PCエンジンGT

ジャンル:ハードウェア
媒体:本体
発売元:NECホームエレクトロニクス
発売:1990年12月1日
価格:44800円
商品番号:PI-TG6


商品外見◆アッと驚く「携帯型PCエンジン」!

 知る人ぞ知る、PCエンジンハード群中きわめつけの珍ハード。いや、思いつきは悪くなかったし先見的な部分も少なからずあるとは思うのだが、この商品化はさすがに無謀だったと思わざるをえない。実際にこのハードはほとんど普及せず、存在自体を知らないゲームマニアも少なくない。

 「PCエンジンGT」は、持ち歩きながら外でPCエンジンゲームが遊べるという携帯型PCエンジン。2.6インチアクティブマトリクス方式のカラー液晶画面を搭載しており、縦長ボディの下半分を両手で抱え、両手の親指で十字キーとI・IIボタンを操作して遊ぶ構造になっている。ゲームソフトは背面のスロットに差し込む形となっており、当然ながらHuCARDソフトしか遊ぶことはできない。
 しかしその「HuCARD」こそが「GT」が他の携帯型ゲーム機に勝る利点を生んだ。「GT」は家庭内のTVに映して遊ぶPCエンジンのゲームソフトをそのまま携帯型マシンに持ち込んで外で遊ぶことを可能にしたのだ。家庭用の据え置き型ゲーム機と携帯型ゲーム機とでソフトの互換性を実現したのは「GT」が世界初である。PCエンジンのソフト媒体がカード形式だったからこそ実現できた仕様だが、その後このような試みが行われた例じたいがほとんど無く(ゲームボーイがスーパーファミコンで遊べる「スーパーゲームボーイ」とか、海外でのみ発売された携帯型メガドライブ「Nomad」の例ぐらいか。また据え置き型と携帯型とでデータの交換ができるといった遊び方はいくつもある)、ゲーム史上に一時のあだ花として名を残す形となっている。

 さてなんでこんな商品が出てしまったのか。
 この「GT」発売の前年1989年の4月、任天堂から携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」が発売されている。それまで携帯型ゲーム機といえば任天堂の「ゲーム&ウォッチ」に代表されるように一つのゲーム(たまに複数入れたのもあった)を遊べるだけのものだったのだが、「ゲームボーイ」はファミコンのようにROMカートリッジを交換することで多くのゲームを遊べる携帯型ゲーム機だった。画面はあえて白黒液晶にして価格を12800円に抑え、「スーパーマリオランド」や「テトリス」といった携帯マシンならではのヒット作を出したことで、ゲームボーイは1990年あたりにかけて大いに売れた。その後一時低迷するが、1996年に出た「ポケットモンスター」の爆発的ヒットでゲーム機史上屈指のロングセラーになっていくわけだ。
 ゲームボーイの勢いを見て、1990年10月にはライバルメーカーのセガが携帯型ゲーム機「ゲームギア」を送り出した。こちらは白黒のゲームボーイとの優劣を見せようとカラー液晶を搭載、価格もそこそこがんばって2万円を切って見せたが、電池のもちが悪い、画像が小さく映りが悪いといった理由もあってあまり普及しなかった(それでもソフト供給自体はかなりの長期続いた)
 この情勢を当時国内ゲーム市場三国志の一角を占めていたPCエンジン主催者のNEC−HEが黙って見ているはずはない。しかしNEC−HEは新たな携帯型ハードを開発・発売するのではなく「PCエンジンそのものを携帯型にしたハード」を発売するという作戦に打って出た。先述のようにPCエンジンのソフト媒体がHuCARDというカード型であったからこそ可能な作戦で、もしかするとPCエンジン立ち上げの当初から携帯型PCエンジンの構想が存在した可能性もある。この作戦ならばすでに発売されているPCエンジンのHuCARD資産がそのまま利用でき、ソフト供給の問題は一挙に解決するわけで、思いつき自体は決して悪くなかったと思う。

背面。スロットにソフトを差した状態 ただし、その発想はモロに高価格という結果となって表れた。PCエンジン本体だって2万円台で売っているのだ。この性能をそのままコンパクトにしてパッドにあたる入力装置も付け、当時はバカ高かったカラー液晶画面までつけちゃってるのだから4万円台というお値段はがんばってるほうだとは言えるだろう。しかし「いいものなら高くても売れるだろう」というのが家電屋というかコンピュータ屋のNECらしい発想というもので、「安くて遊べるものを作る」という任天堂の発想には結局勝てなかった。
 またゲームギア同様、カラー液晶にしたことで単3電池6本を入れても3時間程度しかプレイはできず、画面じたいもかなり小さいため「家庭のTVゲームがそのまま遊べる」という点がかえってデメリットになった。文字を読む必要があるゲームでは致命的だ。さらに本体もかなり大きくて重く、「携帯」して遊ぶにはかなり難があった。実際に両手で抱えてプレイしてみるとわかるが、これでアクションゲームなぞやった日には指がつりそうだ(笑)。


◆各種オプションと「専用」ソフト

 「GT」発売時はNEC-HEもそれなりに力は入れており、家電メーカーらしく本体発売と同時に各種オプションを充実させていた。
 まず当時CMでも強調されていたのが「TVも見られる」というもの。別売の「GT用TVチューナー」を接続すればGTのカラー液晶でTVを見ることができ、携帯できるような小型TVなんてあまりない当時としてはかなり新鮮だった。同様のTVチューナー機器はゲームギアでも発売されており、両者の狙いがよく似ていたことがうかがえる。
 電池では長時間遊べないデメリットを解消するために「GT用ACアダプタ」や、自動車のシガレットライターから電源を得る「GT用カーアダプタ」も本体と同時発売されている。NEC−HEからではなかったが、樫木産業というメーカーから専用の携帯式充電池「GT用パワーパック」もあとから発売されている。これらの商品についてはそれぞれの項目を参照してほしい。

