[トップページ][平成19年一覧][Common Sense][121 日本思想][311 共同体][509 モノづくり大国日本

■■ Japan On the Globe(501)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

 Common Sense: あなたは自分の言葉で日本を語れますか?(下)
    
                     自分の中の「見えない根っこ」を見出し、
                    自分の言葉で「日本を語る」必要がある
■転送歓迎■ H19.06.17 ■ 33,785 Copies ■ 2,524,288 Views■


■1.「大いなる和」の国■

     さて、私が留学した時に本格化した日本の自動車メーカーの
    対米進出はその後も着実に進み、現在では米国市場で3割もの
    シェアをとるようになりました。そして日系メーカーの圧倒的
    な攻勢で、かつては世界に覇を唱えた米国の自動車メーカーも
    その経営がぐらついてきています。ここまでくると、もはや日
    本の車作りは欧米の模倣ではなく、そこには何か日本人の文化
    的個性が働いている、と考えるべきでしょう。

     東京大学ものづくり経営研究センターの藤本隆宏教授は、日
    本の製造業の強みを「擦り合わせ」という言葉で表現していま
    す。たとえば、車のボンネットを開けてみれば、多くの部品が
    ぎっしりと詰め込まれています。それらは自動車メーカーを中
    心に多くの部品メーカーが、互いの機能の連携や空間の取り合
    いに関して「擦り合わせ」をしながら、車全体の信頼性や性能、
    コストを追求しているのです。

     製造においても、日本の「QCサークル」は世界的に有名に
    なり、海外でも真似をする工場がたくさん出てきました。これ
    は現場の作業者が、小さなグループを作って、その担当工程で
    の不良低減や生産性向上のために衆知を集めて、改善を進める
    やり方です。

     前号では、わが国は「天皇を中心に国民が心を通わせる美し
    い国柄を持った国である」と述べましたが、この特質が製造現
    場では協力企業との「擦り合わせ」や、現場での「QCサーク
    ル」に現れているのです。

    「和をもって貴としとなす」という聖徳太子の言葉があります
    が、こうしてお互いに心を通わせながら、共通の目標に向かっ
    て、力を合わせていく事を強みとするわが国は、確かに「大和」
    すなわち「大いなる和」の国であります。

■2.日本人はグループを組むと何倍もの能力を発揮する■

     それにしても不思議なのは、日本の作業者が、学校で教わっ
    たわけでもないのに、何故に「和をもって貴としとなす」とい
    う姿勢を身につけているのか、ということです。

     カリフォルニア大学で、私が教わった先生も、「日本人の学
    生は、一人ひとりではあまり意見発表もしないが、グループで
    共同研究をさせると、途端に何倍もの力を発揮する」と言って
    いました。逆に中国人やインド人の留学生は、一人ひとりは授
    業中にどしどし発言をしますが、グループを組ませると論争ば
    かりして、なかなか結果が出せません。日本人学生は、グルー
    プ作業について学校で訓練を受けたわけでもないのに、なぜ、
    こういう集団的能力を発揮できるのでしょうか。

     おそらく、家庭や学校、企業という集団生活の中で、お互い
    に我が儘を言わずに、力を合わせなければいけない、という不
    文律を知らず知らずのうちに、身につけて来たからではないで
    しょうか。これが「文化」ということだと思います。こうした
    「和」を尊ぶ文化的個性が、多くの人間の連携が不可欠なモノ
    づくりにおいて、特に強みを発揮しているのでしょう。

■3.「もったいない」■

     日本のもの作りを強くしているもう一つの文化的個性として、
    「もったいない」という感じ方があります。たとえば、製造工
    程で不良が作られると、廃棄物として捨てられます。これを
    「もったいない」と感じる感性を日本人は持っています。たか
    だか月に1万円の損失であったも、なんとかゼロにできないか、
    とQCサークルで作業者が一生懸命に智慧を出し合います。

     しかし日本以外の国々では、そういうアプローチはありませ
    んでした。そういう改善活動やら設備の改良に100万円かか
    るのなら、1万円程度の不良は捨ててしまった方が得だ、とい
    う考え方が一般的です。

     しかし、もの作りとは、技術の蓄積です。1万円の不良退治
    に100万円かけても、それで品質信頼性が高まり、市場の評
    価も高くなって売上が増え、何千万円もの利益増加につながる、
    ということがよくあるのです。また、不良退治のノウハウが見
    つかると、それを他の工程や製品に展開して、工場全体では数
    百万円の不良削減につながる、ということもあります。

