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■■ Japan On the Globe(306)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

               国柄探訪: 笑顔で往った若者たち

         ブラジル日系人の子弟が日本で最も驚いたのは、戦争に
        往った若者たちの気持ちだった。
■■■■■ H15.08.17 ■■ 38,067 Copies ■■ 902,965 Views■

■1.「げんしゅくな気持ち」■

            げんしゅくな気持ち
                             ナタリア・恵美・浅村(17才)

         2002年12月に、私は第13回使節団として、日本に行
        きました。あそこで、沖縄や広島でおこったせんそうの事
        を見ました。原爆資料館や江田島や靖国神社で、いろんな
        お話を聞きました。
        
         そしてせんそうの意味が深く分かりました。戦争がなか
        ったら、人々はしななくてよかったのに。戦争というもの
        はすごく苦しいものです。

         けれど、私がもっとおどろいた事は、戦争にいった人達
        のすばらしい気持ちだった。あなた方は自分の国日本をま
        もるために、そして自分の家族の命をまもるために、自分
        の命をかけました。あなた達は敵にふくしゅうをする気持
        ちより、自分の国の誇りをまもるための「死ぬこと」をえ
        らびましたね。私はそれは本当にげんしゅくな気持ちであ
        ると思います。
        
         私は江田島でこんなメッセージを見ました。「正道一
        心」という書でした。だれかが弟のために自分の血で書い
        たものでした。女の子は自分のかみの毛で、「日本」と書
        きました。それは私の心にふかい感動をおこさせました。
        
         皆様、戦争で日本はまけた。でも、あなた方の命はむだ
        にはならなかった。だって、今、私達も、日本の人も幸せ
        一杯でしょう。だから、あなた方はなくなったけれど、そ
        の気持ちは、いろんな人達に大切なことを教えました。
        
         あなた方のために、今、私は一生けんめい祈ります。そ
        して、あなたの生命をもらって今生きているよ。
         本当にありがとうございました。日本の人、靖国神社を
        大切にしてください。おねがいします。
         なくなった人達に誇りをもって下さい。おねがいします。
        [1,p36]

■2.ブラジルからの青少年使節団■

     ナタリアさんはブラジル・サンパウロ市にある松柏学園の生
    徒である。ここでは多くの日系人子弟が他国系の子供たちとと
    もに日本語を学んでいる。1972年から二年に一度、この学校の
    生徒たち二、三十人が日本を訪れ、約40日をかけて沖縄から
    北海道まで廻っている。
    
     送り出す親にとっては、地球を半周する飛行機代と40日も
    の宿泊費は相当な負担であるが、「自分のルーツに誇りを持っ
    てほしい」「美しい日本を見てきてほしい」という日系人父兄
    の切なる願いが30年にもわたる使節団の派遣を支えてきた。
    
     その行程の中で子供たちが特に深い印象を持つのは、靖国神
    社の遊就館や、海軍兵学校のあった広島湾・江田島の教育参考
    館で見る特攻隊員の遺書・遺品である。ナタリアさんの文章は
    そこで心を揺すぶられた経験を、一生懸命学んだ日本語で自ら
    書いたものである。
    
■3.「美しい心」■

     生徒たちの文章をもう一つ、引用しておこう。訪日をひかえ
    て、靖国神社へ行くことを楽しみにしている生徒の手紙である。
    
            美しい心をもって死んだ兵隊さん
                               ハイザ・理恵・鈴川(16才)
    
         日本の若者は、日本国、日本人をまもるために、生命を
        あげました。とてもだいたんで、勇気のある人たちでした。
        そしてその若者は、「お父さん、お母さん、ぼくに会いた
        くなったら靖国神社に来て下さい。ぼくたちはいつもあそ
        こにいますから」と言いました。
        
         私は日本へ行ったら、かならず靖国神社にお参りに行き
        ます。そして、「ありがとう。私たちのおじいちゃん、お
        ばあちゃんの国をまもってくれて」と祈ります。
        
         美しい心をもって死んだ兵たいさんたち、あなたたちは
        世界の英雄です。[1,p58]

