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■■ Japan On the Globe(558)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■ 国柄探訪: 老舗企業の技術革新 情報技術やバイオテクノロジー分野で 活躍する日本の元気な老舗企業。 ■転送歓迎■ H20.07.27 ■ 38,372 Copies ■ 2,901,671 Views■ ■1.「老舗企業大国」日本■ 我が国は、世界で群を抜く「老舗企業大国」である。創業百 年を超える老舗企業が、個人商店や小企業を含めると、10万 社以上あると推定されている。その中には飛鳥時代、西暦578 年に設立された創業1400年の建築会社「金剛組」だとか、創業 1300年になろうかという北陸の旅館、1200年以上の京都の和菓 子屋など、千年以上の老舗企業も少なくない。 ヨーロッパには200年以上の会社のみ入会を許される「エノ キアン協会」があるが、最古のメンバーは1369年に設立された イタリアの金細工メーカーである。しかし、これよりも古い会 社や店が、我が国には百社近くもある。 お隣の韓国には俗に「三代続く店はない」と言われており、 せいぜい創業80年ほどの会社がいくつかあるに過ぎない。中 国でも「世界最大の漢方薬メーカー」北京同仁堂が創業340 年ほど、あとは中国茶、書道用具など百年以上の老舗が何軒か ある程度である。 さらに興味深いのは、百年以上の老舗企業10万社のうち、 4万5千社ほどが製造業であり、その中には伝統的な工芸品分 野ばかりでなく、携帯電話やコンピュータなどの情報技術分野 や、バイオテクノロジーなど先端技術分野で活躍している企業 も少なくないことだ。 ■2.髪の毛の1/8の細さの金の極細線■ そんな企業の一つが東京の田中貴金属工業である。明治18 (1885)年に東京の日本橋で両替商「田中商店」として出発した。 明治22(1889)年には、白金の工業製品としての国産化に成功。 以来、貴金属の売買と加工を二本柱としてやってきた。 現在の代表製品の一つが、金の極細線。最も細いもので直径 0.01ミリ、髪の毛の1/8ほどの細さのものが作られてい る。たとえば携帯電話でバイブレーションするものは、大きさ 4ミリほどの超小型モーターが使われているが、そのブラシに 極細線が使われている。そのほか、ウォークマンや車のミラー を動かす超小型モーターにも、適用されている。 金は錆びないし、熱や薬品にも強く、導電性も高い。さらに 薄く長く伸ばせる。1グラムの純金を、太さ0.05ミリの線 にすると、3千メートルにもなる。そうした貴金属の特長を、 長年磨いてきた加工技術で引き出しているのである。今や世界 中で使われる金の極細線の大半は、田中貴金属が供給している。 同社ではさらに、プラチナでガン細胞の成長を抑えるとか、 銀にカドミウムを加えて接点としての性能をあげる、など、貴 金属の新しい特性を引き出す革新的な研究開発を続けている。 同社の技術開発部門長の本郷茂人(まさひと)氏はこう語る。 貴金属のほうから、そういう特性を世に出してくれ、出 してくれって言っているようにな気がするんですよ。われ われが特性を探し出すんじゃなくてね。世の中に出してく れ、出してくれと言っているものを出してやるように努力 するのが、われわれの仕事じゃないかと思うんです。 [1,p46] ■3.金箔は人の心を読む■ 携帯電話の中で、折り曲げ可能なフレキシブル・プリント基 板配線用の銅箔では、日本国内のライバル1社と合わせて世界 シェアの9割を占めるのが、京都の「福田金属箔粉工業」であ る。 設立は元禄13(1700)年、赤穂浪士の討ち入りの2年前に、 京都・室町で金銀箔粉の商いを始めた時に遡る。創業300年 以上となる老舗である。以来、錫箔、アルミ箔、銅粉、アルミ 粉など、箔粉技術一筋にやってきた。 金箔の技術は仏教とともに渡来した。寺院や仏像、仏具の装 飾に、金箔が広く使われていた。当時の製法は金の粒を狸の毛 皮に挟んで、槌(つち)で叩いて伸ばしていく。極細線と同様、 髪の毛の1/8ほどの薄さに引き延ばす。比率で言えば、10 円玉の大きさの金を畳2畳ほどに広げる勘定になる。 伝統的な職人の間では、次のように言われている。 金箔は人の心を読む。機嫌の悪いときには言うことを聞 かない。時には嘲笑(あざわら)ったりする。金箔は生き ているから。 福田金属も、こういう職人気質を受け継いで、世界最高品質 の銅箔を作り続けているのだろう。 ■4.「お米の持つ力を近代の日本人は引き出してこなかった」■ 香川県の勇心酒造株式会社は、安政元(1854)年創業で、すで に150年以上の歴史を持つ。現在の当主・徳山孝氏は5代目 である。 徳山氏が30歳の若さで、勇心酒造を継いだ時、清酒業界は すでに斜陽で、老舗の造り酒屋が次々と倒れていった。東大大 学院で酵母を研究した徳山氏はコメと醸造・発酵技術を結びつ けて付加価値の高い商品を作ろうと考えた。 