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■■ Japan On the Globe(395)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

         Common Sense: 民間人校長、「異界」に挑戦

                   民間人校長の熱意が、「異界」の教師たちを
                  変えていった。
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■1.「異界」での第一声■

     ボストンで投資ファンド会社の社長を勤めていた国際派ビジ
    ネスマンの大島謙氏が、三重県立白子高校の校長として赴任し
    たのは、平成15年4月1日だった。はじめての職員会議に出
    席する。

         しかし、その姿たるや、十年一日のごときもので、まる
        でセピア色の映画を見ているような感じだった。議長がい
        て、それがみんな各先生たちの輪番である。会議の進め方
        も、今まで何年もやってきたから、十年一日ほとんど同じ
        なのだろう。

        「この件についてお諮(はかり)りください」と言って、
        意見を聞く、「これに対して表決をいたします、賛成の方
        は挙手を願います」と言う。しかし、発言する教師はだい
        たい決まっている。ほとんどの教師たちは黙って下を向き、
        言われれば挙手をする。中には居眠りをしている者もいる。

         ・・・このような古びたやり方では、物事を新しくつく
        りだしていくことなど絶対にできないと私は思った。私は
        思わず、「そんな場じゃないでしょう?」と言った。

     これが学校という「異界」に乗り込んだ民間人校長の第一声
    だった。

■2.新しいタイプの日本人を育てる■

     大島氏はボストンで東芝系の投資ファンド会社の社長だった。
    そして日本で新たなベンチャー企業投資の事業を展開しようと
    準備していた。アメリカのパートナー会社や東芝の了解を得て、
    二百億円くらいのファンドを作ろうという構想が固まりつつあっ
    た。

     しかし、いよいよ最終合意のために日本に行こうとしていた
    矢先に、9・11事件が起こったのだった。会議はキャンセル
    され、アメリカから一歩も出られなくなった。日米で不況感が
    急速に広がり、挽回しようと半年間かけたが、だめだった。

     日本での転職先を探している時に、知人からのメールで知っ
    たのが、「民間人校長」公募の話だった。大島氏は常々、海外
    から日本を見て感じていた事に取り組むチャンスだと思った。
    ちょうど三重県からの募集を見つけ、応募した。

    「失敗をしない優等生ばかり育てようとした戦後教育から、リ
    スクへの挑戦もできる新しいタイプの日本人を育てることが急
    務」と「応募の動機」を書いた。65人の応募者で合格者はわ
    ずか2名。その一人が大島氏だった。

■3.「これでは共産主義国家と同じではないか」■

     次に驚いたのが、組合の職場委員会である。ご挨拶に伺いた
    いという申し入れがあり、いつでもどうぞと答えると、4、5
    人がぞろぞろとやってきた。なにやら団体交渉の雰囲気である。

     彼らは組合としていくつかの要求を提示した。その一つに民
    間校長が臨む初の入学式で、テレビ局が取材に来る事になって
    いたのだが、国旗・国歌の時に立たない教師がいても、そこを
    撮らないようにテレビ局に申し入れしてくれ、と言うのがあっ
    た。これでは共産主義国家と同じではないか、とあきれた大島
    校長は言った。

         それは希望としては言えますが、私のほうから、取材規
        制みたいなことは言えません。それとも、みなさん取材さ
        れたら困るのですか。困るような事をしているんですか。

     しばらくの沈黙の後、今度は、一人が別の要求を切り出した。
    「組合として勝ち取った権利は、組合員の権利だから、非組合
    員には渡したくない」と言うのである。

         組合員だろうと非組合員だろうと同じ教師でしょう。組
        合員じゃないから与えないなんて言ったら、それこそ差別
        ですよ。

     そこで、また沈黙だった。「異界」の住人から見れば、この
    「侵入者」の言うことは理解を超えていたのだろう。

■4.トイレ・ロックアウト事件■

     一学期が始まって、まもなくの事である。放課後、学校の中
    を見回っていると、校舎の一角の洋式トイレの方だけ、中から
    鍵がかかっていた。おかしいな、と思って、そこの掃除監督の
    女の先生を呼び出した。トイレの掃除は近くのクラスに割り振
    られて、毎日の掃除当番が決まっているのだが、それを監督す
    る先生である。

