■このコーナーは、ページ制作者(ストラングル・成田)の後輩にして、
ヤキのまわったミステリ・ファン、関氏(米国サンノゼ在住)のメールを基に
構成したものです。苦情等は、本人に転送いたします。
色違いは、成田氏のチャチャ入れ。
2001.12.1 ガレージセールと古本市の日々
母屋復帰に5ヶ月もかかりましたか。ご無沙汰です。テロや炭そ菌とも未曾有のIT不況とも関係無く、7月以来理不尽に忙しくて本もろくすっぽ読んでいない状況。で、今回は最近まで何をしていたかのご報告その1です(その2、と続く予定)。
週末毎に各所で日本人主催のガレージセールが結構あり、これを細君が毎週インターネットでチェックしていて、出かけていました。以前もポチポチ書いてはいたけど、回数を重ねると当たりも出てくる物で、最近では相場として一冊¢25(邦貨で約30円)が許容レベル。この間など、買い逃していたゴダードの文庫上下各セットで計四冊に一冊加えて「ただで良いです」と、素晴らしい当たりを引きました。一冊¢25だと、都筑道夫のシルビア物でも、泡坂妻夫の恋愛物でも気兼ね無く買えますね。
こうした一般家庭から出てくる本(ミステリ系)には、俺好みの路線から見ると満足度30%くらいなのであるが、コミュニティ主催の古本市(こちらも大概一冊¢25)はさすがに出る本の量も多く、優に千冊近い本が一時に並べられて、眩暈がしました。
サンマテオの古本市ではポケミス(だぶり)を六冊ほど、クパティーノでは文庫を大量に買いました。角川文庫白背表紙の横溝正史「悪魔の手毬歌」「獄門島」「白と黒」など、いつ海を越えてやって来たのか?と、感慨深いものです。無論、古本達人の方々が遠征されて来られても、血風本など俺の目から見ても無く、せいぜい抑えのだぶり本が良い所でしょう。
次回からぽつぽつとこの5ヶ月に読んだ本の感想やら、その後のことどもをご報告させて頂きたく。
待ってました。5か月ぶり、パラサイト・関の帰還!以降、にぎにぎしく、よろしく。
7/5 ムースとの対面
6/30〜7/4まで、イエローストーン国立公園と隣接するグランド・ティトン国立公園に行って来た。豪快な自然と野性動物達との邂逅に興奮。特に勝手に完全絶滅していると勘違いしていたバッファロー(アメリカ・バイソン)の群れに何度も超接近遭遇し、一度は車の直ぐ脇1mの所まで近づいて来た。他にもエルク等の鹿の仲間や、熊にも出会えた。四日間いて出会えなかったのが大鹿ムース。こいつは群れを作らず、単独行動なので、余程運が無ければ訪問者も出会えないらしい。日本人のホームページ旅行記で見ても、その邂逅の難しさが判る。大体、水辺にいるらしいので、道路脇から至近距離で見るのは不可能らしいのだ。最終日の朝、目撃ポイントを絞って早朝5時半から行動開始。次々と空振りで、最後のポイントに向かう。するとここでとんでもない奇跡が起きたのだ。ホテルの駐車場に車を止めようとした正にその時、隣で細君が突然「ムースが!」と叫び出す。何を言っているのか理解出来ぬまま車を降りると、何と!目の前を雄のムースがゆっくりと歩いているではないか!その大きさ優に4mはあろうか。象の如き巨体がゆっくりと裏地へと向かっていく。興奮で言葉も出ず、超至近
距離から証拠写真を撮りまくり、しばし呆然。早朝の奇跡である。こんなに間近で自然のムースを目撃した日本人はいないのではないか?ところで、滞在中は所謂「アメリカン」な食事しか取れず、さすがにゲンナリしました。公園内の格式ある古いホテルのレストランで出るものといったら、バーガーかサンドイッチ、地元の川で取れる鱒のパンフライ(味が無い)。夕食のメニューもバーガーばかり。まあ、山間の町に行くのだから、諦めてはいたけど。でも、最終日に泊まったジャクソンの町では山の中にしては信じられぬ程うまい本格的イタリアンの店があり(事前にホームページで細君がチェック)、ここで食べたパスタはすげくうまかったです。また、ムースを見た後に最後に食べた朝食はグランド・ティトンの山々を見ながら、外で食べるので映画「シェーン」(例のラストシーンの小屋もここにあった)の風景の中で感動に浸りながら満喫することが出来ました。
サンノゼに帰って紀伊国屋に寄ると、岩田準子なる岩田準一画伯の孫娘による小説「二青年図」というのが棚にあり、何やら乱歩と件の画伯の禁断の愛を書いた物らしい・・。これって、最近三島由紀夫との関係を実録風に書いた私小説があったけど、同様の実話なのかしら。それとも完全な創作なのか?情報不足でよく判らぬ。成田特派員は直ぐに教えて下さい。
「二青年図」は、やおい風純フィクションだったはず。
2001.7.1 訳注の問題
先日、サンノゼ紀伊国屋書店で半期に一度の10%オフセールがあり、ロバート・ゴダードの「永遠に去りぬ」を購入した。しかし、文庫で元値千円を超えているのですね。ガレージセールで25¢で買うのとは大違いで。成田さんの本買いが羨ましい。
『グレイ・フラノの屍衣』 ヘンリー・スレッサー(HM文庫)
