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■■ Japan On the Globe(489)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

         国柄探訪: 天命と天職 〜 日本人の仕事観
    
                       天命に仕え、天職を持つことが、
                      「世の中で一番楽しく立派なこと」である。
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■1.現代エリートを支える古典の教養■

     北尾吉孝氏。慶應義塾大学経済学部を卒業し、野村證券に入
    社。英国ケンブリッジ大学経済学部に留学し、その後、部長職
    を経て、孫正義氏の招聘によりソフトバンク・常務取締役に就
    任。現在はベンチャーキャピタルから不動産、生活関連サービ
    スなどを幅広く展開する総合企業グループSBIホールディン
    グスの代表取締役。まさに、絵に描いたような現代的エリート
    である。

     しかし、この北尾氏には一風変わったところがある。江戸時
    代後期の儒学者・北尾墨香(ぼっこう)を先祖に持ち、幼稚園
    にあがる前から父親に中国の古典を叩き込まれた。高校・大学
    時代には昭和の漢学者・安岡正篤の著作に親しんだ。中国を訪
    問した際には、政府高官と四書五経の話で盛り上がった。

     中国古典の素養は、北尾氏にとって単なる趣味ではない。事
    業家としての人生を支えるバックボーン(背骨)なのである。

         事業のみならず何をするにしても、判断をし続けなくて
        はいけません。特に事業をやっていると、毎日毎日が判断
        の連続です。

         そのときにブレない判断をするためには何が必要なのか
        と考えると、それは自分の根底にある倫理的価値観こそが
        根本になるのではないかと思っているのです。

         私は論語の影響もあって、比較的早いときから自分の価
        値判断の基準として「信・義・仁」という三つの言葉を置
        くようになりました。以来、この三つを判断の物差しにし
        ています。[1,p79]

■2.ホリエモンへの義憤■

     北尾氏の「根底にある倫理的価値観」が、鮮明に表明された
    のは、平成15年にホリエモン、ことライブドアの前社長・堀
    江貴文氏がニッポン放送などフジサンケイ・グループに敵対的
    買収を仕掛けた時である。

     堀江氏は時間外取引というきわどい手法で、ラジオ局ニッポ
    ン放送の株式の35%を敵対的買収。ニッポン放送はフジテレ
    ビジョン株の22%を保有する筆頭株主であったため、その真
    の狙いはフジにあったと言われている。

     ここで登場したのが北尾氏である。ニッポン放送の保有する
    フジの株式を借り受け、筆頭株主となった。敵対的買収に襲わ
    れた企業に救いの手を差し出す「白馬の騎士」である。

     北尾氏は次のように述べて、堀江氏のやり方を公の場で批判
    した。

         フジサンケイグループに対する、相手の立場を無視する
        ような敵対的買収や、資本市場を投機の場にしかねないよ
        うな大規模な株式分割など、良識や倫理観がない。公共財
        として守らないといけない資本市場の清冽(せいれつ)な
        地下水を平気で次々と汚していくやり方は、許せない。
        ・・・もうければいいということではだめだ。[2]

     氏の考える「資本市場」とは、金を余っている所から集めて、
    足りない所に回していく社会的使命を持っており、その中でベ
    ンチャーキャピタルは新しい産業を興して国家社会に貢献する
    という役割を担っている。

     その資本市場を悪用して、金儲けに使う堀江氏のやり方は
    「許せない」と北尾氏は義憤を感じたのである。

■3.仕事観の違い■
    
     倫理観と並んで、堀江氏と北尾氏とは仕事観においても対立
    している。堀江氏は著書『稼ぐが勝ち』で、「人の心はお金で
    買える」「人間を動かすのは金」「金を持っているやつが偉い」
    などと公言していた。堀江氏にとって、仕事とは「金儲けのた
    めの手段」のようだ。

     彼がニッポン放送に敵対的買収を仕掛けた時、社員一同が総
    会を開いて、「ライブドアの経営参画に反対する」との声明を
    発表した。

     その声明では、ニッポン放送は「リスナーのために」という
    ことを心のよりどころ・判断基準としているとしたうえで、ラ
    イブドアの堀江貴文社長には、リスナーに対する愛情が感じら
    れず、経営に参画するというより、資本構造を利用したいだけ
    としかみえない、と批判していた。[3]

     北尾氏は、気に入らない株主に買われたら辞めるという勇気
    ある社員が多いなら、「『第二ニッポン放送』を作ることもあ
    る」と語っていた。本当にラジオ放送を愛し、リスナーのため
    に働きたいと思っている人を応援したい、という気持ちだろう。

