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■■ Japan On the Globe(616)■■ 国際派日本人養成講座 ■■ 人物探訪: 求道者イチローの原動力 前人未踏の道を行くイチローを駆り立 てているものは何か。 ■転送歓迎■ H21.09.27 ■ 3,192,127 Copies ■ 38,293 Views■ ■1.「満足できるための基準はだれかに勝ったときではない」■ 9月13日、9年連続シーズン200安打のメジャー新記 録を達成したイチローは「解放された。最高ですよ」と安堵の 笑顔を見せた。 108年前のウィリー・キーラ−が記録した8年連続を塗り 替える前人未踏の大記録だが、「人の記録を意識しながらやる のは、気持ちのいいものではない」とも語った[1]。このコメ ントにイチローの野球に向かう姿勢が如実に表れている。 自分にとって、満足できるための基準は少なくともだれ かに勝ったときではない。自分が定めたものを達成したと きに出てくるものです。[2,p10] イチローの目標は、キーラーの記録を破るというような「だ れかに勝つ」ことではない。あくまで「自分が定めたもの」が 目標なのだ。 2004年にジョージ・シスラーの年間257安打という記録を 84年ぶりに更新した時、記者から「これからの目標は」と聞 かれた際の回答にも、この姿勢が現れている。 野球がうまくなりたいんですよね、まだ。そういう実感 が持てたらうれしいですね。これは数字には表れづらいと ころですけど、これはもう僕だけの楽しみというか、僕が 得る感覚ですから。ただそうやって前に進む気持ちがある んであれば、楽しみはいくらでもありますから。ベストに 少しでも近付きたいですね。[2,p34] 今回、イチローが「解放された」と喜んだのは、これでマス コミの騒ぎから解放されて、自らの「ベストに少しでも近付く」 道に戻り、一人静かに楽しみながら、歩んでいけるからだろう。 ■2.首位打者を狙ったら妙な打算が入る■ 打率で首位打者のタイトルを人と争うよりも、安打数にこだ わる所に、イチローの姿勢が見てとれる。 妙な打算が働くから、打席で雑念が入りバットを振るこ とに悪影響を与える。[2,p123] というのが、その理由だ。高打率を維持しようとすると、時 にはボールを待って四球を狙おうというような「雑念」が入る。 ノースリー以外の状況で(フォアボールを取りにいくよ うな)そういう心理状態が表れたら、僕はその打席は負け だと思います。[2,p138] また「他人の打率が落ちてくることを知らないうちに願って いる自分なんて想像したくない」[3,p184]という理由もある。 バッターとしての真価は、一打席でも多くピッチャーに立ち 向かい、一本でも多くのヒットを打つことだというのが、イチ ローの姿勢である。 イチローは日本でのプロ3年目の平成6(1994)年にレギュラ ー選手となるとともに、日本球界初の年間200安打を打ち、 パ・リーグ新記録となる打率3割8分5厘で首位打者を獲得し た。この時に、イチローはこう語っている。 皆さんは打率3割8分のことを評価しますが、僕の心の 中にはまだ6割以上の打ち損じがあるという思いがありま す。それを少しでも減らしていくのが今後の目標です。 [2,p91] 3割8分という高打率で首位打者のタイトルをとっても、そ れはたまたま他の打者より打率が高かったという、人と比較し ての外的な基準に過ぎない。「ベスト」への道は果てしない。 ■3.ライバルではなく同行者■ 2002年、メジャーでの2年目のシーズンの前半終了時点で、 イチローは3割5分7厘で、打率2位の位置につけていた。気 の早い日米のファンは、メジャーでの2年連続首位打者、日本 時代からの通算では9年連続首位打者間違いなしとの予想を立 てていた。 折り返し時点のオールスターで、メジャー屈指の強打者マニ ー・ラミレスが、ロッカールームでイチローにアドバイスを求 めてきた。「スウィングで足を踏み出すと体が投手方向に突っ 込んでしまうのはどうしたら良いのか」と聞くのである。 大リーグにおいては大先輩のラミレスが、2年目の新参者に アドバイスを求めてくる所に、自分と同様、真摯に野球に取り 組む姿勢をイチローは感じとった。 イチローは「体がつっこんでも構わない。(グリップ部分の) 手が後ろに残っていればいい」と助言した。この助言を得て、 ラミレスは後半戦を3割5分4厘と打ちまくり、イチローを抜 いて、自身で初めての首位打者のタイトルを手にした。9年連 続の首位打者を逃したイチローは、後悔もせずにこう言った。 