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Common Sense: ある海上保安官の「報国」

 「一人の日本人が日本のために、当たり前のことをやるだけ」と一色正春・海上保安官は尖閣ビデオ公開を決意した。

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■1.「こんなことが許されていいのだろうか」

 平成22(2010)年9月24日夕刻、尖閣諸島沖で海上保安部の巡視船に体当たりをした中国漁船の船長が釈放されるらしい、という噂が流れたので、一色正春・海上保安官は巡視船内で唯一、テレビを見ることができる食堂へ急いだ。すでに皆が集まり、固唾(かたず)を呑んでテレビ画面を見つめていた。

 ニュースが始まると同時に、テレビ画面に「中国人船長を釈放」のテロップが流れた。その瞬間に一斉にどよめきが起こり、次々に「なぜだ」という声が湧き上がった。一色氏は、その時、自分の耳を疑うとともに、夢ではないかと一瞬思った。

 こんなことが許されていいのだろうか。処分保留で釈放とは聞こえはいいが、事実上は「無罪放免」ではないか。日本は法治国家だと信じ、危険を顧みずに、法令の遵守を図ってきた自分たちの仕事は何だったのだろう。

 画面が変わり、釈放の理由を苦しそうに述べる那覇地検の次席検事が映った。「我が国国民への影響と今後の日中関係を考慮すると、これ以上、身柄の拘束を継続して捜査を続けることは相当でないと判断した」とのコメントを述べた。

 検察が「日中関係を考慮」などという判断を下すはずがない。明らかに誰かに言わされているのだ、検察もつらいのだと、一色氏は感じた。と、同時に、これで済むわけがない、と思った。日本が引いたと見るや、次に中国側は謝罪と賠償を要求してくるであろう。


■2.中国人船長のVサイン

 衝突事件が起こった当日、尖閣諸島周辺には約150隻の中国漁船がおり、そのうちの約30隻が日本の領海に侵入していた。

 石垣島の漁師は尖閣諸島沖の海域に行くと、中国漁船とトラブルになり漁具のロープを勝手に切られることがよくある。その際に文句を言うと、相手の数に押し切られ、逆に暴行を加えられそうになる。

 だから日本の漁師は海上保安庁を頼りにせざるをえない。その海上保安庁の巡視船に対しても、わざとぶつけてきた中国漁船があったのだ。

 釈放の翌日、中国人船長はチャーター機で凱旋帰国し、タラップの上で行ったVサインは多くの日本人の心を逆なでにした。

 出迎えた周りの人間は、中国人船長を英雄扱いにした。船長は「日本の(取り締まり)は怖くない」「また釣魚島に行き、漁を行う」とコメントした。中国漁船の領海侵入は、今後、ますます増えていくだろう。

 そして案の上、中国政府は日本政府に対して謝罪と賠償を求めてきた。「どこまで無法なのであろう」と一色氏は思った。


■3.中国が明確な意図を持って侵略を開始した可能性

 一色氏は、この衝突事件をふり返って、中国が明確な意図を持って侵略を開始した可能性があると考えるようになった。

 中国には周辺海域の諸島を実力で奪った前科がある。南シナ海の中ほどに浮かぶスプラトリー(南沙)諸島は、中国、フィリピン、ベトナムなどが領有権を主張していたが、1987(昭和62)年年から翌年にかけて中国は一部の環礁を占拠し、さらにフィリピンから米軍が撤退した92年以降、侵出を加速させて、軍事基地化を進めた。[a]

 尖閣諸島付近に中国漁船が大量に来るようになったのは、2010年に入ってからだ。尖閣諸島付近の日本領海内での中国漁船に対する立ち入り検査の数は、2009年には0件だったが、2010年9月までで14件にも上る。

 立ち入り検査とは、領海に侵入して、海上保安庁の巡視船が領海外への退去を求め、それに従わない場合のみ行われる。したがって、領海に侵入してきた中国漁船はその数十倍いたはずである。中国政府の許可なしに、中国漁船がこれだけ急に領海侵入をし始めることは考えられない。


■4.「ビデオを公開して真実を世界に知らしめねばならない」

 衝突現場のビデオは、海上保安庁の人間なら誰でも見られるようになっていた。一色氏はそれを見て、中国漁船が自己の意思で巡視船に体当たりしているのが分かった。

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 普通は、誰でも急に自分の船が衝突したら驚くものであるが、彼らは衝突の前後に平然と作業しており、あらかじめ衝突することを知っていたように見える。それは不意をつかれた海上保安官の慌てぶりと比較するとよくわかる。[1,p50]
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 しかし、政府与党は10月7日にビデオを非公開にすることに決定したと報じられた。そして中国では10月16日以降、反日デモが発生するようになった。

