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■■ Japan On the Globe(578)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

        国柄探訪: きものの叡智 〜 愛・美・礼・和

                   きものに込められた我が先祖の叡智を知ろう
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■1.法王ヨハネ・パウロ2世ときもの■

     1985(昭和60)年、バチカン市国のサン・ピエトロ寺院講堂
    には、法王ヨハネ・パウロ2世に拝謁するために世界中から8
    千人の人々が集まっていた。法王が姿を現すと、どよめきが起
    こり、全員で厳かに祈りを捧げた。

     最前列の1番から100番までの席には、和服を着た日本人
    の一行が座っていた。法王はそれらの人々に向けて、日本語で
    こう挨拶した。

         日本の皆様、よくいらっしゃいました。世界を回って
        日本の伝統的なきものと、きものの美しさを世界に紹介し
        ておられる装道きもの文化使節団の皆様に、私も心からの
        挨拶を贈ります。ありがとう。

     その後、法王はわざわざ壇上から下りて、使節団の団長・装
    道きもの学院院長の山中典士氏の手をしっかりと握り、記念の
    メダルとロザリオを贈った。山中氏は、こうお礼を述べた。

         法王様にまじかにお目にかかることができ、また日本語
        で暖かいお励ましのお言葉をいただき、大変感激しており
        ます。この感激を忘れずに、世界平和に役立ちたいと思い
        ます。今日は法王様に日本の平和の象徴のきものをお贈り
        しますので、ぜひお召しいただきたいと存じます。

     山中氏がきもの一式を献上し、羽織を広げると、法王はその
    場で法衣の上から羽織られ、「ありがとう」と何度もお礼を述
    べ、使節団一人ひとりの手を堅く握られた。この異例の光景に、
    8千人の観衆は期せずしてどよめき、拍手が湧き上がった。
    [1,p193]

■2.「こんなに美しい衣服が地上には存在するのですね」■

     昭和45(1970)年に第一回の「装道礼法きもの文化使節」を
    香港・マカオに送って以来、毎年100名から150名の使節
    団が海外に派遣されてきた。これまで訪問した国は100カ国
    に達し、87都市で「きものパレード」、67会場で「装道講
    演ときものショー」を行っている。参加者は出発から帰国まで、
    きもので通す。

     使節団に参加した若い女性は、次のような感想を語っている。

         どんなに豪華なものを身につけても、ドレス姿では欧米
        の女性には気おくれしてしまいます。プロポーションが違
        いますから。でも、きものを着ると、最高級ホテルでもレ
        ストランでも、格式の高いパーティーの席でも、自信を持っ
        て胸を張っていられます。[1,p199]

     男性も同様で、袴(はかま)をつければ、腰が据わり、腰板
    がついているので、背筋も自然に伸びる。外国人から見れば、
    立派なサムライに見える。

     別の若い女性は、こんな感想を漏らしている。

         きものは、世界のどんな国の人が見ても、美しく魅力的
        なのだということがわかりました。私たち日本の女性には、
        きものという外国人に向かって誇るべきものがあるのです
        ね。私はこれから、洋服を着ているときも、心にきものを
        装わせることにします。そうすれば、どんな人にも引け目
        やコンプレックスを感じずに、胸を張ってつきあっていけ
        ると思います。

    「きものは、世界のどんな国の人が見ても、美しく魅力的なの
    だ」とは、使節団からきものを贈られた人々の感想が証明して
    いる。スペインのソフィア妃殿下は、贈られたきものを着て、
    こんな実感の籠もったメッセージを寄せた。

         美しい。美しいというしかありません。こんなに美しい
        衣服が地上には存在するのですね。

■3.愛と美と礼と和の四つの叡智■
    
     この使節団訪問とともに行われるのが、山中氏による装道講
    演である。山中氏は国連本部からの招請を受けて、1980(昭和
    55)年に「きものと日本の精神文化」、その2年後に「世界
    を包むきものの愛」と題した講演も行っている。

