パラサイト関の翻訳ミステリ・アワー



■このコーナーは、ページ制作者(ストラングル・成田)の後輩にして、
ヤキのまわったミステリ・ファン、関氏(米国サンノゼ在住)のメールを基に
構成したものです。苦情等は、本人に転送いたします。
色違いは、成田氏のチャチャ入れ。


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2002.12.30 何故かアリンガム
 雨の続くベイエリアの年末。クリスマスには始めてチキン丸ごとオーヴン焼きにチャレンジ。出来はまずまず。股間から、中に詰め物(ガーリックピラフ)した時は、産婦人科のような気分でした。裸のチキンが何とも艶かしくて。HMMも最近の作家特集(スレッサー追悼、ランズデール、マクベイン、ディーヴァー、ブロック)は中々のラインナップで、書誌と特集と短編が読ませる。順不同に随時チェック結果をこの場で報告したい(ものである)。
 で、今回は集中連載のアリンガムをば。
 『無邪気な人求む』 マージェリー・アリンガム ☆☆★
 46年作のノン・シリーズ中篇。天涯孤独なギリアン(二十歳)が、同窓会パーティで再会した裕福なリタ夫人に誘われて病気の旦那の話し相手役に雇われ、邸宅に移り住むことから起こる毒殺事件。純情なギリアンが、取り巻きの老練な使用人達や心に傷を負った旦那との恋の芽生え、冷たい感じの警視に真っ先に疑われて右往左往する心情はなかなか。但し、事件の真相そのものは派手なトリッキーさはなく、先般訳出された『霧の中の虎』同様、今一つノれない(この最高傑作とやらには割りと冷淡です)。嘗て、HMMで読んだ短編「紅茶もまだ温かく」は、人間消失にユニークなオチを着けて、さり気ない中にも気の効いた英国本格の味があったものだが。どうやら、この人の心情はトリッキーなものにはないようだ。(HMM 02.11~03.1)

 昔、年越し用に中華風の鶏の詰め物をつくったことがあって、関と同じような感想をもったものである。味はすこぶる良かったのだけれど、それ一回限りに終わってしまったなあ。アリンガム、やや読む気が失せる。 



2002.12.27 年の瀬の東京
 去る9日から一週間、出張で東京に滞在。到着日は何と雪で、成田エキスプレス大幅に遅れる。最終日に書店散策。このミス、本格ミステリベスト(始めて買ったけど、このミスのコピーみたいな本ですね)両方に霞流一インタビューが!時の人って感じすね。相変わらず商魂逞しい各書店のミステリベスト10平積みには、今や年の瀬のアメ横風景のような風格が。海外1位の「飛蝗の農場」って、重いサイコサスペンスのようだったので、パスしました。ディーヴァーの新刊文庫と、6位の「壜の中の手記」のみ購入。後者は冒頭の短編、フリークス趣味満載で昔の俺ならもんどりうって狂喜していたな。帰国後、新聞広告で鮎川哲也の追悼本と小林信彦の新刊を知る。ネットで購入せねば。

『フォート探偵団ファイル@ 牙王城の惨劇』 霞 流一 ☆☆☆
 「ドク」こと刃狩紋太郎を中心とした高校生のクラブ、フォート探偵団もの。文中イラストや表紙も恥ずかしいティーンノベルス初体験。でも、そこはそれ霞流一スピリット満載で、手抜きの無い堂々たる一編。ワニをテーマに、牙王城の中で繰り広げられる様々な超常現象や二件の足跡の無い殺人に、いつもながらの合理的なオチが着けられる(殊に甲冑騎士の籠かきの何と言う必然的なトリック!)。惜しむらくは、釣べ打ちの超常現象の描写が淡白過ぎでは?エンディングで予告の空飛ぶペンギンの次回作を待つ。(富士見ミステリー文庫)
『首断ち六地蔵』 霞 流一 ☆☆☆☆★★
 奇蹟鑑定人シリーズのワトスン役、魚間岳士と空腹の僧侶、風峰のコンビ、これに「スティームタイガー」の蜂草輝良里も絡んで、連作短編を成す。いやもう、「毒入りチョコレート」も、レオ・ブルースも裸足で逃げ出す多重解決の嵐。濃過ぎる。四つの密室殺人と二つの足跡の無い殺人を彩る四重五重の解決とトリック。六つの地蔵と新興宗教「浄夢の和院」の犯人探し。妖異金瓶梅、大阪圭吉、「殺しのリハーサル」(傑作だった!)そして著者が偏愛する「Zの悲劇」テイストが横溢の豪華絢爛、贅沢極まりない超絶技巧の数々。最終章の超どんでん返しに世界は反転し、目くるめく本格曼荼羅に只々呆然です。最上作と考える「スティームタイガー」に肉迫の一大傑作。(光文社 カッパノベルス)

