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■■ Japan On the Globe(494)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

             国柄探訪: 「直き心」の日本文明
    
                     このように「心のあり方」に重要な価値を
                    置く文明はほかには見あたらない
■転送歓迎■ H19.04.29 ■ 34,374 Copies ■ 2,469,239 Views■

■1.「もう少しやわらかいやり方はないか」■

     今日、4月29日は初めての「昭和の日」である。昭和時代
    には天皇誕生日であり、昭和天皇崩御の後は「みどりの日」と
    されていたのを、今年から「激動の日々を経て、復興を遂げた
    昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」という趣旨から
    「昭和の日」とされた。

     確かに昭和は「激動の日々」だった。大東亜戦争という史上
    空前の大戦争で国内は瓦礫の山となったが、そこから世界第2
    位の経済大国へと奇跡の復興を遂げた。その激動の64年間、
    昭和天皇は国家を支えてこられた。

     この激動の中、特に戦前の御前会議などで大きな決断を求め
    られた時、昭和天皇は、しばしば「もう少しやわらかいやり方
    はないか」と、事前にお尋ねになられた、という。

    「平らけくしろしめせ」(平安に治めなさい)というのが、皇
    室の先祖である天照大神が命じた所であり、歴代の天皇もそれ
    を守って、「和(やわ)らげ調えてしろしめす」方法をとられ
    てきた。「知(し)ろしめす」とは「天皇が鏡のような無私の
    心に国民の思いを写し、その安寧を神に祈る」という事である
    [a]。「もう少しやわらかいやり方を」と言われる昭和天皇の
    姿勢は、皇室の伝統そのものなのであった。

■2.「バブル景気」が生み出す「精神のバブル」■

     しかし、時代は昭和天皇のお気持ち通りには進まなかった。
    大正10(1921)年、大正天皇のご病気により20歳にして摂政
    宮となられた時、すでに日本国民は「精神のバブル」期に入っ
    ていた。京都大学教授・中西輝政氏はこう述べる。

         大正時代を以降を振り返ってみると、日本がおかしな方
        向に進み出すのは「精神の膨張主義」に傾いたときであっ
        た。それは、対外政策上の膨張主義よりも深刻なものであ
        る。成功や繁栄のなかから生まれる、日本人の宿痾(しゅ
        くあ、JOG注:持病)としての「精神のバブル」のことであ
        る。それは必ず、過度の物質主義、性急な進歩主義、そし
        て模倣の個人主義をもたらす。

         大正時代、第一次大戦によって起こったバブル景気によ
        り、日本人は未曾有の経済的豊かさに酔う。そして政治的
        には、日露戦争の余韻が冷めやらぬなか、「世界の一等国」
        として、さらにはアメリカやイギリスと「三大大国として
        肩を並べた」と考えるようになった。この錯覚が、日本の
        進むべき道を誤らせたのである。[1,p24]

     この様子は、1980年代後半から1990年代初頭にかけて我々の
    経験した「バブル景気」とそっくりである。当時、世界最強の
    経済大国として、日本企業はありあまるカネに物を言わせてア
    メリカの高層ビルや大企業を買いあさった。

     そして未曾有の経済的豊かさから生まれた「カネがすべて」
    という「過度の物質主義」、グローバリズム・ゆとり教育・フェ
    ミニズムなど歴史伝統を無視した「性急な進歩主義」、家族や
    共同体を軽視し「他人に迷惑をかけなければ何をしてもいい」
    という「模倣の個人主義」。まさに「バブル景気」が、「精神
    のバブル」を生み出していた。
    
■3.よもの海みなはらからと思ふ世に■
    
     戦前の「精神のバブル」に抗する昭和天皇のもっとも悲痛な
    メッセージが、対米開戦を議する御前会議において、あくまで
    平和交渉を優先すべきとして、次の明治天皇の御製(お歌)
    「四海兄弟」を読み上げられたことであろう。[b]

        よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ

        (四方の海はみな同胞と思っているのに、どうして波風が
          立ち騒ぐのだろうか)

    「世界の一等国」などと国際社会を対立的・競争的に捉えて、
    威勢を張るのではなく、他国民にも同胞意識を持って接するの
    が、「和らげ調えてしろしめす」道であった。

     終戦の際には、内閣の意見がまとまらず、昭和天皇の御聖断
    を仰いだ。その時のお気持ちを次のように詠われている。

        爆撃にたふれゆく民のうえをおもひいくさとめけり身はい
        かならむとも

    「身はいかならむとも」国民の安寧のために尽くすのが歴代天
    皇の使命であった。ここにも「平らけくしろしめせ」という、
    天照大神の御神勅が息づいている。