     北尾氏やニッポン放送社員たちにとって、仕事とは金儲けの
    ための手段ではないのである。

■4.「天につかえ、天の命に従って働く」■

     北尾氏は近著『何のために働くのか』において、自らの体験
    と思索に基づいて、日本の、ひいては東洋の伝統的な仕事観を
    こう述べている。
        
         東洋思想では、仕事とは天命に従って働くことだと考え
        ます。仕事という字を見てください。「仕」も「事」も
        「つかえる」と読みます。では誰に仕えるのかといえば、
        天につかえるのです。天につかえ、天の命に従って働くと
        いうのが、東洋に古来からある考え方です。

         かつては働きに出ることを「奉公に出る」と言いました。
        これは「公に奉ずる」「公に仕える」という意味です。
        [1,p24]

     東洋思想においては、「天」とは、ある理想の状態を目指す
    意思(天意)を持った存在だと考える。そして「天」はそのた
    めに、一人ひとりの人間に、ある使命(天命)と才能(天分)
    を与えている。自らの天分を生かし、天命に従った仕事を「天
    職」と言う。

         孔子は「五十にして天命を知る」と言いましたが、これ
        は「天から与えられた自らの使命を知る」ということです。
        実際、孔子は五十歳にして自分の天命とは世の人を救うこ
        とだと自覚して、それまでの修養の時期を終え、実社会の
        啓蒙活動に入っていくわけです。[1,p77]

■5.「自分の天命はこの二つだ」■

     北尾氏も49歳になったときに、「自分の天命はこの二つだ」
    と思うようになったという。

         一つはインターネットによって顧客中心のサービスを消
        費者や投資家に安く提供し、社会に貢献するということ。
        もう一つは、ともに働く者たちの経済的厚生を高めると同
        時に、事業活動によって得られた自らの資産を使って、恵
        まれない子どもたちのために社会貢献活動を行うというこ
        とです。この二つが私の天命だと思ったのです。

     二つの天命のうち、前者が金融、不動産、生活関連サービス
    などを幅広く展開する総合企業グループSBIホールディング
    スとして結実し、後者がグループ各社の利益の一部を拠出して
    児童福祉を行う「SBI子ども希望財団」として実現した。

     こういう仕事観を持つ北尾氏にとって、「リスナーのために」
    を天命としてラジオ放送に従事するニッポン放送社員たちの志
    は、分野こそ違え、共感できるものであったろう。

     堀江氏もインターネットの世界で新興企業ライブドアを立ち
    上げたが、「人の心はお金で買える」と公言する姿勢から見る
    と、金儲けが主目的だったようだ。

     天命に従って働いている人々の志が、金のために働いている
    人々によって踏みにじられようとしているのを見て、北尾氏は
    義憤を感じて立ち上がったのだろう。

■6.天命に従うことは、真の成功への道■

     天命に従い、公に奉ずることを志す人間は、天の助け(天佑、
    天助)を受けて、真の成功に至る。これを実証する多くの事実
    がある。

     松下幸之助[a]は大正7(1918)年に松下電器産業を設立する
    が、この年の5月5日に真の使命を知った、としてその日を
    「命知元年」と名付けた。そして全従業員を集めて、「所主告
    示」という次の一文を発表した。

         凡(およ)そ生産の目的は我等生活用品の必需品の充実
        を足らしめ、而(しこう)してその生活内容を改善拡充せ
        しめることをもってその主眼とするものであり、私の念願
        もまたここに存するものであります。我等が松下電器産業
        はかかる使命の達成をもって究極の目的とし、今後一層こ
        れに対して渾身(こんしん)の力を奮(ふる)い、一路邁
        進(まいしん)せんことを期する次第であります。

     北尾氏は言う。「ここには金儲けのことなどひと言も書いて
    ありません」「こうした志のもとで事業を行ったがゆえに、松
    下さんは成功されたのだと思うのです」。[1,p181]

     弊誌でもこれまで、豊田喜一郎[b]、盛田昭夫[c]、本田宗一
    郎[d]、稲盛和夫[e]など、日本を代表する企業を興した名経営
    者を取り上げてきたが、これらの人々に共通するのは、「世の
    ため人のため」という奉公の志である。天命に従って、奉公を
    志すことは、真の成功に至る道である。

     逆に金のために働いた堀江氏は、この3月16日、粉飾決算
    など証券取引法違反の罪で懲役2年6ヶ月の実刑判決を受けた。

■7.自らの天職を見つけるには■

     しかし、自らへの天命を理解し、天職を見つけるには、どう
    したら良いのか。北尾氏はこう説く。

         確かに天職の一つの要件として、その仕事が好きだとい
        う理由はあげられるでしょう。しかし、仕事が好きになっ
        た時期は人によって違うはずです。最初から好きだった人
        もいれば、続けているうちに好きになった人もいるでしょ
        う。そう考えると、それがどんな仕事であれ、やってみな
        ければ自分の天職なのかどうかはわからない、という結論
        になります。

         ところが最近は、その仕事が天職かどうか判定できるよ
        うになる前に、あっさり転職してしまう人がたくさんいま
        す。それではいつまで経っても、自分の天職に巡り会うこ
        とはできないでしょう。やはり一つのことを始めたら、簡
        単には諦めないでとことんまでやり遂げてみる。それが非
        常に大事だと思います。・・・

