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■■ Japan On the Globe(575)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

        人物探訪: 宮本邦彦警部の誠実・誠心・誠意 

           「どんな人にもやさしくしていたから、ふみきりの中
           の人を助けようという勇気が出たのだと思いました」
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■1.「誠の碑」■

     東京都板橋区の常盤台交番の前に「誠の碑」が建てられてい
    る。高さ約170センチの石碑で、直径45センチの赤い球を
    3本の脚が支えるというデザインである。

     平成19(2007)年2月、東武東上線の踏切で、女性を救おう
    として電車にはねられ死亡した宮本邦彦警部を称え、地元住民
    が建立したものである。全国から420万円の寄付が集まった
    という。

     赤い球体は、危険を顧みずに女性を救おうとした勇気の表現
    であるという。それを支える3本の石柱は、宮本警部が警察学
    校の卒業アルバムに書いたという「誠実」「誠心」「誠意」の
    三つではないか。

     警察官としての誠実・誠心・誠意が、人を救うために勇気あ
    る行動を生み出した。そのような宮本警部の生き方を、この石
    碑は子どもたちに伝えている。

     その宮本警部を描いた絵本が『伏てぞ止まん ぼく、宮本警
    部です』[1]。幼い子どもたちを、立派な日本人に育てるため
    に、ぜひ読ませてあげたい絵本である。

■2.「世の中は嘘やサギまがいがまかり通っているが」■

     宮本警部は昭和28(1953)年2月、札幌に生まれた。

     子どもの頃、4月1日のエイプリル・フールに、宮本少年は
    姉弟と三人で父親の晩酌に悪ふざけをした。お酒のかわりにお
    湯を入れた徳利を差し出して、「とうさん、お疲れさま。どう
    ぞ」と酌をしたのである。

    「珍しいな」と嬉しそうに飲み干した父親の顔色が変わって、
    宮本少年はさんざんに叱られた。母親がなだめた。

         今日は4月1日、エイプリル・フールですよ。あまり厳
        しく叱らないで。

         かあさん、そんな言い訳で子どもたちを庇(かば)うん
        じゃない。世の中は嘘やサギまがいがまかり通っているが、
        せめて家族の間でだまし合いだけはいやなんだ。

         家族はいつも信頼し合うのが、とうさんとかあさんの願
        いですからね。

     こういう家庭で育った宮本少年は、嘘をつかない誠実さがな
    によりも大切と信じたのだろう。

     学校では読書が大好きで、目立たない子どもだった。それ
    なのに、学級委員に選ばれた。

     母親が「へぇー、すごいじゃないの。意外に人気があるんだ
    ね」と驚くと、宮本少年はこう答えた。

         そうじゃないんだ。もうすぐ修学旅行だけど、みんなハ
        メを外して遊びたいものだから、規則を守る役目をぼくに
        押し付けたんだよ。代表で先生に叱られるのもぼくなんだ
        から、、、

     そう言いつつも、宮本少年は「叱られ役」を誠心誠意、果た
    したに違いない。

■3.「伏してぞ止まん」■
    
     中学に入ると、宮本少年は新聞配達を始めた。冬の寒い朝、
    ふだんは黙ってみている父親が力を貸してくれた。

         少し手伝ってやろう。いったん始めたからには途中で投
        げ出すなよ。「伏してぞ止まん」だぞ、邦彦!

    「伏してぞ止まん」は、いったん始めたからには、前を向いて
    うつ伏せに倒れるまで止めるな、という父親の口癖だった。宮
    本少年はそれから10年間、新聞配達を続けた。父親の教えを
    誠心誠意、実行したのである。

     高校、大学を出て、宮本青年は警視庁から内定通知を受け取
    り、6か月間の警察学校に入った。そこでは厳しい訓練に明け
    暮れた。特に剣道は難関だった。

         卒業までに必ず段位を取ること。しかし宮本、お前の腰
        つきではとても無理だなあ。

         はい、今日も居残り稽古をお願いします。

         宮本、お前の自転車運転は危なっかしいぞ。パトロール
        に自転車は欠かせないのに。

         夜の運転特訓をお願いします。

     宮本青年は剣道にも自転車にも、誠心誠意取り組んだ。そし
    て何とか、卒業式を迎えた。

         卒業おめでとう。実は宮ちゃんだけは「初段」無理だろ
        うと噂し合っていたんだよ。よく頑張ったなあ。

         警察学校で自転車運転の指導をしたのは前代未聞だと教
        官が笑っていたよ。でも他人の目をちっとも気にしないと
        ころが、宮ちゃんの偉いところだね。

         いつだって最善を尽くすことがぼくの取り柄だから。

     卒業アルバムには「誠実・誠心誠意 宮本」と寄せ書きを
    した。

     宮本青年は、卒業後も剣道の稽古をこつこつと続け、ついに
    は三段になった。
    
■4.「ぼくの希望は駐在所勤務!」■

     同期生の間で、将来の志望が話題になった事があった。皆が
    刑事や公安、科学捜査官、機動隊などと志望を語る中で、ニコ
    ニコしながら聞いている宮本青年にお鉢が回ってきて、こう答
    えた。

         ぼくの希望は駐在所勤務!