  「ゲームボーイ」のヒット要因の一つが、「テトリス」で利用されたゲームボーイ同士の「通信対戦」の実現だった。これもマネしようと考えたようで、「GT」にも通信対戦機能が搭載され、専用の「COMケーブル」も最初から発売されている。この機能に対応した第一弾ソフトが同時に発売されたハドソンの「ボンバーマン」(’90)だったりするのだが、据え置き型でマルチタップを使った多人数対戦で人気を得ることになる「ボンバーマン」で1対1対決はさほどの売りにはならなかった(だいたいバカ高いGTを持ってる友達が周囲にいなければならない)。その後チビチビとパズルゲームを中心に「GT」での通信対戦プレイを想定したり小さい画面でのプレイを考慮したゲームソフトがいくつか発売されるのだが、GT自体が早期に市場から姿を消したために不発に終わっている。詳しくは「COMケーブル」の項目を参照されたい。

 画面こそ小さいが、携帯マシンで「TVゲーム」がそのまま遊べたというのは当時の「GT」所有者には大変な優越感だったのではないかなぁ。特にアーケード移植に強かったPCエンジンのHuCARD群を電車の中で遊んだりしていたら、かなり注目だったのではなかろうか。携帯ゲーム機で「R−TYPE」なみのシューティングや「ストリートファイターII’」なみの格闘ゲームがカラー画面で遊べるようになったのは21世紀に入ってからのことなんだから、「早すぎたマシン」だったとも言えるのだ。まぁ操作性はあまりに悪かったし、セーブ機能もなかったんだけど…


◆意外なところで「出演」してます

 PCエンジンは1989年に「Turbo Grafx 16」の名前で北米市場へ打って出ているが、この「GT」もほぼそのままのデザインで日本と同時の1990年年末に「Turbo Express」の名前で北米で発売されている。日本同様とくに売れたとは思えないのだが、据え置き型ゲーム機と同じソフトが携帯型マシンで遊べるというのはやはり新鮮だったろうし(先述の携帯型メガドラ「Nomad」もアメリカでしか出ていない)、デカいものを好むアメリカ人の気質にマッチしたか(笑)日本よりは印象が強かったようだ。

 その証拠として挙げられるのが、この「Turbo Express」がハリウッド映画に出演しているという事実だ。それも2本も。

 まず1992年に公開された「3 Ninjas」(日本未公開。「ニンジャの本場」のはずの日本ではほとんど公開されないがアメリカでは主に子供向けジャンルとして実写やアニメで「ニンジャ」作品が多数製作されており、これもその一本)という映画で、子供たちがベッドの上で携帯型ゲームを遊んでいるシーンで、ばっちり「Turbo Express」が紛れ込んでいるという(僕も未見なのだが、英語版Wikipediaの「TurboExpress」の項目に記述がある)

 そして1998年に日本でも公開されたウィル=スミス&ジーン=ハックマン主演のスリラーアクション大作「エネミー・オブ・アメリカ(原題「Enemy of the State」)」はPCエンジンファン必見の一品。政治的暗殺の現場を撮影したビデオ映像をたまたま入手してしまった一般市民が、盗聴・盗撮やスパイ衛星による国家的規模の監視システムの中を逃げ回る、といった内容で、911テロ以前の段階での社会派っぽいスリラー映画としても見どころが多い作品なのだが、ストーリーの中核であるビデオ映像の格納場所として使われる小道具が「TurboExpress」そのものなのだ。動画ファイルをHuCARD内に格納する設定なのだが、別に「GT」の液晶画面にそれが映るわけではなく(子供が手にとって「壊れている」と言う場面がある)、あくまで「一見普通の携帯ゲーム機」にゲームソフトとして挿してあるために格好の隠し場所になっている、という使われ方だ。物語の核になるだけに「出演シーン」は非常に多く、ウィル=スミスやジーン=ハックマンといった大スターの手にもバッチリ取られている(笑)。
 1998年といえばとっくの昔にPCエンジン(TG16)なんて過去のマシンになっていたはずだが、むしろそのために「出演」に問題がないと判断された可能性もある。「NEC」のロゴがばっちり見えるカットもあるので、映画制作側が何らかのお断りはした、あるいは逆にNEC側から広告料が出た可能性もある(すでに終わったマシンではあるが社名宣伝になってるのは間違いない)。また半分SFじみた話なので、カード型のゲームソフトに動画が入っているという設定が内容にマッチしていると思われたのかもしれない。
 なおこの映画、ほかにも「ガンダム」のイラストが描かれた紙袋が登場するシーンがあるなど、製作スタッフの中核に日本のゲーム・アニメおたくが含まれていたんじゃないかと推測されている。未見の方、「GT」の使われ方だけでも必見なので、ぜひ鑑賞を。

 ところでいまだに解決していない問題が…「GT」って何の略称なんだろう?「LT」が「ラップトップ」なのはわかるのだが、「GT」は…?「グラブ・トップ」かな?と思ったりもするのだけど、誰か知ってる人教えてくださいな。
(その後、この件については解答をいただきました。「Game & TV」で「GT」なんだそうです)

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