78.4 てな訳で25¢入手本。58年作のMWA最優秀処女長編賞。都筑道夫「推理作家〜」にも登場の森郁夫訳。広告代理店途中入社の二年目デイヴ・ロビンズは、前任者の急病で急遽最大手のお得意バーク食品の担当になる。<バーク・ベビイ>と銘打った一大キャンペーンを引継ぎ、社長の姪・ジャニイと意気揚々と仕事に取り組む彼の前に、次々と不可解な事件が・・・。前任の担当カメラマンの事故死、キャンペーン絡みで会社を強請っていた?女の殺人、そしてデイヴ自身も二度偶然とは思われぬ形で命を狙われるのだ。広告代理店を舞台に、「奥様は魔女」風なユーモアタッチで綴られる軽本格。主人公デイヴがジャニイと演ずる恋の丁丁発止や、シレンスカ伯爵婦人母娘に悩まされ、うだつのあがらぬ新聞記者スリンガーと事件の真相に迫る。題名の「グレイ・フラノの屍衣」とは、サラリーマンの制服たるグレイのフランネル地スーツのこと。一応、意外な犯人と真相解明のヒントとなる軽い伏線もあり。ポケミス初訳が61年という時代背景もあるが、どうにも外来語の訳注に古めかしさが付きまとう。「ルート・ビール」はご丁寧に二度も訳注で解説される。だが、問題は誤った訳注で(小林信彦
「地獄の読書録」p.98で指摘)、映画に関する知識の無さを晒している点だ。本文の訳文は概ね読み易いのだが、中にひとつ伯爵令嬢がデイヴに毒づくシーンで、「下種!瘡っ掻き!助平!」とあるのだけど、この「瘡(かさ)っ掻き」って、何?(笑)。村崎敏郎訳のカーの作品でも時々意味不明の罵詈讒謗言葉が出てくるけど、それらに通じる奇怪な言葉です。解説で、森郁夫曰く「本格ミステリやクライム・ストーリーとも違う、いわば風俗探偵小説」と本作を読んでいるけれど、このセンスもなあ。前述の本で小林信彦が「スレッサーらしい才気や意外性を期待すると失望する。地味な作」と断じながら、「謎解きよりも生活がよく書けていることが買われたのだろう」と評している辺りが当時の一般的評価だったのか。スレッサーもホック同様に長編より短編作家であった、という点では異論無いが、本作は陽気なフィフティーズのアメリカの雰囲気がいっぱいで、そこはかとない笑いと相俟って、中々楽しめましたよ。☆☆☆
この文庫も今や絶版なのですね。昔は本屋にゴロゴロしていたものだけど。確かこれ札幌の実家に一冊ある筈なのだが、読んだ記憶がありません。スレッサーは切れ味鋭い短編集が今も印象深いです。さて、明日から夏休みでイエロー・ストーンに行って来ます。では。
2001.6.29 他言無用
うひゃあ!ポケミスでジョセフィン・テイの「ロウソクのために一シリングを」が出るのですね。どこかのサイトでアリンガム「霧の中の虎」も出るようなことを書いてあったし、HMM長編訳載にわかに花盛り。おしむらくは、傑作「ポップ1280」を逃していることか。ジョセフィン・テイもそう話題になる話しでもないし(「霧の中の虎」は未読)。
最近、母屋で取り上げられている栗田信って、最初「一杯のかけそば」の栗良平と勘違いしていました。この、栗良平って人も何か胡散臭い噂のあった人でしたよね。倉木パパみたいな。成田さんはもっと栗田信を読んで紹介するように。出来れば著作リストも作るように(笑)。
『他言は無用』 リチャード・ハル(創元推理文庫)00.11
「伯母殺し」に続く35年作の第二作(紹介も二作目)。英国紳士の社交場クラブで、嫌われ者のモリスンがコックの手違いで?毒物入りのスフレを食べて死亡する事故が発端。優柔不断な幹事のフォードは、この一件を表沙汰にしないよう、会員の医師アンストラザーの手を借りて、事故を病死として処理する。ところが、二人宛に謎の人物から脅迫状が届くようになり、「夕食にタラの丸挙げを出せ」とか些事に至る事細かな脅迫が・・・。クラブに集う曲者揃いの会員達と、ダメ幹事のフォードを取り巻くやり取りが短い章立ての構成でクイクイ楽しめる。図書館から紛失する本の犯人を内偵する為、ホームズ気取りで探偵役を買う老弁護士のカードネルのピンボケ推理を始め、前作「伯母殺し」ではそれ程笑えなかった筈なのに、今回は横溢する黒い笑いにニヤニヤの連続だ。解説にもあるけど、「伯母殺し」を単純に「倒叙」と過ったレッテルで読み解くのは早計で、本作も同様にもっと技巧を凝らしたプロットになっている。チャールズ・シバック言う所の<半倒叙>とでも言うべき展開になり、最後では意外な名探偵が犯人のミスを鋭く指摘したり、盗難本の謎も意外な形で解き明かされるオマケ
付き。しかも、最後の最後までどこまでもシニカルな作者の筆には巻置く前にまたニヤリ、とさせられる。
どこか落ち着いた所で夕食前の午後の気だるい一時に楽しむには絶好の本ですね。すっかり、ハルを見直しました。代表作とされる森英俊氏も絶賛の次回訳
Excellent Intentionsが早くも待たれる。☆☆☆★
テイの「ロウソクのために一シリングを」ポケミス入り。雑誌連載と単行本化で2度おいしいのに、なんで今までやらなかったのだろう。「魔の淵」なんて、「密室大集合」が出た頃に、「世界密室長編第2位!」とかやれば、そこそこは売れたと思うのに。
栗田信−栗良平。うーむ。全然、全貌がつかめない人です。リストは、彩古さんの「古書の臍」待ちです。
『他言は無用』良かったよね。次回作も期待大。
2001/6/23 バカミスとは何だ?
