[磐 田]

駅前にジュビロ磐田のマスコット。

 ホームベース前に両チーム整列。いきなり嫌な予感がした。片方のチームは相手チームより10人分ほど列が短いのだ。案の定、この試合は短い方の六回コールド負けで終わった。スコアは0-10。
 東海地区大学野球連盟の開幕節。静岡、岐阜、三重の3県にまたがるリーグで、昔は他の連盟同様一部〜下部リーグ体制でリーグ戦を行っていたが99年度より県別でリーグ戦を行う方式に移行。ありがちな発想ではあったが、複数都府県にまたがる連盟のいずれもそれを実行していなかったので当時は結構好意的な反応が多かった。特に遠征の負担を減らせるメリットは言われていた。
 が、そうなると懸念されるのが各県リーグ内での実力格差問題が起きる事で、この試合でもモロにそれが露呈したと言える。
 試合前のシートノックから何か気になるものはあった。動きにキレがないというか、そういう感じなのだ。またノッカーが若い。地方の大学では選手が監督兼任という事もあるが、そのパターンだろうか。いや違う。彼、坂田義之はれっきとした専任の監督であり、この04年以来勝っていないという静岡理工科大学(以下「静理大」)のOBであり、この静岡リーグで2度首位打者になっている偉大な先輩なのだ。


いきなり戦力格差が。

 東京六大学に例えると、静理大から首位打者が出るというのは、東大から首位打者が出るようなものだと言えば「あ、静岡リーグにも東京六大学と似たような構図があるのか」と大体の野球ファンは直感する事だろう。が、ちょっと違うと僕は思っている。
 相手の浜松大学は昨秋3位、何度か優勝もしている。静理大は0勝12敗の7位。そして6位の静岡大が4勝10敗、ここが肝心。つまり「6大学」までは一応リーグ戦が形になっているその下での7位なのだ。この「プラス1感」。静理大のライバル的チームがあって8大学ならまだそれなりの伝統みたいなものが築かれてきた気がする。単に奇数という事ではない「6大学プラス1」という構図こそが六大学にはない「静岡七大学リーグ」のキモなのだ。
 静理大の先発は右の小澤。眼鏡をかけて理工系という風貌だが、他の選手も髪がボサボサだったりで大学アスリートっぽくない。楽しんで野球やってます感がみなぎっているが、3県合同で行っていた頃は同じレベルのチームと戦っていた筈で、明らかに格上のチームと同じリーグにさせられている今、関係者一同どんな思いで日々野球をやっているのだろう。
 そんな中でかつて首位打者に輝いた坂田監督の采配ぶりこそが見ものだ。飛び抜けた弱小チームに伝説のOB監督。こんなシチュエーションは静岡七大学リーグにしかない。


選手名が表示できないスコアボード。守備位置だけ表示してどうするのだ。

 はてこの小澤投手がどこまでもつか、て言うか監督が「采配できる形」をどこまで保てるか。一回表、試合の行方を占う浜松大の攻撃。ここであらかじめ弁解するが、磐田城山球場には選手名の表示がなく、音響は良くなく、リーグのガイドブックには背番号の表記もないため選手の名前がわからず、情けないが背番号表記とする。なぜ投手の名前はわかるのかというと、名前を聴きとるのに一応集中していたのだった。一番#23をファーストゴロに打ち取る小澤。2球目、左打者の内角を果敢に攻めたが初球は外のボール。2つストライクを取ってみないとその投手の勝負強さみたいなものはわからない(自分の場合)。
 二番#9。四球だが一つファールを打たせただけでひとつもストライクを取ってない。三番#24の2球目ではじめてストライクを取る。カウント2-1、仕掛け時。何かやるだろうというところでエンドランが完璧に決まって1点目。東大の試合を見慣れている身としてはここで試合が決まりそうな気がしたが四番#29を三振に取る。が、これが唯一の三振。五番#1で牽制暴投があり走者三塁のピンチを招くがサードゴロに打ち取る。試合を作れるか作れないかと言うと非常に微妙な感じ。