 東京でミステリ買い付け。逆植草甚一状態か。「飛蝗の農場」は、サイ君が買ってきたので、感想を聴いてみよう。


2002.12.8 ニューオリンズの葬送

 サンクスギビングの連休に、ニューオリンズに行く。古い街並を残すフレンチ・クォーターで、名物のケージャン料理やクレオール料理を堪能。ついでに、本場のジャズ演奏も鑑賞す。西海岸と違い黒人の雨嵐で、一歩通りを離れると正に黒人街。金をたかられたり、不快な目に会う。ミステリ者にはT.ウィリアムズより、表題作のジェリー・スミス所縁の地と言った方が良いか。これで、ポケミスを読む時ぐっと親近感が増すと言うもの。

『その死者の名は』 エリザベス・フェラーズ ☆☆★★
 トビー・ダイク・シリーズ第一作にて、作者のデビュー作だが、40年の作品とは思えぬ斬新で巧緻なプロット。既に完成されたスタイルは、習作臭が微塵も無く、トビーとジョージのノリは最初から全開だったのだと判る。ラスト、アクロバティックに事件をひっくり返す荒業は、小粒ながら感心。惜しむらくは伏線の利きが今一つで、「猿〜」などに劣ること。しかし、半世紀以上も未紹介だったのが、不思議なほどの傑作シリーズだ。未訳の次作Your Neck in a Nooseが待たれる。(創元推理文庫)
 これは往路の飛行機で読了した。復路で読んだ霞流一(何と言う贅沢な組み合わせ!)は、また今度。
 先日のムービング・セールで、ナンシー関の「何様のつもり」(角川文庫)を買い、始めてまとめて読んだが、ケッコー読ませる(笑)。シニカルな切り口が例えば往時のつかこうへい風で但しあそこまで奔放ではなく、抑制の効いているのが良い。でも、マスコミ芸能人がこぞってこの毒舌家に誉めてもらおうと、ご機嫌取りする図には閉口だ。よく知らないが晩年はミイラ取りがミイラになっていたような。
 「何様のつもり」と言えば、小林信彦。今度の「テレビの黄金時代」(文芸春秋)は、テレビ裏方時代の自画自賛史で、既にキネ旬から同様のムック本を出しているのに飽き足らず、再び自分の黄金時代の思い出をなぞった本だ。そこにはテレビ史で評価の定まっている人々へのおもねりと、自分との係わりの自慢が、大橋巨泉など今バッシングしても叩かれそうもない人々への心おきない攻撃が散りばめられており、そのそろばんずくの筆には小者ぶりが露見している。生きてる内にナンシー関の消しゴム版画評で、一刀両断してもらいたかったな。
  来週、再び日本へ出張。今度は何を買って来ようか。

 
 ニューオリンズ、東京。かなり羨ましい。ナンシー関、惜しい人をなくした。芸能人とは、浅草キッドを除き、一線を画していたのも良し。なかなか出来ることはではない。「テレビの黄金時代」評は
、辛いですなあ。



2002.11.8 サンフランシスコの夜
 冬の雨季が到来し、昨日はバケツをひっくり返したような豪雨と狂風であった。火曜日にサンフランシスコへやや正装してフジコ・ヘミングのピアノコンサートへ行く。いやはや、客の八割以上が日本人で(おばちゃんが多い)、これだけまとまった日本人を異国の地で見たのは始めてなり。前から三列目の席だったので、物凄い真近であの怖いフジコ・ヘミングの顔を見る。会場のデビッド・シンフォニー・ホールは、ロビーにワインバーがあったり、係員が全員タキシードだったりして、ゴージャスこの上なかった。何だかハイソな気分の一夜であったのだ。

