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                     親日国家、イラン

                                                    伊勢雅臣
■ No.1074 ■ H17.12.19 ■ 8,191 部 ■■■■■■■■■■■■

     本年6月8日に行われたサッカーW杯のイラン対バーレーン
    戦で奇妙な光景が見られた。

         観客席を見渡すと、無数の日の丸がはためいているでは
        ないか。緑、白、赤のイラン国旗が林立する中で、日の丸
        の数々がしっかりと存在感を示しているのである。

         得意満面でそれを振り振りしているのは在イラン日本人、
        ではない。一目瞭然、コテコテのイラン人である。訊けば、
        彼らは自らの意思で、自らの手で、丹精込めて拵えてきた
        という。

         一階席の屋根にあたるところには、三枚もの大きな日の
        丸が掲げられ、……メインスタンドの一角ではみるみるう
        ちに十メートル四方もある巨大な日の丸が広げられた。まっ
        たく奇妙な光景である。

         これはイランとバーレーンの戦いであって、日本はまっ
        たく関係ない。それなのに、なぜ----。だれに訊いても、
        まったく同じ言葉が返ってくる。『俺たちは日本を愛して
        いるんだ!

         日本と一緒にドイツに行くんだよ!』日本人のお前がわ
        かりきったことを訊くな、そんな口ぶりであった。
        (『週刊文春』6月23日号)。

     イラン人の親日ぶりは次のような逸話からも窺える。

         テヘランでイラン外務省の高官に会ったとき、……日本
        はイランと同じアジアの国だから、強い親近感を感じてい
        ると語り、友好関係を維持していきたいと述べていた。
        (宮田律『物語イランの歴史』)

         ハタミ大統領が二〇〇〇年に訪日したときに、アーザr
        デガーン油田の優先的交渉権が与えられたのは、イランの
        良好な対日感情が背景にあると、経済産業省の関係者は語っ
        ていた。(同上)

     こうした親日ぶりは、外交的にも貴重な財産である。いった
    い、それはどこから来ているのだろう。

         英国、ロシアに牛耳られていたペルシャ(弊誌注:イラ
        ン)も『日本のように強く、日本のように独立を全うする
        ために日本と手を取らねばならない』と新聞が書き立て、
        やがてレザ・シャー(後に国王)が登場してイスラム国家
        から共和国に衣替えを急ぐ。その息子のモハメド・レザ
        ・パーレビは一九七九年、ホメイニ師のイラン・イスラム
        革命によって国を追われるが、直接のきっかけはパーレビ
        国王が『西の日本たれ』の目標で始めた『白色革命』だっ
        た」(高山正之『20世紀特派員(1)』)

     イラン人の親日ぶりは、日露戦争などを戦って独立を全うし
    た我々の先祖の遺産なのだ。

     日本のマスコミは中韓・北の反日は大々的に報告するが、こ
    のように親日の民族がいる事を伝えない。まさに宝の持ち腐れ
    である。また、その宝を残してくれた先人に対しては、恩知ら
    ずである。

    (参考:『明日への選択』H17.7)    

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