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■■ Japan On the Globe(469)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■ The Globe Now: 人類を襲う水飢饉 水飢饉から人類を守るために、日本の「緑と水」 の技術が求められている。 ■転送歓迎■ H18.10.29 ■ 35,023 Copies ■ 2,270,435 Views■ ■1.「世界は今、水戦争のまっただ中にいる」■ 2002(平成14)年4月、コフィ・アナン国連事務総長はガー ナの首都アクラにおける演説で、こう訴えた。 世界は今、水戦争のまっただ中にいる。犠牲者は貧しい 国の人間だ。水なくしては未来はない("No water, no future.")。[1,p11] 国連の調査によれば、現在、世界の人口の5分の1、約13 億人が安全な水を利用できない状態にある。そして貧しい国を 中心に、毎年2700万人の人が水が手に入らないため、ある いは汚染された水を飲まざるをえない事によって、病気にかか り、命を失っている。その多くは乳幼児である。これは8秒に 一人の割合だ。 世界の主要河川の半分以上が干上がるか、汚染されている。 その水に頼ってきた人々が生活できなくなり、難民となる人々 は毎年2500万人に及ぶ。これは戦争による難民をはるかに 上回る規模である。 この「水戦争」は日本にとっても他人事ではない。我々は日 本は「水の豊かな国」と思っているが、それは事実ではない。 確かに年降雨量は1700mmと世界平均900mmの2倍近いが、 国土が狭く人口が多いため、一人あたりで使える水の量は33 百立米と実はイラクと同程度である。特に関東地方は900立 米とエジプト並みだ。 また、日本は穀物や肉を海外から大量に輸入しているが、こ れらを生産するにも水が必要であり、この「仮想水」輸入は年 間640億トンと、実際に国内で使用している水870億トン の73%にあたる。「仮想水」の輸入量は世界第2位である。 水飢饉が深刻化する世界からの「仮想水」輸入で、必要な水の 半分弱を補っている、と言える。我が国にとっても、「水戦争」 とは安全保障の問題なのである。 ■2.水戦争■ 水をめぐる戦いは、人類の歴史と共にあった。紀元前2500年 にチグリス川の灌漑権をめぐって、二つの都市国家、ルガシュ とウンマが50年にわたって戦ったという記録が残されている。 河川を英語で "river" と言うが、この語源はラテン語の "ribalis"、すなわちライバル(競争相手)だという。 チグリス・ユーフラテス川流域に育まれた文明は、ナイル川、 インダス川、黄河と並んで、世界四大文明の一つに数えられて いるが、他の文明と同様、過度の樹木伐採により砂漠化して滅 んでしまった。[a] この地は近年、イラクのフセイン政権に治められていたが、 その最大の統治手段が水の供給であった。フセインは全土に水 と食料を無料で配るシステムを構築した。地方の集落にも毎週、 水を運ぶトラックがやってきて、村人たちはフセイン政権から 与えられたカードを示せば、水が与えられる仕組みであった。 1991(平成3)年の湾岸戦争では、多国籍軍はイラクの水源 地と給水パイプラインを攻撃したが、今回のイラク戦争でも同 じ戦術がとられた。まず第一撃で、イラク国内の8つの多目的 ダムが誘導ミサイルで破壊された。同時にバグダッドをはじめ とする大都市の上下水道施設、農業用・水力発電用施設が攻撃 された。 都市の汚水がチグリス・ユーフラテス川に垂れ流されるよう になって汚染が進み、しかも市民はその水を飲まざる得なくなっ た。その結果、コレラ、肝炎、腸チフスなどの伝染病が蔓延す ることになった。 サマーワに駐屯した自衛隊は、ユーフラテス川の支流の運河 から水を引いて、4台の浄水車で一日80トンから100トン の飲料水を作り、これを日本のODAで寄贈した日の丸つきの 12両の給水車で配った。「自衛隊の水」で「子供の病気が治っ た」など、感謝の声が多く寄せられた。[b] ■3.中国の河川の80%は魚が棲めないほどに汚染されている■ フセインは水の供給によって権力を維持したが、逆に水の供 給をなおざりにして、自らの権力基盤を弱めているのが中国共 産党政府である。 工場の廃液や人々の生活排水など年間300億トンを超える 下水の97%が何ら浄化処置をされないまま河川や湖に垂れ流 されている。中国の河川の80%は魚が棲めないほどに汚染さ れ、飲料水としても、農業用水としても使えない状態になって しまった。[1,p34] 筆者がかつて訪れた天津市の工業地帯を流れる川は、緑色に 淀んでいて、ぞっとした。日本のかつての公害とは桁違いの自 然破壊が進んでいる。 