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■■ Japan On the Globe(409)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

    The Globe Now: 泉幸男氏の『中国人に会う前に読もう』

                            中国の「お家の事情」が分かれば、
                          中国人との付き合い方も見えてくる。
■■■■ H17.08.28 ■■ 33,361 Copies ■■ 1,742,548 Views■

■1.「日本では農民がみんな自動車をもっているんですか」■

    「大陸の中国人が日本に来て、何を見てため息をつくかご存じ
    ですか」と、この本は冒頭から斬り込んでくる。

         繁栄する広東省の省都、広州から来た中国人の一行。
         成田エクスプレスの窓から見える農家の一戸建て。日本
        式家屋ながらモダンな建材がしっかり使われていて、車庫
        には白いセダンが輝いている。

        「泉さん、あれは模範農場ですか?」

         広州でもう何年もつきあってきた客先の若い課長さんが、
        ごくごく普通の日本の農家の一戸建てを食い入るような目
        で見ていました。

        「そうですか。日本ではあれが農民のふつうの住居なんで
        すか。農民がみんな自動車をもっているんですか」[1,p2]

     こういう実務家らしいリアリティある体験談から、

         都市と農村のあいだの、哀しくなるほどの落差。漢や唐、
        宋、元、明、清と、いずれの王朝の絶頂期にも、都市民が
        農民を差別し搾取する仕組みが受け継がれていました。
         征服者が都市民として君臨するのが、いずれの王朝でも
        流儀でしたから。
         かつて中国の若き革命家たちが克服を夢見た、古代から
        つづくそんな中国のありさまは、革命家の夢をあざ笑いつ
        つ、いまも厳然としてそこにあります。

    と、いきなり文明史的な視点にズームアウトする。泉氏の実務
    家と文明史家という二つのレンズは、中国の見かけの繁栄の陰
    に隠された実態を浮き彫りにしてしまう。

■2.実務家と文明史家■
    
     泉氏は某大手商社に勤務する国際派ビジネスマン。中国、ア
    メリカ、タイなど世界を飛び回って、ビジネスに携わっている。
    実務家としてのリアリティに富んだ視点は、ここから来ている。

     その一方で、英語はもちろん、ロシア語、中国語、イタリア
    語、タイ語などの新聞・雑誌を読みながら、独自の視点での論
    考をメールマガジン「国際派時事コラム・商社マンに技あり!」
    [a]として約7千人の読者に配信している。各国の文化・歴史
    ・政治・経済を縦横に論ずる視点は、文明史家を思わせる。

     「国際派時事コラム」のいくつかの記事は、弊誌の姉妹紙
    「国際派日本人のための情報ファイル」[b]に転載させていた
    だいているので、弊誌読者の中にファンも多いと思う。また、
    以前、バンコクでお会いしたときの対話を、弊誌369号でご紹
    介した[c]。その泉氏が『中国人に会う前に読もう』[1]という
    本を出された。

■3.大前氏の勇み足■

     泉氏にかかると、昨今の底の浅い中国論などコテンパンであ
    る。たとえば、経営コンサルタントの大前研一氏が本来の経営
    戦略論から踏み出して書いた『チャイナ・インパクト』。

         珠江デルタにある番禺(バンユウ)市の市長と会談した
        際、彼は「自分の業務目標は年成長7パーセントです」と
        語っていた。自分の市のGDPの伸び率として7パーセン
        トの目標を北京から与えられ、これが二年続けて達成でき
        なかったらクビになる、というのだ。

     この市長のセリフから、大前氏は「日本の市長にもこれを導
    入してもらいたいと思う」などと主張する。泉氏はこれを一刀
    両断に斬り捨てる。

         番禺は、広州市街の南に位置して、コラム氏も車で何度
        も通過したことがある。アパートや工場が増殖する、わっ
        さわっさとした新開地である。