■4.「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代」■

     終戦後、昭和天皇が始められたのは、国民を見舞い、励ます
    ための御巡幸であった。沖縄以外の全国、3万3千キロの行程
    を約8年半かけて回られた。立ち寄られた箇所は1411カ所
    に及び、奉迎者の総数は数千万人に達したと思われる[c]。原
    爆の惨禍の残る広島では、こう詠まれた。

        ああ広島平和の鐘も鳴りはじめたちなおる見えてうれしか
        りけり

     平和の鐘が鳴り、復興に励む国民の姿に「和らげ調えてしろ
    しめす」という道の実現を見て、喜ばれたのである。

    「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代」とは、「精神
    のバブル」によって昭和天皇の「和らげ調えてしろしめす」志
    に反して大戦争に突入し、戦後はその御心に沿って世界史に残
    る復興を遂げた時代であった。
    
■5.「直き心」■

     国家を「和らげ調え」るためには、国民一人ひとりが「直
    (なお)き心」を持たなくてはならない。他人を押しのけても
    自分だけ豊かになりたい、とか、競争に勝つためには手段を選
    ばない、というようなとげとげしい心では、社会の波風はおさ
    まらない。

     自分のことよりも周囲の人々への思いやりを大切にする、と
    か、多少遠回りになっても正しい道を歩んで行こう、という
    心持ちを多くの国民が持つときに、国は「和らげ調え」られる。

     このように国内を「和らげ調えてしろしめす」ために、天皇
    は国民の安寧をひたすらに祈る「直き心」の体現者でなければ
    ならない、というのが、皇室の伝統であった。古来から天皇の
    持つ「直き心」を「大御心」と呼んだ。

     昭和20年9月27日、昭和天皇は占領軍司令官ダグラス・
    マッカーサーと会見し、「私は、日本の戦争遂行に伴ういかな
    ることにも、また事件にも全責任をとります」と述べた上で、
    こう語られた。

         戦争の結果現在国民は飢餓に瀕している。このままでは
        罪のない国民に多数の餓死者が出るおそれがあるから、米
        国に是非食糧援助をお願いしたい。ここに皇室財産の有価
        証券類をまとめて持参したので、その費用の一部に充てて
        頂ければ仕合せである。[「奥村元外務次官談話記録」,2]

     これを聞いたマッカーサーは、次のように反応したという。

         それまで姿勢を変えなかった元帥が、やおら立上って陛
        下の前に進み、抱きつかんばかりにして御手を握り、「私
        は初めて神の如き帝王を見た」と述べて、陛下のお帰りの
        時は、元帥自ら出口までお見送りの礼をとったのである。

     昭和天皇の「直き心」は、マッカーサーの心を揺り動かした
    のである。
        
■6.憲法学者・横田喜三郎の「うそ」■

     こうした「直き心」は、日常生活では「嘘をつかない」事に
    つながる。

     かつて横田喜三郎という憲法学者がいた。昭和24年に『天
    皇制』という本を書いて、「天皇制は封建的な遺制で、民主化
    が始まった日本とは相容れない。いずれ廃止すべきである」と
    いう趣旨の主張をした。こういう主張をした人間が、昭和30
    年代に最高裁判所長官となり、最後は天皇陛下の前に出て勲一
    等を受けている。その過程では、東京中の古本屋を回って、
    『天皇制』の著書を買い集め、世に流布しないようにしたそう
    な[1,118]。

     横田氏の主張の是非はともかくとして、こういう姿勢に大多
    数の日本人は疑問を感じるだろう。最後まで「天皇制を廃止す
    べき」という信念を抱いていたのなら、天皇から勲一等を授け
    られる事は辞退すべきだ。それが自らの学問を貫くということ
    である。

     あるいは、以前の主張が間違いだったと考えを改めたのなら、
    堂々とそれを公言すべきである。それによってこそ、日本の憲
    法学の進歩にも貢献できたはずだ。

     横田氏に良心があったのなら「うそ」をついたという呵責に
    苦しんだろうし、良心がなかったのなら、いつ「うそ」が露顕
    するかと不安に苛まされたろう。いずれにせよ、その心は「平
    らか」ではなかったはずだ。こんな心持ちではいくら勲一等を
    貰っても、とても幸福な人生とは言えまい。「直き心」で生き
    ていくことは、幸福への近道である、というのが、日本人の古
    来から智慧であった。
    