『最終章』 スティーブン・グリーンリーフ ☆☆
 そのサンフランシスコが舞台のジョン・タナー・シリーズ第14作。『過去の傷口』のラストでボルテージが上がり、間延びした前作を経て、今回その巨悪の残党との悲壮な覚悟による最後の対決までは、良い調子なのに、その後が肩透かし。タナーを遇する作者の逡巡が垣間見える。で、信じ難い大甘なラストには現実感さえ希薄なくらい。これで良かったのか。それはおいても、花のサンフランシスコ(笑)。親近感、出る〜。(早川書房 HPB )

『デッド・ロブスター』 霞流一 ☆☆☆★★
 迷走探偵・紅門福助シリーズ四年振りの第3作。足跡の無い殺人に、密室殺人、謎の凶器と不可能興味の釣べ打ち。紅門の饒舌な地の文が適度に抑制され、笑いも謎解きも益々ソフィストケートされている。思わず声に出して二箇所笑わされたある(冴える、死体ギャグ!)。今回は密室殺人のアイデアより、謎の凶器の方を上位に取りたい。それにしても、毎回惜しげも無くアイデアをブチ込むもの。姿勢は完璧すね。(角川書店)

 霞本は成田さん経由の頂きもので、前回の一時帰国時に他に二冊入手済み(ありがとうございます)。先日、日本からの出張者がロスで駐車中の車からパスポートを盗まれてしまった。今回のグリーンリーフの作の中でも、サンフランシスコのソーマ地区からベイにかけては、今もコワイ所だと描写されていた。実は、コンサートの帰りもそれらの影響で、夜の十時過ぎの駐車場までちょっと怖かったのである(内緒ね)。

 フジコ・ヘミング「誰でもピカソ」でも特集されていたようですね。見てないけど。おばちゃんたちはどこから湧いてでるのだろう。


2002.11.5(火) レビューのてこ入れ
 金曜日、急遽の出張でポートランドに出掛けてきた。読みかけの本を二冊読了。嗚呼、出張は楽し。以前告知していた今後のレビューのてこ入れに、今後は以下のルールを課して運営したい。
■点数☆=20点、★=5点の、原点に戻った「地獄の読書録」方式(五つ星満点)。
成田式との違いは水準作レベルを☆☆☆(60点)に引き上げること。今まで、雑誌掲載短編は三ツ星満点だったが、これも同列に扱うものとする。
■粗筋紹介の省略
 商業誌のレビューではないので、以降粗筋紹介は完全に廃止する。
■三行レビュー
 長い本文は打つ方も見る方もくたびれるので、原則三行以内とする。
■ネタバレなし
 筆の滑りは管理人が良心の名の元に修正してくれる(でしょう) 大したことではなかったけど(笑)、一応ケジメの意味でね。
 次回からスタートします。
 ところで、先週ケーブル放送で24時間日本語放送チャンネル(大半はNHKなのだけど)に加入する。月額$24.95也。NHKニュースやドラマが同時刻にオンタイムで見られる。アンコール朝のテレビ小説で「ちょっちゃん」を放映しているのだけど、この黒柳徹子のお母さんの話しって、舞台が北海道の滝川市なのですね。「〜かい」がやたら連発され、北海道弁問題が俄かに我が家でクローズアップされています。ドラム缶や石油缶のこと、ガンガンって言うのも北海道だけ?厚岸の焼き牡蠣の話しは悔しいのでノーコメントとさせて頂きます。
 乾信一郎の「新青年の頃」(91年早川書房)をネット購入しようとしたら、品ギレとの通知で、思わず逆ギレす。買い逃し本で、オンラインで見たら載っていたから注文したのにぃ。どこかの古本屋で転がっていたら、買って下さい。
 先日のサンノゼ古本市で買った阿佐田哲也の「黄金の腕」は表題作がダールを思わせる優れた味で、毎晩一編ずつ読んでいます。


