[トップページ][平成14年一覧][The Globe Now][332.1 日本経済]
________Japan On the Globe(268) 国際派日本人養成講座_______ _/_/ _/ The Globe Now: 不況脱出の方法 _/_/ _/ _/_/_/ もう成長の余地はない、という思いこみが _/ _/_/ 成長の余地を失わせる。 _______H14.11.24_____40,002 Copies_____639,981 Views________ ■1.「失われた10年」はなぜ?■ 孫娘 「お祖父ちゃん、今年も就職戦線は大変ね。私の大学の クラブでも4年生でまだ就職先が決まっていない人がた くさんいるわ。」 祖父 「そうか。失業率で見ても、10年前はわずか2%くら いだったのが、この9月は5.4%、有効求人倍率は0. 55。ざっと20人に一人は職がなく、仕事を求めても 2人に一人は見つからない状態だ。駅の地下道や、公園 に住みついているホームレスの人たちもずいぶん、増え たような気がする。十分働ける健康な人たちが、何もせ ずにぶらぶらしているのは、本人たちも不幸だし、社会 的にも大きな損失だと思うね。」 孫娘 「倒産や、失業を苦にしての自殺も多いそうね。」 祖父 「昨年の倒産件数は、17年ぶりに2万件を超えた。お 祖父ちゃんの知り合いでも何人か、中小企業の経営者が いるが、戦後の復興や、高度成長時代を支えてきた中小 企業が、バタバタと倒れていくのを見るのは、辛いこと だ。」 孫娘 「一体、何でこんなひどい不況がずっと続いているのか しら。バブル以降、『失われた10年』と言う言葉があ るそうだけど、いくらバブル崩壊がひどくても、正しい 政策をとっていれば、10年もあれば、脱却できたはず でしょ。」 ■2.不況はなぜ起こる?■ 祖父 「お祖父ちゃんも経済学は生かじりだから、あまり自信 はないが、この間、ポール・クルーグマンというアメリ カの経済学者の『恐慌の罠』という本を読んでいたら、 なるほどと思うことが書いてあった[1]。新聞では、政 府が銀行に不良債権の処理を早くやらせないから、不況 がいつまでも続くんだ、とか、もっと大幅な公共投資を する必要がある、とか、政策レベルの話が多いが、この クルーグマンは、経済学の原理原則から、経済学の問題 を一般の人に分かりやすく解き明かしていく、というス タイルをとっているから、お前も読んでみるといい。」 孫娘 「日本の今の不況を、原理原則からどう解き明かしてい るの?」 祖父 「まず、うちで年収が500万だとするね。それをたと えば、400万円消費して、100万円貯金をするとす る。それを銀行から企業が借りて、投資をする。あるい は、我々が直接、企業の株を買うというのでもいい。企 業が100万円投資して、我々の400万円分の生産が できれば、ちょうど、貯蓄と投資、消費と生産がバラン スすることになる。」 「この貯蓄と投資のバランスが問題なんだ。貯蓄がたと えば200万円に増えたとすると、消費は逆に300万 円に減って、企業の売り上げが少なくなり、生産能力過 剰の状態になる。そうなると、失業も増える。」 孫娘 「それが今の状況なのね。企業は赤字で失業が増える。」 ■3.不況はなぜ起こる?■ 祖父 「でも、市場には不思議な調整機能があるんだ。我々が 200万円貯金しようとしても、借り手が100万しか 要らない、というなら、利子率が下がるだろう。」 「利子率が下がれば、うちも貯金は150万円くらいに しておいて、やはり消費を350万円くらいに増やそう とする。」 「企業の方も、利子率が下がれば、売り上げが伸びるだ ろうと期待できるし、借金の負担も楽になるから、投資 を増やそうという気になる。それで、また貯蓄と投資、 生産と消費のバランスが回復するわけだ。」 孫娘 「へえー。そんなにすごい調整機能があるの。でも、そ んなふうに巧みにバランスがとれていたら、どうしてこ んなに不景気になるの?」 ■4.高齢化による構造的な貯蓄過剰■ 祖父 「そこが問題だ。クルーグマンが言うには、日本はもと もと貯蓄率が高い所に、高齢化で皆が消費よりも、老後 の蓄えをするようになった。だから構造的に貯蓄が投資 を上回っている、と言うんだ。」 孫娘 「確かにお父さんもあと何年かしたら定年だというんで、 貯蓄に励んでいるわ。昔は家を買ったり、車を買ったり していたんだけど、そういうものは皆揃っちゃったしね。」 祖父 「それにあと何年かして、お前たちが学校を卒業して、 自分で稼ぐようになったら、もっと老後の貯えに回せる ようになる。そんなこんなで、貯蓄は多いけど、消費が 少ないんで、投資が減り、生産も落ち込んでしまう。」 孫娘 「でも、貯蓄が投資よりも多いなら、さっきの話で、利 子率が下がって、貯蓄が減り、投資が増えるんじゃない の?」 ■5.倒産と失業の悪循環■ 祖父 「利子率は下がっりきって、もうほとんどゼロだ。