         ほんらい企業活動の集積であるはずの「経済成長率」に、
        市長が責任を持つというのも異常なら、その成長率「目標」
        が「北京から与えられる」のも異常。さらに、達成できな
        かったら北京の中央政府によって解任されてしまうという
        のも異常ではないか。[1,p133]

■4.「ほうっておけない暴論」■

     筆者も番禺市ではないが、同じく珠江デルタにある別の「わっ
    さわっさした新開地」の市長との懇親パーティに出たことがあ
    る。体重100キロは優に超える小岩のような体格は、市長と
    いうより、三国志なんぞで山賊の親分として登場した方がよほ
    ど似合う人物だった。

     その市長の歓迎スピーチでは、昨年はアメリカの一流メーカ
    ーの巨大工場を誘致して、11パーセントの経済成長率を達成
    した、というような「経済発展」の自慢話ばかりだった。

     この市長は1時間ほども遅参して我々を待たせたのだが、
    「昨日まで全人代(全国人民代表大会)に出ていて、今、広州
    空港から駆けつけてきた」とおわびしながらも、しっかり自分
    が全国レベルのVIPであることをアピールする。

     私がこの時に認識を新たにしたのは、中国の「市長」とは、
    日本や欧米のように市民の選挙で選ばれるのではない、という
    事だった。環境破壊で空気や川がいかに汚れていようと、役人
    がどれほどあからさまな汚職をしようと、「市民」にはこの
    「市長」を落選させて更迭する権利はない。彼をクビに出来る
    のは、「全人代」のもっと上席に座る中国共産党の幹部たちだ
    けである。そこに中国の「哀しくなるほど」の国際常識との乖
    離がある。

     泉氏流に文明史的レンズに切り替えて言えば、彼は民主主義
    社会における「市長」ではない。中国共産党という「宮廷」か
    ら派遣された県の役人なのだ。宮廷が地方の役人を任免すると
    いうシステムは「漢や唐、宋、元、明、清と、いずれの王朝」
    にも見られた、中央による地方支配の構造なのである。

     マサチューセッツに留学して、アメリカの国体とも言うべき
    強力な地方自治の有り様を実際に見てきたはずの大前氏が、そ
    れとは正反対の中国の「中央による地方支配」の特異さに気が
    つかないとは、なんと迂闊な話なのだろう。よほど、実務にも
    文明史にも疎いからではないか。

         大前氏にとって、「中国」は不得意科目だった。それが、
        最近になって大陸中国の「明」の部分を見せられ、あせっ
        て書いたのがこの本である。

         ほうっておけない暴論が目につく。[1,p132]

     大前氏と同様、実務にも文明史にも暗い日本の言論界では、
    中国の「明」の部分に目がくらんで「ほうっておけない暴論」
    が目につく。泉氏の実務家と文明史家の二つのレンズは、そん
    な目くらましを容赦なく暴いてみせる。

■5.「高度な社会主義の、典型的末期症状」■

         番禺市長の発言で、コラム子の積年の謎が解けた。

         いまの大陸中国経済の最大の悩みは、「貧しい」ことで
        はなくて、成熟産業の「供給過剰体質」にある。
         供給過剰でモノが余り、赤字で乱売する。それでも生産
        を止められない。
         これが、いまの中国の国内企業をおおう悩みになってい
        る。

         意外でしょ?
         高度な社会主義の、典型的末期症状です。[1,p135]

    「供給過剰体質」の一例として、泉氏はテレビ生産を挙げる。
    中国での需要が年間27百万台に対して、90社近くに達する
    メーカーの生産能力は7千万台と推計されている。この「供給
    過剰体質」で、電機業界全体では2000年には赤字に転落してい
    る、という。

     これは弊誌の私見だが、この「供給過剰体質」は、よく言え
    ば、見よう見まねでテレビの組立ぐらいすぐにマスターしてし
    まう中国人の能力の高さの証明とも言えるし、悪く言えば、需
    要も考えずに、われもわれも90社もテレビ組立に参入してし
    まう中国人の付和雷同体質の現れである。

