[トップページ][平成19年一覧][地球史探訪][201.751 大東亜戦争:開戦への罠][501.6 エネルギー危機]

■■ Japan On the Globe(513)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

           地球史探訪: 石油で負けた大東亜戦争
    
                   日本は石油供給をストップされて敗北したが、
                  現在でもそのリスクはさらに深刻化している。
■転送歓迎■ H19.09.09 ■ 34,698 Copies ■ 2,618,393 Views■


■1.世界最初の「石油危機」■

     1897(明治30)年、日清戦争のわずか2年後に米国は日本を
    仮想敵国として、戦争が始まった場合の戦略「オレンジ計画」
    を策定した。もっとも、仮想敵国とされたのは日本だけでなく、
    英国はレッド、ドイツはブラック、メキシコはグリーンなどと、
    各国別に戦略が検討されている。こういう所に米軍の用意周到
    さを窺うことができる。

    「オレンジ計画」は定期的に更新され、日露戦争後の1911(明
    治44) 年版には、次のように書かれている。

         海上の作戦によって戦うことになるだろう。それによっ
        て制海権を握り、失地を回復し、日本の通商路を抑え息の
        根をとめることになるだろう。[a]

     戦争は単に軍隊どうしの戦闘だけではない。国家どうしが総
    力をあげて相手の息の根を止める戦いである、とする総力戦思
    想を、米軍はすでに19世紀末から持っていた。そして、大東
    亜戦争においては「日本の通商路を抑え息の根をとめる」とい
    う戦術で、米軍は日本への石油供給をストップさせた。日本は
    世界最初の「石油危機」に陥り、そして敗北した。

     しかし、これは過ぎ去った出来事ではない。「石油危機」の
    可能性は高まりつつあり、また日本の脆弱性は深刻化している。
    さらに高まっている。これにどう対処すべきか、「歴史の教訓」
    から学んでみたい。

■2.日本の息をとめた米国の対日禁輸■

    「日本の通商路を抑え息の根をとめる」という戦略は、開戦前
    からルーズベルト大統領によって着実に実施されていった。

     ルーズベルトはドイツを打倒すべきと決意していたが、ヒト
    ラーがポーランドやノルウェーに侵攻した時点でも参戦に賛成
    する米国民は3%しかなかった。大統領自らも「戦争不介入」
    を公約として当選している。そこで、日本を経済的に窮地に追
    い込み、米国に宣戦布告させて、「アメリカ国民をヨーロッパ
    戦争に裏口から参戦させよう」(共和党下院リーダー、ハミル
    トン・フィッシュ議員)としたのである。[b]
    
        ・1939(昭和14)年12月、米国航空用ガソリン製造設備、
          製造権の対日輸出禁止。

        ・1940(昭和15)年8月、航空機用燃料の西半球以外への
          全面禁輸。

        ・1941(昭和16)年7月、日本の対米資産を凍結。8月
          「石油禁輸」

     当時の日本の石油の輸入依存度は92%、しかも81%が米
    国からの輸入であった。したがって米国の石油禁輸は「日本の
    息をとめる」ものであり、実質的な宣戦布告であった。

     ちなみにルーズベルト大統領は、日本の「中国侵略」を口実
    に制裁を科していったのだが、上述のフィッシュ議員は大統領
    がフィンランド、ポーランド、およびバルト諸国を侵略してい
    たソ連とは同盟を結んでいる、という二重基準を指摘している。
    [b] 
    
■3.南方の石油が手に入れられれば■
    
     米国の圧迫に対して、日本側では石油不足の影響を検討する
    研究がいくつか行われた。その中で海軍の公式意見とされたの
    が、昭和16(1941)年6月に提出された「現情勢下に於いて帝
    国海軍の採るべき態度」であった。

     そこでの石油需給の見通しとして、需要面では戦争3年目で
    海軍、陸軍、民間あわせて600万キロリットルが必要とされ
    た。一方、石油輸入はゼロとして、国内生産は45万キロリッ
    トルと需要の一割にも満たない。これを補う対策として、人造
    石油70万、ソ連などからの輸入10万、備蓄取り崩し105
    万を加えても合計230万キロリットル。まだ370キロリッ
    トルもの不足である。これでは座して死を待つばかりである。