お米の場合、清酒や味噌、醤油、酢、みりん、あるいは 焼酎、甘酒といった非常に優れた醸造・発酵・抽出の技術 があるんですけれども、明治以降、新しい用途開発がまっ たくと言っていいほどなされていなかった。つまり、近代 に入ってから、お米の持つ力を日本人は引き出してこなかっ た。・・・ 近代科学が行き詰まっているいまだからこそ、米作りの ような農業と醸造・発酵の技術とをもう一度リンクさせ、 付加価値の高いものを作ろうと、お米の研究に取りかかっ たのです。[1,p90] 先祖伝来の土地を切り売りしながら、毎年1億円以上を研究 開発に注ぎ込んだ。むかし米が湿布薬に使われていたという古 文書の記述をヒントに、ようやく昭和63(1988)年にライスパ ワーエキス入りの入浴剤を開発して売り出したところ、たちま ち年間3百万本のヒット商品に成長した。 ■5.自然に『生かされている』■ しかし、ある大手製薬会社が詐欺同然のやり口で徳山氏の開 発した製法を知り、同様の製品を売り出したため、売上げは激 減、倒産一歩手前まで行った。そこに通産省が産業基盤整備基 金を通じて3億6千万円を融資してくれ、また地元の通販社長 が「おカネ、困っとるんやろ」と1億円をぽんと貸してくれた。 それを元手に徳山氏は商品開発を続け、平成14(2002)にア トピー性皮膚炎に効く『アトピスマイル』を売り出した。それ までに使われていたステロイド剤の副作用がまったくないので、 アトピー性皮膚炎の子どもを持つ母親からは「救世主」並の人 気を集め、口コミだけで1年で12万本売れた。 さらに化粧品会社コーセーから、皮膚の水分保持能力を改善 する『モイスチュア スキンリペア』を売り出すと、年間百万 本を超す大ヒット商品となった。 遺伝子組み換えなどで自然界にない生物を作りだす西洋型の バイオテクノロジーに対して、日本古来の発酵技術の組み合わ せによって、安全な新製品を開発するのが、日本型バイオテク ノロジーだと徳山氏は言う。 西洋のヒューマニズムを『人道主義』と訳してきたのは、 とんでもない誤訳やと思うんです。ある学者が言うてまし たが、あれは『人間中心主義』と訳すべきなんです。つま り、何事も人間を中心に『生きていく』という発想。だか ら、人間と自然との乖離(かいり)がますます大きくなっ てきた。環境問題ひとつ解決できない。こういう人間中心 主義は、もう行き詰まってきたんやないかと思うわけです。 一方、東洋には自然に『生かされている』という思想が あります。私なんか、多くの微生物に助けてもらってきた わけで、まさに『生かされている』と思います。[1,p98] ■6.日本古来の木ロウ技術がコピー機に取り入れられた■ 「株式会社セラリカNODA」というと、いかにも現代企業の ようだが、創業は天保3(1832)年で、すでに180年近い歴史 を持つ。福岡で木ロウの製造と販売を営んできた。 木ロウはウルシ科のハゼの木などの実に含まれる脂肪分を抽 出して作られ、ロウソクや鬢付け油に使われた。近代に入って からは男性整髪料ポマードの原料としても使われてきた。しか し、昭和40年代半ばにヘアトニックなどの新しい整髪料が登 場すると、家業は危機に瀕した。 ちょうどその頃、先代社長が急逝し、広島大学で情報行動科 学を学んだ息子の野田泰三氏が、急遽、会社を担うことになっ た。 野田氏が、木ロウの新しい用途はないかと考えていた時に、 ひらめいたのが、自分が学んだ情報分野の知識から、コピー機 のトナーに使えないか、というアイデアだった。木ロウは熱に 溶けやすく、しかもその後すぐに固まる。この特長を生かせば、 印字しやすく、かつ擦れにくいトナーができるはずだ。 おりしもコピー機業界はアメリカのゼロックス社の独壇場を 崩すべく、まったく新しいトナーを作り出そうという気運が高 まっていた。野田さんは、飛び込みでキャノンやリコーに売り 込みをかけ、その主張が実験で裏付けられるや、トナーの添加 剤として次々に採用されていった。 こうして日本古来の木ロウ技術が、情報産業の最先端に取り 入れられたのである。 ■7.「生かす発想」へ■ ロウは昆虫からも採れる。カイガラムシは樹液を吸ってしま う害虫だが、真っ白な「雪ロウ」を分泌する。この雪ロウは光 沢があり、化学的にもきわめて安定しているため、防湿剤や潤 滑剤、カラーインクの原料として、有望な可能性を秘めている。 野田氏は、中国側と共同して、カイガラムシが好むモチの木 を、内陸部の雲南省と四川省の山間部に50万本植え付けた。 これをカイガラムシに食べさせ、雪ロウをどんどん分泌させる。 これを現地の農民が採取し、日本で製品化して販売する。 中国での環境保全と農民の貧困救済を同時に追求できる。野 田氏は語る。 人間は地球の王様みたいになりましたが、昆虫のほうは およそ180万種もの多様な生物種として存在している。 それなのに、人間が「益虫」とみなして利用してきたのは、 ミツバチとカイコくらいなもので、あとのほとんどは「害 虫」と邪魔者扱いしてきました。農薬とか殺虫剤でどんど ん殺してきたわけですね。