     この能力の高さ、付和雷同体質という火薬がある所に、中国
    政府の成長率一本やりの大号令が火をつけて、国内需要の3倍
    以上の「過剰供給体質」がもたらされたのだろう。

■6.農村の余剰労働力1億5千万人■

     しかし、なぜ中国政府はそれほど成長率にこだわるのか。

         毎年、約1千万人の新規労働力人口に職を与えねばなら
        ぬ中国。
         インドネシアなどもそうだが、人口圧力のかかっている
        国は、成長率が一定レベルを下回ると社会不安を招きかね
        ない。
         ある意味で自転車操業のようなところがある。

         中国の場合、この臨界点が「年率5パーセント」と言わ
        れている。経済成長率がそれ以下になると失業者の反乱が
        起きるというのだ。
         内陸部の農村部の「余剰労働力」(満足に耕す土地のな
        い農民)は1億5千万人。この人民たちの不満が噴火した
        らと思うと空恐ろしい。[1,p67]

     北京から与えられた成長率目標を2年連続、達成できなかっ
    た市長はクビになる、というシステムも、こういう中国の「お
    家の事情」があるからである。そうと分かれば「日本の市長に
    もこれを導入してもらいたいと思う」などという大前氏の主張
    のナンセンスぶりが、改めてよく分かる。

■7.「失業者」ならぬ「失学児童」■

     ここで話は、冒頭の「(日本では)農民がみんな自動車をもっ
    ているんですか」という中国人の「ため息」につながってくる。

         トウ小平のもと、市場経済導入で希望に灯がともった農
        村でしたが、いまではむしろ衰退の道を歩みつつあります。
         水不足と環境汚染で、農地の荒廃が広がっているのです。
        農村の崩壊を辛うじて食い止めているのは、都市の底辺で
        働く出稼ぎ労働者のなけなしの仕送り。・・・

        「年間収入わずか600元(約7600円)の貧農が子供
        を学校にやろうとしても、授業料と雑費で400〜500
        元の出費を強いられる」

         そんな驚くべき農村の実態を、香港の『亜洲週刊』誌
        (平成17年3月27日号)は伝えています。
         同誌によれば、「失業者」ならぬ「失学児童」(学齢に
        達しているのに学校に行けない子供たち)が、中国政府発
        表の数字だけでも2700万人に達しています。・・・

         日本のマスコミが中国政府の政治宣伝に協力して取材す
        る先は、しょせん都会のエリート校(「実験学校」と呼ば
        れます)。日本のマスコミを通して中国を見ていては、中
        国を見誤る一つの例です。[1,p3]

■8.中国で民主主義が普及しない理由■

     中国で民主主義が導入できないのも、この農村問題があるか
    らだと、泉氏は指摘する。

         中国でなぜ民主主義が普及しないのか。
         それは、都市民が農民を軽蔑し、同時に農民をものすご
        く恐れているからです。

         進歩的な文化人でも、
        「もし民主主義をやって社会が混乱し、無教育・無教養の
        農民らがどっと都会になだれ込んできたら、どうする気だ?
        中国共産党の統制がなくなったら、都会は大混乱だ」と言
        われた途端に、ひるんでしまう。

         農民を差別して都会に定住を許さない。日本の江戸時代
        も顔負けの戸籍制度を、中国政府はいまだに維持していま
        す。
         都会にいる征服者たちは、浮浪者寸前の農民のことがホ
        ントにこわいのです。
         だから民主主義ができない。[1,p5]

■9.北京政府の権威はいずこ?■

     民主主義による選挙のない中国で、共産党は何をもって、政
    権の正当性を示すのか。

     毛沢東、周恩来、トウ小平ら、政権を力づくで奪った革命の
    「元勲世代」は悩む必要がなかった。その実績そのものが、政
    権の正当性の証だったから。

         では、元勲世代のあとに続く江沢民、胡錦濤には、どう
        いう権威づけがあるのでしょうか。

     沿岸部の経済発展は、かつての共産主義で破綻寸前だった経
    済が、共産党が「何もしない」ことで正常化し、中国人ほんら
    いの実力が発揮されたに過ぎない。一方、農村の崩壊は、彼ら
    の無為無策の結果である。

