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            Media Watch:「スターバックス神話」

                 中国人がスターバックスでコーヒーを飲むよう
                になったら、中国は民主化されるのか?
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■1.「スターバックス神話」■

     天安門事件15周年にあたる2004年6月、『ニューヨーク・
    タイムズ』のコラムニスト、ニコラス・D・クリストフは、西
    側の対中投資が中国人の民主主義的自由への欲望を駆り立てる
    だろうとして、次のように書いた。

         中国人がいったんエディ・マーフィーを見、タイトなピ
        ンク・ドレスを着、スターバックスで争って何かの飲み物
        を注文するくせを覚えたら、革命は終わりだということが
        強硬派には分かっていた。投票所で候補者を選べなくとも、
        スターバックスでコーヒーを選べるだけで満足する中産階
        級はいない。[1,p103]

     20年前に『ロサンゼルス・タイムズ』の北京支局長を務め
    て以来、米中関係を研究テーマとしてきたジェームズ・マンは、
    この「スターバックス神話」の論理的矛盾を一言で暴く。

     都市部の中産階級が豊かになれたのは、共産党政府が農村部
    を犠牲にして、都市部の経済発展を優先したからだ。全国選挙
    が行われれば、人口ではるかに優る農村部は今の共産党政府を
    選ばない。そうなれば、都市部の住民は今の豊かさを失う恐れ
    が大きい。彼らがスターバックスでコーヒーを飲み続けるため
    にも、一党独裁体制の存続を望むだろう。

    「スターバックス神話」が単なる評論家的な社会予測だったら、
    それが外れてもたいした問題ではない。しかし、この「神話」
    に基づいて、西側諸国からの巨額の対中ビジネス投資が行われ、
    その期待に反して「一党独裁体制のもとでの経済大国」という
    モンスターが現れた時、自由民主主義諸国はかつてのソ連以上
    の強敵と対峙することとなる。
    
■2.ブッシュ大統領の「スターバックス神話」■

    「スターバックス神話」は、アメリカの政財界を支配している。
    たとえば、現大統領ブッシュは、2005年に訪中した際に、北京
    で記者団にこう語った。

         私の念頭にあるのは韓国だ。韓国はその経済を開放し、
        それに政治改革が続いた。・・・

         経済が改革され、そして自由への扉がいったん開かれた
        なら、たとえわずかに開いただけでも、その扉はもはや閉
        じることはできないことを中国の指導者は悟りつつある。

     だが、これは次のような現実から目をそむけた欺瞞である。

         中国は4年連続で世界で最も多くのジャーナリストを不
        当に監禁、投獄している国である。その数は全世界で不当
        に監禁、投獄されているジャーナリストのおよそ三分の一
        にあたる。(ジャーナリスト保護委員会(CJP)2003年
        レポート)[2,p232][a]

     2006年の一般教書では、ブッシュ大統領はこう述べている。

         2006年の年頭に、この世界に住む人間の半分以上は民主
        主義国家で暮らしている。・・・しかし、われわれは残り
        半分の人たちのことも忘れない。−−シリア、ミャンマー、
        ジンバブエ、北朝鮮、イランなどに住んでいる人たちのこ
        とである。正義が要請し、世界の平和が希求するのは、こ
        れらの人々も自由になることである。[1,p166]

     独裁政権で暮らしている「残り半分の人たち」の過半を占め
    る中国は、なぜ言及されないのか。そして例に挙げられた独裁
    国家の中には、中国が陰でバックアップしている国もある。

     さらにブッシュ政権が本当に「スターバックス神話」を信じ
    ているなら、北朝鮮にも経済援助やら米企業の投資をどしどし
    行い、平壌市民がスターバックスでコーヒーを飲めるようにす
    べきではないのか。これほど露骨な二重基準もない。
    
■3.クリントン前政権が生み出した「スターバックス神話」■
    
     この「スターバックス神話」の原作者は、ブッシュの前任者
    ビル・クリントンである。

     もともとクリントン前大統領は、民主党の大統領候補指名を
    受けるにあたって、「バグダッドから北京に至るまで、独裁者
    を甘やかさないアメリカの実現」を約束した。そして民主党が
    提案していた「中国の最恵国待遇を更新する場合は、人権状況
    の明らかな改善を条件とする」という法案を支持した。

     しかし、ホワイトハウス入りしてから、クリントンの後退が
    始まる。まず最恵国待遇と人権状況をリンクさせるという法案
    を、大統領行政命令に変更した。行政命令なら取り消しが容易
    である。

     1年後、中国の人権状況には改善が見られなかったが、クリ
    ントンは行政命令を取り下げて、最恵国待遇を与えてしまった。
    その際に、中国の人権状況をどう改善するのか、という問いへ
    の言い訳として提案されたのが「スターバックス神話」だった。

     外国との貿易、外国からの投資が増えれば、中国の政治体制
    は必然的に解放されていく。だから、アメリカはただ中国との
    貿易を続けていれば良いのだ、という逆転の「発想」である。

