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■■ Japan On the Globe(430)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

             国柄探訪: 「品格ある国家」への道

                         日本人が古来からの情緒を取り戻すの
                        は、人類への責務である。
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■1.天才を生む土地■

     発売後2ヶ月足らずで20万部というベストセラーとなって
    いる数学者・藤原正彦氏の『国家の品格』に面白い話が出てく
    る。天才とはある特定の地域に集中して現れるというのだ。

     たとえば、アイルランドは人口4百万人にも満たない小国だ
    が、数学ではハミルトンという大天才を生み出しているほか、
    文学ではジョナサン・スウィフト、オスカー・ワイルド、ウィ
    リアム・イェイツ、ジェームス・ジョイス、サムエル・ベケッ
    トというような世界に名だたる文豪を輩出している。

     お隣のイギリスも同様だ。文学のシェイクスピアやディケン
    ズ、力学のニュートン、電磁気学のマクスウェル、遺伝学のダ
    ーウィン、経済学のケインズなど、数多くの天才を生み出した。

     もう一つ例をあげると、インドはマドラスの南方2百数十キ
    ロにある田舎町クンバコム一帯もそうだ。ここで3500以上
    もの定理を発見した天才数学者ラマヌジャンが育っている。ラ
    マヌジャンは「夢の中で女神ナーマギリが教えてくれる」と言っ
    て、次々と美しい定理を発見した。しかし高校教育しか受けて
    いない彼は証明には興味を示さず、死後、多くの定理が証明さ
    れないままに残された。後世の数学者たちがそれらを証明する
    のに、実に半世紀を要した。

     ほかにもクンバコム周辺の地域から、20世紀最大の天体物
    理学者と言われるチャンドラセカール、ノーベル賞物理学者ラ
    マンなどが生まれ育っている。

     藤原氏は、これらの天才を生み出した土地を訪ね歩いて、3
    つの共通点があることに気づいた。

■2.天才を生み出す土地の3つの共通点■

     天才を生み出す土地の第一の特質は「美の存在」である。た
    とえば、イギリスの田園風景は実に美しい。ケンブリッジ大学
    やオックスフォード大学など、古色蒼然たる建物が、一年を通
    してみずみずしい緑の芝生に映えている。

     クンバコムの近くでは、9世紀から13世紀にかけてチョー
    ラ王朝が栄え、歴代の王様たちは競うように美しい寺院を造り
    続けた。その一つブリディシュワラ寺院は、息を呑むほどに壮
    麗で、それを見た藤原氏は直感的に「あっ、ラマヌジャンの公
    式のような美しさだ」と思ったという。

     第二の条件は「何かに跪(ひざまづ)く心」である。イギリ
    スは自身の伝統に跪いている。ケンブリッジ大学のディナーは
    350年前と同じ部屋で黒マントを着て暗いロウソクのもとで
    行われる。

     クンバコム一帯は「ヒンドゥーのメッカ」と呼ばれている。
    祭司や僧侶の階級であるバラモンの比率がインドで最も高く、
    寺院の数も多い。ラマヌジャンの母親も信心深く、息子を毎夕、
    歩いて数分のサーランガーパニ寺院にお参りに連れて行った。

     第3の条件は、「精神性を尊ぶ風土」である。文学、芸術、
    宗教など、直接には役に立たないことを重んじ、金銭や物質的
    な財を低く見る風土である。イギリスの紳士階級は、金融界の
    たたき上げの金持ちなど尊敬はしない。

     ラマヌジャンの家もバラモンに属しており、階級は高いが大
    変な貧乏で、お母さんが近所にお米を恵んで貰いに行くほどだっ
    た。こうしたなかで育ったラマヌジャンは17歳から23歳ま
    での6年間、働きもせず、明けても暮れても数学に打ち込んだ
    のだった。その赤貧洗うが如き生活にもかかわらず、誰もラマ
    ヌジャンを「穀潰し」などとは考えなかった。

■3.美しい情緒は、文化や学問を作り上げていく原動力■

    「美の存在」「何かに跪く心」「精神性を尊ぶ風土」を持つ土
    地が、なぜ天才を輩出するのか。これらをひとまとめに「情緒」
    と言って良い。この美しい情緒こそ、天才を突き動かし、文化
    や学問を作り上げていく原動力なのである。

