投稿時間:2011/05/17(Tue) 21:29 投稿者名:Ken
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タイトル:ウェルズとアジモフの通史(1)
アジモフが、1991年(死の前年)に発表した『アシモフの世界の年表』(Asimov's Chronology of the World)という本があります。太古から第2次大戦までを記述した世界史で、「年表」というとおり、各時代に各国・地域で起こったことが、できるだけもれなく書かれています。今回アマゾンで購入し、一気に読みました。年表というと、事実だけを羅列した退屈なものという印象がありますが、本書は、優れた筆の運びのおかげで、話がおもしろく、どんどん引き込まれてゆき、読み終わると、世界史の全体像が、くっきりと頭に残ります。
SF作家による世界史といえば、本書より70年前、H・G・ウェルズが1920年に発表した『世界史大系』(The Outline of History)という、超ベストセラーがあります。こちらの方は、昨年入手して、もう4、5回通読しました。この機会だから、ウェルズとアジモフという、それぞれの時代を代表するSF大家が著した世界史を読み比べながら、歴史に対する2人の捉え方を考察してみます。何回の投稿になるか分かりませんが、興味のある方は、ご一読ください。
************************************** まずは、ウェルズの『大系』とアジモフの『年表』の、それぞれの構成を述べよう。
1920年発表の『大系』は、先史時代から第1次大戦の終了と戦後体制までを記述する。つまり本書発表時期の最新の歴史までをカバーし、今後の世界史がどのように進展するかを予測して、筆を結んでいる。一方、1991年発表の『年表』は、1945年の第2次大戦終結までを述べる。アジモフは終章の中で、第2次大戦を境に世界が大きく様変わりし、戦後史はもはや別の物語であって、その記述には新たな1書を起こさねばならないと、述べている。
両書の構成は、一見、対照的といってよい。
ウェルズの『大系』は、人類史を思想的進歩の歩みとして捉え、その視点で重要な事件のみを扱い、それ以外はたとえ大事件でもとりあげない。例を挙げると、アメリカの独立革命は、当時のヨーロッパを支配したマキャヴェリ流の権謀政治と訣別し、理想を掲げた新社会を実現したとして、人類史への貢献を評価し、詳しく述べている。ところが、米国史でも南北戦争は無視している。19世紀にもなって奴隷制の是非を争うなど時代錯誤だし、なによりも純粋にアメリカの国内問題であって、人類史への貢献を認めないからだ。また『大系』には日本史も登場するが、扱っているのは明治以後の近代化と日露戦争の勝利、そして国際連盟に提案した人種平等宣言だけである。ウェルズは、日本のこの事跡を、近代文明が白人の独占物でないことを立証したとして、人類史への貢献と認めている。それ以外の日本史は日本だけの歴史であって、人類の進歩には何の貢献もない、というわけだ。
『大系』は40章からなる。各章の内容は、以下のようなものである。
1.地球、2.化石、3.進化、4.陸上生物5.爬虫類、6.哺乳類、7.ヒトの祖先、8.ネアンデルタール人、9.氷河期と現生人類、10.新石器人、11.思想の始まり、12.人種の分化、13.言語、14.最初の文明、15.海の民と商業、16.文字、17.神官と王、18.階級分化と自由人、19.ヘブライの教え、20.アーリア人、21.ギリシャとペルシャ、22.ギリシャ思想、23.アレクサンダー大王、24.アレクサンドリアの科学と宗教、25.仏教、26.ローマとカルタゴ、27.ローマ共和国から帝国へ、28.帝政ローマの実態、29.キリスト教、30.中世アジア、31.イスラム、32.中世ヨーロッパ、33.モンゴルとトルコ、34.西欧文明の復活、35.君主と議会とマキャヴェリズム、36.アメリカとフランスの民主共和政、37.ナポレオン、38.19世紀、39.大戦、40.今後の予測
こうしてみると、先史時代を扱う部分がずいぶん長いようだが、最初の方の章は短いので、文明史の記述が始まる14章は、全体の1割を過ぎたあたりである。