    「革命のためには嘘も暴力も許される」などと倫理性に欠けた
    マルクス主義にかぶれたばかりに、横田氏はこういう日本人本
    来の智慧を見失っていたのであろう。

■7.「日本人的思考は超少数派」■

     しかし、横田氏の態度に疑問を感じる大多数の日本人の考え
    方そのものが、世界では超少数派のようだ。あるフランス在住
    の日本人女性が、こんな体験を書いていた。

         外国人向け仏語教室で私が、「こちらでは大人でもスー
        パーでお金を払う前に食べたりしている。マナーが悪い」
        と言ったところ、そこにいたスペイン人、アラブ人、ロシ
        ア人などが「それのどこが悪い?」と集中砲火を浴びたの
        です。

         私の友人も教室で「道でお金を拾ったらどうするか?」
        という質問に「警察に届ける」と答えたら、「ナイーブす
        ぎる」「バカだ」「どうして警察が信用できる?」とこれ
        また集中砲火。

         要するに多数決でいったら日本人的思考は超少数派なの
        ですね。[d]

     この日本人女性の言う所の「日本人的思考」は、「直き心」
    を大切にしてきた日本の伝統そのものなのである。

    (もちろん、それは日本人の独占物ではなく、他の古い共同体
    社会にも見つかるが、現代世界では「超少数派」であることは
    間違いない。)

■8.「日本のこころ」のあり方を示す「日本国の象徴」■

     こうした「直き心」を、中西輝政教授は日本文明の大きな特
    徴として捉えている。

         日本ではつねに「正直できれいな心」「裏表のない心根」
        という、独特な心のあり方が求められる。さらには「素直
        で争いごとを好まない」「黙々と努力する」「約束を守る」
        などといった、「心の清潔さ」に大きな価値が与えられて
        きた。これを古い時代には「明(あか)き清き心」「直き
        心」と呼んだ。

         これこそ日本文明の大きな特徴であり、このような「心
        のあり方」に重要な価値を置く文明はほかには見あたらな
        い。・・・この国には、一人ひとりが自らの内面を大切に
        し、「心の清潔さを保つことこそ、幸福を招き、社会を平
        穏にするもとである」と考える、確かな伝統があるのであ
        る。・・・

         そしてこうした「日本のこころ」のあり方を、目に見え
        るかたちでもっともはっきりと示すもの、それが天皇なの
        である。 [1,p18]

    「日本のこころ」のあり方を目に見えるかたちで示す。これが
    天皇を「日本国の象徴」とすることであるとしたら、その「象
    徴」の意味はとてつもなく重い。
    
■9.「日本が世界に良い影響を与えている」■

    「お金を拾ったら警察に届ける」と言う日本人が、スペイン人、
    アラブ人、ロシア人などから「ナイーブすぎる」「バカだ」
    「どうして警察が信用できる?」と集中砲火を浴びせられる。
    これが現代の国際社会の縮図であろう。

     こんな国際社会の中で生きていくためには、「直き心」を捨
    て去って、嘘をついても、人を騙しても、自分の利益を守って
    いかなければならないのか。中西輝政教授はこう語る。

         よく日本人は「外交下手」といわれるが、これは私の見
        るところ、深い意味で「仕方のないこと」なのである。な
        ぜならそれはこの国の本質、日本文明の核心に関わる欠点
        だからである。そして深いレベルでは「外交下手」は、む
        しろ日本の誇りでさえある、といえるかもしれない。
        [1,p32]

     確かに相手国を騙して利益を得る外交も、短期的には成り立
    つだろう。しかし、相手国も馬鹿ではない。長年付き合ってい
    れば、信頼できる国かどうかは、いずれ分かってしまうものだ。

     最近、読売新聞などが行った「アジア7か国世論調査」では
    「日本がアジアの一員として、アジア発展のために積極的な役
    割を果たしている」「日本が世界に良い影響を与えている」と
    いう声が圧倒的だった。[e]

     我々は、もっと自信を持って、我々なりの「直き心」を持っ
    て、国際社会に対すべきではないか。それが波風の絶えない国
    際社会を「和らげ調え」る事につながるだろう。

     そしてその「直き心」は過度の物質主義、性急な進歩主義、
    そして模倣の個人主義といった「精神のバブル」から我々を目
    覚めさせ、安らかな幸福へと導くであろう。