「青春とは何だ?」風のタイトルですが。今回念願叶って読むことが出来た「バカミスの世界」であるが、読後冒頭のような大疑問にヒイヒイ、と悶え苦しんでいる次第なのです。
『バカミスの世界 史上空前のミステリガイド』 小山正とバカミステリーズ編(ピー・エス・ピー)01.2
成田さんのHPでも詳細な論考が成されていたが、そもそも「バカミス」なるものの定義についても『「バカミス」という言葉に定義などはない。100人いれば100通りの「バカミス」があるに過ぎない』と、断じられては貧弱な俺の頭はそれこそ「脳髄震撼」を起こして思考停止してしまう。折原一「バカミス試論」で、「通好みの変り種の作品」と言うのに当たって、やや納得する。
「このミス」で「珍作・怪作ミステリー」と呼ばれていた頃は、何の疑念も無かったのに、今回冒頭から「図解!バカミスの歴史」で系統立てて分類された作品群を見て、戸惑ってしまったのだ。俺の脳細胞には「珍品」「マイナー」「マニア泣かせ」「偏愛」と言ったキーワードが「バカミス」と共に在り過ぎて、容易にその分類の枠を広げるのについていけなかったのである。未だ、完全にこの分類を了とはしていないものの、ここに挙げられた作品群には、納得させられる迫力がある。そして、何とも楽しい。いとおしい。殊に俺の琴線(「珍品」「偏愛」)に触れる作品紹介には、思わず目が細くなる。どこかスプラッタ映画の珍作ガイドを読む時の、「100冊の徹夜本」を読む時の喜びに通じる興奮だ。マニアックな写真を多数載せて、コレクター心を擽る所なぞ、やはり「珍品」自慢ではないか。
この「歴史」で紹介される作品群と第四章の「厳選!バカミスベスト100」で取り上げられた作品の紹介文の何とマニア心を刺激することよ。読み過ごして来た幾多の作品に、ひとりアメリカの片田舎で歯痒い思いをしている。読みてえ〜!特に俺はトニー・フェンリー「おかしな奴が多過ぎる」「首吊りクロゼット」と、A・D・G「病める巨犬たちの夜」に今回激しい渇きを覚える。こう言う過去の「珍品」に正しいスポットライトを当てて、読み逃し読者に供してくれる所が、所謂「バカミス」の最大の功徳と心得るのだが。そう言う意味では、俺なりの「バカミス」の定義というのは未だ混沌としていて、「こうだ」とは論じれない。小山正氏は「珍とか怪とかいうネーミングは、なにか辺境のゲテモノを扱っているようで、ピンときていなかった」から、「バカミス」という言葉を発明した由だが、視点は違えども、嘗てこのサイトでも「お笑いミステリ」に変わる何かしっくり来るネーミングを模索したことがあったっけ。ううむ。
未だ混沌の只中ではあるが、何となく俺の定義を決める重要な要素は「珍品・偏愛」に集約されるようだ。「ポケミス」を捩って「ボケミス」はどうか。違うか。
「わらう公家」霞流一
俺の身体中の細胞がDNAレベルで喜びに振動するのが判る。全く、どこまで俺好みの作品を書いてくれるのだ。短編でしかもこの紙数でキチンとあらゆるお約束を満たしている奇跡的な小説だ。全ての奇矯な行動やトリックに、水も漏らさぬ合理的な解説がつく。特に四等分された首の、何という完璧なロジック。好んで著者が扱う死体損壊テーマのこれは頂点だ。俺は一生偏愛するのだ。☆☆☆☆★
「ミステリ小説に関する二、三のこと」P・G・ウッドハウス
ユーモアスケッチ風のエッセイだけど、さすがにツボは抑えている。☆☆
「ロジャー・アクロイド連続殺害事件」バリー・N・マルツバーグ
往来書簡構成で、どうやってオチるかワクワクしたけど・・・。☆☆
「第二の収穫」ロバート・バー元来、ホームズ・パロディはあまり好みじゃないのだけど、これにはまいった。早過ぎた傑作です。☆☆☆
「死のダイヤモンド」ロバート・L・ベレルハードボイルド文体のパロディを狙ったものらしけど、期待ほどあまり突き抜けていない感じ。☆☆
読みたい本を大量に見せびらかせられて、現在欲求不満状態。「新潮文庫の100冊」ではないが、「バカミス100冊」を段ボールに入れてアメリカに送ってくれる親切な人を知りませんか?成田さん。
バカミスについては、前に書いたので、ここでは一曲だけ。
♪ そーらーに燃えてるー でっかい たいよおー
ではなく、一言だけ。
「偏愛」というキーワードは、なるほどと。単なる珍でも奇でもなく、読み手の偏愛の対象となってはじめて、バカミスなのかと。その偏愛を生み出すのが、読み手の読書体験で磨かれてきたセンスなのかと。
♪ 泥んこ修業はなんのためー (歌い続けるな)
しかし、磨かれた読書センスは、各人バラバラなので、やはりバカミスは各人の胸に宿るものであり、共有できないのか。
2001/6/21 推理作家の出来た日
都筑道夫(フリースタイル)00.12 冒頭、目黒孝二の「ミステリー作家の自伝と池袋」でも取り上げられている奇妙な初恋のエピソードが「三百メートルのおまけ」から「雑誌を裂く」まで、10回に渡って綴られる。この、有馬頼義の愛人でもあったという有紀子(仮名)との恋愛はまことに奇妙としか言いようが無く、そのくせ目黒孝二も「上下巻で千二百ページという分厚い本書の中で、著者が激しい感情の起伏を見せるのはこの一箇所のみである。だから、余計に印象深い」と記すように、熱い。上巻巻末に出てくるU子とのエピソードも、微に入り細をうがつ記述をするのに、肝心の奥さんとの馴初めその他については、殆ど記述が無いのだ。ううむ。一種の衒いであろうか。
