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________Japan On the Globe(255)  国際派日本人養成講座_______
          _/_/   
          _/     Common Sense: 日本大使館の「重大機密」
       _/_/      
_/ _/_/_/         日本大使館と言えば現地語を駆使して情報収
_/ _/_/          集や、政界工作にあたる姿を思い浮かべるが、、
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■1.瀋陽事件が明らかにしたこと■

     審陽事件では、中国の官憲が勝手に日本領事館の中に踏み込
    んで、亡命しようとした北朝鮮の一家を連れ出すという暴挙を
    したのだが、日本領事館員が抗議もせずに、踏み込んだ武力警
    察官の帽子を拾っている、という何とも無気力な姿をさらけ出
    した。
      
     その後、韓国領事館でも同様の事件があったが、こちらは韓
    国側が亡命者を守ろうと抵抗をして、怪我人まで出たので、中
    国政府が陳謝せざるを得なかった。日本側が一人でも抵抗して
    殴られたりしていれば、中国側の「日本側からの同意があっ
    た」などという強弁をはねつけられたのに、と思っても後の祭
    りである。
      
     日中の論争から浮かび上がってきたのは、日本領事館側のな
    んとも頼りない姿である。読売新聞はこう報じている。
    
         北朝鮮住民が渡した亡命意思を示す英文文書を副領事が
        「英語が読めなかった」(外務省中国課)ために突き返し
        たことについて、自民党幹部は「外交官が簡単な英文も読
        めないような、そんなお粗末な状態で済むのか」とあきれ
        返った。[1]
    
     大使館や領事館と言えば、少なくとも英語と現地語はペラペ
    ラで、現地政府と直接、丁々発止とやり合うものと思っていた
    が、それはどうも一般国民の勝手な思いこみだったようだ。大
    使館や領事館ではどんな仕事をしているのだろう?

■2.英語もできない大使館員■

    「大使館なんかいらない」[2]を書いた久家義久氏は、医務官
    として9年間に3カ国の大使館に勤務した。最初にサウジアラ
    ビアの大使館での勤務を始めた時に、奇妙なコトバを聞いた。
      
         アリさん、ユーね。これ、向こうにブリングね。オッケ
        ー?
      
     会計の老書記官が、現地職員に手振りを交えてしゃべってい
    るのである。別の部屋では、副領事が現地職員に怒鳴っていた。
      
         ユー、ダメよ。イッツ、ノーグッドでしょ。
          
     大使館の官房、すなわち会計、庶務、文書、電信などを担当
    する初級職の職員は、館内での事務が多く、それほど語学を必
    要としないので、特別な語学訓練を受けずに赴任する。現地と
    の対外交渉が必要な時は、現地職員を使う。彼らはボスのプラ
    イドを傷つけないよう(首にされたら困るので)「ジャパング
    リッシュ」を必死に理解して、用を足してくれる。英語でさえ、
    この程度だったら、現地語など望むべくもないだろう。
      
     審陽の領事館で、北朝鮮難民が副領事に英文の文書を渡して
    も読めなかったというのは、どうも例外ではなさそうだ。日本
    の在外公館に亡命を求める難民は、日本語の文書を渡さねばな
    らないのだろう。そこまでして日本に亡命しようとする難民が
    いるとは思えないが。

■3.アメリカ人青年に英字新聞を読んで貰う大使館員■

     1977年6月、「日本大使館はアメリカ議会を理解できない」
    と題した記事がワシントン・ポストの第一面を飾った。その書
    き出しは、こうだった。
    
         ワシントンでも最大のスタッフを抱える日本人大使館が
        なぜ25歳のアメリカ人学生にカネを払って政治情勢を教
        えてもらう必要があるのか、、、
        
     この学生とは、日本大使館がアメリカの国内政治に関して日
    本人大使館員に説明、報告してもらうため雇った25歳の大学
    院生で、大使館内に独自のオフィスと「研究顧問」の肩書きを
    貰い、週20時間の勤務で年間1万8百ドルを受け取っていた
    という。
    
    「亡国の大使館」という近著で、この事実を紹介した古森義久
    氏は、当時毎日新聞のワシントン特派員で、朝から晩まで日曜
    もなしにフルタイムで働いていたが、当時の氏の年間給与がこ
    のアメリカ人学生のアルバイト代とほとんど同額だったという。
    