     こうして現場が「もったいない」の気持ちを持って一生懸命、
    品質とコストの改善に取り組んだ結果、日本の工業製品が世界
    の消費者の信頼を得て、圧倒的な市場競争力を持つようになっ
    たのです。

■4.物の本来あるべき姿がなくなるのを惜しみ、嘆く■

     ケニア出身の環境保護活動家で、2004年に環境分野で初めて
    ノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイ女史が来日した
    時に、この「もったいない」という言葉を知って感銘を受けま
    した。そして、他の言語で該当するような言葉を探しましたが、
    「もったいない」のように自然や物に対する敬意、愛が込めら
    れているような言葉が見つからなかったため、そのまま
    『MOTTAINAI』を世界共通の言葉として広めようとしています。

    「もったいない」とは、もともとは仏教用語で、「物体(もっ
    たい)」、すなわち「物の本来あるべき姿」がなくなるのを惜
    しみ、嘆く気持ちを表している、とされています。

     たとえば今日の工業製品の原材料は、多くは金属や石油・石
    炭など土中から取り出されます。大自然が何百万年もかけて作
    り出したそれらの原材料を掘り出して来たのに、我々の技術が
    未熟なために、不良品として捨ててしまうのは、世の中に役立
    つ製品としてその「物の本来のあるべき姿」を実現できなかっ
    た、ということです。それを惜しみ、嘆き、かつ大自然に対し
    て申し訳ない、という気持ちが「もったいない」なのです。

     生産現場のQCサークル活動などで、不良を少しでも減らそ
    う、と作業者たちが頑張る、その原動力として、「不良を出す
    ことはもったいない」という気持ちがあるのです。そして、こ
    ういう気持ちがあるからこそ、その問題を解決できた際には、
    「今までの不良として捨てていた原材料を立派な製品として世
    の中に送り出せた」という達成感を得られるのです。

■5.「木も人も自然の分身ですがな」■

     このように不良を出すことを「もったいない」と感じる日本
    人の感性には、文化的な伝統が息づいています。代々法隆寺に
    仕えた宮大工・西岡常一氏はこう語っています。[a]

         こうした木ですから、この寿命をまっとうするだけ生か
        すのが大工の役目ですわ。千年の(樹齢の)木やったら、
        少なくとも千年(用材として)生きるやうにせな、木に申
        し訳がたちませんわ。[()内JOG注]

    「木のいのち」を大切にして、その「本来の姿」を実現できな
    ければ「申し訳ない」というのは、まさに「もったいない」に
    通じます。その根底には、木も人もこの世に生命を与えられた
    同じ「いのち」である、という自然観があります。

         木は物やありません。生きものです。人間もまた生きも
        のですな。木も人も自然の分身ですがな。この物いわぬ木
        とよう話し合って、生命ある建物にかえてやるのが大工の
        仕事ですわ。 木の命と人間の命の合作が本当の建築でっ
        せ。

         わたしたちはお堂やお宮を建てるとき、「祝詞(のりと)」 
        を天地の神々に申上げます。その中で、「土に生え育った
        樹々のいのちをいただいて、ここに運んでまいりました。
        これからは、この樹々たちの新しいいのちが、この建物に
        芽生え育って、これまで以上に生き続けることを祈りあげ
        ます」という意味のことを、神々に申し上げるのが、わた
        したちのならわしです。

     木も花も、動物も魚も虫も、そして川や山や岩さえも、自然
    はすべて「生きとし生けるもの」であり、人間と同様に神様の
    「分け命」である、と見なすのが、太古からの日本人の自然観
    です。
    
■6.日本の緑被率第2位は現代世界の奇跡■

     こうした自然観は過去の遺物ではありません。現代の日本を
    支えています。日本列島は世界の陸地面積の0.2%しかあり
    ませんが、そこに世界の人口の2%が住み、世界のGDP(国
    民総生産)の14%を生み出しています。単位面積あたりの人
    口は世界平均の10倍、そしてGDPは70倍の水準です。

     そんな狭い国土に周密な人口と無数の工場を抱えながら、緑
    被率(森林が国土に占める割合)は67%と、フィンランドの
    69%に続いて世界第2位なのです。ちなみにフィンランドの
    人口密度は日本の20分の1、世界平均の2分の1に過ぎませ
    ん。[a]

     これは現代世界での奇跡とも言うべき現象で、我々日本人が
    本当に誇って良いことです。なぜこのような奇跡が実現したの
    か、と言えば、日本人が近代産業を発展させながら、同時に自
    然を大切にしてきたから、としか説明のしようがありません。