     そこで連合国に宣戦布告し、オランダ領や英領の南方植民地
    を占領して石油を得る手段が考えられた。これで250万キロ
    リットルを補って、不足量は120万キロリットル。これなら、
    さらなる備蓄取り崩しを加えて、何とかなると考えられた。

     しかし、今度は南方からの石油輸送に使う船舶の問題が起こ
    る。当時の保有船舶は610万トン。民需用・陸海軍用に必要
    な船舶量は合計620万トン。第一次大戦のデータから、戦時
    喪失率を約10%の60万トン/年とすると、これは毎年の造
    船能力で埋め合わせできる範囲である。

     したがって、大東亜戦争が始まって、米国などからの石油輸
    入がストップしても、南方からの石油を持ち込めれば、「石油
    危機」は乗り越えられるだろう、と判断された。これが南進論
    の根拠となった。
    
■4.「空の神兵」南方油田地帯を制圧■

     開戦1週間後の昭和16(1941)年12月16日、第18師団
    川口支隊は、ボルネオ島北西部のミリ油田、セリア油田、ルト
    ン製油所を制圧した。英守備隊は油田・製油所を破壊・炎上さ
    せたが、上陸部隊は直ちに鎮火作業を行い、設備の修復に取り
    かかった。復興されたルトン港からタンカー橘丸が、原油6千
    キロリットルを積み込み、内地に到着したのは、翌年3月22
    日であった。

     昭和17(1942)年1月11日、海軍の落下傘部隊がセレベス
    島メナドに、2月14日には陸軍の落下傘部隊がスマトラ島パ
    レンバンに降下して、それぞれの油田地帯を制圧した。軍歌
    『空の神兵』が流行った。

     油田地帯占領とともに、日本から7千人にのぼる石油技術者
    が施設の復旧と操業のための要員として送られた。また占領後
    のインドネシアの軍政を担当した今村均中将は、現地人を愛護
    する方針を徹底したため、民衆も日本軍の製油施設の復旧に全
    面的に協力した。[c]

     こうして南方石油の生産は順調に回復した。開戦前の昭和
    15(1940)年の原油生産高は年産1033万キロリットルであっ
    たが、占領1年目の昭和17(1942)年こそ年産412万キロリッ
    トルと落ち込んだものの、2年目には788万キロリットルと
    回復した。

     開戦時の見込みでは、南方石油は3年目でようやく250万
    キロリットルだったので、それを大幅に超えるどころか、日本
    全体の需要量600万キロリットルを十二分にまかなえる量が
    生産されたのである。

     ここまでは、南方石油確保の戦術は大成功だった、と言って
    良いだろう。
    
■5.「潜水艦の最優先攻撃目標は日本のタンカー」■

     しかし、ここで米軍は「日本の通商路を抑え息の根をとめる」
    戦略を展開する。それは潜水艦によって、日本のタンカー、お
    よびその他の輸送船を攻撃する事であった。

     開戦時に米軍が太平洋に投入していた潜水艦は51隻であっ
    たが、昭和18(1942)年9月には118隻、昭和19(1943)年
    8月には140隻と増強していった。この時点で、米海軍作戦
    部長E・J・キング大将は「潜水艦の最優先攻撃目標は日本の
    タンカー」と命令している。

     同時に、電池魚雷、潜水艦・機雷探知用FMソナー、対艦船
    ・航空機用マイクロ波SJレーダーなどの新兵器が開発・搭載
    され、また大西洋でのドイツのUボートとの戦いに教訓を得た
    集団包囲攻撃(狼群戦法)の導入によって、米潜水艦の攻撃能
    力は飛躍的に強化された。

     さらに決定的だったのは、日本海軍の暗号が米海軍に解読さ
    れており、輸送船団の出発時刻、港湾名、会合地点、船団編成
    などが筒抜けになっていたことである。そのため、米海軍の潜
    水艦隊は会合地点に先回りして輸送船団を待ち受け、集団で包
    囲して「狼群戦法」による殲滅攻撃を行った。制海権と制空権
    が米国に奪われると、航空機による輸送船団攻撃も始められた。

     海上輸送に対する米軍の集中攻撃により、日本が戦争中に失っ
    た500トン以上の商船は約2300隻、840万トンに上っ
    た。開戦時の船舶は610万トンと戦争中の建造344万トン
    の大半が海の藻屑となった。喪失商船の60%が潜水艦、30
    %が航空機、5%が機雷によって沈められている。