個人的には、続いて語られる兄・鶯春亭梅橋の傷ましい最後の話しと、泥縄翻訳家として手掛けた「創作翻訳」懺悔が強烈であった。特に後者は、この時代の業界では頻繁に横行していたのかも知れぬが、それを引いてもショックを受ける。これは「代作懺悔」以上にある意味罪深いのでは。せっかく、ウールリッチの短編を「マネキンさん今晩は」として訳して、好評を以って受け入れられたのに、〆切に追われた、と言う理由でガードナー「そそっかしい子猫」、クリスティー「負け犬」のラストを創作したのだ。殊に後者の作品はクリスティーの短編でもベスト級の作品と評価しているだけに、当時の読者が気の毒になる。昔の俺なら青筋立てて怒っていた所だ。
さて、以下またランダムに取り上げると、
○手抜き翻訳をする西田政治?を巡る乱歩の介入
○乱歩賞授賞式で、その乱歩と横溝正史が握手をして手打ち?をするエピソード(寡聞にして事情知らず、初耳)
○田中小実昌登場のユーモラスなエピソード
○森郁夫の扇風機をかけたままの心臓麻痺死(扇風機をかけたまま寝ると死ぬ、と言う話しを実話で再認識す)
○書かれなかった「虚影の島」と仙台遊郭(これは花京院のことか?二年間近くに住んでいた)
○「バカミスの世界」でも紹介された東京を舞台にしたバーンズ・バニオンのシリーズ紹介
○都筑映画に出演したニック・アダムズ(本書記載の二本の東宝映画の他に、もう一本「怪獣大戦争」にも出演の筈)
○「足踏みつづく」で触れられる漢字数字表記の拘りと信念と言った辺りか。無論、EQMM編集者時代のエピソードや、その後の著者の作品創作裏話的な部分も面白いが、いずれも他の著書や評論等で読んだりしたものも多く、ここに挙げたものはより印象に強いものです。しかし、これらの連載は当然HMMで読んでいた筈なのに、見事に憶えていない(笑)。酷い記憶力です。
巻末で大いなる意気込みで自らが信ずるミステリ観を実践する目的で着手した「七十五羽の烏」の紹介があるが、結局著者の実作群(キリオン・スレイ、退職刑事、なめくじ長屋・・・)って、俺にはいつもピンと来なかったものである。著者の掲げる「謎と論理のエンタテインメント」のお題目には共感するが、実作にはそれが本当に結実してるのであろうか?この著者の評論及びエッセイは大ファンだけど、実作には思い入れが少ないのは、この辺り相容れないからだ。それはさておき、戦前戦後の東京を舞台に一人の若者が推理作家に成長するまでの軌跡を、克明に描いて実に読みでのある良い本でした。協会賞受賞、文句無しです。☆☆☆☆
都筑道夫がこの連載に着手したのが、46歳ですか。成田さんも、もう少ししたら「密室系の出来るまで」の連載を始めて下さい。無論そこには貴重な昭和の手稲文化や、某大推理研の出来るまでや、サイ君との馴初めも克明に記すように。俺のことも美化して下さい。
6/20 課長さんの厄年(おれ)
この間から、不運続きである。細君の車がおかまを掘られたのに始まり、病院で再検査になるわ、家のパソコンの液晶モニターが壊れるわ、外耳炎になるわ・・・・。この間、男の更年期みたいにずっと精神的にも不調で、全てが悪い方へ悪い方へ廻る。厄年かなあ、と思いつつ、昨日も通院。待ち時間の読書だけが心の慰め。
などとシメっぽい枕ですみません。ネットで「WEB本の雑誌」を見ていたら、今月の新刊評でランキン「蹲る骨」がありゃりゃのC評価ばかり(一人「B」はいたけど)。このシリーズ、三冊読んでいて結構好きなのだが。山田正紀「ミステリ・オペラ」はCとDばかりだ(笑)。難しいのお。そう言えば、成田さんの「人魚とビスケット」評も、俺にはビックリ。以下、反対尋問して宜しいですか?
>大海原の猛威の中のリアルなサバイバルは(中略)展開への興味を持続させる。
ここがノリの分かれ目。リアルな所が猛烈に面白い部分もあるが、退屈な展開もあり、この起伏が全体として散漫な印象となったのですが。「クライムクラブ」ではなく「世界大ロマン全集」の一冊だった、と言うことを誤解していた当方にも過った先入観あり。
>この組み合わせで話が西村寿行にならないのも、英国流の品の良さというものだろう。
当方も、別にそこまでのぐちゃぐちゃを期待していた訳ではありません。発表当時の時代を鑑みても、それは当然。但し、さらに以前の作品でヒッチコックの映画「救命艇」に見られるような密閉空間での葛藤とかを期待したのに、「実際の漂流はこうだろう」とでも言わんばかりのセミドキュメント・タッチに勝手が違っちゃって。もっと物語的な興奮がここに欲しかったな。
>途中で、ロビンソン・クルーソー的な孤島譚になってしまう展開も、また意外。
むしろ、この展開部は夢野久作「瓶詰地獄」まで行けたのでは?孤島譚が秘める可能性を悉く外した感じで、欲求不満。
>英国お家芸の海洋冒険小説を凝った枠組みの中でやってのけた秀作と思う。
まあ、結論はこのサンドイッチ構成のアイデアに凝縮されるのですね。俺の場合、「漂流」「孤島」に対して抱いていた勝手な期待が全てズレてしまったので、不満多々在りの読後感だったのですが、それでも☆☆☆★は甘過ぎると思いますね。
さて、前述「WEB本の雑誌」の広告で光文社文庫の山風「夜よりほかに聴くものもなし」の「立ち読みする」をクリックすると、何と!収録作の「鬼さんこちら」が読めるのですねえ。初体験でした。
厄年というのは、ほんとにあるのか。健康もさることながら、精神的不調というのが、つらいっすね。まあ、痛快なミステリでも読んで、うまいものくって、うさばらしするしかないか。
で、反対尋問すか。
○サバイバル
ここは、退屈なところはなかった。喉の乾きの描写とかは、自らの口の中がネバネバしてくるくにいで。筏がひっくり返って、ボートにまたスポットが当たるとこなんかうまいやね。
○閉鎖空間のドラマ
