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        北京五輪をボイコットした砲丸投げ職人の意地

                                                   伊勢雅臣
■転送歓迎■ No.1424 ■ H20.04.07 ■ 9,671 部 ■■■■■■■


     埼玉県富士見市の辻谷政久さん(75)は砲丸作りの名人で
    ある。辻谷さんの作った砲丸を使った選手が1996年アトラ
    ンタから2004年アテネまで3大会連続で砲丸投げの金銀銅
    メダルを独占してきた。

     その辻谷さんが「北京はやめました」と決心した。

         04年8月、サッカーのアジアカップが中国・重慶で開
        かれた際、現地サポーターが見せた日本に対するむき出し
        の憎悪。それが辻谷さんには気がかりだった。悩みに悩ん
        だ末、4大会連続メダル独占の偉業を断念し、砲丸の卸先
        の運動具メーカーに北京五輪用は作らないと伝えた。去年
        の11月のことだ。

        「砲丸は私の分身です。とても中国には出せない。大事に
        使ってくれる選手には申し訳ないが、職人としての意地が
        あります」

         五輪の砲丸は、審査を経て認められた数社の製品が公式
        球となり、選手は競技場でその中から使用球を選ぶ。アテ
        ネでは、決勝に残った8選手中7人が辻谷さんの砲丸を選
        択した。他の砲丸はインド製がかろうじて4位に入っただ
        けだ。

         世界のトップ選手が「1〜2メートルは記録が伸びる」
        と評価する「魔法の砲丸」の辞退で、北京五輪の優勝記録
        が少なくとも1メートルは短くなるとの予測もある。[1]

     自分の作った製品に誇りと愛着を持つのが職人である。だか
    らこそ、その製品を使って貰う客や舞台を選ぶ意地がある。

     そんな職人魂を見せてくれた辻谷さんに敬意と謝意を表した
    い。

■参考■
1. 産経新聞、H20.03.31「【すごいぞ日本】ファイルI 円と球
(1)たった1人の五輪ボイコット」、東京朝刊、1頁
 

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