[トップページ][平成19年一覧][人物探訪][121 日本思想][335 日本的経営]

■■ Japan On the Globe(526)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

          人物探訪: 御手洗富士夫の和魂洋才経営
                 
                         「日本人の魂である終身雇用を育てる
                           ことが、競争力の源泉」
■転送歓迎■ H19.12.09 ■ 35,776 Copies ■ 2,706,472 Views■


■1.経団連会長が説いた「愛国心」■

     平成18(2006)年6月24日、経団連(日本経済団体連合会)
    会長に就任した御手洗富士夫(みたらいふじお)キヤノン会長
    は、その就任挨拶の中で「愛国心」の大切さを訴えた。

         愛国心があればこそ、他人の気持ちや痛みを理解でき、
        他国を尊重する態度も生まれる。福沢諭吉翁は「苟(いや
        しく)も愛国の意あらん者は、官私を問わず先(ま)ず自
        己の独立を謀(はか)り、余力あらば他人の独立を助け成
        すべし」と説いている。私は、真の愛国心は排外主義や軍
        国主義とは全く無縁なものであり、社会人、国際人の精神
        的なよりどころとして、幼いときから育むべき重要な心で
        あると、確信している。[1,p226]

     経団連会長は「財界総理」とも言われるが、その財界総理が
    「愛国心」の大切さを説くのはお門違いでは、という印象を持っ
    た人もいるだろう。しかし、そこには御手洗が、キヤノンを超
    優良企業に育て上げた経営哲学が息づいているように見える。

■2.事業撤退と終身雇用制■

     まず御手洗の経営でキヤノンがどう変貌したのが、数字で見
    てみよう。氏が社長に就任した平成7(1995)年からの10年間
    に、連結売上高は約2兆900億円から3兆7500億円へと1.8倍
    に成長した。当期純利益は500億円強から3800億円と8
    倍近くにも拡大。御手洗はキヤノンを日本を代表する超優良ハ
    イテク企業に育て上げたのである。

     御手洗が社長に就任して最初に取り組んだのが、赤字事業か
    らの撤退だった。パソコン、液晶ディスプレー、ワープロ、電
    子タイプライター、光磁気ディスク、光カード、液晶カラーフィ
    ルターと、立て続けに7つの事業から撤退している。この結果、
    約730億円の売上げを失ったが、約280億円の赤字も解消
    した。

     こういうドライな赤字事業切り捨ては、米国企業の得意とす
    るところだ。事業撤退とともに不要となった従業員を大量解雇
    したり、あるいは従業員ごと他社に事業売却することも厭わな
    い。終身雇用を基本とする日本企業では、こういうドライな赤
    字事業整理はなかなかできない。従業員を首にできないから、
    赤字事業をずるずると続け、その結果、企業全体の業績も足を
    引っ張られる、というのが、日本企業によく見られるパターン
    である。

     しかし御手洗は終身雇用を維持したまま、事業撤退を敢行し
    た。そこに独特の経営哲学がある。

■3.討ち死にするまで会社を動かないのが、日本人が持つ文化■
    
     御手洗は言う。

         日本人はキヤノン藩、日立藩とかいう意識があって、討
        ち死にするまで会社を動かない。これは日本人が持つ文化
        だと思う。なぜかというと誇りを持って入社してくるから
        だ。会社が好き。だから会社間を歩き回らない。終身雇用
        でつくり上げた運命共同体。その運命共同体に属する社員
        が、当事者意識を持って自分がやらねば、と思ったときは
        強い。会社が少々傾いても、給料カットされても、優秀な
        人材が逃げない。これが日本の特性だ。[2,p140]

         終身雇用は日本人の魂だと思う。アジアにもない。中国
        にもない。米国にも、欧州にもない摩訶不思議な文化。む
        しろこれを育てることが競争力の源泉ではないかと主張し
        たい。[2,p140]