本の感想の書き方、色々迷うとこだよね。自分も粗筋は大体吹っ飛ばして読むけど。粗筋を延々と書く中島河太郎方式も、後で内容を思い出すのに役だったりすることもあるし(笑)とりあえず、新方式期待してます。書くことあれば3行にこだわらず書いてほしい。
「ちょっちゃん」の北海道弁は、当時違和感ありまくり。田中邦衛の北海道弁が全国スタンダードなのもなんだか。「新青年の頃」買い逃して、俺もなんとなく探しているんだけど。



2002.10.29(火) 古本に舞うサンノゼ

 きいい、焼き牡蠣。食いてえ。
 日本人補習校主催の大古本市が開催さる。二、三千冊はあったか?文庫は一冊どれでも25¢、単行本が$1.00ポッキリ。買う。買い捲る。と言っても、ここで自慢できるような釣果ではない。ウエストレイクの買い逃していた「斧」やキングの美本(「トミー・ノッカーズ」上下)を一律25¢で入手できた事くらい。山田風太郎は角川文庫版の「甲賀忍法帖」が一冊のみ。創元の古い絶版本を少し。
 先月より続いている西海岸港湾労働者ロックアウトの影響で船便の貨物が入ってこない。ブッシュの大岡裁きで解除になったが、依然貨物の遅延は続いており、紀伊国屋はサンフランシスコ、サンノゼ両店で11/10までの永きに渡り、全品10%オフの大盤振る舞い。って、それでも日本での定価よりまだ高いんだけど。
『物情騒然 人生は五十一から』 小林信彦(文芸春秋)
 同エッセイの第四弾で2001年連載分。ようやっと、山田風太郎の記述にお目通り叶う。老人の繰言と政治へのボヤキがやたらと鼻についた前作より、幾分ソフトになった。それでも相変わらず己の映画遍歴自慢などが時折顔を出し、やってるやってるって感じで。この本、先月の出張の折に八重洲ブックセンターでも見つからず、今回札幌の紀伊国屋地下街店で見つけたもの。併せて新刊の「テレビの黄金時代」も購入した。帰札のあと東京で健康診断(人間ドッグです)を受け、病院の待合室で手にした週刊文春の同エッセイに鮎川哲也追悼が載っていた。以前、他のエッセイで触れられていたエピソードの焼き直しで新味は無かったが、それでも亡くなった巨匠の偏屈な生前の姿の記述は在る意味貴重ではないのかな。虐げられた分、随分と人間不信だったような。

 やってる、やってる、というのはおかし。
 


2002.10.25(金) 神の街 札幌
 行ってまいりました、札幌。実に三年振りの帰郷。時あたかも拉致被害者の24年振りの帰郷で沸いていたが、俺も気分は拉致被害者。生まれ育った恵庭に赴いたのは実に 17年振り。SF映画の中にいるような感じで。平日の昼間とはいえ、人っ子ひとり歩いていなく、無人のオープンセットの中を歩いているようであった。さかえ公園、松屋商会(プラモデル屋!)、蕎麦の八天庵、竹山書店・・・と、懐かしさに打ち震えながらも、奇妙な感覚に包まれた一日でした。すすきのでは成田さんの大盤振る舞いに酔い、金富士には実に18、9年振りに行くことが出来た。変わらぬお通しと都筑道夫似の店主との再会にカンドー。永住帰国を政府に強く要望するものであります。

 帰国前に、本の感想についててこ入れをしたいと愚考していましたが、採点基準を途中でまた変えるのも、全面リニューアルにするのも、まあ取り敢えず来年の宿題ということで、今回は従来のままで。
「神の街の殺人」トマス・H・クック(文春文庫)
 神の国ではなく、神の街が正しい(前回記述は誤記)。83年のクック第三作で、やはり予想と寸分違わずでした。モルモン教の街、ソルトレイクを舞台にした連続殺人故に、信仰絡みの動機と思いきや、正にそのまんま。ストレートな、あまりにもストレートな構成で、犯人の独白部分のカットバックも、NYから流れ着いた暗い過去を背負う主人公の刑事トム・ジャクソンにも、記憶シリーズの才能の萌芽どころか、クレモンズ三部作の香気すら感じられぬ習作以前のシロモノで。読む前から予感はあったんだよなあ。50¢で買ってなければ、もっと荒れていたよ。一種の見立て殺人なのだけど、これが陳腐極まりなし。あの記憶シリーズの感動はどこに?荷物になるので、読後札幌の実家に置き去りにしてきちゃった。★
 ソルトレイクには出張の折に一度立ち寄ったことがあります。モルモン教の街と言うことで、同行の人と斎藤由貴の話しになったのを覚えている。嗚呼、俺にはやはり札幌こそが神の街であることよ。厚岸の牡蠣、おいしゅうございました。