■4.「今はすべての浮世のきずなを断ち切って天翔る」■

     ナタリアさんが感動して「げんしゅくな気持ち」と呼び、ハ
    イザさんが「美しい心」と言った心とは、どんなものだったの
    か。
    
     学徒出陣して海軍飛行科予備学生となった中村輝美(てる
    み)さんには妙子さんという19才の新妻がいた。その妙子さ
    んにあてた手紙が何通か残っている。中村さんが宮崎・都城へ
    転任する前に書き送った手紙はすでに遺書のようである。
    
         妙さん、元気で。強く。幸多かれと祈る。
        
         不思議な、因果な、そして淡い縁だつたね。然し中村輝
        美てふ男の心には強く焼きつけられてゐる。
        
         私が行く所は「決戦部隊」 詳しくは書けないが、日本
        の総反攻の最先端に立って散る飛行隊。男子としての本懐
        はこれに過ぐるものなし。妙さんに泣かせ度くはないが
        ・・・。(中略)
        
         名古屋の駅で妙さんに肩を叩いて「元気を出しなさい
        よ」と云ったのは自分自身に云った言葉、何だか辛い気持
        ちだった。あんな気持ちは二度とないだらう。未練な男だ
        ね私は。
        
         ただし今はすべての浮世のきずなを断ち切って天翔る。
        私はそれが出来ると信じてゐる。妙さんも信じて下さい。
        未練はあったが私も男。それが出来ねば妙さんの夫として
        恥ずかしくないと云えないものね。(中略)
        
         万一の場合 天皇陛下の万才を唱え奉り、その後の余裕
        があれば必ず妙さんに「さよなら」を告げるよ。[2,p52]

■5.「吾が愛す なべての人に」■

     中村さんは昭和20年3月に鹿児島県鹿屋で特攻攻撃のため
    の航空偵察の任務についたが、その様子を次のように書き送っ
    ている。
    
         毎日を果てしなき大空に小鳥の如く風にもまれ、敵戦斗
        機の機銃丸に追はれ、そして追はれても追はれても、その
        間隙を狙って敵の全貌を明らかにし味方特攻隊を導く。全
        く空の地獄だ。無事に帰れるのが俺には不思議に考えられ
        る位。そして明日の事は、否一瞬先の事すらも判らない運
        命にある。
    
     その言葉通り中村さんは昭和20年5月31日早朝、悪天候
    の中を発進したが、午後2時45分から4時まで、3回に渡っ
    て「吾、戦闘機の追従を受く」と発信した後、消息を絶った。
    
     中村さんが残した「天翔る日に」と題した長歌がある。その
    最後の部分のみ引用しよう。
    
        情に生く 男の子なりしを 蒼空に 天翔ける身の
        抱くべき ねがひぞかなし 吾が愛す なべての人に
        とことはの 幸あれかしと 今ぞ我れ 天翔けり行く
        
     中村さんの願いは、自分の愛するすべての人に永遠の幸あれ、
    という事だった。そこには自分の運命に対する恨み辛みも、ま
    た敵国に対する憎しみもない。ただひたすらに愛する者の幸せ
    を願うという純粋な気持ちである。ナタリアさんやハイザさん
    が「げんしゅくな気持ち」「美しい心」と呼んだのは、このよ
    うな心であろう。

■6.「自分も負けずに朗らかに笑って往く」■

     もう一人紹介しておきたい。福島県の農家に生まれた穴沢利
    夫さんは、大の本好きで、農村に児童図書館を作るのが夢だっ
    た。中央大学法学部で学びながら、お茶の水の医科歯科大学の
    図書館で働いていた。そこで図書館講習所の実習にやってきた
    孫田智恵子さんと知り合い、交際が始まる。時に昭和17年1
    月、穴沢さん19歳、智恵子さん18歳であった。
    
     穴沢さんは昭和18年10月に大学を繰り上げ卒業後、陸軍
    特別操縦見習士官として学び、半年後には台湾などで転戦。昭
    和20年4月12日、鹿児島・知覧より第2次沖縄総攻撃に出
    撃した。その時に智恵子さんに次のような遺書を残した。
    
