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■■ Japan On the Globe(566)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

  国柄探訪: 皇后様御歌集に共感した欧州、アフリカの人々

                        仏訳された皇后様の御歌集が、欧州、
                       アフリカの人々に思い出させたもの。
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■1.皇后陛下の御歌に感激したアフリカの人々■

     2006(平成18)年10月17日、アンゴラ共和国の有力紙
    『アンゴラ新聞』は、「日本国皇后の御歌、アフリカ青年の育
    成に活用を!」と題した記事を掲載した。記事の書き出しは、
    こうである。

         かねてルアンダの青少年道場で指導に当たっているオディ
        マーク・デュクロ氏が、一昨15日、弊社(アンゴラ・プ
        レス)において講演を行い、このほどパリで出版された日
        本国皇后の歌集『セオト』を絶賛して、こう述べた。

         ここに活き活きと仏訳されたワカ(和歌)は、日本語で
        コトダマ(言霊)と呼ばれる崇高な精神を宿している。御
        歌は、ヨーロッパのみならず、アンゴラをはじめ、アフリ
        カ中に伝えて、とくに青少年の情操教育に役立てるべきと
        信ずる----と。

     たとえば、デュクロ氏は講演の中で、

         窓開けつつ聞きゐるニュース南アなるアパルトヘイト法
        廃されしとぞ

    の御歌を紹介して、こう語っている。

         皇后陛下という高い御身分の上から、どんなにたくさん
        の御公務でお忙しく、御自分の国と国民だけでどんなに大
        変か分からないほどですのに、南アフリカ連邦共和国のア
        パルトヘイト法が廃されたことで、こんなにも喜んでくだ
        さっているのです。皇后陛下美智子様は、こんなにも苦し
        んだアフリカの人々のためによりより未来を希望してくだ
        さる、自由と平和がいつまでも続くようにと祈ってくださ
        る、何というお心の寛さ、魂の偉大さかと、感激させられ
        るほかはありませんでした。[1,p97]

     満堂の聴衆は、遠い日本の皇后様がなぜこんなにも自分たち
    の世界のことを考えてくださるのか、と驚喜した。

■2.窓の外に広がる朝空■

     18世紀から19世紀にかけて、欧米諸国はアフリカ大陸か
    ら多くの黒人を拉致し、南北アメリカで奴隷とした。その数は
    1500万人にも上るであろうと推定されている。アンゴラも
    「飢えの国」と言われるまでに崩壊し、いまなお内戦と難民の
    坩堝(るつぼ)と化している。

     そのアフリカの悲劇の現代に残る象徴が、南アフリカ連邦の
    黒人差別政策・アパルトヘイト法だった。同法が廃止と決まっ
    たのは、ようやく1990(平成2)年の事である。

     朝、皇后様が窓を開けられるたちょうどその時に、テレビか
    ラジオのニュースで同法廃止をお聞きになられた。窓の外には、
    真っ青な朝空が広がっていたのであろう。まるで解放された黒
    人たちの未来を象徴するかのように。

     そんな偶然の一瞬を詠われたのも、日頃から皇后様が差別に
    苦しむ黒人たちの身の上に思いを馳せ、いつか解放の日が来る
    ことを祈られていたからである。

■3.幸(さき)くませ真幸(まさき)くませ■
    
     御歌の仏訳は、フランス文学を専攻した筑波大学名誉教授・
    竹本忠雄氏によってなされた。皇后様に接した外国人からは
    「このようなお方を皇后として持つのは真に日本人の誇りです
    ね」という声をよく聞きながらも、日本からそれにふさわしい
    紹介の努力がなされていないと、竹本氏は感じていた。

     そこで芸術と自由を表看板とするフランスで、皇后陛下の御
    歌を紹介することによって、日本見直しのきっかけができるの
    ではないか、と竹本氏は考えていたのである。

     翻訳は、作家で日本文化に造詣の深いオリヴィエ・ジェルマ
    ントマ氏[a]など、竹本氏と親しいフランスの文化人たちが手
    助けしてくれた。竹本氏がまず仏訳の叩き台を示し、その背景
    や解釈を説明し、それにもとづいて討議をする、という手順が
    一首一首くり返された。