浜松大の選手は何となく体格からして違う。

 監督の采配がどうのという問題は、投手が試合を作る事が前提になる。偉大なOB監督がどこで仕掛けるか。見せ場はあるか。そう考えると東大の試合より要注目な気もする。二回表、六番#6は四球。1-2と有利なカウントから3つ連続ボールというのが、何か負けに行っているような雰囲気を感じさせる。しかし続く#3をセカンドゴロに打たせると(一塁はセーフ)「ボール球を打たせて捕るのが俺のスタイルなのだ」と言いたげな感じもする。しかし何だか「ストライクゾーンで勝負できないんじゃないか」疑惑が拭えなかったりする。
 八番#10に変化球でストライク。驚きの新展開。ボールの後空振り。俄然冴えてきて投ゴロに(一塁はセーフ)。この#10を牽制でアウト。何か凄く良い投手を見ている気になる。実力は他校に劣るのだろうが、そこは成り行きで強豪校と同じリーグでやっている、部員13人の野球部を支えるエース格。それらしい振る舞いを見ている気になる。
 二回にして浜松大は選手交代。誰がどう変わったのか音響が悪くて聴き取れず、選手名の表示もない。そこそこの人数が収容できる野球場で観客に対する配慮はあまりない。東京六大学ばりにチアリーダーがいたりしたら「いいぞ〜小澤ちゃっちゃっちゃちゃちゃ」ぐらいには盛り上がっていただろう。


メインエントランスが一塁側に。変則的な磐田城山球場。

 そんな投球を四回までしたのだった。五回までやったら正に「試合を作った」と言える内容だったが、味方がわずか1安打で監督も何かしようにもできない感じ。四回は1安打もゴロ2つ、外野フライ1つ。初球ボールで2球目を打たせるパターンが目立つ。二回の投球で何か掴んだのだろうか。安打の走者が二盗した時捕手が悪送球。四回も高目の球を捕れず三塁走者を生還させかける(アウトだったが)。暴投か捕逸かわからないが、捕れない球では全然ない。四回の1点は二ゴロのエラーによるもので、小澤はちょっと守備に足を引っ張られている感じ。
 試合はここまで(笑)。五回、「この辺で終わらすか」とばかりに打ち出す浜松大。「5点にしておくか」とばかりに5点取るのが憎たらしい。なんだかいけ好かないのが、出塁した打者にことごとく代走を出すところ。「あと頼むわ」と言わんばかりにベンチに下がる主力。六回は「あと3点か」と言わんばかりに3点。計10点で六回コールド。
 東京六大学リーグにコールドはない。そうか、ここは静岡なのだと我にかえる。そのくらい静理大を東大と重ねて観てしまっていたのだ。
 しかし静理大野球部は東大のように「立場を保証された弱小」ではない。「こんな野球部に部費を云々」などと陰口も言われたらしい。しかし2011年春、ついに連敗を172で止める。そのマウンドにいたのは小澤投手だった。
 静理大野球部の辿った運命は本一冊書けるほどの、スポーツ界のれっきとしたサイドストーリーだろう。「七大学」が良いのか、3県合同で下部リーグ制に戻すか、どちらが良いのか。スポーツの価値観で言えば後者なのだろう。しかし静理大野球部のストーリーを思うと、今の体制だからこそ生まれたドラマだとも言える。


もっと一般の学生が応援するようになれば。

 その辺は何が正解なのか何とも言えないのだが、スポーツ界の結構普遍的な問題であって、その構図が本当にあるのは、大学野球ではこの静岡だけなのだ。この問題は断片的に色んな人が語りはするが、表立って話題になる事はあまりない。地元メディアを巻き込んでこの論争(?)を盛り上げる事が出来るのはこの静岡しかない。
 スタンドに一般の学生が詰めかけ、盛り上がりながら応援するのが「学生スポーツ」の理想の姿だと思う。スポーツ部の学生とそうでない学生の世界があまりにも離れている図は、ひとつの学校としては悲しいものがある。だからチームの「存在意義」みたいなものが密室でどうこうされるのではなく、表立って語られれば良い。「地域のスポーツを盛り上げる」というのは、そういう事だろう。(2009.4)

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