        (前略)そして今、晴れの出撃の日を迎えたのである。
        便りを書き度い、書くことはうんとある。然しそのどれも
        が今迄のあなたの厚情に御礼を言う言葉以外の何物でもな
        い事を知る。
        
         あなたの御両親様、兄様、姉様、妹様、弟様、みんない
        い人でした。至らぬ自分にかけて下さった御親切、全く月
        並みの御礼の言葉では済み切れぬけれども「ありがたうご
        ざゐました」と最後の純一なる心底から言っておきます。
        (中略)
        
         今更何を言うかと自分でも考へるが、ちょっぴり欲を言
        ってみたい。
        
        一、読みたい本 「万葉」「句集」「道程」「一点鐘」
        「故郷」
        二、観たい画 ラファエル「聖母子像」、芳崖「悲母観
        音」
        三、智恵子。 会ひたい、話したい、無性に。
          今後は明るく朗らかに。
        
         自分も負けずに朗らかに笑って往く。

■7.穴沢さんはにっこり笑って出撃した■

     この遺書通り、穴沢さんはにっこり笑って出撃した、と見送
    った知覧高等女学校・奉仕隊の永崎笙子さんは語っている。そ
    の様子を撮った写真を長らく保存していた。それから24年た
    った昭和44年、永崎さんは智恵子さんと会って、その写真を
    示し、遺言通り笑顔で出撃した様を話した。
    
     この写真を見た靖國神社の大野宮司は、「亡くなって神様に
    なられたのではなく、この時点で神様となっておられるのです。
    」と言われたそうである。ここで言う「神様」とは、もちろん
    キリスト教での宇宙を創造した全知全能のGodの事ではない。
    本居宣長は神を定義して、人のみならず鳥獣木草、海山など、
    何でもあれ「尋常(よのつね)ならず、すぐれたる徳のありて、
    可畏(かしこき)物」とした。
    
     ちょっぴり欲を言いながらも、智恵子さんの家族みなに感謝
    の言葉を述べた「最後の純一なる心底」はナタリアさんやハイ
    ザさんが「げんしゅくな気持ち」「美しい心」と呼んだ心情そ
    のものだろう。死を前にして、このように尋常ならざる澄み切
    った心をもった人は「神様」と呼ぶにふさわしい存在である。
    
     ちなみにハイザさんは「美しい心をもって死んだ兵たいさん
    たち、あなたたちは世界の英雄です」と書いているが、ここで
    の「英雄」とは、ハイザさんの母国語ポルトガル語の"heroi"、
    英語では"hero"の意であろう。"hero"とは、英語辞典によれば
    「勇気ある行いや目的の高貴さにおいて際だっており、とりわ
    け自らの命を賭けたり、犠牲にした人」とある。[3, 拙訳]
    
     大野宮司の「神様」と、ハイザさんの"hero"とは、言語文化
    こそ違っていても、そこに込められた尊崇の心は同じである。
    「英霊」という言葉もこれに通ずる。
    
■8.「最後まで信じていただいたということはとても幸せ」■

     智恵子さんは戦後10年間独身を通したが、昭和30年に別
    の人と結婚。それは次のように書いた穴沢さんの遺志に添うこ
    とだった。
    
         あなたの幸を希ふ以外に何物もない。(中略)
         勇気をもつて過去を忘れ、将来に新活面を見出すこと。
        あなたは今後の一時々々の現実の中に生きるのだ。
         穴沢は現実の世界にはもう存在しない。
        
     その相手も昭和48年に病気で亡くし、一人となった智恵子
    さんはこう語る。
    
         最後まで信じていただいたということはとても幸せ。利
        夫さんによって精神的に育てられました。感謝以外の何物
        でもありません。
    
     穴沢さんは「ありがたうござゐました」と「最後の純一なる
    心底」から言って、笑顔で飛び立った。その言葉を受けた智恵
    子さんは半世紀後に「感謝以外の何物でもありません」と語る。
    深い信頼と感謝が二人の心を結んでいる。穴沢さんの英霊は草
    場の陰で今も朗らかに笑っているに違いない。これに優る慰霊
    はないだろう。