西村寿行うんぬんは無論冗談。秘めたるドラマ(ヒロイン絡み)は、深く静かに進行中ということでよろしいのではないかと。最大の謎は、この女はなぜこんなに逆境に負けず、無私でいられるのかということだと思う。「救命艇」は、観てません。
○孤島譚
「瓶詰地獄」まで行っちゃうと別な話になる感じで。乗っている人間がたそがれていくだけの漂流譚と思いきやちょっとしたパラダイスとの遭遇は、絶妙のアクセントだと思った。何もないところから、生活を築いていくロビンソン・クルーソー的な孤島譚が、俺は好きなんだ。
○サンドイッチ構成のアイデア
とにかく導入から漂流譚に至るまでの入り方、謎を残したまま現代に引っぱってくる構成がうまいと思った。ニュータイプのエンターテインメントを愛した植草甚一絶賛というのが頷ける。ちょっと結末は物足りない部分もあったけど。
関つぁんのレヴューはじめ先行する感想でどうも、ミステリ部分は、あまり期待できないみたいなので「大ロマン全集」の一冊として素直に読んだのが、勝因かと思われます。
6/15 ジョン・L・ブリーン
もう一丁投稿。 HMM掲載唯一の短編(こんな事がかつてあったか?)であるジョン・L・ブリーンについて触れておかねばなるまい。
「ブルペンの死体」ジョン・L・ブリーン
アンパイア探偵エド・ゴーゴンのシリーズ。72年作。前作は99年6月号の「ダイヤモンド・ディック」。四人の選手・コーチらがいる外野フェンスブルペンにホームランを捕ろうと追いかけて倒れ込んだガス・アダムズは、皆が駆け付けた時はナイフを刺されて死んでいた。この、一見不可能状況での殺人をゴーゴンは四人の短い事情聴取から、唯一の犯人と動機を当てる。短い紙数ゆえ、前作同様クイーンのパスル・ストーリーを想起させる出来で、本作もそれ以上でも以下でも無い。☆☆
このシリーズ、邦訳はEQで過去二作(「魔の背番号12」78/11、「第一投」92/11)があり、HMMでも訳題から類推するとそれらしいものが三篇ほどあった(いずれも、インターネット調べ)。
何で、このシリーズについて取り上げたかと言うと、折り良くクリッペン&ランドゥルー社から、このアンパイア探偵の初の短編集
Kill the Umpireが近刊予告に出ていたからです。
この良心的な小出版社は俺がおととしクイーンの本をインターネットで買って以来、時折メールで最新情報などを送って寄越してくれているのだ。誰も注目していないシリーズと思い、一部のヨサコイ好事家の為に書いてみました。
これで、HMM7月号、全短編レヴューだ。ジョン・L・ブリーンは、うまい作家だと思うのだが(『巨匠を笑え』は傑作)、「魔の背番号12」は、いま一つだったような記憶がある。不可能ものなら読んでみましょう。
6/14 『推理作家の出来るまで』
『推理作家の出来るまで(上)』都筑道夫(フリースタイル)00.12
祝日本推理作家協会賞受賞。HMM長期連載(75.10〜88.12)エッセイの上巻をやっと読む。590ページ。堪能しました。
「WEB本の雑誌」中の「目黒孝二の今週の一冊・第二話ミステリー作家の自伝と池袋」でも取り上げられているが、この上巻もかなりの「驚きと発見」がある。実は上巻を手にするまでは、いささか心配だったのだ。この幼少時から作家以前のパートは少々退屈なのでは?と。ところが、アニハカランヤ、これが滅法面白く読めたのですね。ひとつには、現在も連載中の「読ホリデイ」の愛読者として、すっかり著者エッセイに魅せられてしまっていたこと。また、年を取って戦中戦後の自伝モノに激しい興味を掻き立てられたこともあり、真実の戦時下の東京の姿に対する知的興奮がページをくいくいと捲らせました。
俺も成田さんに習って(What's New? 1/16/01)、興味を引いた箇所を抜き出してみます。
○空襲下、どこかの人妻が鼻唄を歌いながら洗濯物を干しているのを見て、生きていたい、と願うシーン
○リアルな空襲のエピソード(焼け残っていたレコードが手にした途端に灰になり、崩れる)
○バラック小屋のリアルな極貧生活(映画「まあだだよ」の小屋は誇張では無かったのだ、と理解する)
○カストリ雑誌編集の実態
○平然と使用されるヒロポン(何か、特別な不良だけが使っているのかと思っていた)
虚弱児童で、人見知りの小心者。そのくせ、生意気な口を聞く、映画と小説の世界にしか遊べない著者の青年時代の描写は、どこか自分の性格にも思い当たる所多々有り、面倒くさがりで、流れるままに雑誌編集者、講談作家、泥縄翻訳家と転身する様も、共感するものがあったり。正岡容、大坪砂男らとの師弟交流にも、そのエゴイスティックな一面が見え隠れして、面白く読む。
NHKの朝の連続テレビ小説って、絶対に戦中戦後の時代を取り入れて、そこはまあ
NHKの威信で時代考証もしているのだろうけど、やはりこう言うのを読むと綺麗事ではない時代の真実が判るのが嬉しい。
こう言う読み方も出来るとは、以前には考えもしなかったものだが。あと、今回は切れ切れに大事に読んだせいか、重複部分は気にならなかった(却って助かった)けど、一気読みには異常にうっとおしいだろうな、と思う。それくらい、リピートが多い。
さて、都筑青年がこの後どうなって行くのか続きは下巻のココロだ。
ええ、当サイトを読み返して、本の採点の表示を過去一度変えたりしていて(三点満点とか点数標記とか)、何だか母屋の採点と表示を併せた方が親切だろうなと思い、次回から成田式に標記を改めます。よろしく。☆☆☆☆☆=満点☆☆=水準作★=☆の1/2点