 無事戻りましたか。政府が帰国を延期してくれても良かったまのでは。更新リストでどっぷり沈み込まない程度の更新を期待。牡蠣うまかったね。今度焼き牡蠣を喰いに行くぞ、俺は。



2002.10.9(水) 北の国へ 2002更新
 実に何とも久々の更新であります。
 来週、一時帰国休暇で日本に帰るのだが、札幌へは三年振りの帰還だ。ヨサコイ祭に西友偽装客問題と、相変わらずしょぼい我が札幌の近況にひとり異国の地で涙しております。まさか、良識有る成田さんは西友に並ばなかったでしょうね。

  ビデオで俺も「黒い十人の女」を見る。スタイリッシュな市川昆(←漢字が出ない)の映像はビデオ撮影でも健闘しており、こだわりのSE共々正に名匠の逸品。数々の市川映画お馴染みのショットにひとり悦に入るも、科白の件は俺も同感。風邪で寝込んでいた時に、カミさんがムービング・セールで買い逃していた近刊の文庫を購入して来てくれた。キング「アトランティスのこころ」上下、セイヤーズ「学寮祭の死」、クック「神の国の殺人」の4冊で計$2.00也。携帯で現地から書名を読み上げてくれたのを、寝床から指示したもの。一種のネット購入か?クックの本は初期作品故に手を出さなかったのだけど、全部まともに買えば4千円はしていたものが$2.00ですよ。たま〜に、こういう効き目があるんだよなあ。年に一、二回だけど。
 しばらく停滞していた本の日記もボチボチ再開しようかな、と。但し、この間その在り様に色々考える事もあって、再開に際しては新たな約束事を課して、リニューアルで行きたい。なに、エラソーに言っても大した事ではないのだけど、てこ入れをしたいのです。
 でもその前に札幌でリフレッシュが先だ。西友の前で集合しましょう、成田さん。

 西友騒ぎ知っていましたか。俺は映像は見てないんだけど、次の日の道新には「北海道の恥」という見出しが踊っておりました。デフレ下のうそ寒い光景。やくざも絡んで不正申告者には詐欺罪の適用も考慮されるように載ってたけど。
 「てこ入れ」については、じっくり西友前でうかがいましょ。




2002.2.16(土) また感動!クック
 アリゾナはフェニックスに出張して来た際に本を二冊片付けました。砂漠の町、フェニックスは夏は50℃まで気温が上がる全米でもデス・バレーに次ぐ熱いところで、ベスト・シーズンの今は各地でメジャー・リーグのキャンプが張られています。最近はテロの影響で空港のセキュリティ通過するのに時間が掛かり、「出発の二時間前チェックイン」を申し渡されている為に、ゲートに入ってからえらい時間を持て余す。これ幸いと読書に勤しんだ所存。嗚呼、テロもまた楽しからずや。

『幸運の逆転』 エリザベス・チャップリン(早川ミステリアス・プレス文庫)94.10
 母屋で漸くにして「騙し絵の檻」('87)を読んだ成田さん。92年作の本作は別名義(マゴーンの方が本名)だけど、邦訳の中では一番新しい作品(にして一番古い紹介)です。マゴーンの騙し絵に再び酔える、とワクワクして読み出したのだけど、終盤「いや、未だ一捻り。未だこれでスンナリ終わる訳が・・」と、過剰な期待が徒になってか妙に小じんまりとしたエンディングでした。しかし、結婚後この手の「夫と妻に捧げる犯罪」モノって、妙に身につまされて(笑)、読んでてかなり琴線に触れるのは俺だけでしょうか。夫も夫なら、妻も妻だけど、やはり夫に同情してしまうな。300頁を過ぎて漸く半倒叙的に殺人計画が起動してくるのだけど、全体にスローモーな展開で本名名義の既訳三冊のような興奮が希薄。どう言う経緯で10冊も出版してから、別名義で書いたのか知らないが、余技的ガンジー(意味不明)を感じてしまう。★★の水準作と言うことで。