    「キヤノン藩士」の好例が、パソコン事業撤退の当事者・川端
    洋一である。川端はカリフォルニアでパソコンの心臓部となる
    演算回路などを開発・設計するキヤノンの100%子会社の責
    任者だった。その事業は、マイクロソフト・インテル陣営には
    属していなかったため、敗色濃厚であった。御手洗氏は現地の
    責任者である川端洋一に、「ともかく日本人部隊は戻ってこい」
    と厳命を下した。

     米国に派遣されていた社員は、現地に腰を落ち着けてパソコ
    ン事業に取り組む覚悟でいたため、帰国命令に誰もが反対した。
    悔しさのあまりうっすらと涙を浮かべる者までいた。川端は
    「自分の方が泣きたいくらいだった」と言う。

     しかし川端の懸命の説得で、結局は全員が帰国に同意した。
    現地会社は米半導体大手・モトローラに売却されることになり、
    米国人スタッフの多くはそのままモトローラに移籍した。

■4.「和魂」と「洋才」■

     川端は帰国後、一緒に戻った10人の部下と共に商品開発本
    部に配属された。しかし半年ほどは虚脱感から抜け出せず、次
    に何をしたらよいのか分からなかった。

     やがて周囲の人たちと話していると、川端らの専門とする演
    算回路設計が役立ちそうな分野が見えてきた。当時、複写機の
    事業部は、ネットワークを通じた文書配信や内蔵ハードディス
    クへの大量文書蓄積などの多彩な機能を持つディジタル複写機
    を開発していた。川端のグループは、様々な制御機能を埋め込
    んだ半導体チップを開発して、ディジタル複写機のコスト低減、
    処理速度・信頼性向上を実現した。

     御手洗は「撤退で異動した人たちが皆、会社の中で生きてい
    る」と喜ぶ。ある事業から撤退しても、技術者は集中すべき事
    業で活かす。こうして「終身雇用制」のもとで「事業の選択と
    集中」を実現している。

     ドライな「事業の選択と集中」はアメリカ企業得意の「洋才」
    だが、それを「終身雇用」という「和魂」の上で行うという
    「和魂洋才」が、御手洗の経営である。この組み合わせが、不
    採算事業を整理し、技術と人材を本業に集中することで、飛躍
    的な利益の増大をもたらしたのである。

         終身雇用は運命共同体で、だからこそ皆で会社をよくし
        ようという哲学がある。我々マネジメントは、そういう有
        能な人材を無駄遣いしてはいけない。つまり先のない仕事
        に優秀な人材を張り付けていてはいけない。その仕事をつ
        ぶして、もっと役に立つ仕事に回すことを勇気を持ってし
        てやらないと大変なことになる。[2,p142]
    
■5.キヤノンの遺伝子■

     キヤノンの終身雇用は、初代社長の御手洗毅(たけし)の経
    営哲学が源となっている。

     御手洗毅は、社長に就任した翌年、大戦中の昭和18(1943)
    年に工員の日給制を廃止し、月給制を導入した。当時は月給で
    身分保障された「職員」と、日給の請負で働く「工員」とに明
    確に区別するのが社会全体の常識だった。

         請負制賃金では皆さんの生活が安定しない。病気になっ
        たら収入の道が閉ざされてしまう。まじめに働けば安定し
        た生活ができる月給制が従業員の人格を尊重することにな
        る。[1,p161]

     これにより優秀な工員が多数、キヤノンに集まってきて、事
    業が発展していった。初代社長の残したキヤノンの企業伝統に
    ついて、御手洗冨士夫はこう評している。

         初代社長の御手洗毅は北海道大学で学んだ自由闊達な精
        神と医師としての人間尊重主義があり、社員が人生を安定
        にして幸せに暮らせる会社づくりを理想とした。そうした
        人間尊重主義がキヤノンの遺伝子として受け継がれている。
        結核の集団検診、週休二日制や持ち家制度などを時代を先
        取りして導入した。給与も「キヤノン三分説」といい、利
        益を会社と株主と従業員とで三等分する方式をとっていた。
        その一方で、実力主義を重んじた。そういう中で終身雇用
        による運命共同体意識も育まれた。[1,p145]
    