     日本人外交官がなぜそんな助けが必要なのか、当時の大使館
    の政務担当・小倉和夫書記官は、その記事の中でこう答えてい
    る。
    
         ふつうの日本人にとって英語がたとえよくできても、ア
        メリカの新聞2,3紙の政治記事を読むのには5,6時間
        もかかるので、アメリカ人を雇って頼めば若者でも役に立
        ちます。
        
     外交官とは、英語のできない「ふつうの日本人」だったわけ
    である。

■4.首相のスピーチ作成も米社に「外注」■

     読むのがこれでは、書く方はもっと難しい。日本の首相や、
    外相、駐米大使らがアメリカでスピーチをする時に、演説の原
    稿は日本側で作るが、それを英語のスピーチに仕上げるのは、
    1960年代からアメリカのPR企業フィリップ・バンスライク社
    が使われていた。
    
     1977年春に福田赳夫首相が訪米した時には、ワシントンやニ
    ューヨークでの英語原稿を同社代表のフィリップ・バンスライ
    ク氏がすべて書き上げた。同氏は事前に東京まで招かれて作業
    を行い、これらを含めて年間30万ドルが支払われたという。
    
     英語国のイギリスやオーストラリアは別にしても、ドイツや
    フランスなど先進国で、首相や外相の英語スピーチ作成を外注
    している国は皆無だという。自国の外務省所属の専門家が書く
    か、あるいはワシントン駐在大使がみずから書いてしまう。
    
     その他、情報収集、PR活動、助言提供、アメリカ政府要員
    との会合アレンジなどの業務が「外注」されており、1985年時
    点では全米各地の領事館も含めると25団体に業務を発注し、
    その総額は140万ドル(当時のレートで約3億円)に達した
    という。
    
     こういう数字が明らかになったのは、アメリカ政府が外国政
    府機関から委託されて政治や広報、調査などを担当する「エー
    ジェント」は司法省にその活動内容や報酬を届け出なければな
    らない、という法律を設けているからである。外国政府機関に
    よる諜報活動や世論操作を警戒するためだろうが、それによっ
    て日本大使館の「重大機密」が暴露されてしまったようだ。

■5.戦争中の首相夫人受け入れ準備■

     さて、語学もできず、必要な仕事は現地人スタッフや外注任
    せにしたりして、当の大使館員の皆さんはどういうお仕事をさ
    れているのだろうか。それが決して遊んでいるわけではなく、
    どうも大変な忙しさのようなのだ。久家氏がサウジアラビアの
    日本大使館勤務中の1990年に、海部首相が中東諸国を公式訪問
    することになり、大使館全体が受け入れ準備に忙殺されること
    になった。
    
     久家氏は医療のほかに、首相夫人の担当を任された。本省か
    らは早速、首相夫人に関する電報が矢継ぎ早に送られてくる。
    略歴、趣味、応対上の注意、通訳や訪問先に関する様々な注文、
    、、。なかには「首相一行は缶詰のお粥を携行するところ、調
    理用の電熱器および、手鍋、また右を食するに適した食器類を
    準備ありたい」。もっと凄いのは、「首相夫人は長さ1メート
    ル80センチのドレスを携行されるところ、本ドレスは折りた
    たみ厳禁であるので、そのまま収容できる衣装ケースを準備あ
    りたい」。サウジアラビアで、お粥用の食器や、棺桶サイズの
    衣装ケースをどうやって調達しろというのか。
    
     おりしもイラクがクウェートを侵略して湾岸戦争が始まった。
    サウジはイラクのスカッドミサイルの射程内にあり、いつ核ミ
    サイルが落ちてくるか分からない。日本からの駐在員家族はど
    んどん引き揚げていく。しかし、久家氏は、首相夫人受け入れ
    で手一杯で、それどころではない。
    
     大使夫人は一世一代の出番とばかり張り切って、イスラム教
    国での女性の服装の注意点について、A4の紙にびっしり文案
    を書いてきた。久家氏がそれをワープロで打ち直し、電信官が
    深夜までかかって暗号で発電する。首相関係の電報はすべて
    「秘」扱いである。お粥や、ドレスケースですらそうだ。ただ
    し隠す相手は、外国の諜報部員やテロリストではない。確かに
    こんな「重大機密」が日本国民に漏れたら、大問題になるかも
    しれない。
    