『心の砕ける音』 トマス・H・クック(文春文庫)01.9
 クック信奉者を標榜する割りに、正直この新作に今日まで触手が動かなかったのは、心の内で「もういつものパターンはいいや」と言う気持ちもあった。このミスベスト10で5位だったし、文春ではベスト10外だったのがさらに本を取る手を遅らせた。きっかけはHMMの「私のベスト3」での識者の高評価だ(これはいずれ集計して発表します)。
 先ず、驚いたのは(中身と関係無いけど)、94年出版の前述の「幸運の逆転」と比してその活字のでかいこと(笑)。ジュブナイル本かと思ったよ。ポケミスもそうだけど、ここ十年で活字がでかくなってますよね。閑話休題。
 
・・・・これだけ、ネガティヴな状況で読み始めたのにも係わらず、前述の「幸運の逆転」とは好対照に、見事に、見事に俺をまた感動させてくれた。時あたかもオリンピック中だけど、こんな感動どうして予想出来たろう。
 中嶋博行の解説が良い。正に本作は邦訳「記憶」モノで培われたクックの技巧の集大成だ。物語は例に拠ってのパターンで、最初表紙裏の粗筋を読んだ時も鼻白んだんだけど、過去と現在のパッチワーク構成の職人芸に分かっちゃいるけど、酔わされる。
 これまでも同趣向のモチーフを繰り返し変奏して描いて来たクックだが、本作には怒涛の様に過去の「記憶」シリーズを擬えている所が多い。一種セルフオマージュの輪舞(ロンド)の如き煌びやかさ。
 過去と現在の夫々のゼロアワーに向けて中盤から物語が加速し出すと、もう誰にも止められない。相変わらず巧妙に配された伏線の妙とミスディレクションの巧みさで、二重の衝撃を受ける驚愕のラストの衝撃は、名編「夜の記憶」を凌ぐ勢い。・・・・嗚呼、しかし今回この寄る年波で涙腺が緩くなった中年(わしや)に飛行機の中でマジに涙させたのは、この後に続くさり気ないエピローグなのだ。ロマンチストの弟とリアリストの兄が辿った悲劇の旅の終わりに、実に実にさり気なく書かれたこのラスト3ページの中に納められた感動三段締めはどうだ。もう、この最後の興奮で本作をクックのベストにしたい。★★★★2/3の限りない満点だ。よくぞ、俺を泣かせた。よくぞ、ここまで感動させてくれた。トリッキーにして重厚な正に大人のミステリだ。これに比べたらゴダードの「永遠に去りぬ」なぞ、生ぬるい。
 解説の最後の一文が熱く胸に迫る。「いまから、次回作がまちどおしい」今度は俺もだ。

 出発の二時間前チェックインとは、今さらながらテロの影響は甚大なり。二時間もかけて何をチェックするのか。
 『幸運の逆転』は今ひとつですか。「触手」じゃなくて「食指」だと思うが、これは「エイリアン」以降日本語化してきているような気もする。「余技的ガンジー」(笑)も、普及してもらいたい。
 活字は、ここ何年かで非常に大きくなったよね。高齢化社会の恩恵ではあるが、若者は怒らんのか。いわゆる「感動三段締め」は是非そのうち賞味したく。




2002.2.9(土) グリーンリーフ
>何をか言わんやの★★★1/2ってどう受け止めたらいいのやら

あ、いや。ただどうしても語呂合せで「いわん」を使いたかっただけで。翻訳も含めて満足しています。
ところで、前回ちょっと触れたネット書評(感想)で、グリーンリーフの作品でちょっと一言いいですか?犬ですが(また意味不明)