こういった人間からの価値付け だけで、邪魔者を排除する発想が、開発のために自然を破 壊する行為にもつながっているんですね。[1,p112] いままでの「殺す発想」から「生かす発想」に転換する必要 がある、と野田氏は説く。 ■8.老舗企業の共通性■ 以上、日本の老舗企業が現代社会で逞しく生き抜いている例 をいくつか紹介したが、そこには、ある共通性が見てとれる。 第一に、それぞれの企業は、箔粉技術や醸造・発酵技術など、 伝統技術を現代社会の必要とする新しい製品に生かしている、 という点。時代が進むにつれて、消費者の生活様式も変わり、 技術も進むので、必要とするものも変わっていく。ロウソクな どといった旧来の商品だけにしがみついていたら、これらの企 業は時代の波を乗り越えられなかっただろう。「伝統は革新の 連続」という言葉があるが、その革新を続けてきた企業が、老 舗として今も続いている。 第二に、革新といっても、自分の本業の技術からは離れてい ない点である。神戸市灘区の創業200年の造り酒屋が、カラ オケやサラ金経営に乗り出して倒産したという例がある。本業 を通じて、独自の技術を営々と蓄積してきたところに老舗の強 みがあるのであって、そこを離れては、新参企業と変わらない。 第三は、「金箔は生きている」「自然に生かされている」 「生かす発想」などの言葉に見られるように、大自然の「生き とし生けるもの」の中で、その不思議な力を引き出し、それを 革新的な製品開発につなげている点である。これはわが国の伝 統的な自然観に基づいた発想であるとともに、西洋的な科学技 術の「人間中心主義」の弱点・短所を補う、きわめて合理的 ・総合的なアプローチなのである。 大学で西洋的科学技術しか学んでこなかった研究者・技術者 が欧米企業と同様な研究開発アプローチをとったのでは、同じ 土俵で戦うだけで、独自の強みが出ない。老舗企業にはわが国 の伝統的自然観が残っており、それが独自の技術革新をもたら したのであろう。 ■9.老舗職人大国・日本■ アジアの億万長者ベスト100のうち、半分強が華僑を含む 中国系企業であるという。その中で100年以上続いている企 業は一社もない。創業者1代か2代で築いた「成り上がり企業」 ばかりである。 これに比べると、企業規模では比較にならないほど小さいが、 百年以上の老舗企業が10万社以上もあるわが国とは、実に対 照的である。 『千年、働いてきました』[1]の著者・野村進氏は、「商人の アジア」と「職人のアジア」という興味深い概念を提唱してい る。「商人」だからこそ、創業者の才覚一つで億万長者になれ るような急成長ができるのだろう。しかし、そこには事業を支 える独自技術がないので、創業者が代替わりしてしまえば、あっ という間に没落もする。 それに対して、「職人」は技術を磨くのに何代もかかり、急 に富豪になったりはしないが、その技術を生かせば、時代の変 遷を乗り越えて、事業を営んでいけるのである。 これらの老舗企業が示している経営の智慧を国家全体で生か していけば、わが国は老舗職人大国として末永く幸福にやって いくことができるであろう。 (文責:伊勢雅臣) ■リンク■ a. JOG(307) 伝統技術が未来を開く 数千年に渡って蓄えられてきた日本の伝統技術が、最先端の 現代技術に生かされ、明日を開きつつある。 b. JOG(330) ハイテクを生み出す産霊(ムスヒ)の力 多くの日本企業がいまだに守り神を祀っている理由は? ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。 1. 野村進『千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン』★★★、 角川書店、H18 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ■「老舗企業の技術革新」に寄せられたおたより Keikoさんより 「イタリアからボンジョルノ!」 今回のような話を伺うと、ほっとするとともに将来への希望 が持てます。 農耕民族で、何年も先のことを考え環境を守ってきたことや、 資源の少ない島国で、あるものを最大限有効に利用し、そのた めの技術を代々磨いてきたこと、野にも山にも、それぞれの神 々の存在を感じ、自然の畏怖を肌で感じて生きてきた日本人。 しっかりと大地に根をはやして生きてきたのがわれわれ日本 人なのですね。 KHさんより 私は、中小製造業の主として製造面を指導をしております。 中小製造業では、事業継承も重大な問題であり、息子への経営 者教育を頼まれたりもします。現在、大変儲かっている企業の 3代目の教育が9月から始まります。 日本の製造業はこうあるべきであり、そのためには何をしな ければならないかについてのテーマに使わせていただこうと思 います。 福田金属箔粉工業も、現役時取引がありましたので懐かしく 思いました。 ■ 編集長・伊勢雅臣より 国家も企業も、永く続けるには、後継者教育が必要ですね。© 平成20年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.