     海上輸送に従事した商船の乗組員約7万1千人のうち、3万
    5千人が死亡している。商船乗組員の死亡率は49%と、軍人
    死亡率19%の2.6倍に達した。

     昭和18(1943)年の南方石油生産788万キロリットルのう
    ち、日本に輸送されたのは230万キロリットルだったが、翌
    19年には79万キロリットルに落ち込み、昭和20年にはほ
    ぼゼロとなった。海上輸送は軍事攻撃に対していかに脆弱かが
    分かる。
    
■6.間に合わなかった人造石油開発■

     開戦前の海軍の見通しで、南方石油と並んでもう一つの柱と
    されたのが、人造石油70万キロリットルであった。石炭層の
    上部を覆うオイルシェール(油を含んだ堆積岩の一種)を液化
    したり、石炭を液化したりする方法がある。ドイツでは人造石
    油の生産が本格化しており、昭和15(1940)年には640万キ
    ロリットルも供給されていた。この規模の石炭液化が日本国内
    でも実現していたら、国内需要600万キロリットルをすべて
    満たすことも夢ではなかった。

     人造石油開発で比較的順調にいったのは、「南満洲鉄道撫順
    オイルシェール工場」で、昭和16(1941)年の生産量は14万
    キロリットルに達し、本土に運ばれて海軍の燃料油として使用
    された。しかし、これも米軍による日本周辺の海上封鎖がなさ
    れると、本土への輸送が困難になり、供給量は低下していった。

     人造石油の生産高はピークの昭和18(1943)年でも27万キ
    ロリットルに過ぎなかった。その理由としては、石炭液化の先
    進国ドイツから輸入する予定だった水素添加装置その他の装置
    ・機材が、欧州大戦の勃発により入手困難になったこと、およ
    び、石炭液化に必要な200気圧、400度の反応に耐えるク
    ローム鋼材の調達と装置の製造ができなかったことによる。

     日本政府は昭和12(1937)年から「人造石油製造事業法」を
    成立させ、「人造石油製造事業振興7年計画」を推進したが、
    わずか数年ではドイツ並みに人造石油を主要なエネルギー源と
    して育てることは不可能だった。

     米国は日露戦争後の1911(明治44) 年にすでに「日本の通
    商路を抑え息の根をとめる」と考えていたのである。日本も、
    もっと以前から、こうした石油輸入に代わる代替エネルギーを
    開発していたら、米国も石油禁輸で日本を追いつめることがで
    きず、開戦には至らなかったかも知れない。

     技術開発で代替燃料を開発する、という手段で、一国のエネ
    ルギー危機を乗り切る事は可能であるが、それには一定の時間
    がかかる。そのための長期的ビジョンと取り組みが不可欠なの
    である。
    
■7.世界の火薬庫に石油の89%を依存する日本■

     以上、大東亜戦争において石油調達の問題が開戦の主要な契
    機となり、また敗因の一つとなった事を見てきたが、エネルギ
    ー調達の脆弱性が、わが国の安全保障上の大きな問題である、
    という点は、現在も変わらない。いや脆弱性はさらに深刻になっ
    ていると言える。

     戦後の日本の驚異的な経済発展も、アメリカ主導の自由貿易
    体制の中で中近東からの安価な石油が大量に供給された、とい
    う追い風があったからこそ、実現できたのである。

     今や日本の石油消費量は世界第3位、昭和14年当時の75
    倍になっている。開戦前に懸命に備蓄した石油776万キロリッ
    トルは、現在であれば、わずか9日間で消費されてしまう。

     消費量に比例して、輸入量も世界第2位となり、自給率はわ
    ずか0.3%にまで落ち込んでいる。輸入依存度は99.7%、
    そのうち中東依存度が89%と非常に高い。

     石油を産出する米国(輸入依存度56%)、英国(自給)は
    別格として、欧州でもドイツ、フランス、イタリアなどは輸入
    依存度が90%を超えているが、それでも中東依存度はフラン
    スで41%、他はそれ以下である。

     世界の火薬庫と呼ばれる中近東に、石油の89%を依存する
    日本の脆弱性は、戦前の比ではない。原子力、太陽光、風力、
    そして日本近海に大量に存在する「燃える氷」メタン・ハイド
    レートなど、代替エネルギーによるリスク分散を、長期的視野
    に立って進めなければならない。戦前の日本の人造石油開発が
    間に合わなかった反省をここで活かすべきだ。