■6.ハイテク企業と終身雇用制■

     このキヤノンの遺伝子が、今もハイテク企業の雄として、世
    界トップ・レベルの技術力を維持している原動力となっている。
    キヤノンは1987年に米国での特許出願件数でIBMを抜いて、
    首位に立ち、ここ10年ほどでも、常に上位につけている。こ
    の技術開発力の基盤をなしているのが「終身雇用による運命共
    同体意識」なのである。

     短期間で開発成果を出さなければクビが飛ぶ、というな心配
    がないから、研究者はじっくりと粘り強く、会社の将来を切り
    開くような革新的な技術開発にも取り組める。有名なインクジェッ
    ト・プリンターで使われているバブルジェット方式は、極細の
    ノズルを加熱してインクの滴りを噴射するという独創的な印刷
    方式だが、開発には5年を要している。

     また、研究者どうしが運命共同体意識のもとで、お互いに助
    け合う伝統がある。

     インクジェット・プリンターの開発でも、この連帯感が威力
    を発揮した。インクを噴出するノズルの素材は、光ファイバー
    の開発部隊が直径0.1ミリのファイバーを中空に加工するこ
    とによって実現できた。また熱源の方は、別の開発部隊が取り
    組んでいた電卓の感熱紙印刷用の小型ヒーターの技術が役立っ
    た。

     キャノンの技術開発には、「終身雇用による運命共同体意識」
    の強みがいかんなく発揮されているのである。
    
■7.「三自の精神」■

     終身雇用制には社員が「ぬるま湯」に浸かって働かなくなっ
    てしまう、という批判がある。この欠点は、御手洗も認識して
    いる。

         あらゆる制度には欠点がある。確かに終身雇用の制度に
        は社員が安住し、緊張感を失う恐れがある。そこはまず教
        育で補う。創業以来の行動指針である自発、自治、自覚か
        ら成り立つ三自の精神、つまり自己責任の精神を徹底する。
        私も徹底的にたたき込まれた。これはインターナショナル
        なものだと思う。[2,p142]

    「三自の精神」をたたき込むために、御手洗は次のように社員
    に説いている。

         そういう意味で、私は、社員教育にたいへん力を入れて
        きた。とくに、自立した人間を育てようと、創業以来の
        「三自の精神」(自発・自治・自覚)をたたき込んでいる。
        たたき込むと言っても、別に、力ずくで押しつけているわ
        けではない。ホームページで、全社員に「会社から何を言
        われようと、人間としておかしいと思ったら、反対しなさ
        い」と呼びかけ、「私を含め、上司に何か言われて、人間
        として正しくないと思ったら、反抗しなさい。そうした自
        立した人間になりなさい」と繰り返しているだけだ。
        [1,p83]

     こういう自立した人間とは、あたかも武士を思わせる。キヤ
    ノン藩の藩士一人一人がこうした自発・自治・自覚の精神で立
    ち、その上で「終身雇用による運命共同体意識」で連帯する。
    そんな会社が強くならない訳がない。
    
■8.真の国際人とは■

     御手洗は昭和41(1966)年に、米国法人でニューヨークに本
    社のあるキヤノンUSAに赴任、平成元(1989)年にキヤノン本
    社専務として帰国するまで、23年間も米国で働いてきた。そ
    の経験から、御手洗は次のように主張する。

         真の国際人は無国籍者ではない。例えば、日本人出身の
        国際人、米国人出身の国際人という形をとる。[2,p337]

         自分の生まれ持った血となり、肉となっているものはき
        ちっと持っている。それは本能的なものだと思う。その国
        の文化とかその国の発想は、自分の血となり、肉となって
        生まれ持っているものから出てくる先天的なものだ。その
        うえで、後天的なものとして知識や教養として外国のこと
        を理解し、外国に行ったら、その国の人間として行動でき
        る人。それが国際人だと思う。[2,p337]

         個人も会社もそうした流儀でいいと思う。私は以上のよ
        うな意味での国際人として経営をしている。それが私の根
        本である。[2,p337]