 中国政府は「一部の群衆が、日本側の一連の誤った言行に義憤を示すことは理解できる」とまで述べた。中国政府の言う「日本側の誤った言行」とは、「巡視船が中国漁船に体当たりして船長を逮捕した」ということのようだ。

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 しかし、この事件を自分勝手に作り替えて自国民に伝えたのは中国政府そのものである。

 ビデオを非公開にしたまま、このような嘘を放置していいわけがない。

 ビデオを公開して真実を世界に知らしめねばならない。

 ビデオに映った真実が世界に公開されれば、中国政府の嘘が白日の下にさらされ、やはり日本が正しいと世界が認めるであろう。

 それなのに一向にビデオは公開されない。[1,p87]
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 ビデオが公開されない現状に対して、一色氏は、「このままではいけない。正規のルートで公開されないなら、どんな方法でも公開されなければいけない」、と考えるようになった。


■5.「一人の日本人が日本のために、当たり前のことをやるだけ」
 海上保安庁には、取り締まり現場のビデオを公開するのは当然、という雰囲気があった。

 たとえば、平成13(2001)年12月に我が国領海に不法侵入した北朝鮮工作船が、追跡された海上保安庁巡視船を銃撃した挙げ句に、自爆自沈した事件では、扇千景国土交通相(当時)が、即坐に「映像を国民に広く見てもらうべきだ」と指示した。[b,c]

 その結果、北朝鮮側からの激しい攻撃が明らかになり、また「海保の攻撃で船が沈没した」などと反日宣伝が広まるのを防いだ。

 それに対して、現在の政府が、ビデオを秘密扱いにする理由は、まるで納得のいかないものだった。

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 私には「国民が知れば国益を損なう」という理屈は、国民に対する不信感や愚民感の表れのような気がする。「国民は馬鹿なので事実を知らせても正しい判断ができないので、事実などとても知らせることなどできない」と言っているようなものである。自分たちを選んでくれた国民には正しい判断などできないと。
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 一色氏は、このビデオが国家公務員が守らなければならない秘密ではない、と確信していたが、反面、組織として秘密を指示された以上、それを破ることで組織内の多くの人々に迷惑をかけるだろうということを十分に自覚していた。この矛盾に悩む日々が続いた。

 しかし、憲法15条には、「すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」と謳われている。やがて、一色氏の心の中に、組織の利益より国全体の利益を優先すべきではないか、という気持ちが固まっていった。

 ただ、組織の末端の一公務員が、何が国益か勝手に判断してよいのか、という疑問は最後まで残った。

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 その疑問に対しては、このビデオを公開することが、もし公務員として許されないことだとしても、私は公務員である前に一人の日本人でもあるのだから、公務員を辞めさえすればいいのだと考えた。そうすれ単純に一人の日本人が日本のために、当たり前のことをやるだけなのである。[1,p104]
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 ただ、こういう事で公務員を辞める事で、妻や子どもたちを犠牲にしてしまう事についても、非常に悩んだ。余計な苦労をかけることになるが、事実を話して許してもらうしかない。許してくれなければ一生かかっても、それを償うだけだ、と考えた。


■6.「日本のすべての子供たちの将来のために」

 11月4日、久しぶりの休日で午前中は家でゆっくりしていたが、頭の中はビデオのことでいっぱいであった。

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 ふと子供の顔を見ながら、「やはりこのままではいけない」「こいつらのためにも、一時的に苦労はかけるが大人ができることをやらねばならない」と思い、この日に実行することを決意した。

 自分の子供のためにだけではなく、日本のすべての子供たちの将来のために。[1,p123]
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 夕食後、一色氏は、三宮周辺の繁華街に行き、漫画喫茶を探して、そこのパソコンでYouYubeに動画ファイルを投稿した。

 翌朝のテレビ画面では、どこの局も中国漁船が巡視船に体当たりする映像が流されていた。一色氏は、インターネットの反応の早さに驚いた。

 しかし、その論調は「国家機密漏洩の犯人を捜せ」というもので、一色氏が本来望んだ尖閣自体に関する議論がされていないことに失望感を覚えるとともに、ここで迂闊(うかつ)に名乗り出ると、議論がますます変な方向に行ってしまうので、メディアが犯人捜しに飽きて、本来の問題に着目するまで時間を稼がなければならない、と思った。