     最後の1首の討議は、南仏の古城で行われた。

        幸(さき)くませ真幸(まさき)くませと人びとの声渡り
        ゆく御幸(みゆき)の町に

     竹本氏を囲んで、さてこの「幸」をどう訳すか、なかなかぴっ
    たりした単語が見つからない。普通の「幸せ」なら「ボヌール
    (英語のハッピネス)」だが、それだけのものではない、とい
    う点では意見の一致を見た。

■4.「個人的幸福を超えた何物か」■

     竹本氏は、この御歌を平成16(2004)年の歌会始めで拝聴し
    た時の体験を語った。その時の御題が「幸」だった。選ばれた
    歌の中には、成人式を挙げたばかりの女性の「彼と手をつなげ
    ることが幸せで」という歌もがあり、これなどはまさに「ハッ
    ピネス」だと述べて、次のように続けた。

         歌の品位、響き、美しさ、すべてにおいてそうですが、
        何よりも「幸」そのものの捉えかたが違うのです。両陛下
        の行幸啓を迎えて、国民が「幸くませ真幸くませ」と歓呼
        する声にあらわれた、個人的幸福を超えた何物かを詠って
        いらっしゃるのですから。[1,p40]

     そして皇后様に続いて、歌会始の最後に朗詠された天皇陛下
    の御製

        人々の幸(さち)願いつつ国の内めぐりきたりて十五年経
        (へ)つ

    が、皇后様の御歌と至高のアンサンブルをなしているのですと
    述べて、こう結んだ。

         ここで天皇陛下が表明していらっしゃるのは、つねに一
        番の道徳的高みからの国民の幸福ということであって、御
        自身は完全なる無私というおこころがここに現れているの
        です。

     ここまで話した時、古城の主ジョルジュ氏が言った。

         分かった! 諸君、「フェリシテ=至福」ですよ。その
        サチは! 「幸くませ真幸くませ」は「至福を 高き至福
        を!」と訳したらどうでしょう。

    「フェリシテ」とは、無私の心で他者の幸福を願う宗教的な
    響きを持つ。日本とフランスの間に言霊の橋がかかった。
    
■5.「永遠の日本が皇后様の御姿をかりて送りよこした贈り物」■

     こうして完成した仏訳御歌撰集『セオト(瀬音)−せせらぎ
    の歌』が、2006(平成18)年5月にパリで出版された。それは
    たちまちフランス語圏の人々の心に届いた。

     パリ大学文学部(ソルボンヌ)の準教授で気鋭の文学者フラ
    ンソワ・ド・サンシュロン氏は、こう評した。

         これらすべてのお作品から立ち昇る馥郁(ふくいく)た
        る香気、みずみずしい繊細さ・・・しかり、抑制、慈悲、
        祈り----日本の今上陛下の皇后美智子様の御歌を拝して思
        い浮かぶ言葉はこれなのである。[1,p75]

     ジュネーブの銀行家で、仏・独・日の文学に造詣の深いピエ
    ール・ジェグリー氏は、竹本氏あてに感想を送ってきた。

        ・・・月光、陰影、露、霧・・・。ポエジーは、これらの
        希有なる詞章より静かに浸みとおってきます。永遠の日本
        が、皇后様の御姿をかりて送りよこした贈り物でなくして
        何でしょうか。すなわち、神々より下された----。

        ・・・私はまた、こうも考えざるをえません。
         一人のお方のトータルな存在に、どれほどの神秘と試練
        が、かつ、たとえようもない心情の高貴が秘められている
        か、『セオト』一巻は、まさにこのことを証していると。

         まことに、慈悲と、パルタージュ(痛みを分かつこと)
        以上の、心情の高貴がありえましょうか。[1,p80]
    
■6.「このような詩の妙音が、日本では今日まで存続していた」■

     皇后様のお歌からフランスの人々が感じ取ったものは、異国
    情緒ではなく、彼ら自身が近代化の過程で忘れ去っていた精神
    の高貴さだった。

     フランスの文化界で、哲学者として一家をなしているフィリッ
    プ・バトレ氏は、季刊誌『反文学』2006年秋季号に『ル・ボー
    ・タン----晴』を発表して、こう述べた。

         ・・・一人の皇后のお出しになったこの詩集に、エキゾ
        チックなものは皆無である。

         それどころか、これらの詩は、きわめて親しみやすいも
        のばかりなのだ。

         ただし、四季の秩序と、心のたゆたいを歌うことに秀で
        た、この上なき高貴なるお方によって親しみふかくされた、
        ということが大事なのだが。