年とると、若い頃はどうでもよかったことが、面白くなる好見本ですね、上巻。下巻は、ミステリが中心になり、もっと面白いぞ。これ、感想書いていなかった。
成田式?は、よくあるレヴューのように☆を安売りしないというつもりで始めたのだけど(今まで、☆☆☆☆を超えたのは、『ナインテイラーズ』☆☆☆☆☆、『ポップ1280』☆☆☆☆★だけだ)、☆〜☆☆★辺りが窮屈なんだよね。☆☆☆を水準作にししておけば良かったかなと思っている次第。
6/13 放出本多々
母屋の書き込みで、新緑の風薫る中、北大祭のジンギスカンに読んでて涎を禁じず。良いっすね。しばし、俺も遠い目で、やきそばを焼いた日々を思い出す。三國屋から運ばれたビール樽から、無限に出てくるビールに商売も忘れて、ひとり飲み続けていたのは俺です。おまわりさん、ごめんなさい。
先週の土曜日、ガレージ・セールに行く。細君から「大量のミステリの放出本がある」との情報に、やや期待にズボンの前を膨らませて行くが、成る程量だけはかつて見た中では一番であったし、値段も文庫は一冊25¢、単行本$1は良心的。ロバート・パーカーの初期単行本数冊、アンドリュー・ヴァクス同数冊は、嘗て所有していたもので、買うには至らず。その他、トム・クランシー多数、同系の国際謀略ものが多数あったが、趣味が合わず見送る。絶版系でシューバル&ペールヴァールーの角川文庫「蒸発した男」、HM文庫の名も知れぬハードボイルド系上下本、スレッサーの「グレイフラノの死衣」を購入。まあ、こんなものさ。
他に西村京太郎、山村美沙、赤川次郎、内田康夫等の流行作家系も多数有るが、手が出ず。日本人のおばあちゃんが大量に買っていました。山村美沙の一冊で「札幌雪祭り殺人事件」というのがあり、故郷懐かしさのあまり手に取るが(笑)、短編集で短めの作品なので、パスしました。いずれ「札幌ヨサコイ祭殺人事件」も誰か書くのだろうが、俺は買わない。
続く別の家で都筑道夫「退職刑事」を50¢で買うが、奥付を見たら、古本屋で100円で買ったものであった。
その後、前回見損ねた映画Mummy Returnes(邦題「ハムナプトラ2」)をやっと見る。誰かのネット評で好意的に書かれていたが、これが酷い。CGに頼り過ぎ、技術過信。コンピュータ・ゲームの世界を映画に未消化のまま取り込み、どっちつかず。人間の顔はいくらそれっぽく作っても、未だCGでは未完成。これじゃ、マンガだよ。がっくりする。それでも予告編で見た「ジュラシック・パーク3」には、早くも触手が動く。
都筑道夫、上巻そろそろ読了。
6/9 ソープ嬢について
隠微なタイトルですみません。
>都筑道夫のシルビアは、ソープ嬢になってたっけどうだっけ。
成田調査員の逆質問に回答。
「トルコ嬢シルビアの華麗な推理」(84)→文庫「泡姫シルビアの華麗な推理」(86)
「泡姫シルビアの探偵あそび」(86)→文庫「ベッド・デテクティブ」(98)
と、言う風に「泡姫」に変わってました。「トルコ風呂」が「ソープランド」に変わったのは84年。トルコの一留学生が厚生省に抗議したのが、その発端と言うのも有名な話。しかし、話しは山風「自動射精機」の記述に戻るが、
>これは、差別うんぬんではなくて、現代読者の理解を助けるために、作者自ら書き替えたのではないかと思うのだが、どうだろうと
の擁護的見解には、首を傾げる。何でトルコ嬢に限って、『現代読者の理解を助けるために』書き替えが必要なの?BGとかも全部OLになっている?大体、うちの会社には未だに「トルコ風呂」って言ってる人もいますよ。死語といっても、これだけ、というのが気に入らないのだ。真相は他に有る筈。
ところで、御大の日記や掲示板でも出ている、「YOSAKOI ソーラン祭」って、俺も大変憤慨しています(笑)。今年で10周年らしいが、俺がちょっと北海道を留守にしている間に何だ、これは!昨日の朝日新聞(衛星版)の一面にも写真が出ているし、いつぞやTVで中継を始めて見た時は眩暈がした。こんな恥ずかしい踊りを平気で出来るなら、「ススキノ ソープ祭」で大通りで泡踊りでもしやがれってなもんだ。成田さんはこの間もずっと札幌にいて、何とかしなかったのですか。まさか、踊った事があるなんて・・・?
HMM連載の「黄色の間」(メアリイ・ロバーツ・ラインハート)を完結後にレビューしようかと待機中ですが、書誌的情報がありません。何年作かも記載が無い(笑)。インターネットで検索したけど、ヒットしない。確か小学館文庫にこの人の作品、入ってましたよね。解説に作品リストとか本作に関するコメントとかないっすかね。立ち読みで良いので、調べて教えて下さい。
HMM長編分載のレビューが読めるのは、おそらく未だに世界中でここだけでは(笑)。
・シルビア〜
タイトルの改題はわかってたんだけど、本文の方も、トルコ嬢という言葉が書き替えられているのか、どうか気になったのだった。多分、中身の方も同じなんすかね。
・書き換え〜
「現代読者の理解を助けるために」というのは、あんまりうまい表現ではなかったか。トルコ→ソープは、改称時に大騒動があって、社会的には廃語になってしまっている。これを作者自身気にしていたので、文庫収録時に、手を入れたのではないかということ。「おことわり」にもあるように現代の眼からみて差別的表現もそのまま残されており、この書き換えの意図は、差別云々ではなく今は社会的には廃語となってしまったトルコを現代語にヴァージョンアップさせるくらいの意味しかもっていないのではないか。それとも、トルコの語は、もはや使わせないというトルコのスナイパーの眼でも光っているのであろうか。
・>まさか、踊った事があるなんて・・・?