     クリントンは1989年に、天安門事件以後、米大統領としては
    初めて中国を訪問したが、その際に「中国が果たして民主主義
    国になるだろうか」と聞かれて、「そうなる可能性はあるし、
    きっとそうなるだろう」と答えている。
    
■4.中国のWTO加盟で人権状況改善?■

     クリントン大統領は、任期の最後の年に、中国の世界貿易機
    関(WTO)加盟を認める法案を成立させた。これにより、中国
    は毎年、最恵国待遇の更新を得る必要はなくなり、米議会は貿
    易上の利益をテコに人権状況の改善を迫るカードを失った。ク
    リントン政権は何年もかけて「スターバックス神話」をもとに
    議会と世論を変えることに成功したのである。

     クリントンは「これ(WTO加盟)は人権にも政治的自由に
    も大きなインパクトを及ぼすと思われる」と語った。オルブラ
    イト国務長官は「(中国のWTO加盟によって)アメリカは中
    国市場にいままで以上に参入することができるようになり、輸
    出は拡大し、貿易赤字は減少し、割のいい新たな仕事の機会も
    増えるだろう」と力説した。

     現在では、これらの予言がすべて間違っていたことが明白と
    なっている。中国の言論弾圧は、最先端のインターネット技術
    を駆使して、ますます巧妙になっている[b]。アメリカの対中
    貿易収支は、WTO加盟を承認した2000年には700億ドルだっ
    たが、2005年末には2000億ドルと膨らんだ。
    
■5.「中国人は恩を忘れない」■

     米国の対中政策を「甘やかし」に大転換させたクリントン政
    権の高官達は、退官後に中国から「ご褒美」をいただいている。
    それぞれが中国とのコネを生かして、対中ビジネスを進める米
    企業からコンサルタントや顧問のポストを得ているのである。

     クリントン政権の大統領補佐官だったサミュエル・バーガー
    は、「ストーンブリッジ・インターナショナル」というコンサ
    ルタント会社をつくり、絶えず北京詣でをして中国政府の高官
    と会い、得意先の米企業のための口利きをしている。

     前述のオルブライト国務長官は、同様な手口で稼ぐ「オルブ
    ライト・グループ」を作り、国防長官だったウィリアム・コー
    ヘンも「コーエン・グループ」を設立している。商務長官を勤
    めたミッキー・カンターは、二人の中国専門家の部下を引き連
    れて法律事務所「メイヤー・ブラウン&モア」に移った。中国
    のWTO加盟交渉を担当した通商代表部代表シャーリーン・バ
    ーシェフスキーは、別の民間法律事務所「ウイルマーヘイル」
    で中国チームの責任者となった。

     親中政策によって中国高官とのコネを作り、退官後、対中ビ
    ジネスで儲ける、という先例を最初に作ったのが、ニクソン政
    権時代の国務長官ヘンリー・キッシンジャーである。キッシン
    ジャーは1972年7月に中国を訪問し、翌年のニクソン訪中のお
    膳立てをした。退任後、「キッシンジャー・アソシエーツ」と
    いうコンサルタント会社を作り、アメリカの銀行家や企業の重
    役たちを北京に案内して、巨額の謝礼金をとるようになる。

     前政権の高官たちの世渡りを見て、ブッシュ政権の閣僚たち
    も、「中国人は恩を忘れない。一度、好意を示せば、かならず
    見返りがある」と悟ったことであろう。それがブッシュ政権の
    親中政策の基盤になっていることは十分考えられる。

■6.中国専門家にもワイロの誘惑■

     もう少し下の実務レベルでも、国務省やCIA、国防総省の
    中国専門家が退職後に、こうしたコンサルタント会社や法律事
    務所に雇われる事が普通になっている。20年前なら、これら
    の中国専門家は、退官後、大学で中国史や中国語を教える先生
    になって、中国批判も堂々とできたであろうが、今では退官後
    を睨んで、中国へのご機嫌取りをしがちである。

     大学での中国研究者にも、対中コンサルタント会社などで副
    収入を稼ぐ道が開かれている。たとえば、中国専門家のケネス
    ・リバーソールは、新聞に署名入り記事を書いたり、議会で証
    言したりする際には、ミシガン大学の中国学者とし紹介される
    のが普通である。しかし、前述の元大統領補佐官サミュエル
    ・バーガーが設立したコンサルタント会社「ストーンブリッジ
    ・インターナショナル」の役員として紹介されることはまずな
    い。

     こういう立場の研究者が、中国の怒りを買うような発言をす
    る事は、きわめて困難であるに違いない。そんな事をすれば、
    たちまち対中コンサルタント会社での仕事を失い、さらに中国
    への入国を禁じられでもしたら、中国学者として大きなハンディ
    キャップを負うことになる。口先で「スターバックス神話」で
    も唱えていれば、その身は安泰なのである。

■7.米財界からの利益誘導■

     中国的利益誘導は、アメリカの政治に大きな影響力を持つシ
    ンクタンクにも及んでいる。その代表例は、アメリカン・イン
    ターナショナル・グループ(AIG)最高経営責任者のモーリ
    ス・グリーンバーグである。AIGはアメリカ保険業界の最大
    手の一つで、中国で手広く事業を展開している。