    「ふーん、宮ちゃんらしいなぁ」と皆は顔を合わせて笑った。

     その願いがかなって、宮本青年は東京都町田市の南大谷駐在
    所で警察官の仕事を始めた。住民の中に溶け込み、仕事に自信
    と誇りを覚えるようになった。「みんなが安心して暮らせるよ
    うに」が口癖となった。

     やがて結婚し、長男が生まれた。夜勤明けの昼食に妻が作っ
    てくれる特製焼きソバが、宮本さんの大好物だった。

     キャンピング・カーを買って、家族で日本中を巡るのが、宮
    本さんの夢だった。妻と息子が、かけがえのない宝だった。
    
■5.町のお巡りさん■

     平成16(2004)年、最後の職場となった板橋区の常盤台交番
    に移った。警察学校卒業以来、すでに27年が経っていた。こ
    こでも多くの子供たちを守ることが、宮本さんの大事な仕事だっ
    た。

         ピッピッピッ、ここは学校の近くだから徐行運転で。子
        供たちの下校時は特に注意して。

         あ、もしもし。先ほどお宅のきよ美ちゃんが、道でお金
        を拾い交番まで届けてくれました。うんと褒めてあげて下
        さいね。

         ピッピッピッ! そこの中学生たち。自転車の二人乗り
        は危険だから止めて。

     子供たちまでが名前を覚えて「宮本さん」と呼びかける。

         宮本さん、お早うございます。

         やあ、お早う、元気だね。よそ見しないで車に気をつけ
        よう。

     自転車の鍵を失くして困っていた子供に、宮本さんはロック
    をはずして、家に帰れるようにしてあげた。

         何でも出来るんだね、宮本さんは。

         修理のプロから教わったことがあるのさ。役に立って良
        かった。

     まさに町のお巡りさんの鑑(かがみ)だった。
    
■6.運命の日■

     平成19年2月6日、運命の日がやってきた。「宮本さん、
    大変だよ。女の人が線路に立っている」と通報があった。宮本
    さんはすぐに駆けつけて、女性を交番に連れてきた。

         ほっといてよ。私、死にたいんだから。

         いや、死んじゃいけないよ。少し落ち着いて。

     すきを見て、女性は交番を飛び出し、踏切から線路に入り、
    「死にたい」と叫んだ。宮本さんは後を追い、必死に連れ戻そ
    うとした。

     そこに急行電車がやってきた。運転手は懸命に急停車を試み
    たが、とても間に合わなかった。

     事故現場に急いだ駅員や警察官たちは、ホーム下のわずかな
    隙間に女性をかばって身を投げ出した宮本さんの姿を見つけた。
    女性は無事だったが、宮本さんは重傷を負った。
    
■7.小学生たちからの見舞いの手紙■

     入院した宮本さんに、近所の小学生から、たくさんの手紙や
    千羽鶴が届けられた。

         自分の命のことを考えずに人の命を救ってすごいですね。
        私は宮本さんにあこがれました。早く元気になってくださ
        い。

         こんにちは。いつもぼくたちを見守ってくれて本当にか
        んしゃしています。まるで神さまみたいに守ってくれるな
        んてすごいです。

     宮本さんが事故にあう直前に、自転車の鍵をなくして助けて
    貰った小学生からも、こんな手紙が届いた。

         宮本さんを板橋区のめいよに思います。早くよくなって
        ください。
        
■8.「誠の火 燃やしつづけし」■

     しかし、小学生や家族の願いもむなしく、6日後に宮本さん
    は亡くなった。また、大勢の小学生から、「宮本さん。今まで
    ありがとうございました」と感謝の手紙やお悔やみの言葉が届
    けられました。

     葬儀の席で、妻はこう挨拶した。

         夫の人間性、性格から考えて、これも天命として受け入
        れようと努力しています。お父さんの行動を誇りに思いま
        す。

     板橋警察署の裏門にはキンモクセイが記念植樹され、碑には
    警視総監の次のような言葉が刻まれた。

         宮本邦彦警部の崇高な警察官魂を末永く継承するため、
        ここに植樹する。

     そして多くの人々からの寄付が寄せられ、冒頭の「誠の碑」
    が建立された。碑文を揮毫した小山天舟・日本書道美術館長の
    歌が記されている。

        誠の火 燃やしつづけし 君がみ魂
            受け継ぎゆかむ いつの世までも

■9.勇気と誠実・誠心・誠意■

     [1]は、宮本警部が一人称で語るスタイルの絵本であるが、
    その中にこんな言葉が出てくる。常盤台交番前の大銀杏(おお
    いちょう)の梢(こずえ)から、子供たちを見下ろす宮本警部
    の霊が語る、という設定である。

         自分のことばかりにこだわると、勇気なんか出ないなぁ。
        ぼくは警察官になってから、いつも、だれかを助けたい、
        みんなのために少しでも力になろうと、それだけを努めて
        きたつもりさ。いざとなったら予想以上の勇気が湧いたよ。
        [1,p26]