     装道講演は、まず歴訪の目的から語り始める。

         世界は今、物質文明、科学技術文明が進歩し、人間生活
        が大変便利に、豊かに、快適になりました。人類は今、宇
        宙までも征服しようとしています。しかし、世界各地では、
        宗教や民族の違いによる憎しみなどで、殺戮が繰り返され
        ています。また、自然破壊や環境汚染で、地球が危機に瀕
        しているといわれていますが、これは、人間が本来持って
        いる優しい愛の心や、美しく生きようとする美の心、周囲
        の人を尊敬する礼の心、皆と仲良くしようとする和の心を
        現代文明によって失ってしまったからだと思います。
        ・・・

         私は、この日本のきものの中に、現代人が失った、人間
        の理想である愛と美と礼と和の四つの叡智が込められてい
        ることを発見しました。今日は皆様方にそれをお目にかけ
        てご理解いただきたいと思います。[1,p201]
    
■4.きものに込められた愛の智慧■

     この後で、反物を持った5人のモデルが舞台に登場する。幅
    38センチ、長さ約13メートルの反物を広げて見せて、これ
    がきものの原型であることを紹介する。その布はあらかじめ裁
    断され、マジックテープでつないである。

     テープをはずして、それぞれの布を身ごろ、袖、襟などとし
    てモデルの身体にかけて糸で留めていくと、きものの形がほぼ
    できあがる。

         数十年前まではこの布を織り上げるにも愛の心を込め、
        さらにこれを妻は夫のため、母はわが子のために、一針一
        針に愛の心を込めて縫い上げたのです。そうすることで、
        きものは深い愛の心が込められていくのです。

     ついで、きものから糸を引き抜き、マジックテープでつなぐ
    と、また元の反物に戻る。観客は驚いて、一斉に拍手を送る。

     洋服は身体にフィットさせるために曲線裁ちをして、余った
    部分は捨ててしまうが、きものは直線裁ちで、余った部分は端
    を折って調整する(「端折る」から「はしょる」という俗語と
    なった)ので、元の反物に戻せるのである。

         このように、きものはすべて直線裁ちのため、何度も仕
        立て直し、デザインの染め替えができるのです。ですから
        きものは、親から子、子から孫へと、代々引き継がれてゆ
        きます。そしてさらに、手さげ鞄、風呂敷、装飾品、掛け
        軸、布団、座布団、子供の遊具、雑巾など最後までリサイ
        クルできるのです。

         これが、地球環境を守る愛の智慧なのです。また、きも
        のが引き継がれるときには、愛の心を伴った役目も果たし
        ています。実際、私の着ている黒紋付きのこのきものは、
        約百年前、父が結婚式の折りに仕立てたものを兄が着て、
        さらに母が私の寸法に合わせて仕立て直ししてくれたもの
        です。このきものを着ると、父の導き、母の愛をひしひし
        と感じます。[1,p203]
    
■5.美の智慧■

     次に山中氏は、きものに込められた美の智慧について語る。

         洋服は、着る前にデザインが完成されるのに対して、き
        ものは、着る人が着るときにデザインを完成させるのです。
        ですから、一枚のきものは、着る人によって優雅にも無粋
        にも装われます。また、きものはプロポーションを見せる
        表現をしないのが特長です。ですから、きものを美しく装
        うことは芸術であり、教養や品性や感性という心の美の表
        現になるのです。[1,p206]

     西洋のイブニング・ドレスの場合は、着る人はデザイナーが
    デザインしたドレスを身につけるだけで、選択の余地は少ない。
    それに対して、きものの場合は、その下に着て襟元や袖口を見
    せる長襦袢、そして帯、履き物、バッグまたは巾着など、着る
    人自身で、さまざまなコーディネートができる。