■9.彼たちの笑っている顔を写真で見て■

     第14回訪日使節団女子代表・ステッファニ・万里子・斎藤
    さん(15歳)も笑顔で往った若者の写真を見た一人である。
    
         この旅行で私が心に一番感じたのは、広島に行った時の
        ことです。戦争は何て悲しいことでしょう。神風特攻隊で
        行った若者のことが、頭から離れません。彼たちの笑って
        いる顔を写真で見て、どうして笑えるのか分かりませんで
        した。でも、今は分かるような気がします。
         日本のため、家族のため、愛する人のためだったことが
        わかりました。
        
         彼たちが書いていた手紙を読んでいると、お父さんやお
        母さんの名前が何回も書かれている手紙を見つけました。
        そこには、彼たちの苦しみを少し感じることができました。
         涙がポロポロ出ました。日本を守るために頑張りました
        ね。
         今の日本の若者は、その頑張り屋の力をちょっと忘れて
        しまったのでしょうか。[1,p111]

     終戦記念日8月15日が多くの地域でのお盆と重なっている
    事は、奇しき因縁というほかはない。後に残る者を信じ、笑顔
    で出撃した英霊たちがこの国土に戻ってくる時期である。現代
    の日本を見て彼等は今もにっこり笑ってくれるだろうか。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(080) ミラー大尉の残したもの
   話題作「プライベート・ライアン」などに見る自己犠牲の精神。
b. JOG(253) 特攻隊員の母、鳥浜トメ〜蛍帰る
   明日は死に行く若き特攻隊員たちにしてやれる事は、母親になっ
   てやる事しかない、、、 
c. JOG(153) 海ゆかば〜慰霊が開く思いやりの心
   慰霊とは、死者のなした自己犠牲という最高の思いやりを生者が
   受け止め、継承する儀式である。 
d. 本編補遺を「国際派日本人のための情報ファイル」8/22号に掲載。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 真倫子・川村編、「日本の皆様、靖国神社を守って下さい」
   ★★★、明成社、H15
2. 打越和子、「靖國のこえに耳を澄ませて」★★★、明成社、H14
3. The American Heritage Dictionary of the English Language: 
   Fourth Edition. 2000
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「笑顔で往った若者たち」について         寛之さんより

     8月15日靖国神社へ行ってきました。今年は今まで経験した
    ことのない大雨。いつもなら猛暑が厳しく、立っているだけで
    汗がにじみ出てくるころなのに、今年は、多くの方が足元をず
    ぶぬれにしながら、雨で肩を濡らしながら参拝していました。
    それぞれの思いがあるのでしょう、ある老人の方は、「海行か
    ば」が流れていたとき涙を流していました。この日は我々にと
    って特別な日なのだと再確認しました。

     今年は、いつもと違い一つ目立ったことがありました。それ
    は多くの若者の姿がこの靖国の社にあったことです。そういう
    私もその若者の一人ですが、明らかに年々その姿が増えている
    ような気がしています。今年も自発的にその足を運んだ若者が
    大勢見られました。これも多くの方の地道な努力が確実に実を
    結んでいる結果だと感じました。

     靖国には多くの政治的な意図が絡んでいます。そのため多く
    の誤解と無理解が生まれています。しかしこの日この場所で見
    たもの、感じたものは、そのような政治的意図とはなんの関係
    のない、人間の本質的な感謝です。ご先祖様にいま自分が生き
    ていられることへの感謝。ありがとうございます。ただそれだ
    けのことです。政治とは全くの関係のないことです。恐れるこ
    とは何もありません。我々が毅然とした態度をすること、政治
    に頼るのではなく我々一人一人ができることをすることが、い
    ま我々に求められています。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     先祖への感謝が、子孫への使命感と志を生みます。それが一
    国の未来を開く原動力となるのでしょう。

© 平成15年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.