ほほほ。って、嘘。でも、廻りに躍っている人が何人もいるのだ。
・ラインハート
なぜ、今ラインハート。7月号なんて、ブリーンの短編とラインハートしかないんだから。
「帰ってこない女」が出てこないので、「エンサイクロペディア オブ ミステリー&デテクション」で調べたたころ、「黄色の間」は、1945年の作品のようです。よく知られている作品として、他の5作品とともに挙げられている。それにしても、不親切だなあ。
2001/6/7 まとめて読書報告2
山風「人間臨終図鑑」文庫化記念に、いつかW巻が出る時に収録して欲しいネタをひとつ。出典は高田文夫「楽屋の王様」(講談社文庫)からです。林家三平師匠の今際の一言。
医者が脈をとりながら確かめる為
「師匠お名前は?お名前は?」
「・・・・加山雄三です・・・」
今回は奇跡的に出遭った文庫本の話し。七年前に、光文社文庫から出た往年のTV番組「私だけが知っている」のシナリオ集第一巻は持っていたのだが、何故か第二巻を買い逃していた。書棚で第一巻を見る度、思い出したように本屋を探すも、絶版サイクルの早い光文社文庫。以来、どこでも見かけず、いつか日本に帰ったら古本屋廻りでもするか、と諦めていました。
それが!まるでミーシャの歌の「不思議ね 願った奇跡が こんなにもそばに あるなんて」の通り、サンノゼ紀伊国屋書店に売れ残っていたのですね。93年12月発行の文庫が!
『私だけが知っている 第二集』 光文社文庫・編(光文社文庫)93.12
副題「幻のNHK名番組」とある通り、57〜63年まで放送されたTV草創期の名物番組。全266エピソードの内から、この第二集には12話を収録。執筆者は、戸板康二、笹沢左保、土屋隆夫、夏樹静子(二編)、新章文子、藤村正太(二編)、鮎川哲也、山村正夫(二編)、日影丈吉。読者はTV同様に犯人当てに興じることが出来る趣向なのだけど、いやあこれが酷い(笑)。奇跡的に見つけた本というのに、このレベルの低調さは何?これがあの作家の作品かと疑いたくなるほど。まあ、及第はアリバイトリックを手堅くまとめた鮎川哲也「占魚荘の惨劇」、○○殺人ネタに新手を絡めた夏樹静子「崖の上の家」、本格趣向満載の日影丈吉「奇跡ホテル」か。★★1/2
巻末に「宝石」掲載の番組座談会が再録されているのだが、鮎川哲也の饒舌振りが面白い。同じく巻末の全作放映リストを紐解くと、鮎川哲也が全エピソードの一割に当たる28編も執筆している事が判る。この番組、初期はNHK職員らが内外の名作からトリックをパクッてシナリオを書いていたらしく(カーの「爬虫類館の殺人」とか)、義憤に燃えた鮎川哲也が相当入れ込んで、オリジナル路線を定着させたらしい。この番組自体は一回も見たことないのであるが、同趣向のTBS系で69〜70年頃に?放映した「あなたが名探偵」?と言う番組は憶えている。「グッピーは知っていた」と言うエピソードでは(ネタバラシしても文句は出まい)、水槽の中の砂利を靴下に詰めて撲殺し、再び砂利を水槽に戻したものの、水が濁ってしまって足がつくと言うもの。すげえ興奮して、毎週謎解きに挑んでいたものだが、悲しい小学生の頭では遂に正解を得る事は無かったです。他に、頭を殴られた被害者が意識を失う前に、鏡に写った時計を見て、「五時・・五時・・・」と凶行時間を記憶するが、正解は七時だったというのもありました。
ところで、今回細君に買って来て貰ったお土産本は前述都築道夫の二冊以外には、去年出たレオ・ブルースの単行本2冊、「バカミスの世界」、ポケミス新刊三冊(ランキン、タルボット、グリーンリーフ)で、これだけ揃えるのに都内各所を随分廻ったとのこと。
新刊のタイミングを逃すと、けっこう大きな書店でも駄目なのですねえ。オンラインショッピングが流行る訳だわ。ところであれって海外向け発送にも応じてくれるのだろうか?今回の「私だけが知っている」同様の気になる買い逃し本として、91年刊行の乾信一郎「新青年の頃」(早川書房)があるのだが、bk1で見ると取り寄せ出来るみたい。
三平の話、ほんとかな。高田文夫のネタじゃないの。
「あなたが名探偵」?観てました。名探偵エチ・ゼンタロウってやつね。過疎背句でみてたけど、ほとんど、犯人が当たった記憶がないな。
オンラインブックショップ、確かアマゾンは、海外発送応じてくれるんじゃなかったかな。
2001/6/6 まとめて読書報告1
すっかり、書き込みがご無沙汰でした。細君がしばらく日本に里帰り中に、すわ読書三昧の日々よ!と思ったのもつかの間。こう言う時に泊まりの出張やら何だかんだで予定より全然読めずじまいでした。細君には嫌味を言われながらも、大量の本のお土産を命じる。おお、これでいよいよ都筑道夫の「推理作家に〜」が読めるのだ。ここで「貼雑年譜」でも頼んでいればまこと「男子の本買い」なんだけどなあ。
さて、ルイジアナである。♪あの娘は ルイジアナ・ママ・・・のルイジアナ。例の「ケージャン料理」の本場のルイジアナ。前回サンアントニオでも食べたけど、せっかくの本場なので期待したのだが、同行のカイルってのがファミレスにしやがって。