     また、イブニング・ドレスは身体の線がそのまま出てしまう。
    若いスタイルの良い女性にはそれで良いだろうが、お年を召し
    た女性、恰幅のよくなった女性にはまことに気の毒である。

     それに対して、きものは身体の線を見せない。したがって、
    若い女性はあでやかさなきもの、中高年女性はしっとりとした
    落ち着いたきもの、というように、年齢や個性に合った美しさ
    を表現することができる。

     まさに、自分に合ったきものを選び、装うことは、それ自体
    が芸術であり、「教養や品性や感性という心の美」の表現なの
    である。
    
■6.礼の智慧■

     第三は、礼の智慧である。

         日本には、昔から、襟を正す、折り目正しく、つつまし
        く、袖振り合うも他生の縁、辻褄が合う、躾をする、など
        の礼を表現する言葉があります。これらはすべて、きもの
        から生まれた礼を表現する言葉で、謙虚な心を表し、相手
        に対する尊敬を表しています。きものは先に述べたように、
        肉体をすっぽりと包みますから、つつましい謙虚な心を育
        むのです。だからこそ以前の日本人は、自己主張を避け、
        相手を尊敬する礼儀作法の習慣を身につけたのです。
        [1,p207]

    「つつましい」の語源は「包む」と同じで、むき出しの心を包
    んで覆う意味である。辻褄の「辻」は「縫い目が十文字に合う
    ところ」、「褄(つま)」は「長着の裾の両端の部分」で、合
    うべき部分が合わないことを「辻褄があわない」という。「躾」
    とは仕立てが正確にできるように、「仕付け糸」で仮縫いをす
    ることから来ている。

     きものを作り、着こなす技術は、日本人に礼の智慧を教えて
    きたのである。
    
■7.立ち居振る舞いの礼■

     さらに、山中氏はきものを着たときの立ち居振る舞いを「装
    道礼法」として教えている。その一部を紹介しよう。[1,p53]

         美しい姿勢
        頭まっすぐ、顎(あご)引いて
        視線は遠く、水平に
        背筋伸ばして、胸を張り
        両腕真横に、指先そろえ
        おなかを引いて、両足そろえ
        天地と我と一直線

         美しい立ち方
        上体ゆらさず、腰うかせ
        爪先たてて、左右の踵(きびす)はなさずに
        左足より、半足すすめ
        上体おしあげ、起ちながら
        左足後ろに引いて、そろえつつ
        すうっと静かに、直立姿勢

     このような気品ある立ち居振る舞いは、自らの姿勢を正すと
    共に、相手に対する礼の心を育てる。
    
■8.人と自然の和、人と人との和■

     最後に、山中氏はきものに込められた「和」の智慧を語る。
    [1,p209] 
    
         日本は、春夏秋冬の美しい四季に恵まれています。昔は
        きものを装う場合に、装う季節の自然の紋様を選んで装い
        ました。そこで、きものを装うことが、自然と調和する心
        を育んできたのです。季節ごとの花鳥風月をきものの絵画
        模様に取り入れてきました。これが自然と調和して生きる
        智慧なのです。

         また、不思議なことに、きものを着ると女性は女性らし
        さを、男性は男性らしさを、男女それぞれの特質を発揮し、
        平等の立場で調和していきます。きものは、人と人とを結
        び、調和させていく、すばらしい智慧の衣服なのです。

     まさに、きものは、人と自然の和、人と人との和を育む働き
    を持っている。
    
■9.形から心に至る「道」の文化■

     講演のしめくくりに、山中氏は、日本の「道」の文化を紹介
    する。[1,p211]

         日本には、繰り返し稽古をすることで身につけていく叡
        智があります。それが形から心に至る「道」の文化です。
        「茶道」「華道」などに代表される「道」の文化は、その
        行為の中で、技術を身につけるだけではなく、礼から道へ、
        人間性を高めていくのが目的です。