百万 円を定期貯金に入れても、一年で電車賃ほどしか利子が つかないだろう。」 孫娘 「私はそんなに貯金がないから、実感が湧かないけど、 確かお祖母ちゃんも、そんな事をこぼしてたわ。これじ ゃあ、蓄えを使っていくだけで、利子で増えることがな いから、いつまで持つか、不安だって。」 祖父 「老後の不安があるから、いくら利子率がほとんどゼロ でも、貯金をやめるわけにはいかないんだ。だから、利 子率がゼロでも、貯蓄と投資、消費と生産がバランスで きない。利子率はゼロ以下にはならないからね。これが クルーグマンの考えだ。」 孫娘 「それじゃあ、市場の調整機能で、自然に不況が回復す る事ができないのね。だったら、この不景気が永遠に続 くって事?」 祖父 「いや、もっと怖い状態に陥る恐れもある。大勢の人が 失業すれば、消費がさらに減って、企業の売り上げがも っと落ちる。倒産も増える。それでさらに失業が増える、 という悪循環に陥る恐れがある。これがデフレ・スパイ ラルだ。」 「企業の倒産が増えれば、それに貸し付けを行ってきた 銀行も危なくなる。すると我々も大事な貯蓄を守ろうと、 貯金をおろそうとするだろう。皆が貯金を下ろそうとし たら、銀行も潰れてしまう。その銀行からお金を借りて いる企業も、資金がストップして、これまた倒産だ。1 930年代の大恐慌は、アメリカでこれが起きて、世界 に波及したものだ。」 ■6.政府が消費を肩代わり?■ 祖父 「そうならないよう政策でなんとかする必要がある。日 本が今までとってきたのは、国が国民から借金をして、 道路を造ったりして、消費を増やす、という財政政策だ った。」 「たとえば、200万円の貯蓄から、50万円を国債と いう形で借りて、道路を作る。それで消費が50万円増 える。言わば、国民が貯蓄をしすぎるんで、国が貯蓄を 減らし、消費の肩代わりをしているんだ。」 孫娘 「ああ、それで国の借金が約700兆円、国民一人当た り600万円近くにも膨れあがったわけね。この間読ん だJOGにも書いてあったわ[a]。でもその借金は、私 たちや、私たちの子供の世代がいずれ返さなければなら ないんでしょう。無限に借金を積み上げるわけにはいか ないわ。この手ももう限界じゃないの?」 祖父 「先進国の中で、国の借金がこれだけ膨れあがったのは、 日本だけだ。これ以上やったら、政府が倒産してしまう かもしれない。」 ■7.政策的なインフレ!?■ 祖父 「そこでクルーグマンが主張しているのは、3%程度の 緩やかな物価上昇、すなわちインフレを起こして、金利 がほぼ0%であれば、その差である実質金利がマイナス 3%となる。借金をしても、その借金自体が物価上昇で 実質的には目減りをしていく。そうなれば、家や車を欲 しい人は、すぐにローンをして買った方がいいとなるだ ろう。こうして実質金利をマイナスにすれば、消費と投 資をバランスさせる事ができる、というんだ。」 孫娘 「えー! 政府が意識的にインフレを起こすの? そん な事が許されるの? お祖父ちゃんたちのように今まで の貯蓄で食べている人たちは、貯蓄が目減りしちゃうじ ゃない。なんか、悪いことのような気がするけど。」 祖父 「そりゃ、そうだよ。だけど、国債を600兆円も積み 上げるというのは、逆にこれから生まれる世代に負債を 追わせて、今生きている我々が良い生活をしようという んだから、どっちが不公平だか、分からないよ。」 「それに年数十%の狂乱物価では、国民生活もめちゃく ちゃになってしまうが、数%台の緩やかなインフレなら、 高度成長時代よりも、だいぶ低い。」 孫娘 「インフレ=悪、という先入観があったけど、国債とど っちが悪いか、と聞かれたら、もう一度、考え直す必要 はあるわね。少なくとも、今生まれたばかりの赤ちゃん にも600万円の借金を背負わせるというのも、とんで もない不公正だと思うわ。」 ■8.先入観を打破する姿勢■ 祖父 「クルーグマンは、イギリスの中央銀行であるイングラ ンド銀行が、2.5%のインフレ目標を掲げていること を紹介している。アメリカは公言はしていないが、3% 程度の暗黙の目標を設定しているとクルーグマンは推定 している。」 孫娘 「なんだ。実際にやってる国もあるのね。だったら、私 たちも先入観だけで毛嫌いせずに、アメリカやイギリス での経験を、もっと研究したらいいわけね。」 祖父 「お祖父ちゃんもそう思う。クルーグマンの言ってるこ とが、正しいかどうか、まだ分からないけど、インフレ =悪と思いこんで、それから先を考えないのは、一種の 思考停止じゃないか、と思った。クルーグマンがそうい う先入観に囚われずに、経済学の原理からどうあるべき か、考えている姿勢は見習うべきだと思ったよ。」 ■9.日本にはもう成長余地がないか?■ 祖父 「もう一つ、クルーグマンが私たちの先入観を打ち砕こ うとしている点がある。それは現在の不況が、日本がも う十分豊かになって、成長の余地がなくなってしまった から、すなわち、潜在成長率が低下してしまったからと 安直に思いこんでいるのではないか、と問いかけている 所だ。」 