     お隣の中国は緑被率はわずか14%。中国を旅すると、禿げ
    山に僅かな緑がしがみついているような風景を、あちこちで見
    ますが、何とも痛々しいという気がします。このような禿げ山
    を見れば、日本人なら「自然に申し訳ない」と思いますが、ど
    うも中国人は、そう感じないようなのです。自然は人間の必要
    に応じて好き勝手に利用すれば良い、と考えているようです。

■7.世代を超えた文化の継承■

     もちろん、日本人でも自然を収奪の対象としか見ない人間も
    いるでしょうし、中国人でも禿げ山に対して申し訳ない、と感
    ずる人もいるでしょう。しかし、人口密度は日本の5分の2で
    しかなく、もともと緑豊かな中国大陸だったのに、その緑被率
    がわずか14%という所まで荒廃させてしまったという惨状を
    見れば、これはもう人間側の自然に対する意識の違いとしか言
    いようがありません。

     不思議なのは、日本人は、こういう自然観を学校で教わっ
    たわけでもないのに、なぜ持っているのか、ということです。
    おそらく、日本人は先祖が築いた緑豊かな国土に生まれ、それ
    が当たり前の中で育てられてきました。緑豊かな環境に生まれ
    育った子どもは、自ずと自然を尊ぶ姿勢を身につけてるのでしょ
    う。

     散らかり放題の家に育った子は、それを当たり前だと思って、
    育ちます。そういう子が親になれば、その家庭は乱雑になり、
    また孫も同じように育っていきます。乱雑な環境を何とも思わ
    ない、という感性は、こうして各世代に引き継がれていくので
    す。逆に、美しく整理整頓された家庭に育った子どもは、それ
    を当然だと感じる感性を身につけます。その感性が、家庭を整
    え、それが孫の世代に伝播していく。

     このように、美しい自然を尊ぶ感性が、美しい自然を作り、
    それがまた次世代において、美しい自然を尊ぶ感性を育ててい
    く、という形で、世代を超えた国土と感性の継承がなされてい
    くのでしょう。民族の文化的個性とは、こうして形成されてい
    くものだと考えられます。
    
■8.日本人としての「見えない根っこ」■

     日本という国の最も誇るべき点を一言で言えば、「世界有数
    の緑豊かな国土に世界有数の近代産業を築いた国である」とな
    るでしょう。そしてそれを実現してきた原動力は「和をもって
    貴しとなす」という倫理観、「生きとし生けるもの」という自
    然観を共有する日本人の文化的個性なのです。

     我々、一人ひとりの人間は表面的には個々の肉体を持った別
    個の存在のように見えますが、実は心の深いところで、日本人
    としての倫理観や自然観という「見えない根っこ」でつながっ
    ているのです。

     おそらくはさらにその「見えない根っこ」の最深部には、人
    類として共通する心があるのでしょう。どこの国の人でもモー
    ツアルトの音楽に心動かされたりするのは、そのためです。自
    然の美を愛でる感情も、人類共通のものとして、人間の心の最
    深部にあるのでしょう。

     しかし、そこから美しい国土を大切にする根っこを太く逞し
    く育ててきた民族と、その根っこが未発達のまま、自然を犠牲
    にしてきた民族とがあります。

     このような形で、人類共通の根っこから、各民族がその歴史
    を通じて、様々な文化的個性を備えた根っこを育てているので
    す。
    
■9.自分の言葉で日本を語る■

     となると、日本の文化的個性とは、我々自身の個人的個性の
    「見えない根っこ」となっています。ですから、「日本を語る」
    という事は、単に外国人に日本はどういう国であるかを客観的
    知識として語る、ということに留まらず、「我々日本人はどの
    ような文化個性を持った民族であるのか、何を大切にして生き
    ているのか」という、自分自身の「見えない根っこ」を語る、
    という事に他なりません。

     それが外国に行って、外国人に「日本はどういう国か」と聞
    かれて答えられない、ということは、豊かな根っこに育てられ
    ながらも、それを自覚していないということです。戦後の教育
    の一番の欠陥がここに現れています。

     外国人に対して「日本を語る」ことができない、ということ
    は、自分の子どもにも「日本を語る」ことはできません。美し
    い国土や細やかな人間関係が、言わず語らずの間に、「生きと
    し生けるもの」と「和」を尊ぶ心を伝えるでしょうが、意識的
    な教育の方で、それを無視していれば、その心はしだいに衰弱
    していってしまうでしょう。それは日本国民という国籍は持っ
    ていても、日本人としての文化的個性を持っていない「根無し」
    人間にしてしまう、ということです。

         このままいつたら「日本」はなくなつて、その代わり、
        無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕
        な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るであ
        らう。[b]