         西洋においても、その昔、スペインのカスティリア王国
        の賢人王アルフォンソのごとく、・・・そのような世界を
        啓示してくれた王侯も無きにしもあらずだったが、いまは
        遠い物語となってしまった。

         ところが、ここに素晴らしいことに、このような詩の妙
        音が、日本では今日まで存続していたのである。[1,p87]

■7.「アフリカの心と相通ずるものがある」■

     皇后陛下の御歌に、自分たちの伝統を思い出した、という点
    では、冒頭のオディマーク・デュクロ氏も同様だ。

        ・・・『セオト』を拝誦しているうちに、私は、ヤマト民
        族----古代日本民族の名です----の古い古い感情が、いま
        なお、そのなかに息づいていると感じるようになりました。
        そしてそこには、いつからとも知れない遠い過去から、リ
        ズミカルな言葉をもって語り伝えられてきた、アフリカの
        心と相通ずるものがあると、気づかされたのです。

         たとえば、『虹』と題する御歌がございます。

            喜びは分かつべくあらむ人びとの虹いま空にありと言
            ひつつ

         これを拝誦して私は、こういうナイジェリアのことわざ
        を思いだしました。

            分かち持つ----
                これぞ 一番の大事
                    覚えよ この言葉[1,p99]
    
■8.「サムライの日本」特集■

     2007(平成19)年7月1日、パリのキオスクにいっせいに並
    んだ隔月誌『新歴史評論』は、「サムライの日本」特集と銘打っ
    て、表紙には甲冑姿の武士を掲げた。同誌主幹ドミニック・ヴェ
    ネール氏が『セオト』に感動して、この特集を企画したのだっ
    た。氏は巻頭論文「日本−華と鋼鉄(はがね)」でこう述べた。
    [1,p115]

         本誌日本特集号を編むにあたり、編集子は、今上陛下の
        皇后美智子様の『セオト』を再読三読させていただいた。
        背の君、今上陛下に至るまで、日本の歴代天皇は、神話の
        伝える太陽女神アマテラス以来、なんと125代にもわたっ
        て万世一系を貫いてきたのだから、驚きである。自らの過
        去を忘却否定するのに躍起の国、フランスの子らたるわれ
        ら、こう聞いて、ただ、茫然自失のほかはない。

        ・・・

         そしてまさに、この黙示録的爆撃(JOG注:原爆投下)か
        ら50年目、1995年に、皇后は限りなき抑制をこめて次の
        ように歌っておられるのだ。

            被曝五十年広島の地に静かにも雨降り注ぐ雨の香のし
            て

         その前年のことであった、皇后が、それより半世紀前、
        硫黄島の死闘で日本軍将兵が玉砕をとげたことを偲び、こ
        う手向けられたのは。

            慰霊地は今安らかに水をたたふ如何ばかり君ら水を欲
            (ほ)りけむ

         もう一首、終戦(1945年)記念日に詠まれた御作品を掲げ
        よう。

            海陸(うみくが)のいづへを知らず姿なきあまたの御
            霊(みたま)国護(まも)るらむ
    
■9.自らの根っこを深く辿っていけば■

     ヴェネール氏は、論文をこう結んでいる。

         嘆きなく、憾(うら)みなく、涙なし。

         いや、涙は、われら読者の眼に溢れざるをえないのだ。
        一語一語の重み、わけても「あまたの御霊 国護るらむ」
        の喚起する感動に----。

         これらの調べこそ、つつましき情感をもって歌われた永
        遠の大和魂への讃歌なのだ。どうしてわれら、これに感奮
        なきを得よう。懶惰に眠るヨーロッパ諸国の民族魂を目覚
        ませるべく、あらゆる逆風に抗して挺身しつつあるわれら
        として----。[1,p117]

     ドミニック・ヴェネール氏は、30冊もの著書を持つ歴史家
    ・作家であり、騎士道再見や、ルーツからのヨーロッパ再発見
    などで、「ヨーロッパ諸国の民族魂を目覚ませるべく」活発な
    活動を続けている。そのヴェネール氏が、古代からの大和心に
    根ざした皇后様の御歌に、感奮を覚えたのである。