孫娘 「私なんかも、もう日本は物質的には十分豊かになって、 これ以上、モノを作っても環境を破壊するだけじゃない か、と思っているけど、そうじゃないの? 今の世の中 はモノがあふれていて、どこに消費を拡大する余地があ るの?」 祖父 「モノを買うことだけが豊かさだというのが、そもそも 誤った先入観だ。まず、住宅とか、公園とか、住環境は もっと良くすべきだろう。江戸時代の日本は、その豊か さと風景の美しさでアメリカの旅行家を感嘆させたほど だった[b]。今の日本の貧弱な都市環境や乱雑な景観で は、とても本当の経済大国とは言えないよ。」 「それに教育も、日教組が幅を効かせている公立校なん かは、旧ソ連の国営企業の製品と同じで、安かろう悪か ろうそのものだ。立派な先生には高い給料を払って、も っともっと良い教育をしてもらいたいものだ。また安全、 安心な国民生活を実現するためにも、警察や自衛隊には もっとお金を使う必要がある。」 孫娘 「そういう事まで考えると、確かに日本の生活は決して 豊かとは言えないわね。」 ■10.自らビジョンを描く活力■ 祖父 「私たちの周辺に工業製品があふれかえっているから、 もう豊かさは十分だと思いこんで、それで未来の展望も なくして、それがもとで経済も落ち込んでいってしまう。 それでますます悲観的になる。まさに経済と心理のデフ レスパイラルだ。」 孫娘 「結局、私たちがどういう生活を理想と考えるか、とい うビジョンを自分で描き、それを実現していく活力を発 揮していく事が大事なわけね。」 祖父 「お祖父ちゃんもそう思う。もう成長の余地はない、と いうような先入観で自分自身を縛り、経済学は分からな いと人任せにして、新しいビジョンを描く気力すらない、 というのは、軍備を放棄さえすれば、平和は保てる、と いうような思考停止と同じだ。それでは自ら平和を作り 出そうとする活力も出てきやしない。」 孫娘 「そういう意味では、私たち一人ひとりが不況と戦う事 ができるのね。私なら、将来超一流のファッション・デ ザイナーになって、世界中の人が憧れるようなファッシ ョンを作り出すわ。それを世界中に輸出するの。」 祖父 「そうそう。その意気。モノの世界でも、もっともっと 立派なものを作って、豊かな社会を作る余地がある。お 祖父ちゃんたちも負けずにがんばらなくちゃな。高齢化 社会=停滞社会なんていう先入観はぶっとばしてやろう。」 (文責:伊勢雅臣) ■リンク■ a. JOG(266) 日本国債 〜 日本政府の信用が問われている 生まれたばかりの赤ちゃんも、6百万円の借金を背負わされている。 b. JOG(091) 平和の海の江戸システム 日本人は平和的に「自力で栄えるこの肥沃 な大地」を築き上げた。 ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) 1. ポール・クルーグマン、「恐慌の罠」★★、中央公論社、H14 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■「不況脱出の方法」について 国会議員の方々は、国民全体の生活水準を考慮した国つくり を本来の使命とし、個々の出身母体、出身地を中心とした政策 は地方議員に任せるべきである。一部の利益団体のごり押しは 全部が国民に跳ね返って来る。その原因をつくっているのは、 我々国民である。 かの米国の故ケネディ大統領の言葉、国が何をしてくれるか ではなく、我々が国に何をしていくか、をもう一度、噛みしめ たい。 なおみさんより 私は経済の事はよく分からないので、素人考えを書いてみます。 1.相続税の廃止: 中小企業の1代目が息子に家業を継がせた いと思っていても、相続税が払えなくてやめてしまう所が多 いです。一度税金を払った残りの所得に課税するのはおかし いです。税金の二重取りです。 2.高齢者も働けるようにする: 高齢化社会で年金の破綻は目 に見えています。高齢者でも働ける人、働く意欲のある人は 年齢制限せずに雇うようにしていくべきです。 3.所得税はフラットに: 今の極端な累進課税をやめて、一律 10%程度のフラットな税制にすべきです。今の日本は税金を 払っていない人が多すぎます。そうすれば税収も増えます。 昔、サッチャー首相が言いました。「金持ちを貧乏にしたか らと言って、貧乏人が金持ちになるわけではない。」 4.銀行業の自由化: トヨタやソニーといった優良企業が銀行 業に参入しやすいようにすると駄目な銀行は自然淘汰されて、 外資など怖くありません。 sinsinさんより ■ 編集長・伊勢雅臣より 「素人の常識」を大事にする、これが大英帝国を築いた繁栄の ノウハウの一つでした。逆に言えば、国民が素人ながらも自分 の主張をする、という事の大切さですね。© 平成14年 [伊勢雅臣]. 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