■8.いつまでも石油の安定供給が続くという「夢想」■

     もう一つの歴史の教訓は、タンカーによる石油輸入が、武力
    攻撃に対して非常に脆弱であることだ。この点でも、中近東か
    らの石油輸入は、大きなリスクを抱えている。

     アラビア湾の出口ホルムズ海峡は水路幅わずか3キロで、こ
    こを日本の原油輸入量の85%が通過する。戦争やテロで通行
    障害が発生した場合の代替ルートはない。2006年、イランの最
    高指導者ハメネイ師が核開発に関して、「制裁が発生した際に
    はホルムズ海峡封鎖も考えられる」と発言して、世界に大きな
    衝撃を与えた。

     そしてマレー半島先端部のマラッカ海峡は、最も狭い部分で
    わずか2.25キロ。ここに9分に1隻の割合で船舶が通過す
    る。ここでは海賊・テロが大きな問題となっており、2004年に
    発生した海賊事件は330件にものぼる。

     ここを超えると、台湾とフィリピンの間のバシー海峡を通る。
    中国と台湾との緊張が高まれば、ここの通航も危険になる。ま
    た中国は原子力潜水艦を増強しつつあり、一朝有事の際には、
    大東亜戦争中に米潜水艦が日本の輸送船を次々と餌食にした光
    景が再現しかねない。[d]

     大東亜戦争に関して、「アメリカのような工業大国と戦争し
    て勝てると思っていたのは軍国主義者の夢想」などと先人を揶
    揄する向きがあるが、そう言う現代日本人こそ、いつまでも石
    油の安定供給が続くという「夢想」に浸って、当時の日本人ほ
    どの懸命な努力もしていない。我々には先人を嗤う資格はない。

                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(014) Remember: アメリカ西進の軌跡
    アメリカは、自らが非白人劣等民族の領土を植民地化するこ
   とによって、文明をもたらすことを神から与えられた「明白な
   る天意」と称した。 
b. JOG(096) ルーズベルトの愚行
    対独参戦のために、米国を日本との戦争に巻き込んだ。 
c. JOG(045)「責任の人」今村均将軍
    インドネシアでは、民族独立を目指すスカルノとの友情を貫
   き、ラバウルでは、陸軍7万人の兵を統率して、玉砕も飢えも
   させずに、無事に帰国させた。
d. JOG(481) 中国、太平洋侵出の野望 〜 西太平洋を「中国の海」に 
    日本を「中国の海」に浮かぶ孤島列島にするのか。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 岩間敏『石油で読み解く「完敗の太平洋戦争」』★★、朝日新書、H19.07

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「石油で負けた大東亜戦争」へのおたより

                                       「南国太朗」さんより

     「土方殺すに刃物は要らぬ、雨の3日も降ればよい」の諺を
    「日本殺すに太刀要らぬ、タンカー3杯も屠ればよい」と読み
    替えてはどうでしょうか。大東亜戦争当時だったから、陸軍の
    船舶兵を乗せ民間のタンカーも航海した。現代の日本だったら
    船員組合がたちまち乗船を拒否して船は動かないでしょう。こ
    ちらの方が多いという外国船も日本向けには応じないでしょう。

     大東亜戦争では末期になって、第一次大戦でUボートによっ
    て干上がりそうになった島国イギリスの真似をして、船団を組
    みこれを海防艦が護衛する方式を採用しました。しかし泥縄で
    作った海防艦の能力が低く、米潜水艦に対抗できませんでした。
    第一次大戦後、海軍は英国に留学生を派遣し英国の教訓を学ば
    せました。しかし大冊の報告書、提言は採用されることはなく
    大艦の建造に勢力が注がれたのはご存知のとおりです。対潜水
    艦戦がまじめに検討されるのはタンカー、輸送船が沈められて
    どうにもならなくなった今次戦争の末期になってからでした。

     現在はどうでしょうか。冷戦時代ソ連の潜水艦に対抗するた
    め海上自衛隊は対潜能力に特化して向上してきましたが、今度
    は対潜戦の相手は、中国の増強中の原子力潜水艦になりました。
    沖縄で領海侵犯をさせてみたのはついこの間のことです。明ら
    かに自分の潜水艦の能力と日本の対潜能力を測るためだったで
    しょう。