     聞いてみると、ロックアウトしたのは、その先生だと言う。
    なぜそんな事をしたのか、と大島校長が聞くと、憤懣やる方の
    ない表情で「生徒がいつも煙草を吸ったり、ある時は汚物がつ
    まってあふれていました。そういう苦労を校長先生は分からな
    いでしょう。校長先生もこれから見張りに立ってください」と
    言う。

         何ですか、それは。じゃあ、校長がやらなきゃ、あなた
        たちはやらないのですか。第一あそこをロックアウトした
        のはあなたがやったのですか。あなたが中に入って鍵をか
        けて、上から這い出したんですか。

    「いいえ」と言うので、「じゃあ生徒にやらせたんですか。女
    子トイレは女子生徒にやらせたんですね」。答えはない。

         そういうこと自体がおかしいんじゃない? ここの施設
        の管理者は校長なのだから、少なくともそういう事をやる
        前に報告をしてください。

      その先生は憤慨して、席を立ち、部屋を出て行ってしまっ
     た。生徒たちがトイレを汚すので、女生徒にロックアウトさ
     せ、管理者に報告もしない。それをおかしいと指摘すると、
     怒って席を立ってしまう。学校という「異界」の常識がいか
     に世間とかけ離れているか、大島校長は実感した。

■5.トイレ修理でも議論■

     それからしばらくして、技術員(昔でいう用務員)から突然、
    電話がきた。校舎のあるブロックだけ耐震工事がされ、トイレ
    も綺麗にされていたのだが、そこがひどく汚されているという。
    煙草の吸い殻が捨ててあったり、床には煙草の火をもみ消した
    焼けこげがあり、さらには壁も蹴飛ばされて破れている所があ
    るという。

     大島校長は、これは一度きっちり直さないといけないと思っ
    た。1週間ほどトイレを封鎖して、技術員さんを中心に専門業
    者も入れて修理して貰うことにした。このプロジェクトを職員
    室の朝礼で説明すると、こんな事にも反対する教師が出てきた。
    トイレをロックアウトした女教師である。

    「膀胱炎の生徒がいます。そういう生徒は困るでしょう。封鎖
    はしなくとも、通常の掃除を頑張ればできます」と言う。

         通常の掃除は今までやっていたでしょう。それであの状
        態になったんです、だからわれわれは、これではまずいと
        思って、やるんです。膀胱炎の生徒も一人や二人はいるか
        もしれない。事前に生徒にもきちんと説明します。もし生
        徒の中で反論があったら、それも聞きます。その時の個別
        の対応も考えます。

     これでも納得してもらえなかった。そのあとも、この教師は
    メールでいろいろな事を言ってきたが、毎回説明しながら、大
    島校長は絶望的な気分になった。なんて常識が通用しない世界
    なんだろう。自分が担当のトイレが汚されると、怒って勝手に
    ロックアウトしてしまい、全校方針として根本的に解決しよう
    とすると、一人二人の事情を持ち出して反対する。

■6.汚れた環境は人間の心を暗くし荒(すさ)ませる■

     最後には、これは他の全員が納得したことだから、あなただ
    けが反対でもやります、と言った。技術員さんは張り切って、
    費用を節約しようと床や壁の貼り替えまで自分で行って、ピカ
    ピカに仕上げてくれた。

    「汚れた環境は人間の心を暗くし荒(すさ)ませる。継続的な
    美化活動に取り組むことにより、物を大事にする心を生徒たち
    に示す」と大島校長は方針の中で述べていた。

     アメリカに「破れ窓理論」というのがある。破れた窓を放っ
    ておくと、また次の窓が破られ、それが徐々に拡大し、ついに
    荒廃の極みに達するというものである。

     大島校長は着任当初、学校が本当に汚いと思った。建物は古
    くとも、きちんと掃除をし、メンテナンスをすれば、それなり
    の美しさを保てる。しかし、白子高校はゴミが散らかり、荒廃
    した感じが漂っていた。だからこそ、大島校長は、まずトイレ
    の徹底的な美化に、こだわったのである。

     この方針は少しずつ、生徒たちを変えていった。その後、サッ
    カー部員が他校に行って練習試合をした時に、ロッカーだけで
    なくトイレまで掃除して、その様子を見た他校の保護者から
    「立派な生徒たちですね」と感激のメールが寄せられるまでに
    なった。