     西洋では紅茶の入れ方や、フラワー・アレンジメントは技術
    や芸術とはなっても、それが人間性を高める「道」とまでは考
    えられなかった。「道」こそ日本文化の本質である。

         そこで私は、世界中の人々の共通行為である衣服の装い
        に着目し、それを「道」に高める「装道」を展開していま
        す。毎日繰り返し行う装いの中で、きものに込められてい
        る愛美礼和を身につけ、理想的な美い人生を実現していた
        だきたいのです。

     この装道を教育改革に活かしたいという文部省からの依頼も
    あって、昭和49(1974)年から毎年100人以上の高校の先生
    に装道の教育が行われてきた。以来、3千校の先生方が受講し、
    全国各地の高校できもの教育が行われてきた。あるアンケート
    調査では、きもの教育を受けた女子高生の実に94%が「きも
    のを着たい」と答えている、という。

     平成10(1998)年には、衆議院において「中学校における和
    装教育実施に関する請願」が全会一致で採択され、平成14
    (2002)年度から小中学校の「技術・家庭」の中で、きもの教育
    ができるようになった。

     こうしたきもの教育を通じて、日本のすべての子供たちに、
    我々の先祖が数千年の歳月をかけて育んできた愛・美・礼・和
    の智慧に触れて欲しいと思う。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(494) 「直き心」の日本文明
    このように「心のあり方」に重要な価値を置く文明はほかに
   は見あたらない。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 山中典士『日本人の知らない日本の叡智―きものに込められた
   愛美礼和のこころ』★★★、H14、河出書房新社

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「きものの叡智 〜 愛・美・礼・和」に寄せられたおたより

                                               彦一さんより
     日本人が着物をつくり上げ、着物が日本人をつくり上げてい
    ると知って新しい感激を覚えた。一見ダサイように見える着物
    だが、心までも包み込む事を知って日本人の英知の素晴らしさ
    を発見した。着物がある限り日本人は立ち直れると思う。金と
    力の悲劇的な現代にふくよかな着物を着せる活動を展開したい
    ものだ。

                                               純夫さんより
     1999年,京都で開催されたIEC (国際電気標準会議)のパーティ
    ーで,フランス人委員長の奥様がきものを着ていらっしゃいま
    した。立ち居振る舞い,表情を見て驚きました。元々小柄な方
    であるということもありますが,まるっきり「日本人」なので
    す。そのとき,きものにはそれを身に付けた人の心まで変えて
    いってしまうのだということを実感いたしました。

                                             ヤマトさんより
     和装は身体面機能からみても実にうまくできあがっています。

     先ずは帯が絞められる位置が重要ポイントになります。体内
    中心軸をズラさないためのポイントに巻きつけられているとい
    うこと。男帯は骨盤と股関節にかかるように絞められる。この
    位置が中心軸に固定されると下肢の疲労感がまったく違うもの
    と感じられます。中年者の排泄不快感などの改善にも役立ちま
    す。
    
     女帯は横隔膜を包み込み人間本来の腹式呼吸が容易くできる。
    また体内水分の元栓に当たる小腸と腎臓を支えます。人体は
    70%近く水分です。この水分を調節することは養生訓として
    大いに生かせます。

     最大の特徴は一枚の布を体に巻き付けることです。洋服は自
    由度が大きすぎて下肢関節を開きすぎ亜脱臼状態になっている
    のが現代人の股関節です。『自由』という言葉の持つ危険性が
    ここでも露見します。「自分が楽だからいいじゃない」という
    誤った感覚でいると後々、しっぺ返しがきます。それがギック
    リ腰といわれている症状です。ギックリ腰になりたくなければ
    下肢関節の『束縛』が要求されます。帯を巻いた時のあの感覚
    は忘れていた中心軸感覚が蘇ったものなのです。是非、お試し
    あれ。
 
■ 編集長・伊勢雅臣より

     着物に込められた叡智も、日本文明の産物ですね。
 

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