         かくのごとく、もし本気で自分の天職を見つけたいとい
        う気持ちがあるのなら、まずは与えられた仕事を素直に受
        け入れることです。そして、熱意と強い意志を持って、一
        心不乱にそれを続けていく覚悟が必要だと思います。
        [1,p52]

     北尾氏自身、大学を卒業する際、金融界の花形・三菱銀行を
    志望していたが、野村證券の人事担当者の意気に感じて、こち
    らに入社した。入社後は、与えられた場で懸命に働いて、能力
    を磨いた。しかし、野村證券に大不祥事が起こり、進むべき道
    を考えていた時に、ソフトバンクの孫正義氏に「うちに来てく
    れないか」と声をかけられ、資本金を出して貰ってソフトバン
    ク・ファイナンスという会社を設立。そして事業を拡大してい
    くうちに、ソフトバンクとの資本関係を清算し、SBIホール
    ディングスとして独立した。

         このように自分の遍歴をたどってみると、そのときどき、
        目の前にある仕事に一所懸命取り組んできたように思いま
        す。一方で、節目節目には必ず何かの啓示があり、そこに
        導かれて歩んできたように思います。そこに私は、天命と
        いうものを感じないわけにはいかないのです。[1,p99]

■8.天職を通じた成長■

     こうして与えられた仕事に一所懸命取り組んでいくうちに、
    自分自身も成長していく。

         私は仕事も一つの行であると考えています。・・・いつ
        も同じ事ばかりやらされても愚痴をこぼさず、一生懸命に
        続ける。そして、自分から苦しい仕事に飛び込んでいって
        挑戦する。そうした一つひとつの行いが行なのです。

         人間学の修養を続けながら、いつも「世のため人のため」
        という気持ちを持って、絶えず襲ってくる私心や我欲を振
        り払っていく。そうやって心の曇りを消しながら、仕事の
        中で「世のため人のため」を貫き通すのです。

         もちろん失敗することもあるし、一時的に雲に覆われる
        こともあるでしょう。それは人間だからしかたのないこと
        です。しかし、失敗しながらも努力を怠らず、三十年、四
        十年とやり続けたら、一つの世界に到達することができる
        のではないでしょうか。[1,p182]

     その「一つの世界」とはどのようなものか。

       「一芸に秀でる」という言葉があります。どんな仕事でも
        一芸に秀でるところまで打ち込んだ人の言葉には、何とも
        言えない奥の深さと重みがあるものです。それはまさに、
        数々の苦難を乗り越えながら仕事を通じて人間的な成長を
        遂げた結果だと思います。私は、天職を見つけた人の誇り
        をそこに感ずるのです。[1,p52]

■9.「世の中で一番楽しく立派なこと」■

     福沢諭吉は「心訓七則」の中で、こう言っている。

         世の中で一番楽しく立派なことは、一生涯を貫く仕事を
        持つことである。[1,p2]

     スポーツや習い事で上達した時に、嬉しく思った、という
    経験は誰にでもあるだろう。人間には自身の成長を悦(よろこ)
    ぶ心がある。また他の人に小さな親切をして感謝されたら、嬉
    しい、と思う心もある。奉公を悦ぶ心である。

     一生涯を貫く天職を持つことで、もっと大きな成長の悦びと
    奉公の悦びを味わい続けられるとしたら、これほど「楽しく立
    派なこと」はないであろう。これが我々の先人の伝統的な仕事
    観であり、人生観なのである。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(227) 松下幸之助〜繁栄と幸せへの道筋
    危機、また危機を乗り越えて、企業の繁栄と従業員の幸せを
   実現してきた道筋とは? 
b. JOG(295) 豊田喜一郎 〜 日本自動車産業の生みの親
    このままでは日本は永久にアメリカの経済的植民地になって
   しまうと、豊田喜一郎は国産車作りに立ち上がった。
c. JOG(111) 盛田昭夫の "Made in JAPAN"
    自尊と連帯の精神による経営哲学
d. JOG(283) 本田宗一郎と藤沢武夫の「夢追い人生」
   「世界一の二輪車メーカーになる」との夢を追い続けて二人は
   幸福な職業人生を生き抜いた。
e. JOG(443) 稲盛和夫 〜 「世のため人のため」の経営哲学
    従業員の物心両面の幸福を追求するのが、 経営者の役割。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
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1. 北尾吉孝『何のために働くのか』★★★、致知出版社、H19
2. 産経新聞「SBI・北尾CEOインタビュー 争奪戦、予期せ
   ぬ展開も」、H17.04.05、東京朝刊、3頁
3. 産経新聞「『ライブドア参画反対』 ニッポン放送社員一同が
   声明」、H17.03.04、東京朝刊、1頁

 

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