アジモフの『年表』はまさしく年表で、全体を各年代に分け、各年代を各国・地域に分けて、政治、戦争、発明と発見、芸術作品などを、できるだけもれなく記述する。例えば、「1650年から1700年まで」という年代の中の「フランス」の項では、まずスペインとの戦争、ルイ14世の絶対王政、ベルサイユ宮殿の完成と宮廷文化、封建貴族の廷臣化、王室と民衆の乖離、コルベールの財政改革、ユグノーの弾圧、各国の対仏同盟といった政治史を述べた後、この時代の仏文学の隆盛に言及し、コルネイユの悲劇作品集、ラシーヌの『アンドロマク』や『フェードル』、モリエールの『タルチュフ』、フォンテーヌの寓話集、ロシュフコーの『箴言集』、ペローの『赤頭巾』や『長靴をはいた猫』等の童話が、この時代の作だったことを紹介する。また音楽のリュリを紹介した後、著者が最も得意とする科学史に移り、地球の大きさを精密に測定したピカール、太陽系の観測をしたカシニ、圧力器を発明したパパン、科学エッセイをよくした(つまりアジモフには大先達の)フォントネルを紹介している。
構成は対照的だが、『年表』の中の政治・社会面の記述と、『大系』を読み比べると、アジモフとウェルズがどちらもリベラル派に属し、権力と民衆の抗争史を重視する傾向があることが分かる。特に『大系』は、社会主義者ウェルズの史観が全編を貫いており、人類の未来は、社会主義的な世界統一国家の樹立にある、とはっきり主張している。むしろウェルズはこの主張をするために人類史を書いたといってよいだろう。「社会主義の正しさ」を歴史面から理解したいと思う人には、お勧めの一冊である。
『年表』の方は、どのような体制が正しいかという主張はなされていない。ただ、各時代に各国で行われた民衆とくに少数派の抑圧を、厳しくときに皮肉な筆致で描いているのは、アジモフの問題意識の表れだろう。それと歴史上何度も発生した「バブル」を、人間の愚かな行動としてその都度紹介している。1920年代のバブルと、その崩壊が引き起こした世界恐慌、そして第2次大戦が、アジモフの幼年期から25歳までに相当することを思うと、強い印象を受けたのだろう。
『年表』は、各年代につき、国・地域別に記述するが、国々の登場順序は、年代で異なる。アジモフは、主観だが、と断りつつ、それぞれの時代を語るのに、どの国から書き起こせばよいか考えながら順序を決めた、という。紀元前4000年以降の各年代で、先頭に来るのは以下の通りである。
4000〜3000BC=シュメール、3000〜2500BC=エジプト、2500〜2000BC=シュメール、2000〜1000BC=エジプト、1000〜900BC=イスラエル、900〜600BC=アッシリア、600〜500BC=バビロニア、500〜350BC=ギリシャ、350〜300BC=マケドニア、300〜200BC=エジプト、200〜100BC=ローマ、100〜50BC=ポントス、50BC〜250=ローマ、250〜300=ゴート族、450〜500=フン族、500〜550=東ゴート族、550〜600=イタリア、600〜650=ペルシャ、650〜750=ウマイヤ朝、750〜850=フランク帝国、850〜900=西フランク、900〜950=東フランク、950〜1000=神聖ローマ帝国、1000〜1200=英国、1200〜1300=モンゴル、1300〜1450=英国、1450〜1550=オスマン帝国、1550〜1600=スペイン、1600〜1650=オーストリア、1650〜1725=フランス、1725〜1750=オーストリア、1750〜1775=プロシャ、1775〜1820=フランス、1820〜1840=英国、1840〜1860=フランス、1860〜1890=ドイツ、1890〜1910=英国、1910〜1914=オーストリア、1914〜1920=ドイツ、1920〜1930=米国、1930〜1939=日本、1939〜1945=ドイツ。
いうまでもなく、これは各年代における「最強国」をいっているわけではない。例えば、1930年代の記述が日本から始まるのは、最初に戦争を始めたからである。
************************************** 第2回は、先史時代の話で、近日、アップします。
訂正:ウェルズの「The Outline of History」は、当初『世界史概観』と紹介しましたが、正しくは『世界史大系』『世界文化史大系』『世界文化史』という邦題がついてるようです。ウェルズは本書のあと「A Short History of the World」という簡易版を出していて『概観』は、そちらにつけられた邦題のようです。(ややこしいなぁ。)5/17に投稿した本文を5/19に修正し、以後も『大系』と書きます。
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