     同時に、グリーンバークは様々なシンクタンクに巨額の資金
    を提供し、それらの理事会にも名前を連ねている。たとえば、
    アジア財団会長、ニクソン・センター理事長、外交問題評議会
    副会長などである。こうした資金と立場を利用して、グリーン
    バークはそれぞれのシンクタンクに自分好みの対中政策を説く
    よう、圧力をかけてきた。

     ヘリテージ財団のある中国専門家が、「議会は中国に貿易特
    権を恒久的に付与するという議決を見合わせるべきだ」と提言
    したときは、同財団への寄付金を打ち切るという脅しの手紙を
    送りつけている。[1,p125]

     ということは、逆に「スターバックス神話」の如き主張をし
    ているシンクタンクは、グリーンバーグのようなパトロンから
    寄付金を貰いやすい、ということである。こういう状況で、真
    に米国全体の国益を考えた政策提言ができるだろうか?

■8.米資本と中国共産党の相乗り■

     このように高度な利益誘導を通じた米中の癒着の原因を、ジェ
    ームズ・マンは次のように指摘している。

         大きな意味で、米中のビジネスリーダーは現存の経済秩
        序の維持に共通の利害を有しており、その下で中国は低賃
        金、大量生産、世界の工場としての役割を果たしているの
        である。[1,p133]

     賃金が高く、組合もうるさく、環境規制も厳しいアメリカか
    ら、低賃金で組合もなく、環境規制も建前ばかりの中国に工場
    を移すだけで、米企業は巨大な利益を享受できる。そのために
    は、対中コンサルタントに報酬を支払って、中国の共産党幹部
    に口利きしてもらい、事業の許認可や税の軽減などで便宜を図っ
    て貰う。もちろん、共産党幹部たちの懐にも、カネが流れ込む。

     この「共通の利害」から見れば、中国の民主化は双方にとっ
    て「百害あって一利なし」である。搾取されている労働者たち
    が、より高い賃金を求めたり、労働条件の改善を求めたら、低
    コストという「うまみ」がなくなってしまう。市民が環境規制
    の強化を求めれば、他国並みの環境投資が必要になる。独裁政
    権によって、こうした市民や労働者の要求を押さえつけておく
    ことが、米中ビジネスリーダーの共通の利益を守る手段なのだ。

     米国資本が貧しい国の人民を搾取している、というのは、聞
    き慣れた批判だが、それに貧しい民の味方であるはずの共産党
    が便乗するという奇妙な構図が成り立っている。「スターバッ
    クス神話」とは、この構図を、世界の民主派、人権派の目から
    ごまかすための詭弁なのである。
    
■9.「スターバックスの悪夢」■

     外交問題評議会会長のリチャード・ハースは「中国をアメリ
    カ主導の世界秩序に統合する機会は現に存在する」と語った
    [1,p196]。この「統合戦略」は、「スターバックス神話」の応
    用形で、WTO(世界貿易機関)などに中国を参加させること
    により、自由世界にふさわしい一員に変えていく、という考え
    方だ。この考え方が破綻していることはすべに述べた。

     しかし、ジェームズ・マンは、この「統合戦略」について、
    さらに恐ろしいシナリオを提示する。

         この「統合戦略」の基本的問題は、「どちらがどちらを
        統合するのか」という当然の疑問に行き当たることである。
        アメリカが中国を自由市場原則に基礎を置く国際経済秩序
        に統合しようとしているのだろうか。それとも中国がアメ
        リカを、民主主義は打ち捨てられ、すべての組織的反政府
        活動が圧殺される新しい国際政治秩序に統合しようとして
        いるのだろうか。・・・

         いまから30年たっても中国が依然として抑圧的な一党
        支配体制を維持し、それでも国際社会で重きを置かれる国
        になっているとしたら、アメリカの統合戦略は成功したと
        言えるのだろうか。その場合の中国は、世界中の独裁者、
        軍事政権、非民主的政府のモデルとなるとともに、間違い
        なくそうした国々の大きな支え手となっているだろう。
        [1,p199]

     その時には、スターバックスでコーヒーを飲みながらも、盗
    聴を恐れて政治的な発言を一切できない、という、「スターバッ
    クスの悪夢」が、世界各地で現実になっているかもしれない。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(438) 情報鎖国で戦う記者たち
   〜 中国のメディア・コントロール(上)
    全世界で不当に監禁・投獄されている記者のおよそ三分の一
   は中国政府によるもの。
b. JOG(439) 「天網恢々、疎にして漏らさず」
   〜 中国のメディア・コントロール(下)
    中国政府は世界で最大かつ最先端の ネット統制システムを構
   築した。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. ジェームズ・マン『危険な幻想』★★★、PHP研究所、H19
2. 何清漣『中国の嘘 恐るべきメディア・コントロールの実態』★★★
   扶桑社、H17


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