     岡潔という大数学者がいた。フランス留学から帰ってきた直
    後には「自分の研究の方向は分かった。そのためには、まずは
    蕉風(芭蕉一派)の俳諧を研究しなければならない」と、芭蕉
    の研究に一生懸命に取り組んだ。その後、やおら数学の研究に
    とりかかり、20年ほどかけて、当時彼の分野で世界の3大難
    問と言われていたものをすべて独力で解決してしまうという偉
    業を成し遂げた。

     岡潔は毎日、数学の研究にとりかかる前に、一時間お経を唱
    えていた。新聞記者に「先生がおっしゃる情緒というのは何で
    すか」と訊かれ、「野に咲く一輪のスミレを美しいと思う心」
    と答えた。同じ数学者として藤原氏はこう語る。

         私たち数学者にとっては、非常に分り易い話です。野に
        咲く一輪のスミレ、その可憐さに愛情を感じ、その美に感
        動する。これが数学の研究をする上で重要ということです。

         数学をやる上で美的感覚は最も重要です。偏差値よりも
        知能指数よりも、はるかに重要な資質です。[1,p141]

     藤原氏がガン学会の特別講演でこういう話をしたところ、ガ
    ンの研究者たちも、「私の分野もまったく同じです」と語った
    そうである。土木学会でも同じ事を言われたという。

     数学の定理や科学技術の法則の持つ美しさ・崇高さに感動し、
    それを追い求める情緒が、天才を発見や創造へ駆り立てる原動
    力なのだろう。

■4.日本も天才を生み出す土壌を持っていた■

     わが国も歴史的に「美の存在」「何かに跪く心」「精神性を
    尊ぶ風土」の3条件を見事に満たしてきた。

     まず日本には美しい自然があった。明治初年に日本を訪れた
    イギリスの女流探検家イザベラ・バードは、いまだ江戸時代の
    余韻を残す米沢について、次のような印象記を残している。

         南に繁栄する米沢の町があり、北には湯治客の多い温泉
        場の赤湯があり、まったくエデンの園である。「鋤で耕し
        たというより、鉛筆で描いたように」美しい。米、綿、と
        うもろこし、煙草、麻、藍、大豆、茄子、くるみ、水瓜、
        きゅうり、柿、杏、ざくろを豊富に栽培している。実り豊
        かに微笑する大地であり、アジアのアルカデヤ(桃源郷)で
        ある。・・・美しさ、勤勉、安楽さに満ちた魅惑的な地域
        である。山に囲まれ、明るく輝く松川に灌漑されている。
        どこを見渡しても豊かで美しい農村である。[a]

    「何かに跪く心」は、日本人は神仏や自然に対する敬虔さとし
    て備えていた。代々、法隆寺に仕えた宮大工・西岡常一棟梁は、
    こう語っている。

         わたしたちはお堂やお宮を建てるとき、「祝詞(のりと)」 
        を天地の神々に申上げます。その中で、「土に生え育った
        樹々のいのちをいただいて、ここに運んでまいりました。
        これからは、この樹々たちの新しいいのちが、この建物に
        芽生え育って、これまで以上に生き続けることを祈りあげ
        ます」という意味のことを、神々に申し上げるのが、わた
        したちのならわしです。 [b]

    「精神性を尊ぶ風土」は、武士道に見られる。室町末期に日本
    に来たザビエルはこう書いている。「日本人は貧しいことを恥
    ずかしがらない。武士は町人より貧しいのに尊敬されている」

■5.日本の天才たち■

     このような日本の土壌は、どのような天才を生み出してきた
    のか? たとえば、藤原氏は数学の分野に「もしノーベル賞が
    あったら20は固い」という。

     江戸時代には関孝和という天才数学者が出て、行列式を世界
    で始めて発見した。行列式は一般にドイツの天才ライプニッツ
    が発見したと世界中の人が思いこんでいるが、事実は関孝和が
    その10年前に、鎖国の中で独力で発見し、使用しているので
    ある。さらにその高弟・建部賢弘は三角関数の「べき級数展開」
    の方法を考案し、その中にも世界で始めて発見された公式があ
    る。

     大正時代にも高木貞治という天才が出現し、現在に至るまで
    独創的な数学者が引きも切らず出ている。先に出てきた岡潔も
    その一人である。

     また文学においても、世界で始めて小説の形式を発明した紫
    式部、俳諧を確立した芭蕉などは、何世紀に一人の大天才と言
    える。

■6.文化の花咲く土壌■

     天才とは一般民衆とは関係なく、突然変異的に生まれてくる
    のではないだろう。「美の存在」「何かに跪く心」「精神性を
    尊ぶ風土」という土壌が、一般民衆の一人ひとりの情緒を高め、
    文化や学問を尊び、愉しむ社会的風土を作り、その中から特に
    才能に恵まれた人が天才として出現する。逆に言えば、そうい
    う社会的土壌がなければ、天才の種が落ちても育たないのだ。