ここの名物はcat fish(なまず)とcrow fish。crow fish ?爪の魚?実はこれ、ザリガニ。ルイジアナは大きな湖と川に囲まれた州。こういう淡水系の魚介類が豊富なのですね。で、食べたのはイマイチのジャンバラヤでした。
『奇想小説集』山田風太郎(講談社・大衆文学館)95.3
ヤマフー!この本は出た時に買って、パラパラ読んでた筈なのだが、どうも殆ど記憶に無いのだ。昭和20年代から41年頃にかけて発表されたユーモア系の九編。「満員島」「自動射精機」「ハカリン」に登場する素広平太博士がシリーズ・キャラクターとは知らなんだ(掲載順最初の「満員島」で死ぬのだが)。この内、「自動射精機」で言及される商品名の外国語化ルールの無秩序性は、現代でもそのまま変わっていない。パソコン用語って、徹底して直訳が多いかと思うと、「電子メール」の「電子」の響きが妙に虚しい。それと、本作186ページに「最初のレジスタンスは(中略)ソープ嬢の組合によって行われた」と言う標記があり、どうしてこの時代に書かれた特殊浴場嬢の名称が「ソープ嬢」の標記なのか?疑問である。巻末に好ましくない用語もあえて発表時のままとする旨断りがあるのに、これはどう見ても書き換えたとしか思えない。とすれば、これまた無秩序の謗りを免れないではないか。成田さんはこの辺の事情を直ちに調べるように(成田さんのリストによると、発表は昭和41年とある)。巻末掲載の「黄色い下宿人」は有名っすよね。昔、角川の「バラエティ」誌上で激賞されてい
たのを憶えています。この歳になって、やっと憑き物が落ちました。まあ、肩の凝らない奇相ユーモア物を中心に、楽しめました。「蝋人」「陰茎人」のグロテスクセックス物は今でも充分通用しますよね。スゴイ。全体として★★★としましょう。
『人魚とビスケット』 J・M・スコット(創元推理文庫)01.2
55年作の<幻の作品>。海洋冒険小説とミステリの融合を謳っているが、腑に落ちない。世評高い古典が読んで見ると「?」と言う事が良くある。これもそんな本だ。冒頭の実話と称した新聞広告のやり取りは、確かに掴みとして文句は無い。続く戦時中の男三人と女一人のインド洋上での苦難の漂流話がどこか淡白で、ここで乗れないとこの小説は駄目だ。海の上に置き去りにされた男三人と女一人とあっては、50年代のモラルで抑制されても、それなりのどろどろがあっていい。もっとクラシックなものでも、ヒッチコックの「救命艇」では、この先どうなるのか?常にハラハラさせられたし、63年作の東宝映画「マタンゴ」だって、男女のどろどろをもっと全面に出しながら、楽しませてくれたものだ。結局淡々としたこの漂流部分の起伏の無さが、評価を左右する。
そして、ラストのエピローグがこれまた俺には釈然としない。何かを示唆しているようでそうではなく、実際深読みすべく何度か読み返したが、遂に汲み取れず終い。何か表面上以外のサプライズがあったでしょうか。ネット上の好意的な評を読むにつけ、消化不良になる。唯一、都筑道夫のHMM評であっさり片付けられているのを目にして、希少価値以外に大騒ぎするものは無いのだな、とやや納得した。★★1/2
この他には短編集をポツポツ拾い読み。山田風太郎「妖異金瓶梅」も、20年ぶりに読み返す。これは、やはりスゴイ。初読時の震えるような戦慄が甦った。未だ、数編だが濃厚過ぎて一気に読めない。後日、レポート書きます。
で、ミステリでは無いのだけど(笑)、『しゃべれども しゃべれでも』佐藤多佳子(新潮文庫)00.6
97年の作品で、その年の「本の雑誌」でベスト1になった。単行本当事も山本祐司のほんわかした表紙絵が(これは文庫版も一緒)、妙に心に引っ掛かり、ずっと気になっていたのだ。お話しは26歳の二つ目の落語家・今昔亭三つ葉の元に、ふとしたことで集まった年も動機もバラバラの男女4人が、落語を教わる事で少しずつ変わっていく、と言うもの。主人公の三つ葉も含めて皆人生に不器用な連中が、まあそれでも自分を変えようともがく姿が微笑ましく、ハートが暖まる。寝る前に少し・・・と思って手に取っていたら、結構ハマッてしまった。年間ベストは誉め過ぎだけど、人物造形、さり気ないセリフの巧さなど、良く出来ているよ。児童文学出身とあってか子供の描写が素晴らしいし、三つ葉と十河の二人の焦れったいようなラブ・ストーリーの線も良いから、達者なものだ。落語家モノとして見ても、森田芳光のデビュー作「の・ようなもの」を想起させる爽やかさであった。
ふう、続きは次回。今は細君が日本で買って来てくれた都筑道夫「推理作家〜」上巻を毎日慈しむように読んでます。ううむ、良い。
久しぶりの巨弾投稿ありがとうこざいました。色々コメントしたい点もあるが、1曲だけ。
♪ グッバイ・ジョン イガレゴー ミオマイオ (ジャンバラヤ)
じゃなくて、1点だけ。
>成田さんはこの辺の事情を直ちに調べるように
山風全集14巻収載の「自動射精機」(昭和46年刊)では、「ソープ嬢」ではなく、「トルコ嬢」になっていたので、おそらく初出もそうだったものと思われる。これは、差別うんぬんではなくて、現代読者の理解を助けるために、作者自ら書き替えたのではないかと思うのだが、どうだろう。
都筑道夫のシルビアは、ソープ嬢になってたっけどうだっけ。