     後で本省に確認したら、この長い電報は「夫人が混乱すると
    いけませんので見せてません」との事。深夜までの作業は何だ
    ったのか。その後、夫人は女性に関する制約のきついサウジと
    オマーンの訪問はやめて、その間トルコで待っているとの事。
    今度は「サウジアラビア政府に対して不都合はないかどうか返
    答せよ」との電報。さらにこの後では、海部首相の公式訪問自
    体が延期となった。湾岸戦争中に平和ボケした日本の首相に来
    られても、迷惑なだけだろう。
    
■6.大使館の秘密の活躍■

     高原須美子氏は、毎日新聞の記者出身のジャーナリストで、
    海部政権時代には民間からの初の女性閣僚として経済企画庁長
    官に任命されて有名になった。その高原氏が平成7(1995)年8
    月、フィンランド大使となった。大使ポストの外務官僚独占に
    対する批判がちらほら出始めた時期なので、女性民間人の大使
    登用は、外務省としても絶好のアピールだったろう。
    
     高原氏がフィンランドに赴任して2年経った頃、週刊新潮の
    「私の週間食卓日記」に大使としての日常が公開された。それ
    によると週日は、ニチメン会長一行とのディナー、トヨタ現地
    法人社長と夕食、京大名誉教授との夕食、フィンランド訪問中
    の衆議院議員一家とのディナー、、、土曜日は朝から大使館館
    員たちとゴルフ・コンペ、夜はその流れを受けて、ディナー・
    パーティ。
    
     赴任して2年も経つのに、フィンランドの政治家や官僚、経
    済人、文化人などは一向に出てこない。仕事の中心は、日本か
    ら来た訪問客の接待なのだ。
    
     その食卓メニューは「だし巻き卵にほうれん草のごま和え、
    カブの浅漬け、信州産ざるそば、、、」。コックはホテルオー
    クラ神戸の日本料理のシェフを大使個人用に雇って連れて行っ
    た(コックを同道するのは他の日本大使にも共通の慣行だそう
    な)。日本から来た賓客は、絶妙の日本食を満悦しただろう。
    
     ある大使館員は久家氏にこう言ったという。「フレデリッ
    ク・フォーサイスの小説なんか読むと、大使館はどんな秘密の
    活躍をしているのかと思いますが、実際はただの旅行代理店で
    すもんね」 高原氏は素人大使だけに、この「重大機密」をつ
    いうっかり週刊誌に漏らしてしまったのかもしれない。

■7.米国同時テロ時のニューヨーク総領事館■

     大使館の役割の中心は、1)現地の情報をつかみ、また日本
    からの情報発信をすること、2)現地法人の保護をすること、
    の2点があげられよう。1)については、情報収集は大学院生
    に頼ったり、情報発信も高原大使のように日本からの客の接待
    三昧では、お寒い限りだ。2)の邦人保護については、どうだ
    ろうか。昨年の9月11日の米国同時テロの際には、ニューヨ
    ーク総領事館の対応には、邦人社会の批判が集中した。曰く:
    
    ・ 神奈川大学の齋藤実教授らは、ちょうどニューヨーク旅行
       中で、領事館に助けを求めたが、入館を断られた。
    ・ 留学生の鈴木由希子氏が避難について、電話で相談すると、
       「こちらは知らない」と断られた。
    ・ 市内の大ホテルに「テロ対策本部」を開いたが、「関係者
       以外は立ち入り禁止」の張り紙を出し、一般日本人の立ち
       寄りを禁じた。

     崩壊した世界貿易センタービル内には、富士銀行や西日本銀
    行のオフィスがあり、そこで働いていた日本人行員ら22名が
    行方不明になっていた、と総領事館は発表したが、それは日系
    大手企業からの報告を横流ししただけで、それ以外の日本食レ
    ストランや、弁当販売、ビデオ配達などの中小日系企業には、
    安否確認もしていない。
    