     とは、三島由紀夫の警告ですが、文化的個性という「根っこ」
    を失った国民が、精神的に充実した幸福な生活を営めるわけも
    なく、また国際社会においても、その個性に共感してくれる真
    の友人を持てるはずもないでしょう。

     我々の子孫を、そういう不幸な目に合わせたくなかったら、
    まず我々自身が自分の中の「見えない根っこ」を見出し、自分
    の言葉で「日本を語る」必要がある、と思います。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(041) 地球を救う自然観
    日本古来からの自然観をベースとし、自然との共生を実現す
   る新しい科学技術を世界に積極的に提案し、提供していくこと
   が、日本のこれからの世界史的使命であるかもしれない。 
b. JOG(167) 三島由紀夫と七生報国
    自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自決をするという三島の「狂気」
   は緻密に計画され、周到に実行された。 

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「あなたは自分の言葉で日本を語れますか?(下)」に
 寄せられたおたより

                                             ヤマトさんより
     私は岩手県の片田舎で育ちました。小さい頃。父に連れて行
    かれ山仕事をしたことがあります。そんな時に父はいつも小さ
    なにぎりめしとお酒を腰にぶらさげていました。山に入る前に
    必ず麓の祠によってにぎりましとお酒を捧げていました。山仕
    事の安全を祈っていたのかもしれませんが子供の私にはごくご
    く自然な行為に見えていたように覚えています。

     読み書きも自由にできなかった父ですがこと、田仕事・山仕
    事になるといつもいつも一生懸命でした。田畑山仕事はつらい
    ものですが田の神・畑の神・山の神に感謝していたのでしょう。
    稲刈りでは一粒でも拾い集めていたのを思い出します。

     父は言葉では日本を語ってはくれませんでしたが日本人の行
    動美学を実践することで自然に私に教えてくれていたんだと感
    謝しております。

                                           「こう」さんより
     以前、とある研究を任され、日本企業の経営方針を調査した
    所、「和」あるいは言葉の中に「和」の入った回答が全体の5
    割近くにも上った。特に意識したわけではなかったが、回答を
    見ている中でなぜか「和」という言葉が多いように思え、回答
    を一覧化し、単語を拾い出した結果だった。ちなみに「和」そ
    のものが3割と最も多く、次いで「大和」など「和」という言
    葉の前後に何か記されているものが2割、ちなみに少数ではあっ
    たが、「輪」というのが、第三位だった。(その他は1割にも
    満たなかった)

     何故、「和」なのか?農耕民族である日本人にとって、一人
    ではできないことも多くの仲間と力を合わせて克服するという
    「心」が受け継がれているのではないかということをその時に
    感じた。命令や強制ではなく自発的に周囲と協力し、働きかけ
    をしていく、「和」という言葉にそんな重みを感じたことを今
    回のメルマガで思い出した。

     ちなみに、この結果を見て改めて「社名」を見たところ回答
    を寄せてくださった企業の実に1割の企業の社名に「和」が含
    まれていた。これは単なる偶然だったのだろうか・・・?

                                           江戸っ子さんより
     日本の誇れる点として「緑豊かな国」を挙げられていますが、
    私は誇るべき点ではないと思っています。日本の木材、木材加
    工品の輸入量は多く、日本へ輸出するために、アジアの森林が
    伐採されていると聞きます。木材の日本への輸出に関しては、
    双方が合意したうえのことであり、それによる熱帯雨林の破壊
    は、森を守らない相手国の落ち度であって、日本の落ち度では
    ないという方もいるかもしれません。ですが、日本人が本当に
    緑を大切にするのであれば、他国の木材伐採についても、持続
    可能で環境にやさしいやり方で伐採された木材を輸入するべき
    だと思いますが、殆どの場合は環境や将来のことを考えずに伐
    採された木材を輸入しています。日本が緑豊かな国であるとい
    う事実は、他人(他国)のことを省みず、自分さえよければよ
    い、という姿勢の現われと思え、「私の国は緑豊かな国です」
    と言うことが憚られます。

     また、日本で林業が廃れたのは、林業が手間のかかる仕事で
    あり、採算が合わないという点もあると聞きます。東京近辺で
    は山を削ってマンションや家を作っている様子を多くみかける
    ので、儲かれば山を削る、という姿勢は、今の日本でもあるの
    ではないかと思います。

■ 編集長・伊勢雅臣より

    「私の国は緑豊かな国です」と言うためにも、自然破壊をして
    いる国からの割り箸や木材の輸入はボイコットすべきですね。

© 平成19年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.