自分がアドバイスした通りにラミレスがやって、それで 結果が出れば嬉しいじゃないですか。僕もアドバイスで言っ たことを同じようにやってきた。自分の考えていたことが それで正しかったということになる。[3,p20] ラミレスは首位打者を争うライバルではない。共に打撃の道 を極めようとする同行者なのだ。 ■4.好敵手を失ったショック■ 一本でも多くの安打を打とうとするイチローにとって、好敵 手はバッターではなく、投手である。2001年の開幕戦、イチロ ーがメジャー公式戦で初めて対戦したピッチャーが、オークラ ンド・アスレチックスのエース、ティム・ハドソンだった。前 年のアメリカン・リーグでの最多勝投手である。そのハドソン にイチローは3打席を完全に抑え込まれ、試合後「あんなピッ チャー見たことない」とコメントした。 150キロ超のストレートがよく動くムービングファースト ボールを自在に操り、フォークボール、チェンジアップの制球 も抜群だった。打者のひざより下のゾーンにしかボールが来な い時もある。空振り三振を狙うよりも、ゴロで打ち取るタイプ だった。イチローが一本でも凡打を少なくしようとするのに対 し、ハドソンは一本でも多く凡打を打たせようとする、いわば 対照的な好敵手だった。 そのハドソンは「チームの勝敗とは別の次元で、僕の技術を 上げてくれるピッチャーだった」とイチローは評価する。それ からの4年間でハドソンとは50打席以上勝負して、2割3分 と大苦戦していた。2004年は15打数6安打で4割と、ようや くハドソンを打てるようになってきた。 さあ、これからという時にショッキングなニュースが舞い込 んだ。球団経営の苦しいアスレチックスがハドソンをナショナ ル・リーグのアトランタ・ブレーブスに放出したのである。リ ーグが違って、ハドソンとの勝負ができなくなってしまった。 ショックでしたよ。去年(2004)のオールスターで初めて 一緒になって、コミュニケーションも少しですが取れるよ うになっていた。これからもっとお互いを意識しながら対 戦できると思っていたのに、、、。彼のように、打者とし ての僕の可能性を上げてくれる、という意識を持たせてく れるピッチャーはそんなにいない。ハドソンには、技術だ けでは対応できない、志の大きさのようなものがありまし たから。[3,p33] ■5.「いま小さなことを多く重ねること」■ イチローは打席に立つと、狙いを定めるようにバットをセン ター方向に向け、左手で右袖の上をつまむ。イチローのトレー ドマークとして、全米でもすっかり有名になった仕草である。 実は、こういう仕草にも、イチローが野球に取り組む独自の姿 勢が表れている。 打席に入る前には、マスコットバットを大きく振り回し、上 半身と脇腹の筋肉をストレッチする。その後は股割りを左に2 回、右に2回。試合用のバットを手に取り、打席に入る直前で 一度屈伸。打席に入ると、上述のルーチンに入る。一連の決まっ た動作を、ほぼ同じリズムで繰り返す。 単純な一連の動きの中に自分を投ずることにより、余計なこ とを考えず、無心の状態を作り出すためだ。高校時代、スポー ツ心理学の専門家から集中力アップのアドバイスを受けたのが 発端で、以後、自分流の改造を積み重ねて、現在の形ができた。 原型が完成したのは、レギュラーとして活躍を始めた平成6 (1994)年だった。 それまでは打席でやっぱりいろいろ考えてしまった。で も、プロに入ってからやっぱりこれではダメだ、と。ただ、 (無心の状態をつくることは)口で言うほど簡単ではない ことですけど。[3,p113] イチローの目指す道は、こうした細かい工夫の積み重ねにあ る。こういう努力の末に、シスラーの年間257安打を84年 ぶりに更新した試合の後で、イチローはこう語っている。 いま小さなことを多く重ねることが、とんでもないとこ ろに行くただ一つの道なんだなというふうに感じてますし。 激アツでしたね、今日は。[2,p12] ■6.バット職人への謝罪■ イチローの細かな工夫は当然、バットにも及ぶ。長さ85セ ンチ、重さ約900グラム。芯で確実にボールを捉えるために、 贅肉を削ぎ落とした極細形状である。 オリックス時代2年目から使っているこのバットを作ってい るのは、ミズノテクニクスの久保田五十一(いそかず)氏。厚 生労働省の「現代の名工100人」に選ばれている。 久保田氏によると、プロ野球選手が使うバットはアオダモ角 材1000本から300本程度しかとれない。それがイチロー 仕様のバットになると12本くらいしかとれない、という。 