     我々は有史以来、「直き心」を持って「和らげ調えてしろし
    めす」天皇を国民統合の象徴として戴いてきた国民なのである。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(242) 大日本帝国憲法〜アジア最初の立憲政治への挑戦
    明治憲法が発布されるや、欧米の識者はこの「和魂洋才」の
   憲法に高い評価を与えた。
b. JOG(101) 鈴木貫太郎(下)
    終戦の聖断を引き出した老宰相。
c. JOG(136) 復興への3万3千キロ
    「石のひとつでも投げられりゃあいいんだ」占領軍の声をよ
   そに、昭和天皇は民衆の中に入っていかれた。  
d. JOG Wing(1262) 日本人的思考は世界の超少数派?
e. JOG Wing(1190) アジア諸国に評価され、信頼される日本

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 中西輝政、福田和也『皇室の本義』★★★、PHP研究所、H17
2. 「昭和天皇 御生誕百年」『祖国と青年』(平成13年4月号)
3.  木下道雄、『宮中見聞録』、日本教文社、H10

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■「『直き心』の日本文明」に寄せられたおたより

                                             新太郎さんより
     私が4歳のころ、父が脳溢血で他界しそれまで父が経営して
    いた会社も倒産。残されたのは母と兄弟と多額の借金。幼いと
    きから経済的に苦しい生活を余儀なくされ、明日食べるお米の
    心配をする日々でした。

     しかし、物質的には貧しい生活でしたが、元来明るい性格の
    持ち主である私たち家族の心はいつも満たされていました。 

     お互いに相手のことを思いやる。我慢する。自分を律する。
    相手に譲る。そんなことが当たり前の生活で、どんな些細なこ
    とでも感謝の思いが自然と湧き上がり、皆で力を合わせて母を
    支え、助け合って、そしてようやく、借金も返済することがで
    きました。

     私の生い立ちを振り返ると、物質的に満たされていないとき
    のほうが心が満たされていました。

     なぜ、心が満たされていたのか?…それは、どんな人間にも
    「尊い精神性」が備わっているからだと思っていました。

     しかし、そのような精神性がどんな人間にも備わっている、
    というよりも、目には見えませんが「直き心」が充満している
    日本に生まれ合わせたからこそ、幼いときから自然と「尊い精
    神性」を感受しやすかったのだと思いました。

     そして何より”直き心”の天皇を戴いているお陰です。

     物質文明が進歩すればするほど人間に備わっている尊い精神
    性が失われていくように感じます。

     物質開発に「欲」は必要なのであって、技術の進歩や便利な
    世の中にすることが決して悪いこととは思いません。

     しかし、これからは「ほどほど」の便利さの中で、豊かな心
    を養うことのほうが幸せを感じていけるように思います。

                                             エミコさんより
     ここに紹介していただいた在仏日本女性とは私のことです。
    私のエピソードが出てきてびっくりしました。

     個人的には彼らも気さくで優しいと思うのですが、日常のほ
    んの些細なことに対する反応の違い、国民性の違いにギョッと
    させられることがあります。こんな話もあります。この国の子
    供たちは小学生の時から鉛筆でなく万年筆でノートをとります。
    テストもそうです。なぜか?

     中学校の教師の話によると「(鉛筆だと)テストが返って来た
    ときに間違えていた答えを書き直して教師に抗議してくるから」
    だそうです。もちろん冗談でしょうが「さもありなん」と思わ
    せてしまうところがスゴイ。日本人にこんな発想ができるでしょ
    うか?

     相手がその国の国民性から逃れられないのと同様日本人もど
    う頑張っても日本人的発想から逃れることはできません。個人
    的にはちょっと痛い目にあっても、まあ、何とかやっていける
    のでしょうが、これが国家となると別です。対外交渉を担当す
    る人間は相手の国民性を徹底的に研究し、その対応の仕方を訓
    練して初めて対等になれるのではないでしょうか?

     こちらに来て最初はびっくりしていましたが、最近自分の立
    ち位置というものがはっきりしてきました。自分はどうあるべ
    きか?「地球市民として」では漠然としすぎて何の助けにもな
    りません。でも少なくとも「日本人として」なら分かります。
    日本人としてどうあるべきか。ここに至るまで貴メルマガから
    たくさんの力をいただきました。これからも勉強させていただ
    きます。どうもありがとうございました。

                                           たかはしさんより
     この号で引用なさっておられるフランス在住の方からの意見
    (スーパーでレジでお金を払う前にものを食べること)ですが、
    ここオーストリアでも特に移民の方にはごく当たり前に見られ
    ることです。オーストリアはコソボ内戦時に避難をしてきた人
    たちが沢山おり、その方たちが10年経ってようやくオースト
    リア国籍を取得したのが昨年あたりからです。(現在は15年
    に延長になっています)