 一色氏は普段通り、巡視船に出勤すると、船の中は、ビデオ流出の話題で持ちきりであった。つとめて平静を装いながら勤務していたが、今後、起こることに皆を巻き込んでしまうこと、特に船長は監督責任を問われることが間違いないために、申し訳ない、という気持ちでいっぱいだった。

 夕食後、一色氏は奥さんに電話して、自分がやったと打ち明けた。奥さんは突然、泣き出したが、一色氏が「国のため国民のためにやったのだ」と言うと、「私も日本に住んでいる人間の一人として、あなたに感謝し、そしてあなたの妻であることを誇りに思う」とまで言ってくれた。


■7.「私がやりました」

 10月10日には、YouYubeの投稿元が、神戸の漫画喫茶であることが判明していた。一色氏は捜査が周辺に及んできたと覚悟し、身の回りを整理した。

 午前9時前に航海当直が終わり、事務室に行くと、船長が遠回しに聞いてきたので、疑われていることを悟った。船長が最後に、「お前どうなんだ」と聞くと、尊敬している船長に嘘をつくという選択肢はなかったので、「私がやりました」と答えた。

 船長は自首を勧めたが、一色氏は「自首というのは犯罪を行ったものがやることで、私は罪を犯していないので、自首はしません」と答えた。

 船長ははらわたが煮えくりかえるほど怒っていただろうが、そんな事はおくびにも出さず、文句の一つも言わずに、事件の処理にとりかかった。一色氏は、船長に話をした後で、甲板に出て、明石海峡の景色を見ながら、もうここへ来ることはないだろう、と思った。

 その後、一色氏は国家公務員法(守秘義務)違反容疑で書類送検されたが、検察では「秘密性は高くない」との意見が大勢を占め、起訴猶予処分とされた。そして、いざとなれば「公務員を辞める」という自らの覚悟通りに、海上保安庁を依願退職をした。


■8.民主党政権の犯罪的行為に対する「内部告発」

 一色氏が職を犠牲にしてまで、ビデオを公開した結果はどうであったか。中国政府は、ビデオ流出前には、日本政府に謝罪と賠償を求める、と居丈高だったが、流出後は急にその威勢を失った。ビデオを見れば、中国漁船がぶつかってきたのは明らかなのだから、さすがの中国政府もこれ以上のごり押しはできないと悟ったのであろう。

「国民が知れば国益を損なう」という政府の言い分はどうなったのか? ビデオ流出で国民が事実を知ったことで、どのような国益が損なわれたのか? 日本国民が尖閣諸島に関する問題意識を高めることによって損なわれたのは、中国の国益であろう。

 一色氏の行為を、石原慎太郎・東京都知事は「内部告発」と称揚した。企業や役所が、組織ぐるみで犯罪を犯している時に、それを内部から外部に告発する行為が「内部告発」であり、組織の正常化のために有効な手段である。

 民主党政権がビデオを秘密扱いしたのは、まさに日本の国益を犠牲にしても、中国との外交問題を丸く収めて、自らの政権維持を図ろうという私利私欲のためであろう。ビデオ流出は、政府の犯罪的行為を告発したのである。

 自らの職業人生を犠牲にしても、国のため国民のためにビデオを流出させた一色氏の行為に、多くの国民が応援や感謝の手紙、FAXを送った。

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(152) 今日の南沙は明日の尖閣
 米軍がフィリッピンから引き揚げた途端に、中国は南沙諸島の軍事基地化を加速した。

b. JOG(675) 海防人(うみさきもり)の戦い(上)
 北朝鮮の工作船は突如、海上保安庁の巡視船に向けて、銃弾を浴びせた。

c. JOG(676) 海防人(うみさきもり)の戦い(下)
「未来永劫いまの体制で尖閣諸島を守っていけるとはとても考えられません」


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
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1. 一色正春『何かのために sengoku38の告白』★★★、朝日新聞出版、H22


■「ある海上保安官の『報国』」に寄せられたおたより

■AZUさんより

天皇陛下の国民を思ってくださるお心、一色さんの国を思うお気持ちは、今の日本に一筋の光ではないかと感じます。震災前から、国を思う気持ちのない政治家が多く、情けない気持ちですが、私達一人ひとりも、もっと日本を大切に思う心がなければいけないんだと思います。

政治家のせいばかりにして、文句を言うより、自分達がこの国に対して、何ができるんだろうと真剣に考えなければいけない気がします。

国を思う人が増えれば、きっときっと日本は素晴らしい国に生まれ変われると感じます。

愛国心=軍国主義ではないこと、憲法9条が平和の為のお守りではないこと、自分の国は自分達で守ること、などなど私達が今考えなければいけないことが沢山ある気がします。

 

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