     自らの根っこを深く辿っていけば、それは他民族の根っこに
    つながっていく。皇后様の御歌集への欧州やアフリカの人々の
    共感は、この事を実証しているのである。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(070) フランスからの日本待望論
    現代人をして守銭奴以外の何者かたらしめるためには世界は
   日本を必要としている。
b. JOG(069) 平和の架け橋
    他者との架け橋を築くための根っこと翼

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 竹本忠雄『皇后宮美智子さま 祈りの御歌』★★★、扶桑社、H20
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「皇后様御歌集に共感した欧州、アフリカの人々」
  に寄せられたおたより

                                         「埼玉生」さんより
     以前、古い詩歌の解説も読ませていただきましたが、丁寧で
    情のこもったもので非常に心打たれました。今回の皇后さまの
    御歌集『瀬音』は、だいぶ前のことですが、私も本屋さんで購
    入して読んだことのある本です。

     今回、伊勢様の文章で、読ませていただいてあらためて、言
    葉の美しさに目を開かれた思いです。特に、「幸くませ真幸く
    ませと」の歌には魅せられました。短歌という5、7で始まる
    叙情形式に、これ以上はピッタリ当てはまる表現はないと思う
    ぐらい、さりげないが、品のある深い感情を湛えた名歌だと思
    いました。

     至福という訳語は適訳でしょうが、それでも、幸くませ真幸
    くませの言の葉が持つ、慎ましさと哀音を秘めた艶やかな響き
    に彩られた歌人と歌われ人の心のやりとりの妙は、このような
    日本語表現ほど繊細に映し出す言語があるのだろうかと、余計
    な心配をしてしまいたくなります。この御歌は、私の手元にあ
    る御歌集には収録されていないようです。比較的最近の御歌な
    のでしょう。良い御歌をご紹介していただいて有難うございま
    した。

                                         「安芸路」さんより
     わたしは、この本とは国民文化研究会の今夏合宿教室で出会
    いました。一読して、わが国は幸せな国なのだ、両陛下は、私
    たち国民がのんびりしている時も、わが国とそこに住む私たち
    のことを思ってらっしゃるのだ。これは、常人にはとても出来
    ないことですが、それをひたすらに行ってらっしゃるのだ。そ
    ういうことを感じました。

     また、皇后陛下や天皇陛下が和歌をお詠みになるにあたり、
    どのような姿勢でお詠みになるかということを紹介する、格好
    のテキストでもありました。そういう観点から見ると、本書は
    和歌に興味を抱いた方や、自らも詠んでみたい方への「指南書」
    にもなっているように思います。できれば、一生で一番考える
    時間を持つことが出来る大学生の皆さんや、子育て中の父母の
    方々に読んで貰いたいです。高貴さや誠実さ、慈しみなど人間
    として忘れてはならない感情について、思いを寄せるすべにな
    るのではないでせうか?
    
■ 編集長・伊勢雅臣より

     皇后陛下の御歌は我々の心中に眠っていた「高貴さや誠実さ、
    慈しみ」を目覚ましてくれます。


                                             kokoroさんより
     すぐに皇后陛下の御歌の本を購入しました。私は和歌などに
    何も知識のない者ですが、以前から皇后様の御歌には何か他の
    御歌とは違うものを感じていました。そして、そのような素晴
    らしいお方を皇后様にいただいて日本人としてなんと幸せな事
    か、誇らしい事かと感じていましたので、今回の記事を拝読さ
    せていただきそれが間違っていなかった事、日本人としてそれ
    がどれほど幸せな事か再確認いたしました。

     しかし、現在御皇室を取り巻く環境は新聞テレビなどマスメ
    ディア、悲惨な状況です。本当に国民に伝えなければならない
    事(多忙な御公務の数々)は伝えようとはせず、プライベート
    な、伝える必要のない部分、つまり触れてはいけない私生活の
    ような事ばかり。これでは皇室は国民の心から離れるばかり
    (それが目的なのでしょう)

     私の読むC新聞での皇室記事の紙面上の取り扱いの酷い事、
    噴飯ものです。(おそらくこの新聞は親半島系と思われます、
    皇室への尊敬などほとんど感じられない掲載姿勢多々。)

     こんな状況に非常に危機感を感じています。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     意図的な皇室攻撃は、わが国を根幹から弱らせようという戦
    略でしょう。

 

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