『憎悪の果実』 スティーヴン・グリーンリーフ HPB1699 2001.3
 ライヘンバッハの滝から帰還したジョン・タナーのシリーズ第13作。本作はカリフォルニアのサリナスに近いハシエンダスという田舎町が舞台になる。ところが、目に止まったネット書評(感想)で、少なくとも二つは舞台のことを「アメリカ南部」と書いているのだ。あのですねえ、サリナスもワトスンヴィルもロスアンジェルスよりかなり北に位置する場所で、カリフォルニア州内部でも、南カリフォルニアにも属さないと思うのです。サンフランシスコより南部にある町であるだけで、「アメリカ南部」と括られては・・、ねえ。嫌味ったらしい、俺?サリナスは車でロスに行く時に何度か通過した。確かにどこまでも広がるイチゴ畑がすごい。作中で出てくるサンフランシスコの通りも、フリーウエイも馴染み深くて良いのだ。
 今回のタナーの行き当たりばったりの推理(三度目に当るが、ここまで外れりゃ誰でも判るっつーの)は、リハビリ中の身と言うことにしても、冴えないこと。いつもの切れが無いので、★★の水準作ということで。過去の訳書も今読み返すと、サンフランシスコやその周辺の町の描写にビンビン親近感を覚えるのかしら。などと、いい気になるヨサコイ住民でした。

 話題は変わって、古本市で仕入れたクリスティーのポケミス「ゴルフ場殺人事件」。ポアロ物ではこれと「マギンティ夫人は死んだ」の二作を老後の楽しみに封印していた(マギンティは最近読んでしまった。これはまた別の話し)。田村隆一訳の本書初版は40年前くらいだろうが、冒頭の蓮っ葉な女の科白の訳が時代がかっていて笑わせる。一部引くと、「あたし、姉ちゃんとはぐれてしまつたんですもの」「あたしなんか、庭に行つて、虫を食べてればいいんだわ!」姉ちゃんて。
 それとヘイスティングスがこの女性を見て、「朝から晩までジャズではしゃぎまわったり、まるで煙突みたいに煙草をふかしたり、ロンドンの魚河岸のおかみさんのようなあくたいをつく近代的なニューロティックなお嬢さん」と、苦々しい印象を抱くのだけど、1930年代の女性にして、当時の常識的紳士からはこのように見られていたのかと思うと、時代は進んでもこういうギャップは変わらないのですね。
もう大抵死んでるか、生きてても寝たきり、床ずれのおばあちゃんたちの若かりし頃の実態を期せずして楽しめました。

 ところで、本棚を探していたら、ジル・マゴーンの別名義作「幸運の逆転」が出て来た。買っていたんだ、えらいぞ、俺。と言う訳で目下これを読んでいますのだ。

>「いわん」を使いたかっただけで。
 駄洒落解読能力も衰えているらしい。
 黄金期の翻訳物を読んでいると、よく、今とさほど変わらない若者風俗批判が出てきて、時代代われど、人間の考えることは変わらないという思いを抱くことが多いです。いや、むしろ最近というか、ここ20年くらい「今時の若い者は、」的な発言する人少なくなっているかな。若者文化に寛容ってことは、それだけ理解不能度が低い=インパクトがないというこなのか。とやや、脱線。




2002.2.5(水) 伏見威蕃
『永遠に去りぬ』 ロバート・ゴダード(創元推理文庫)2001.2
 ようやく読み終えました、文庫で620ページ超。とにかく本書はこの伏見威蕃(いわん)の翻訳に話題は尽きる。いや、ゴダードの原文に触れている訳では無いが、この容易ならざる古語・雅語のオンパレードに唖然愕然。「たしかに」に代表される当て字すれすれの見なれぬ漢字使いの数々に、これらは順当な選択なのか訳者の独断かと呆然騒然。決して、ゴダードの物語世界を殺している訳ではないと思うけど、とにかく強烈です。で、この訳者のことをばインターネットでちょっと調べたらば、この名前が本名で、相当の翻訳がありしかも軍事スリラー系の訳書が多いことが判った。どうやらゴダード初挑戦で敢えてこういう文体にしたようなのだけど、この本からゴダードに入る人は面食らうかも。
  物語は、例の古風な名誉を尊ぶ不器用な中年男が主人公で、自責の年から係わらずとも良い事件にズルズル嵌って行くのだけど、今回の事件がわりと直近の過去の話しであり、「惜別の賦」「蒼穹のかなたへ」のような悠々たるスケールの時間を有していないので、その分の重厚さは無いかも。但し、エンディングで、「惜別の賦」以上のミステリ的趣向によるサプライズが仕掛けられており、この意想外の人物の意想外の企みはちょっと驚いて、良かったです。題名の由来となるエドワード・トマスの詩の一節「我は永遠に去りぬ。何地へと、永久に」が主人公の頭の中で反芻されるシーンでは、これまたちょっとジーン、とした。