「あれだけのバットを作ってもらって打てなかったら自分の責 任ですよ」とイチローは語る。[3,p130] 2004年にマリナーズのキャンプを訪れた久保田氏は心に残る シーンを見た。フリー打撃を終えた選手たちがそれぞれのバッ トを芝生の上に放り投げているなか、イチローだけがバットを クラブでそっと包み、まるで眠った赤ん坊をベッドに横たえる ように置いていた。 凡退してバットを地面に叩きつける打者の姿はよく見るが、 それに対して、 打てなかったあとに道具にあたるのもあまりいい感じは しませんね。だってバットが悪いわけじゃないんだから。 モノにあたるくらいなら自分にあたれと思います。 [2,p170] そう語るイチローも一度だけバットを叩きつけたことがある。 平成8(1996)年7月6日、近鉄戦で左腕・小池秀男に三振を喫 したときのことである。その後、イチローは我に返って久保田 氏宛に謝罪の手紙を書いた。久保田氏はこう語る。 何人かの選手から、自分が手がけたバットについてお礼 を言われたことは過去にもありました。でも、バットへの 行為そのものを謝罪されたのはあの一度だけですね。 [3,p130] ■7.「監督に感謝するためにも、いい成績を残したかった」■ これほどの細かな工夫を日々積み重ねてまで、イチローを 「ベストへの道」に駆り立てているものは何なのか。富や名誉 ならもう十二分にあるのだから、それらがいつまでもモチベー ションになっているはずがない。 オリックスに入団した当時、「なぜそんなに厳しいトレーニ ングを自分に課しているのか?」と記者に聞かれて、こう答え ている。 僕がこんなにトレーニングをしている理由は簡単なこと です。僕を獲ってくれたスカウトの方に失礼があってはい けませんから、、、[2,p45] このスカウトとは、イチローをドラフト4位で指名した三輪 田勝利氏である。三輪田氏は入団当初もいろいろ悩んでいたイ チローに温かい言葉をかけて励ましてくれた。三輪田氏はその 後、ドラフトをめぐるトラブルに巻き込まれて自ら命を絶ち、 今は神戸港を臨む山あいの墓地に眠っている。 イチローは毎年のシーズンオフに三輪田氏の墓を訪れ、花束 とセブンスター、缶ビールを供える。そのたびに、「僕を獲っ てくれたスカウトの方に失礼があってはいけませんから」とい う思いを新たにしているのではないか。 イチローにはもう一人の恩人がいる。当時のオリックス監督 仰木彬(おおぎあきら)氏である。仰木監督はイチローの才能を 見抜き、選手名を「鈴木」から「イチロー」として、レギュラ ーの2番打者に抜擢した。 僕は仰木監督によって生き返らせてもらったと思ってい ます。監督はたとえ数試合、安打が出なくても、根気よく 使ってくれました。その監督に感謝するためにも、いい成 績を残したかった。[2,p44] ■8.「感謝の心」こそ原動力 スポーツ心理学では、選手が感謝の心を持ち、誰かのために 一生懸命練習し、プレーすることで、とてつもないエネルギー を発揮できることを明らかにしている。 今年3月23日、野球世界一を決めるWBC(ワールド・ベ ースボール・クラシック)での韓国との決勝戦。同点で迎えた 延長10回2死2、3塁で、イチローは鮮やかなヒットを放っ て勝利を決めた。 日本代表チームの主将に任命されたイチローは「日の丸に恥 じないように」を合い言葉とし、チーム一丸となって戦ってき たが、イチロー自身はそれまで打率2割1分1厘と不調に苦し んでいた。しかし最後の最後で、応援してくれている日本中の ファンに感謝し、その期待に応えようとする気持ちが歴史的な ヒットを生んだ。 「感謝の心」こそ、求道者イチローの原動力なのである。 (文責:伊勢雅臣) ■リンク■ a. JOG(376) イチロー、現代の求道者 イチローは宮本武蔵などの剣聖と並べてみると、よく似合う だろう。 b. JOG(275) イチロー少年の育て方 現代の脳科学が明らかにする、やる気のある子の育て方、教 育荒廃の防ぎ方。 ■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け) →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。 1. 読売新聞、H21.09.15「イチロー『解放された』9年連続200 安打 孤高の安堵」、東京朝刊、1頁 2. 児玉光雄『イチロー思考―孤高を貫き、成功をつかむ77の工夫』★★★、 東邦出版、H16 3. 小西慶三『イチローの流儀』★★★、新潮文庫 H21© 平成21年 [伊勢雅臣]. All rights reserved.