     日経ビジネスは、ニューヨークの街角で50人の日本人にイ
    ンタビュー調査を行ったが、「ニューヨーク総領事館に保護や
    安全確保の働きを期待していますか」という質問に、43人が
    Noと答えている。その理由として「在留届けを出していても、
    何の連絡もない」「普段から対応が悪いから」「旅行会社や航
    空会社など企業の方が頼りになる」などが挙げられている。[4]

■8.プロの外交官はいても、、、■

     公正のために、古森氏は御自身が出会ったまさにプロの外交
    官とも呼べる人々を紹介している。たとえば、古森氏がODA
    に関する取材でベトナムを訪れた時、ホーチミン市総領事館の
    小野益男領事がジープに乗って、一泊二日の取材旅行につきあ
    ってくれた。小野氏は流暢なベトナム語を話して、ベトナム人
    と自然に接し、現地社会の慣行や政情への理解の深さは、ベト
    ナム滞在4年の経験を持つ古森氏をも、感嘆させるものだった。
    
     しかし、小野氏は専門職、ノンキャリアである。外務省の身
    分制度のもとでは、小野氏がいかに卓抜した外交官としての能
    力、知識を持っていても、日本の駐ベトナム大使どころか、ホ
    ーチミン総領事にも、本省でベトナムを担当する部課長にもな
    れない。
    
     こうしたキーポストを独占するのは、上級職の試験を通って
    採用されたキャリアだけなのだ。たとえば、前述の小倉和夫氏
    は、94年3月にベトナム大使に任命され、8月に赴任、翌年
    5月には外務審議官として帰任が確定。大使としての期間は8
    ヶ月と高校生のホームステイ並みだった。その後、97年秋に
    は韓国大使、その2年後にはフランス大使と、長くとも2年単
    位で重要ポストを渡りあるいていく。これではその国を理解し
    たり、人脈を築くこともできまい。日本からの賓客をお迎えし
    て、今後のキャリアのために、旅行代理店業務に精出す位が関
    の山であろう。
    
     この国際化時代に、外国との情報のやりとりも、在留邦人の
    保護も十分にこなせない大使館とは、わが国の大きなハンディ
    キャップと言うべきだろう。大東亜戦争の宣戦布告が日本大使
    館の怠慢により真珠湾攻撃後となり、「騙し討ち」の汚名を浴
    びたが、その体質は今も変わらないようだ。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. 243 日本最強の外務大臣に学ぶ外交術
    卓越した外交力で清国を押しまくり、欧米列強の干渉を捌い
   た陸奥宗光の外交の基本を学ぶ。 

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 読売新聞、「亡命者連行事件 “情報戦”後手「完全に中国
   ペース」外務省、問われる外交力」、H14.05.20 東京朝刊 2頁
2. 久家義之、「大使館なんかいらない」★★、幻冬舎、H13
3. 古森義久、「亡国の日本大使館」★★★、小学館、H14
4. 日経ビジネス、「情報、危機感、信頼感すべて欠如」、H13.10.22
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「日本大使館の『重大機密』」について 匿名希望さんより

     私は海外留学してすでに2年経過し、もうじき帰国する予定
    のものです。頼れるはずの大使館が、単なる「ビザ発行」「官
    僚接待」のみに終始している現状は実に情けないものでした。

     在留諸国での邦人関連の事件に対する大使館の対応の遅れが
    問題だと常々感じていました。それは現地との事務レベル以上
    の親密な交流の欠如が原因です。現地語を話そうと努力するこ
    とは相手国の文化に対して謙虚な態度を持つと共に、自国の文
    化に対する自信を持つことにもつながります。なぜなら彼らは
    目の前にある日本人を通じ、「日本」というものを理解するこ
    とからまず始めるからです。個人的な理解は大抵それが終わっ
    てからです。それと真と判断したなら発言しなければいけませ
    ん。「沈黙は金」どころか「ブリキ」以下です。

     ところで最近現地の報道で日本大使館の新しい広報担当者が
    インタビューに丁寧かつ流暢に現地語で答えていました。外務
    省が少しずつ努力してきているのも事実ですし、「やっとまと
    もな外交官がきた」とほっとしたのを覚えています。でも残念
    ながら事件が発生した際の情報収集力、的確な早期対応の面で
    は現在もなお日本企業に勝るものはありませんでした。

     この国を通じて私の目に映ったもの、それは外務省の牛歩的
    外交努力と日本企業の圧倒的な外交力でした。

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