     結局、北京政府は外交舞台で、大国としての地位を国民に見
    せ続けるしかない。だから、中国のテレビニュースでは、共産
    党の指導者たちが、海外の要人と会談するシーンがこれでもか、
    これでもか、と出てくる。これはまさに中国の歴代王朝の皇帝
    が周囲の服属国から朝貢使節を迎えて、自らを権威付けしたの
    と、本質的には同じである。

     だから、東夷の「小日本」首相が、中華皇帝の命に逆らって、
    靖国神社に参拝したりすると、彼らのか細い唯一の権威が傷つ
    けられてヒステリー状態となる。万一、日本が国連常任理事国
    になってしまっては「アジアで唯一の国連常任理事国」という
    地位に並ばれてしまうので、これも絶対反対。こういう中国の
    「お家の事情」を見破った上で、日本はそれに合わせることを
    拒否しつつ、マイペースを貫くべきだと泉氏は主張する。これ
    は聖徳太子以来、日本が成功してきた外交戦略である。[e]

     中国の「お家の事情」も知らず、大前氏のように「日中友好」
    の幻想曲に踊らされる日本人が増えていけば、それは結局、幻
    滅と失望が反中感情を高めて、真の日中友好を遠ざけることに
    しかならない。そうなる前に、ぜひ読んで貰いたい本である。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. 国際派時事コラム「商社マンに技あり!」
b. メールマガジン「国際派日本人のための情報ファイル」
c. JOG(369) 独立国家とコモン・センス
    〜 「国際派時事コラム」泉幸男氏との対話
    福沢諭吉曰く「独立の気力なき者は、国を思うこと深切なら
   ず」。 
d. JOG(312) 「日中国交正常化」〜 幻想から幻滅へ
    そもそものボタンの掛け違えは、田中角栄の「日中国交正常
   化」での「異常」な交渉にあった。
e. JOG(367) 「日中友好2千年」という虚構
    日本は、中国の冊封体制と中華思想を拒否し、適度の距離感
   を保ってきた。
   
■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 泉幸男『中国人に会う前に読もう』★★★、文芸企画、H17
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「泉幸男氏の『中国人に会う前に読もう』」について 

                                             真佐也さんより
     10年以上前、経営学に近い専攻を学んでいたこともあって、
    当時カリスマ的な経営コンサルタントだった大前氏の著作はい
    くつか読んでいました。その大前氏が当時私のいた大学に講演
    に来たことがあり、それを聞きに行ったことがあります。正直
    言って、そこで私はがっかりしました。
 
     だいたい以下のような話です。

    「日本に原発を作りたがるのは、いつか核武装をしようと思っ
    ている政治家がいるからです」

    「カンボジアにPKOで自衛隊を派遣したがるのも同じです。
    『夢よもう一度』と思っている政治家がいるからです」

     なるほどそうなのかもしれない。でもそのような危険な(?)
    政治家がいることと、日本での原発やPKOの必要性は別に論じ
    るべきではないか。

     大前氏は最後に左手を大きく挙げて「みなさん!またやりま
    しょう!」などと言い、意気揚々といった感じで演壇から去っ
    ていきましたが、内容の是非よりも扇動的表現が目立つ講演で
    した。それ以降、私は彼の本は純粋に経営について書いた本し
    か読んでいません。

     中国の将来が「明」であるにしても、中国で期待される市長
    の役割が日本のそれとは違うものだということを著書に書かず、
    ついつい昨今の経済状況の比較で中国追随論に走ってしまった
    のは、さもありなん、と思いました。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     大前氏の実態がよく分かるような体験談をありがとうござい
    ました。要は全学連世代の隠れサヨクのようです。

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