■7.「十分間読書」開始への苦闘■

     もう一つ、大島校長が始めようとしたのが、「朝の十分間読
    書」、通称、朝読(あさどく)である。生徒への教育効果がめ
    ざましく、「朝の読書が奇跡を呼んだ」という実践記録書も出
    版されているのに、三重県74校の高校で実践していたのは、
    わずか10校程度であるという。たかだか10分の読書を生徒
    にさせるのに、「異界」ではどれほどの覚悟がいるかを、大島
    校長は体験することになる。

     1学期が始まってまもない5月の職員会議で、国語科の教師
    たちによる朝読委員会から、「朝の十分間読書」が提案された。
    しかし、「大変なことはやりたくない」という一部の「抵抗勢
    力」の声に押し切られてしまった。その後、朝読委員会のメン
    バーを他校の成功事例の調査に行かせたり、ねばり強く説得し
    てやる気を保持させ、何度目かの職員会議でやっと「試行」に
    こぎつけたのが、初年度も終わりに近い2月だった。

     一週間後に、教師たちの意見が寄せられた。「先週、一年生
    のクラスに参加。一人を除いて他の全員が一生懸命読書をして
    いるのに大変嬉しくなった」など、効果を実感する声がいくつ
    も寄せられた。しかし朝読のために昼休みが5分短くなったの
    に不満を寄せてくる教師もまだいた。

     それでも、最初の一年が過ぎようとする頃には、「最近、自
    分も含めて教師たちが変わってきたと感じます」というメール
    を寄越したり、「生徒指導は全教師一丸とならなければ!」な
    どと職員会議で発言する教師が出てきた。サイレント・マジョ
    リティが変わり始めたのである。

■8.改革のための音楽科新設■

     教師たちに改革意欲を持たせ、生徒たちに目的意識を持たせ
    るにはどうしたら良いか、そのために白子高校が持っている潜
    在力は何だろうか、と考えていて、大島校長が行き着いたのが
    ブラスバンド部だった。県大会や東海大会で常に活躍し、マナ
    ーの良さにも定評があった。彼らに学校を代表しているという
    意識を持たせれば、他の生徒たちにも良い影響があるだろう。

     そこで音楽系の新学科を作れないか、と考えた。普通の音楽
    科ではピアノとかバイオリンと言った単一楽器を教える。そう
    いうプロ養成のための個人英才教育ではなく、様々な楽器を皆
    で一緒に演奏する吹奏楽なら、音楽を通じた情操教育が図れる
    のではないか、というのである。

     この案を職員会議に持ち出すと、反応はひどく冷たいものだっ
    た。三重県には「音楽」と名のつく学科もコースもなかった。
    そんな学科が認可されるとしたら、まずは有名進学校であって、
    「白子高校でできるわけがない」という意識があった。

     それでも7人の教師を選んで根気よく検討して貰い、年度末
    には提案書をまとめて、県教育委員会に上申した。県教委内の
    審議の過程で、「進学対策は十分か?」「定員四十名確保でき
    る保証は?」などと矢継ぎ早の質問が来る。

     なかには「校舎改修の見積もりを数日中に」という要求まで
    来て、事務方を総動員し、懇意の建設業者に無理矢理頼み込ん
    で200ページを超える工事見積書を作成し、県教委を驚かせ
    た事もあった。

■9.職員朝礼での拍手■

     県教委での審議の過程で、大島校長も堪忍袋の緒が切れかかっ
    て、喧嘩腰でねじ込んだ事もあった。そこまで強硬に思いを伝
    えないと、彼らも本気にならない、という計算もあった。

     5月末には、再作成した提案書を県教委に提出した。この頃
    には、大島校長は内心ではあきらめかけていた。県議会がとっ
    くに終わっても、県教委からは何の連絡もなかった。もはや運
    を天に任せるしかないと、毎朝、家を出る前に神様に祈るのが
    日課となった。

     ある日の夕方、県教委から電話が来た。認可内示の知らせだっ
    た。翌朝一番に県教委にお礼回りに行くと、出会う人がみな笑
    顔で祝福の声をかけてくれた。

     さらに職員朝礼で認可がおりた事を伝えると、思いがけず拍
    手が起こった。意外ではあったが、とても嬉しいことであった。

         われわれは、この新コースだけをよくすればいいとは、
        もともと思っていない。あくまで・・・普通科全体を含め
        た学校全体の活性化が目標である。そして、新たな「白子
        高校ブランド」を創生し、「仲間づくりと夢の語り場」に
        することが最終ゴールだ。そのために、新たに全校で取り
        組める行事を、ということで、新コース生が2年生の時、
        全校生徒による共同制作の「創作ミュージカル」をやろう
        と、夢はさらに広がっている。[1,p132]