中国には人口100万人を超える都市が600以上あるが、 その過半数で十分な飲み水を供給できない。この結果、人口の 27%にあたる3億6千万人が安全な水を得られず、1億6千 万人が有機物汚染水を常飲。明確な因果関係は不明だが、悪性 腫瘍(しゅよう)発生率はこの20年で29%上昇し、新生児 の4−6%は障害を持っている。中国環境科学研究院の趙章元 研究員は中国紙上で環境汚染、特に地下水汚染が関係あると警 告している。 水汚染問題が暴動に発展する例も明るみに出だした。浙江省 東陽市郊外の村では農薬工場の排水による水源汚染で異常出産 などの健康被害が続出、地元政府が陳情の村民の弾圧に出たた め、2005年4月、3万人規模の官民衝突が発生した。報道され ない暴動は多数あるだろうと推定される。 北京の中央研究機関に属する水環境問題の専門家は「中国の 水汚染の健康被害は、日本の高度成長期の比ではない。しかし 当局はわれわれが実態調査しようとするのを喜ばない」と訴え る。[3] ■4.砂漠化する中国■ 河川の汚染のみならず、枯渇も心配されている。中国文明を 育んだ黄河も、最近では水源地から河口まで水が流れるのは、 年間150日程度になってしまった。この原因は、上流地域に おける森林の伐採である。森林のない大地は保水能力がないの で、雨が降れば大洪水になり、降らなければ砂漠化が進む。 樹木の伐採により砂漠化が各地で進行し、中国全土の森林率 はわずか17%なのに対し、約28%が砂漠となっている。砂 漠は北京からわずか70キロの西北に迫っている。毎年、春に なると強い風が黄砂を運び、北京では目も開けられず、外出も できなくなる。 筆者が天津市を訪れた時には、大気汚染と黄砂のために、街 を歩く女性は薄いスカーフをマスク代わりに使って、顔を覆っ ていた。ホテルで洗面器に水をためたら、それだけの量でも砂 が混じっているのが見えた。歯を磨くのにもミネラル・ウォー ターが必要だ。湯船にお湯を張ったら砂が沈殿するまで待ち、 砂が巻き上がらないように、そっと身体を沈めるのがコツだと 教わった。日本人が泊まるような、高級ホテルですら、この有 様である。 この黄砂がはるばる日本海を渡って、日本を襲うようになっ た。今年の春も、たまたま神戸に行った時、空が暗くなるほど 黄砂が覆い、筆者は中国にいるかのような錯覚を覚えた。 ■5.「中国の水問題こそ、世界の不安定要因」■ 黄河流域の農業地帯では、水不足のために、小麦やトウモロ コシといった穀物生産に必要な灌漑がまったくできない月が何 ヶ月も続くようになった。 水不足から、中国の農業生産は停滞し、人口増加と相まって、 2015年頃までには中国は年間2億トン近くの穀物を輸入しなけ ればならなくなる、と予測されている。これは2003年時点で、 世界で取引されている穀物量の半分である。穀物価格は急激に 値上がりするだろう。アフリカ、アジア、南米の貧しい国では 穀物輸入が難しくなり、食糧不足から政情不安を招く恐れが十 分にある。 アメリカの国家情報会議が1998年にまとめた「中国農業の未 来」と題したレポートでは、「中国の水問題こそ、冷戦時代の ソ連の軍事力に匹敵するほどの世界の不安定要因である」と断 定している。[1,p34] ■6.世界の水道事業を牛耳る3社■ こうした世界的な水不足を背景に、欧米の水企業が急速に成 長している。フランスのビベンディとスエズ、イギリスのテー ムズ・ウォーターが代表的な水道事業会社で、3社合計で世界 の約80パーセントを牛耳っている。 ビベンディは、世界100カ国以上で1億2千万人の人口を 対象に水供給を行っている。1990年に約6千億円だった売上が、 2002年には約1兆4400億円にまで拡大した。スエズは世界 130カ国に進出し、1億3千万人の住民に上下水道サービス を提供、2002年の売上は1兆3千億円を超える。テームズ・ウォ ーターは44カ国5100万人の顧客を抱えている。 これらの会社のバックには世界銀行がついており、「世界銀 行から必要な資金を調達して、上下水道サービスを提供します」 と売り込みをかける。投資資金のない発展途上国は喜んで、売 り込みに乗る。 世界銀行のエコノミストたちは「水を民営化すればサービス が向上する。利用者も水を大切に使うようになる。水がタダで 飲めると思うとムダにするはずだ」と水道事業の民営化を後押 しする。しかし、その日の食料にも事欠く貧しい人々に対して、 この論理が通用するのだろうか。 ■7.水道事業民営化が招いたコレラ禍■ 1998年、南アフリカの地方政府が高騰する水道維持費に業を 煮やし、ドルフィン・コーストという一帯で水道事業を民営化 した。請け負ったのは、上述の3社である。 上水道のコストは頭割りで住民に賦課されたが、4年間で水 道料金は140%近くも値上がりし、貧しい農民たちは水道代 を払えなくなった。