     オーストリアで生まれた生粋のオーストリア人に聞いてみれ
    ば、こうしたことは一般的ではないと答えますが、移民の方の
    子供たちにしてみれば親がしていること(袋を開けてあアイス
    クリームを食べさせる)なのですからこれが当たり前になるわ
    けで、100年もすればオーストリアでもこれが主流の考え方
    になってしまうのかもしれません。
 
     今号のテーマについてですが、最近インターネットでは韓国
    や中国に対する過激と言ってもいい非難が羅列されているもの
    がよく見受けられます。私個人としては、もちろん日本人が彼
    の地の実情を知ることはもちろん大切だとは思います。これま
    では日本のメディアからは知ることができませんでした。総連
    の問題にしてもそうです。しかし、彼の国の人たちと同じマナ
    ーで相手だけを声高に非難することは、日本人自身を貶める行
    為に等しいのではなかろうかと思うところです。われわれはあ
    くまで日本人でなければならないと思うのです。
 
     ですから、正直流行に乗って韓国人や中国人の悪いところば
    かりを見つけてそれを他の人に流すことはできますが、そんな
    所作が日本人にふさわしいのかどうか、私には疑問です。ただ
    日本人は降りかかってきた火の粉だけはきっちり払うことを覚
    えなければならないでしょう。

     日本ではアメリカとヨーロッパは一緒にされていますが、実
    際はヨーロッパはアメリカとは大違いで、全く別の思考回路を
    持った人種の集まるところです。幸いにしてアメリカが認めよ
    うとしない原爆投下についても、”世界初の原子爆弾による無
    差別テロ”という認識が主流のように思われます。アメリカに
    いい顔をしていないとむくれられるという外交上の都合もある
    のでしょうが、長い目で見た場合に日本は日本側の事情を聞い
    てくれる第3者としてアメリカではなくヨーロッパを選ぶべき
    だろうと思っています。

     そのためにはやはり英語での情報発信というものは避けるこ
    とができません。この号で引用されておりました昭和天皇の巡
    礼の話にせよ、これを外国人が英語で読めるのであれば彼らの
    日本への理解をどれだけ深めてくれることでしょうか。

                                               悦子さんより
     今日のコラムはまったく同感でした。

     私はカトリックの家庭に生まれたクリスチャンですが、随神
    の道を知ったとき、この「直き、明き、清き心」にまったく同
    感したのを思い出します。それ以来、ずっと私は天皇が祭祀の
    長でいらっしゃる神道の信奉者です。最近また、「昭和天皇の
    大御歌」を読んでいますが、涙なくしては読めません。それほ
    ど大御心に打たれます。天皇制がどうこう言う人たちは、かわ
    いそうなことに、陛下のご愛を知らないのです。

     私も昔はそうでした。その頃のことを思うと申し訳なくて、
    陛下のご愛に応えるためにもその償いをきっとさせていただこ
    うと思っています。国旗国歌のことについて議論が沸いたとき
    に、今上陛下が、「それは強制するのでなく自然に」とおっしゃっ
    たのを拝聴し、それが大君のお心だと深く感じ入りました。

    「強制しても国旗掲揚を、国歌斉唱を」と力んで口角泡を飛ば
    している人たちは、ほんとうに日の丸君が代が尊ばれるために、
    議論でなく祈りのこもった実践をなさったらよいと感じました。
    陛下が静かに日々なさっていることを、私たちは模範として生
    きればよいのだと思っています。ありがとうございました。

     今日はチェルノブイリの子どもたちのために平成6年から続
    けてきた「ドゥルージバ(友情)」という団体の解散総会とチェ
    ルノブイリ21年の追悼コンサートです。これからは私が代表
    を務める22年目になる「えんどうまめ」という団体で、平和
    を願ってチェルノブイリ原発の街プリピャチで被曝した方々の
    ために心をつなげて行きたいと願っています。この活動も、日
    本人は思いやりのあるすばらしい国民だということを知っても
    らいたくて行っています。陛下の大御心に応えることができれ
    ば何よりの幸せです。私はクリスチャンですが、陛下はきっと
    神=天から私たち国民や四方の同胞を預かって育み守るお気持
    ちでおられると思っています。その尊いお役目と、そのお役目
    を一時も休まず果たしておられるお姿を心から尊く感じていま
    す。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     こうしたおたよりを拝見して、わが国には「直き心」の人が
    まだまだ多いのだなと安心しました。

© 平成19年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.