     江戸時代末期の日本は、全国に寺子屋があり、幕末の嘉永年
    間(1850年頃)の江戸での就学率は70〜86%。同時期
    のロンドンでさえ、20〜25%だった[c]。

     明治初期に来日したロシア人メーチコフは『回想の明治維新』
    で、「読み書きの能力など、日本人のすべての国民にとって当
    たり前と考えられている」「書かれた言葉を愛好する習性が、
    ヨーロッパでは見たこともないほど広まっている」と驚いてい
    る。

     江戸時代には、庶民に至るまで「和算」と呼ばれる日本独自
    の数学を愉しむ文化が花開いた。「塵劫記(じんこうき)」と
    いう和算の標準的教科書がベストセラーとなり、そこでは算盤
    や測量法などの実用数学だけでなく、「ねずみ算」などの数学
    遊戯も紹介されている。

     一般の数学愛好家も難問が解けると、額や絵馬に解法を書い
    て、神社仏閣に奉納し、神仏に感謝する、という風習があった。
    これを「算額」という。やがてこの「算額」に問題だけを書い
    て神社仏閣に掲げ、それを解いた人がまた「算額」を奉納する
    という事も行われるようになった。人々の集まる神社仏閣で、
    数学を愉しむ知的交流が行われていたのである。

     同様に、庶民が短歌や俳句を詠んだり、歌会、句会に集まっ
    たりする事が日常茶飯事に行われた。歌舞伎や浄瑠璃も庶民の
    日常的な娯楽の一つだった。

     こういう土壌から、数学の関孝和やその高弟・建部賢弘、文
    学の松尾芭蕉、井原西鶴、近松門左衛門などの天才たちが花開
    いていったのである。

■7.日本の「異常」な実績■

     このような土壌を持った日本は、世界史的に見ても「異常」
    な国だった。藤原氏はテンポのよい語り口でこう述べる。

         日本の歴史を振り返ってみて下さい。先に、5世紀から
        15世紀にかけての千年間について、日本の文学が全ヨー
        ロッパの文学を凌駕した、と申しました。江戸時代260
        年間にわたり、ほとんど他国に例を見ない長期の平和を実
        現し、文化芸術の花を咲かせました。きちんとした統計は
        無論ありませんが、恐らく識字率も断然世界一だったでしょ
        う。鎖国の後、明治になるといきなり近代化に乗り出して、
        たった37年で世界最大の陸軍国ロシアをやっつけてしまっ
        た。第2次大戦前には、すでに世界最大の海軍国の一つに
        なっていた。

         戦後は廃墟の中から立ち上がり、アッという間に世界第
        二位の経済大国にのし上がりました。最近は不況が続いて
        いますが、それでもなお世界第二位の地位を保ち、世界最
        大の債権国でもあります。

         10年以上の不況が続いてなお、ヨーロッパのどの一国、
        アジアのどの一国と比べても比較にならないほどの経済大
        国として存在しているわけです。この資源も何もない小さ
        な島国がなぜ、これほど著しい実績を残してきたのか、こ
        れほど異常であったのか。よく考えないといけません。
        [1,p181]

     一般民衆が神社仏閣に掲げられた算額の難問に嬉々として取
    り組み、句会や茶会に熱を上げるような情緒を持っていればこ
    そ、このような「異常」な実績も当然の帰結であったのだろう。

■8.「品格ある国家」の実現こそ日本人の責務■

     しかし経済大国の陰では、マンションの耐震強度偽装事件や
    ら、ライブドアの虚偽公表による株価操作など、金のためには
    手段を選ばない輩が、世間を揺るがせている。戦後の経済至上
    主義と伝統文化否定の教育により、先祖から譲り受けた美しい
    情緒の根っこが枯れかかっている。

     また日本以上に、世界中の国々が犯罪の多発、麻薬・エイズ
    ・テロの蔓延、環境破壊などの危機に直面している。これも近
    代的合理精神が行きすぎて、人々の情緒が枯渇してきた結果で
    ある。