     日本人の血肉である終身雇用を核に、キヤノンは国際的なハ
    イテク企業として経営されているのである。
    
■9.「きちっとした国家観を持った日本人たれ」■

        「国際人たれ」と若い人に求めれば、同時に「国家観を持
        て」とも言いたい。

         日本人は戦後、明確な「国家観」を持ってこなかった。
        国家観と言うと、すぐ話を軍国主義に直結させる人やメディ
        アが多いが、そういうものではない。世界のあらゆる国が、
        その国特有の文化や伝統、発想や行動様式、商習慣や社会
        習慣、法律や社会常識などを持っている。日本のそうした
        ものを、きちんと理解することが国家観だ、と思う。国際
        社会の中で、日本人が一流の国際人として存在するために
        は、まず、きちっとした国家観を持った日本人たれ、と言
        いたい。[1,p99]

    「終身雇用による運命共同体意識」は、日本の文化伝統の一大
    特長である。キヤノンはそれを自覚し、徹底的に育てたことで、
    強い企業となった。

     同じ事は国家レベルで言える。経団連会長の就任挨拶で御手
    洗は「愛国の意あらん者は、官私を問わず先(ま)ず自己の独
    立を謀(はか)り」という福沢諭吉の言葉を御手洗は引用した。

     自立した国民一人一人が愛国心をもって運命共同体としての
    国家を愛し、連帯する。それが「強いニッポン」への出発点な
    のである。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(130) 上杉鷹山〜ケネディ大統領が尊敬した政治家〜
    自助、互助、扶助の「三助」の方針が、物質的にも精神的 に
   も美しく豊かな共同体を作り出した 
b. JOG(379) 文明開化の志士、福沢諭吉
    無数のイギリス軍艦が浮かぶ香港で、諭吉は何を考えたのか。 
c. JOG(443) 稲盛和夫 〜 「世のため人のため」の経営哲学
    従業員の物心両面の幸福を追求するのが、 経営者の役割。 

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 御手洗富士夫『強いニッポン』★★★、朝日新書、H18
2. 日本経済新聞社編『キヤノン式』★★★、日経ビジネス文庫、

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「御手洗富士夫の和魂洋才経営」に寄せられたおたより

                                               悦子さんより
     今日はゆっくり拝見させていただきました。とっても嬉しい
    読み物でした。

     御手洗さんがどのように立派な方かよくわかりました。すば
    らしいですね。終身雇用制を守ることのできる信念と度量を持っ
    ておられる御手洗さんの実績が、きっと多くの企業のお手本に
    なることでしょう。このようなすばらしい会長さんを持ってい
    る経団連もきっと変化していくことでしょう。本物の考えです
    ものね。

     日本が世界に発信して世界を救うことのできるものはたくさ
    んあると思いますが、その一つが終身雇用制だと思います。と
    いっても、国柄が違うと実行は難しいでしょうけれど。日本と
    いう国がお百姓など働く人々をおおみたからとして大切にする
    国であったから生まれた制度だと思います。日本の企業はこの
    制度を誇りに思ってすばらしい経営をしていただきたいと思い
    ます。

     日本という国は伝統を尊んでよい成果を挙げ、世界に希望を
    与えることができると思います。そのためにはやはり教育です
    よね。三自の精神はわかりやすくてすばらしいですね。自発・
    自治・自覚を身につけた自己責任がとれる社員さんたちは、間
    違いなく立派な仕事ができると思いますし、それは、生き方で
    あるわけですから、社員さんたちは退職されて後も幸せな人生
    を生きていかれるように感じます。

     お金をもうけるだけでなく、人を育てる企業が増えてほしい
    です。人を物のように安く使って不要になったら捨てると言う
    考えでは決して日本は発展しないと思います。使い捨てでは信
    頼が育ちませんから。やはり愛情ですよね。愛国心を語ること
    のできる御手洗さんが持っておられる深い人間への愛情に心打
    たれました。良い出会いをありがとうございました。

■ 編集長・伊勢雅臣より

    「国づくり」は「人づくり」からですね。

© 平成19年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.