     ところで対潜戦の舞台は、シーレーン1,000海里内だけ
    ではありません。中国がインド洋への出口を求めて港の使用権
    を得ようとしていることもアフリカ、中東の石油のための自分
    のシーレーンのためのシーコントロールを狙ってるからです。
    海上自衛隊のインド洋での活動もアフガン目標のテロ対策だけ
    ではないはずです。インド洋での日本のプレゼンスと考えれば、
    民主党の小沢党首が言う、国連のお墨付きがないなどに固執す
    べきではないでしょう。たった3杯のタンカーを沈められて干
    上がることがないようにシーレーンの防衛とインド洋の戦略的
    価値を再認識すべでしょう。


                                       「ふじっ子」さんより
     石油を使用する様になってから、石油が国家の生命線である
    ことは、伊勢様がお書きになっておられる通りだと思います。
    
     今日においても、石油が国家の生命線であることには変わり
    なく、世界はその事に凌ぎを削っていると言っても過言ではな
    いと思います。
 
     小沢氏がテロ特措法に反対し、インド洋に於ける自衛隊の給
    油活動の停止が問題になっておりますが、日本が戦前苦杯をな
    めた石油禁輸がダブって見えて仕方ありません。日本の針路は
    日本自身が決定することです、小沢氏は国連中心主義のようで
    すが、国連が日本一国の将来を保障してくれるとでも言うので
    しょうか。

     石油はご指摘のように世界の火薬庫に多くを依存している状
    況です。日本はその上長い距離の海上輸送に依存しております。
    日本のシーレーン一つとっても極めて脆弱です。

     日本が国家の維持、発展の為に、アメリカを始め自由諸国と
    協力しテロ活動を封じ込め、併せて海上ルートの安全と航行を
    確保することは、日本の国益に合致するばかりではなく積極的
    に協力することが、日本の将来のためにもなることではないの
    ですか。民主党の躍進で、私は少なからず日本の将来に不安を
    感じる次第なんです。もし、本当に自由主義国家の一員として
    行動をやめた時には、どの様な結果を招くのでしょうか、世界
    は戦前にも増して狭くなってきています、日本一国主義で立ち
    行くのでしょうか。

     小沢氏に一言、政局と国家の大計をごちゃ混ぜにしないでく
    ださい。国家、国民が迷惑します。


                                         「Yutaka」さんより
     石油問題は、何かあると盛んにマスコミも取り上げ議論をし
    ますが、少し時間が経過したり、価格が下がったりするとまっ
    たく忘れ去られると言う反応が繰り替えされているようです。

     わが国の経済活動が自由な交易と流通が保障されなければた
    ちまち立ち行かなくなることは明白であるにも関わらず、政府
    であれマスコミであれ、そのような国家の脆弱性を如何にして
    克服するかと言うことを真剣に考えているとは思えません。食
    料の自給率にしても40%程度とまったくお寒い状態にありな
    がら、国民はそれほど深刻には考えていません。

     国家(政府と言い換えても同じ)の最大の責任は国民の生活
    を護り、国土の保全をすることであるにも関わらずわが国の根
    本的な脆弱性をいかに克服するかと言う最も重大な論点をない
    がしろにしている政府は勿論、その点を最大の争点とするべき
    野党もマスコミもまったく危機感がないことは嘆かわしい限り
    です。

     このような情勢は政治にたずさわる人間だけに責任があると
    言うわけではなく、日本人が持っている基本的な欠陥、即ち戦
    略的な思考の欠如や最悪の情勢を想定して対策を考えることを
    しないことに由来するのかしれません。日本人は場当たり的に
    事態に対処することは得意で、戦後の急速な復旧にみられるよ
    うに困難な事態には異常な力を出して見事に対応して来ました。

     しかし、最悪の情勢を想定してその情勢を回避する為の施策
    を立てることはまったく不得手で、そのために膨大なコストを
    払う羽目になりながら、結局失敗から学ばないのです。

     今時の大戦で多くのことを学ぶ機会があったはずですが、欧
    米に負けたのは科学技術力が劣っていたためとか、経済力に差
    があったためとかと問題を卑小化し、結局根本のところでは従
    来の日本人の考え方と変わらないままにすごしているように思
    えてなりません。

     政治家に必要な資質は、現実の問題に如何に対処するかと言
    うこととともに、長い将来を見通して長期的な戦略を立てる能
    力だと思います。翻ってわが国の政治情勢を見ると与党野党と
    も細かいことに拘泥して戦略的な議論が一切行われていないこ
    とは情けない限りです。


