投稿日 | : 2011/01/22(Sat) 22:03 |
投稿者 | : 徹夜城 |
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タイトル | : 一通り読ませていただきました |
管理人として、こちらに誘導した以上、コメントを。
まず冷静な筆致で議論を読みやすくまとめていただいたと思います。それ自体はいろいろと勉強になりましたし、ID論が一応進化論そのものを取り込む形であることも理解はできました。kenさんの「疑似科学として門前払いするのはいかがか」という主張も一定の理解をします。
ただ、やはり煎じつめると「自然選択・淘汰の積み重ねではこうならない。人為的なものだ」ということになると、ID論以前の創造論と何ら変わりはないのではないか?という印象を僕は受けました。そしてすでにご指摘が出てますが、「進化に介入した何らかの知性」を設定する必然性を僕は感じなかったんです。それを持ち出したとたんに「じゃあそれはいかなるものであり、いかなる方法で介入したのか、またその目的は何なのか」ってことを論じなければいけなくなるのではないでしょうか。また進化の方向に介入するにしても現在における人間という一生物のみた価値観から見た「進化コース」に沿うようにその何者かが介入するというのもSF的に考えたとしても僕はひっかかりを感じます。
挙げられていた「ダーウィニズムの疑問点」にしても僕がちょこっと読んだドーキンスの著書の論法からするとすでにそれ以前の創造論派とのやりとりであがっていたものと似ている気がするのです(だから彼らには新鮮味がないとも言えるかも)。直接は読んでませんが、ドーキンスはID論についてもかなり詳細に批判をしているようですが。
セーガンやアシモフがどう批判しただろう?と想像するのは確かに楽しいのですけど、こればかりは実現しない話ですしねぇ。