    衛隊員を「ヤパーニ、ヤパーニ」と歓迎する住民の姿からは、
    あまりにもかけ離れたこの「疑念」を感じているのは、朝日の
    記者以外に誰かいるのだろうか?
    
     さらに朝日は「探る『派遣』にさめた目」と題して、ゴラン
    高原でのPKO活動のコステルス総司令官が「私は現状に満足
    している。それでも日本が来たいということなら、受け入れ
    る」と語ったと報道した。[6]

     コステルス総司令官は、この報道に「内容が不正確だ」と激
    怒したそうで、実際は「武器・弾薬の輸送はできない」などと
    相変わらず日本国内でしか通用しない理屈を並べ立てる日本政
    府の対応にうんざりしていたようだ。
  
     そのコステルス総司令官は、派遣された自衛隊の活動を見て、
    「素晴らしい隊員を派遣してくれたことを感謝している」「非
    常にプロフェッショナルで、よく訓練できている」「規律正し
    く、能力が高い」「他国部隊のよい刺激になっている」などと
    激賞した。
  
         われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地
        上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、
        名誉ある地位を占めたいと思ふ。
    
     この日本国憲法の前文の精神を、国際社会の中で鮮明に実行
    しているのは、自衛隊のPKO活動である。わが国が国際社会
    の平和維持の上で「名誉ある地位」を占めるためには、自衛隊
    のPKO活動をさらに継続発展させていかねばならない。その
    足を引っ張り、憲法の理想を踏みにじっているのが「護憲派」
    朝日新聞の偏向報道なのである。

                                          (文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(032) カンボジアに命を捧げた日本人青年
b. JOG(076) PKO常識のある人、ない人

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 「PKO施設大隊タケオ撤収、住民が見送る「花道」 独り立
   ち願い出発」、産経新聞、H5.09.13、東京朝刊、23頁
2. 上田愛彦他、「日本人よ! 胸を張れ」★★★、詳伝社、H13
3. 「不透明領域に「出動」 拡大懸念する声も ゴマ自衛隊、
  NGO救出」、朝日新聞、H6.11.04、東京朝刊、35頁
4. 「なぜ騒ぐ自衛隊出動 現地は冷静『当然の行動』」
  産経新聞、H6.11.08、東京朝刊、2頁、総合2面
5. 「説得力欠く参加理由 武器運搬の懸念も ゴランPKO
  現地調査終わる」、朝日新聞、H7.04.19、東京朝刊、4頁
6. 「探る『派遣』にさめた目 ゴランPKO与党調査団」
  朝日新聞、H7.04.18、東京朝刊、3頁
7. 「日本の国際協力」★★★
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「自衛隊PKO〜世界の称賛、朝日の懸念」について

     阪神大震災の時、私の友人がたくさん神戸にいました。私も
    大阪からリュックを背負って行きましたが、各地から集まった
    警察、消防の方々の懸命の活動もそうですが、なんと言っても
    自衛隊員の方々には感謝します。
    
     友人から「自衛隊が作ってくれた、野営用の風呂は気持ちよ
    かった」とか「自衛隊用のカレーの缶詰はおいしかった」とか
    みんな感謝していました。それまで自衛隊に対して批判的だっ
    た友人も自衛隊のファンになったようです。政府がもっと早く
    自衛隊の派遣を決めていたらと思うと残念です。

     これだけ日本人同胞から、蔑まれ、邪魔者扱いされても、誠
    実に黙々と任務をこなす自衛隊員は最高のジェントルマンでは
    ないでしょうか。

     話は変わりますが、アメリカの空母を日本のドックで修理を
    するとみんな土日も返上でていねいに修理してくれるので、ア
    メリカで修理する半分の日程でできる。だから戦力が2倍にな
    ったのと同じと喜んでいたと唐津一さんがおっしゃってました。
    民間企業もあっぱれですね。(sinsinさん)
    
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     私は、常識とか理想とかを観念で語る言葉より、現場での行
    動、体験から発せられる言葉こそ大切だと思っています。自衛
    隊を憲法違反だと言いきってしまう前に、実際に自衛隊員の人
    達がどのような思いでどのような活動をしているのかを理解す
    ることが必要だと思います。以前テレビで、海外で医療活動を
    おこなっている自衛隊員の活動が紹介されていましたが、その
    時私は、危険な所で、さまざまな制約をうけながらも、日本人
    としての、人間としての自覚と誇りをもって、誠実に仕事をし
    ている人達の姿に感動しました。
    
     私は、日本の自衛隊の人達に、「武は愛なり」という言葉を
    心の中に持ちつつ、活動して欲しいと思っています。
    (鈴木京子さん)

■ 編集長・伊勢雅臣より

     自衛隊PKOは、わが国の国際貢献のお手本ですね。
    

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