                           「社会問題ヒヨッ子主婦」さんより
     今回のテーマは、本当に由々しき問題で、日本のエネルギー
    社会の脆弱さは、もっともっと一般に知らしめるべきことと思
    います。自然を壊さない代替エネルギー(私は原発には反対)
    も早急に開発してほしいところです。

     それと同時に、エネルギー依存度を低くする取り組みも、同
    様に必須と思います。

     先日たまたま、90年代に石油禁輸措置を受けたキューバが、
    個人の庭先から都市のビルの屋上に至るまで、どんな小さな面
    積でも可能な限りを利用し、即席の自給自足(しかも有機栽培)
    で、なんとか飢えを凌いだ、という話を知りました。これをきっ
    かけに、自家用車から公共交通へ、不要なエネルギーは使わな
    い、と人々の意識も変わり、エネルギー依存度の低い社会を実
    現しつつある、ということです。

     日本では不要な便利さが余りにも多すぎます。例えば、エレ
    ベーターやエスカレーターの事故頻発も、そういう便利さに馴
    れきったことへの警告に思えます。そういうものは、身体の不
    自由な人が必要なときのみ可動させるシステムにし、健常者は
    自分の身体を使うべきです。高層ビルなども5階おきに停まれ
    ば充分では?

     日常で身体を使わず(その為の器機にエネルギー要)して、
    ジムで(そこまでも車で乗りつけ?)で運動機器等(エネルギ
    ー要)でなまった身体を運動させる? なんと馬鹿げたことを
    やっているのでしょう。 自販機や終日営業も再考するべきと
    思います。

     食物にしてもしかりです。はるばる遠いところから食品を取
    り寄せ(エネルギー要)、おまけに、冷蔵庫で腐らす、太ると
    言って棄てる・・・。地球上の1/3が飢えで苦しんでいる時に、
    日本人はその1/3を棄ててる! いったい何をやっているのか
    と、ため息が出ます。

     そんな日本や(先進国の多く)を憂うとき、このキューバの
    取り組みには、学ぶ点が多々あるのでは、と思いました。
    (ブログ: http://happy.ap.teacup.com/happytogether/)
    

                                           「hisa」さんより
     なんとも「????」な形で政治の表舞台から去ってゆく安
    倍総理ではありますが、こと石油(というか資源の確保)に関
    しましては、地道に多大なる成果を上げておられました。

     特にサウジアラビアと日本が協力し、備蓄向けの原油を管理
    する「共同備蓄構想」は、思わず膝を打ってしまうほど、素晴
    らしい提案のようです。
 
        1. 沖縄にある日本の国家備蓄用原油タンクを、サウジア
           ラビア側に無償提供。
            → 他国にバラ撒くだけのODAなどとは異なり、日本
           国内に設置運用するため、内需拡大、雇用確保に繋が
           る。

        2. サウジアラビアは、その施設に原油を備蓄。(原油は、
           あくまでもサウジアラビアの所有物)

        3. ホルムズ海峡有事の際、サウジアラビアはその沖縄の
           備蓄施設から、原油を各国へ輸出。
            → 勿論、お得意様である日本にも、安定輸出して貰
           える。
        4. 沖縄が、極東における重要な石油供給基地となるため、
           日本の防衛強化に繋がる。
            → 沖縄には、米国海兵隊が駐留しているので、防衛
           も完璧に近い。
            → 仮に反日の某国が沖縄を攻撃した場合、それはイ
           コール、サウジアラビアも敵に回す事になる。(間接的
           な抑止力になる) 

     以上、色々なサイトで目にしたものをまとめたものになりま
    すが、最近、得意満面な某政党の、沖縄売国化マニフェストな
    どと比するまでもなく、沖縄の、ひいては日本の国益に繋がる
    戦略になっているように思われてなりません。

     これほど重要な話を、しかも具体的な成果を挙げているにも
    関わらず、全くといって良いほど報道せず、国益という観点か
    ら見たらどうでも良い話ばかりを熱心に取り上げて、政治を空
    転させる一翼を担っている多くのマスゴミは、本当に一体なに
    をしているのだ!と、オデコに井桁が浮かんでしまう、毎日で
    す。
 

© 平成19年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.