     そのような中で、藤原氏は日本人が再び、古来からの美しい
    情緒を取り戻し、「品格ある国家」を目指すべきだと訴える。

         大正末期から昭和の初めにかけて駐日フランス大使を務
        めた詩人のポール・クローデルは、大東亜戦争の帰趨のはっ
        きりした昭和18年に、パリでこう言いました。

        「日本人は貧しい、しかし高貴だ。世界でただ一つ、どう
        しても生き残って欲しい民族をあげるとしたら、それは日
        本人だ」

         日本人一人一人が美しい情緒と形を身につけ、品格ある
        国家を保つことは、日本人として生まれた真の意味であり、
        人類への責務と思うのです。ここ四世紀間ほど世界を支配
        した欧米の教義(弊誌注: 近代合理主義)は、ようやく
        破綻を見せ始めました。世界は途方に暮れています。時間
        はかかりますが、この世界を本格的に救えるのは、日本人
        しかいないと私は思うのです。
        [1,p191]

     人類に貢献し、世界から尊敬される「品格ある国家」になる
    ための十分な遺産を、我々は先祖から受け継いでいる。その遺
    産を生かすのは、我々の責務である。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(091) 平和の海の江戸システム
    日本人は平和的に「自力で栄えるこの肥沃 な大地」を築き上
   げた。
b. JOG(041) 地球を救う自然観
    日本古来からの自然観をベースとし、自然との共生を実現す
   る新しい科学技術を世界に積極的に提案し、提供していくこと
   が、日本のこれからの世界史的使命であるかもしれない。
c. JOG(030) 江戸日本はボランティア教育大国
    ボランティアのお師匠さんたちの貢献で、世界でも群を抜く
   教育水準を実現した。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 藤原正彦『国家の品格』★★★★、新潮新書、H17
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「『品格ある国家』への道」に寄せられたおたより

                                          「keiko」さんより

         世界は途方に暮れています。時間はかかりますが、この
        世界を本格的に救えるのは、日本人しかいないと私は思う
        のです。

     藤原氏のこの言葉を、イタリア人の主人の口からしばしば耳
    にします。ここヨーロッパは中近東に近いので、あのあたりの
    宗教紛争には敏感にならざるを得ません。イスラエルとパレス
    ティナが衝突を繰り返すたびに世界一平和な宗教=神道を持つ
    日本人だけが中東の平和を実現できるのではないかとはかない
    望みを抱いているのです。

     物質的には、(もちろん地域格差はあるにしろ)ある程度の
    レベルに達した今、これから人をひきつけるのは高貴さ、精神
    性に他ならないと思っています。世界中がそのことに気付いた
    時に初めてこの世から戦争がなくなるのではないかと思います。

     しかしながら今回の話の中に、おびただしい天才・奇才を生
    み出したイタリアの名が入っていなかったのは残念でした。
    (笑)

                                           「悦子」さんより
     今回はまた、すばらしい日本が築かれたのは、江戸時代の教
    育が、世界のどこにもないものであったことによるものである
    ことを、いろいろな面から納得することができました。

     12歳の娘が3年前から生け花を習っていますが、生け花の
    お師匠さんの教え方は、江戸時代のままかもしれません。美し
    さに気づかせ、非常に精神的内面的な世界を、小さな子どもに
    上手に伝えておられます。

     私としては、お師匠さんの生き方(花に向き合う心や真摯で
    優しい女性としてのありよう)が、何より一番学んで欲しいも
    のであり、生け花はその基盤の上に教えられるもののように感
    じます。教育について、先生に人間として魅力がないことを、
    怒りとともに悲しく感じておりました。学校だけでなく魅力的
    な大人の存在が、子どもにとって、立派な人間になりたいと願
    う強い動機になると思います。お金や表面的な成功が評価され、
    まごころや地道な努力がせせら笑われるような妬み深い社会で
    は、立派な人間は育ちにくいと思います。

                                        「Masaaki」さんより
     私は、予備校で高校生を教えている者です。今回のメルマガ
    のテーマは「品格ある国家」でしたが、私の目指すものは「品
    格ある人間」を育てることです。

     以下、私の目指す教育改革の方向です。
    (1)知る喜び、分かる喜び、技術を身につける喜び、改善・
          工夫する喜び、上達・向上の感覚を体験させる。
    (2)現在、自分が万物に囲まれてこの地球上に生きて存在し
          ていることと、過去の先人の遺産に対する、畏敬の念と
          感謝の心を育てる。
    (3)地球・社会全体を良くしようという使命感、志を育てる。

■ 編集長・伊勢雅臣より

    「国づくり」は「人づくり」からですね。 

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