 ネット書評とか三橋暁の激賞(本の雑誌で五つ星)とか色々評価が一本に定まっていないようだが、不肖この私は伏見威蕃の翻訳に一票投じると共に、何をか言わんやの★★★1/2であります。

それにしても恐るべしは、インターネット検索。いやはや、何でも直ぐに検索OKなのですね。グリーンリーフ「憎悪の果実」に関するネット書評で言いたいことがあるのだけれど、それはまた別の話し。


 伏見威蕃氏、浅学にして知らず。訳自体が問題作なのですね。何をか言わんやの★★★1/2ってどう受け止めたらいいのやら。




2002.1.9(水) 映画のことども
 クリスマス・プディングを購入し、どんなものかとワクワクしていたら、焦げたフルーツケーキみたいな代物(リキュール漬けのレーズン入り)で、どこがプディングやねんと言う味でした。そう言えば、クリスティ関連のエッセイで「現物は大してうまくない」みたいなことを書いてあったような気も。イギリスこそ、味覚の砂漠の称号が相応しいぞ。
 てな訳で、母屋ではご本家も何やら更新停滞宣言をしていて、不景気な2002年の幕開きらしい意気上がらぬ出だしですが、今日は2001年の映画の話しを。こちらでは封切映画が大体7ドルなので去年は割りと良く見に行きました。最初の頃は科白を聞き取れぬと、アクション系ばかりにしていたけど、最近ではドラマも(ずうずうしく)見るようになった。なに、雰囲気で何となく判る物です。
 大作はほぼ日米同時公開だけど、結構公開がずれる作品も多いのですね。「スパイ・キッズ」など、こちらでは6月に見たけど、日本ではお正月公開なんですよね。お気楽アクション・SFモノでは「ハムナプトラ2」「ジュラシック・パーク3」「猿の惑星」「チャーリーズ・エンジェル」「ハリー・ポッター」、ドラマでは「メキシカン」「オーシャンズ11」「プリンセス・ダイアリー」「ケイトとレオポルド」を見る。最後の三作は未だ日本で上映されてないです。「プリンセス・ダイアリー」は邦題「プリティ・プリンセス」(!)で、ゲーリー・マーシャル監督の自作「プリティ・ウーマン」のセルフパロディみたいな作品。主演の口の大きい女の子がジュリア・ロバーツに似てるし。女王役でジュリー・アンドリュースが出ているが、老いても綺麗なのは流石。舞台がサンフランシスコで、嬉しい。札幌を舞台にされたような親近感。「ケイトとレオポルド」はコメディ封印宣言していた筈のメグ・ライアン最新作で、NYを舞台にタイムスリップして来た百年前の公爵と恋に落ちるキャリア・ウーマンの話しだけど、39歳にして未だ可愛さを残すコメディエンヌ振りは流石。ゴールディ・ホーンを 抜いたか。
 次の期待の大作は5月公開の「スター・ウォーズ エピソ−ド2」ですかね。先日劇場で見た予告編も良かったすよ。

 サンノゼ紀伊国屋に山風「天狗岬殺人事件」二冊入荷!一冊23.50ドルだあ!
 KAWADEムック、光文社文庫(こちらは不定期)もチラホラとあって、ひっそりと追悼雰囲気です。ビデオの「知ってるつもり」山風編は借りて見る価値ありや?乞ウエッブマスターの推薦の辞。

 今年もよろしく。
 クリスマス・プディングというのは、前に食したけど、外見、味ともいま一つでしたね。それにしても、メグ・ライアン39才すか。
 「知ってるつもり」は、よく出来ていたと思います。庭の噴水?は必見。