     これは絵本の著者が想像して書いた一節だろうが、宮本警部
    の生き様をよく表しているのではないか。

     宮本警部が亡くなった後に送られてきた小学生からの手紙に
    も、次のような一節があった、という。

         男の子の自転車をなおしてあげていたように、ふだんど
        んな人にもやさしくしていたから、ふみきりの中の人を助
        けようという勇気が出たのだと思いました。[1,p30]

      この小学生の言うとおり、「だれかを助けたい、みんなの
     ために少しでも力になろう」と思う「誠実」「誠心」「誠意」
     が、身の危険を顧みずして女性を救った「勇気」を生み出し
     たのである。

     とすれば、冒頭の「誠の碑」で、「誠実」「誠心」「誠意」
    の3本の石柱が、「勇気」を表す赤い玉を支えている、という
    姿そのままである。

     小学生たちの手紙からは、多くの家庭で宮本警部のことを家
    族で話し合った様子が窺われるという。小学生や幼稚園などの
    子どもを持つ家庭では、ぜひこの絵本を子どもたちと一緒に読
    んで、「勇気」とは、「誠実」「誠心」「誠意」とは何か、宮
    本警部の生き様に沿って、話し合ってみてはどうだろうか。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(494) 「直き心」の日本文明
    このように「心のあり方」に重要な価値を 置く文明はほかに
   は見あたらない。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 山口秀範・竹中 俊裕『伏してぞ止まん ぼく、宮本警部です』★★★
   高木書房、H20
 
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「宮本邦彦警部の誠実・誠心・誠意」に寄せられたおたより

                                                 剛さんより
    「宮本邦彦警部の誠実・誠心・誠意」を読ませていただいて、
    涙がこぼれてきました。メルマガを読んで涙するなんて、、、
    と笑われてしまいそうですが、今は亡き小生の父親も交番勤務
    の巡査長でした。派出所勤務の父でしたが、街のおまわりさん
    として、宮本警部とダブるものがありました。

     先日、インドでテロがありましたが、地下鉄に日本の協力に
    感謝の碑があるとか、韓国で学校を作り受勲された日本人の話
    とか、本当に心温まる話をこのメルマガで知り、感動とともに、
    感謝しております。

                                           遠賀太郎さんより
    「宮本邦彦警部の誠実・誠心・誠意」を読ませていただき、感
    動の涙が込み上げてきましたので感想を書かせていただきます。
    宮本邦彦警部のことは新聞などで報道されたことと思いますが、
    詳しい内容はこのメルマガを読むまでは知りませんでした。

     人間が咄嗟の時に取る行動が、その人の本質であるというこ
    とはよくお聞きしています。まさに宮本邦彦警部の崇高な人間
    性の結果であっただろうと考えました。これは宮本邦彦警部の
    持って生まれた性格と家庭環境から育まれたものではないでしょ
    うか。お父様の「伏してぞ止まん」というお言葉を忠実に守っ
    た宮本少年、それを温かく後押しをされた父親の愛があったか
    ら、このように素晴らしい人間性が育ったのだと思います。

     いまこのような子育てをされる親がどのくらいいるのでしょ
    うか。宮本邦彦警部の周りで日々かかわってきた子供たちの言
    動を読むときに大人の優しさ、温かさ、思い遣りが、どのよう
    に子供たちの心を育てるのかも伝わってきます。早速、宮本邦
    彦警部の絵本を注文いたしました。私の孫にも読んで聞かせよ
    うと思っています。ありがとうございました。

                                     「あいりむ」さんりより
     事件が大々的に報道されたときには、さほど関心も示さなかっ
    たのですが、今回宮本警部補の生い立ちから事件に至るまでの
    経緯を読みながら、知らず知らずのうちに涙が溢れ出てきまし
    た。その生き様に感動せざるを得ませんでした。
 
     それは、「犠牲の精神」という悲愴なものではなく、ただ困っ
    ている人がいるから助けなければならない人がいるから助ける、
    という宮本警部補にとっては、当然のようになされたことのよ
    うに思います。

     和食ブームしかり、日本の様々な文化に世界が注目する中で、
    その文化の根底を支えている精神もともに理解されることを願
    うばかりです。

                                       「ねえねえ」さんより
     宮本警部がお亡くなりになった事件のこと、街のみなさんに
    愛されていらしたおまわりさんであったこと、非常に多くの方
    々が警部の死を悼まれたことなどは、ネット上で読んで知って
    いるつもりではありました。が、今号を読ませていただいて自
    分の認識がいかに浅かったかを思い知りました。

     警部のお人柄、思いの強さが非常によく伝わってくる、素晴
    らしい内容でした。わたしのブログで、今号の内容に絡めて感
    じたことを書かせていただきました。
    http://plaza.rakuten.co.jp/neenee3/diary/200812020000
    「わたしはこの本を、日本にいる7歳の甥へのクリスマスプレ
    ゼントにしようと決めた。・・・」

■ 編集長・伊勢雅臣より

     宮本警部の「誠実・誠心・誠意」は、日本文化そのものです
    ね。

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