世界銀行の水問題専門家は南アフリカの水 担当大臣に対して、「水道料金を払わない住民には水をストッ プすると脅しをかけるのが最善の方法だ」とアドバイスしてい た。 多くの住民たちは困って、近くの川や池、湖の水を使うよう になった。ところが、これらの水は、生活汚水や汚物がじかに 流れ込んで、汚染が進んでいた。 その結果、2002年1月に、感染者25万人以上という南アフ リカ史上最悪のコレラが発生し、死者は300人に達した。怒っ た住民が暴動を起こした。 水道料金が140%も値上がりした一因には、水道事業の収 益の一部が、政治家や役人にキックバックされていた、という 実態もあった。 ■8.消えた水道への援助資金■ 水道業者と政界の癒着は例にことかかない。フィリピンのマ ニラ一帯の水道を請け負っている民間企業メイニラッド・ウォ ーターは、フランスのスエズの孫会社にあたる。 同社はマニラの水道施設を改善する名目で1997年から2001年 にかけて8200万ドル(約98億円)の投資を行ったと報告 しているが、これは政府から受け取った1億7000万ドル (約204億円)の半分以下である。その差は、どこかに消え てしまったようだ。メイニラッド・ウォーターの経営者は、フィ リピン大統領の公邸、マラカニアン宮殿の中に事務所を構えて いる、というから、どこに消えたかはおおよその見当はつく。 水道事業が民営化されてから、「受益者負担」の原則が打ち 出され、水道代は数倍に跳ね上がった。首都マニラの貧しい地 域では水道が使えるのは一日3時間程度だが、二日分の食費に 相当する水道代を払えない貧民にはそれすら手が届かず、汚水 を飲むしかない。 フィリピンには、世界銀行とともに、アジア開発銀行が3億 ドルを超える融資をおこなっている。その原資の多くは日本政 府が提供している。本来、フィリピンの貧しい人々の生活改善 のために提供された日本国民の税金の一部は、現地政府と欧米 水企業の癒着の中に消えてしまったのである。 商魂たくましい欧米企業が、発展途上国政府の腐敗を温床と して、どんな貧民にも必要不可欠な「水」をビジネスとして稼 ぐ。このような「ウォーター・ビジネス」で世界の水問題が本 当に解決するのだろうか。 ■9.世界に求められる日本の「緑と水」の技術■ 世界を襲っている「水戦争」の防止に、日本としても応分の 貢献をし、国際社会の平和と安定を作り出すことが、我が国自 身の安全保障政策の一つでもある。そのための豊富な技術を日 本は持っている。 まず海水の淡水化技術の要となる逆浸透膜において、日本企 業は世界をリードし、50%を超える世界シェアを誇っている。 淡水化のコストをいかに抑えるかが最大の課題だが、現時点の 記録は2002年4月に稼働したカリブ海のトリニダード・トバゴ のプラントである。心臓部に東レの技術を用いて、淡水1トン あたり0.707ドルを達成した。 日東電工が2003年2月に稼働させたアメリカでのプラントで は、1トンあたり0.55ドルに抑えられる見通しが立ったと いう。東洋紡も2003年3月には従来比でコストを3割削減でき るシステムを開発した。逆浸透膜による淡水化プラントは2025 年には市場規模が1兆円程度になると見られている。日本企業 のお得意の激烈なコスト競争で、もっと安価なプラントを提供 できれば、世界中で歓迎されるだろう。 そして、より根本的には、森林を再生し「緑のダム」を作る 事が必要である。この分野でも生態学者・宮脇昭は、日本の伝 統的な鎮守の森からヒントを得てその土地本来の植物群落であ る「潜在自然植生」こそが環境にあった強い森林を作る、とい う最先端の理論を提唱し、中国、東南アジア、アマゾンなどで 森林の再生に努めている。[c] 「水戦争」から人類を守り、平和な国際世界を建設するために、 日本の「緑と水」の技術が求められている。 (文責:伊勢雅臣) ■リンク■ a. JOG(134) 共生と循環の縄文文化 約5500年前から1500年間栄 えた青森県の巨大集落跡、三内丸 山遺跡の発掘は、原日本人の イメージに衝撃を与えた。 b. JOG(378) サマーワに架けた友情の架け橋 自衛隊のイラク支援活動によって得られた信頼と友情は「日 本人の財産」 c. JOG(390) 「鎮守の森」を世界へ 鎮守の森から学んだ最新生態学理論で宮脇昭は国内外のふる さとの森づくりを進めている。 ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。 1. 浜田和幸『ウォーター・マネー』★★★、光文社ペーパーバッ クス、H15 2. 国土交通省「平成16年版日本の水資源」 3. 産経新聞「中国の水汚染深刻 3億6000万人 安全に飲めず 健康被害、暴動」H17.12.06 大阪朝刊 2頁© 平成18年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.