     大島校長の挑戦はまだまだ続く。その改革への熱意こそが、
    人間教育の原点なのではないか。教育とは、大人が次世代の青
    少年たちの心に志の火を灯すことだろう。とすれば、まず教育
    者自身の心に、火が灯っていなければならない。

     そして、志の火は一人の教師から他の教師たちへと、燃え移
    るものである。それはさらに何百人の生徒の心を燃え立たせ、
    その一生を実り豊かな、幸福なものに変えていく。教育再建と
    は、結局、これを地道に続けていく事でしか、実現しないだろ
    う。「民間人校長」に限らず、既存の学校教師の中からでも、
    一人でも多くの教育者の奮起を望みたい。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(344) 人格を磨けば学力は伸びる
    〜 江戸川学園の「人づくり」革命
    生徒たちが仲間意識を持って、勉強に、スポーツに打ち込む
   「人づくり」の場がここにある。
b. JOG(327) オヤジたちの教育改革
    オヤジたちが教育の正常化のために、連帯して立ち上がった。
c. JOG(300) 日本を救う子供たち
    作文集「この子供たちが日本を救う!」に見る立派な子供た
   ちの姿とその育て方。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 大島謙『高校を変えたい! 民間人校長奮戦記』★★★
   草思社、H16

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「 民間人校長、『異界』に挑戦」について

                                         「信之介」さんより
     民間人校長と聞いて思い浮かぶのは、自殺なされた高須小の
    慶徳さんのことです。私の同級生にも教員になったものも数人
    おりますが、最初の頃は教員の「常識はずれぶり」をよく聞か
    されました。中でも思わず笑ってしまったのが、毎月の給料が
    「現金手渡し」であり、それを「労働者の権利」などと言って
    いたそうです。権利云々以前に、「今時不便でしょうがない」
    とこぼしていました。
 
     数年後には振込みにして欲しいという強い要望でようやく振
    込みもしてもらえるようになったそうなのですが、話が出た段
    階では組合系の先生が強硬に反対したそうです。(その先生は
    なんでも反対するそうです)

     慶徳さんの場合は、前職が銀行員だったこともあり、余計に
    そういった教師達の「合理性も根拠もない反抗」に悩んだのだ
    と思います。大島さんの場合だって、人には言えないようなと
    てつもない苦労が沢山あるんだろうと思います。「なぜ分かっ
    てくれないのか?」と真剣に考え、しかし本人達から出てくる
    あまりにも意味のないこだわりに「この人たちは人間じゃない
    のかもしれない。」とさえ思って何度も絶望したはずです。嫌
    がらせなどもされているはずです。

     私はITコンサルという職業柄、組織の制度は変えられても文
    化は変えられないということを痛感しています。どんなに仕組
    みや制度を変えても、企業風土だけは変えることができません。
    それでも根気良く一つ一つ実績を積み上げて、味方を一人また
    一人と増やしながら、ここまでやってきたんだと思いますが、
    それがどれだけ凄いことかは筆舌に尽くしがたいです。(そう
    いうのってなんだか上杉鷹山ににていませんか?)
 
     そして、意識が変わり始めても、新しい文化が定着するまで
    は更なる試練が待っています。ですのでこれからがやっと本番
    です。大島さんにはほんとうに頑張って欲しいと思います。

                                             toshioさんより
     「美しい環境」は、すべての根本なのだと改めて思います。

     企業においては、日本電産の永守社長のトイレ掃除が有名で
    す。従業員に対して「整理、整頓、清掃をきっちりやってほし
    い」ということによって企業の業績が回復しています。

     外国だと厳しい「神」による規律があるのでしょうが、本邦
    では、最初から最高の形を身につける「型」による規律があり
    ました、いや、あるのですね。

     仕付けとは、型によって、やり慣れることでありますから、
    無意識での積み重ねが人の美しさを作りあげていくというわけ
    であり、まさに身を美しくと書いて「躾」なのでしょう。

     戦後六十年ということは、二世代が経っているということで
    す。生徒たちができていないのは、実は、先生もできていない
    からです。躾や道徳の授業は、まず職員室から始めなければな
    らない所以です。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     日本のあちこちに、大島さんのような改革者が出て欲しいも
    のです。
	日本電産の永守社長については、近日中にテーマとして取り
  上げたいと思います。

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