☆マンガで南北朝!!☆
湯口聖子・著
「風の墓標」全5巻

(1988年〜1991、秋田書店・ボニータコミックス「夢語りシリーズ」5)


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◎「カマクラー」による北条氏滅亡ドラマ

 恥ずかしながらこの漫画の存在自体、このコーナー作成の過程で偶然知ったんですね。発行年月日をみると1988年には「ボニータ」誌で連載が開始されていたようですから、大河ドラマ「太平記」放送のずっと前の話で、まったく便乗企画ではないんですね(念のため書くと当時の大河ドラマは放映前年にならないとタイトルは公表されませんでした)。連載終盤にちょうど大河発表とカチあってしまい、4巻の終りに放送決定とキャストを聞いて作者が小躍りする様子が漫画で描かれてます(笑)。ともかく少女マンガ方面にはまるっきり疎い僕は当時まったくその存在に気付かなかった次第です。
 執筆開始から20年もたってようやく存在を知って入手、読破してみたわけですが、いろいろと「思い当たる」ことがありました。何かといえば、僕の知ってる範囲で日本中世史、ことに南北朝時代に興味のある女性の多くが「北条ファン」「直義ファン」だったことなんです。かねてなんでなのか疑問に思っていたんですが、どうもこの漫画の影響が大だったような…。
 つい先日まで作者の湯口聖子さんについても全然知らん、という状態だったんですが、調べてみるとこの時期「夢語り」シリーズなる鎌倉北条一族の歴史を描いた少女マンガを次々発表されていた漫画家さんでした。商業誌だけでなく同人誌でも「北条もの」を多数執筆されていて、かなりのマニアが存在するとか。この一連の北条もの漫画が火付け役となって増殖した北条・鎌倉時代マニアのことを「カマクラ―」と呼ぶ、なんてこともこの原稿を執筆している前日にウィキペディアで知りました(項目があるんだよな、ちゃんと)。やはりつい先日になって「天姫」という登子と高時の恋愛を描く少女小説の存在を知ったのですけど、これもその流れの一つであるようです。

 この「風の墓標」は 「夢語り」シリーズの第5弾。短編連作の形が多い「夢語り」シリーズのなかで全5巻に及んだ大長編です。「墓標」とあるだけに鎌倉時代の終盤、作者が愛し てやまない北条一族が滅亡していく過程を描いた作品で、容赦のないほど悲劇性が強い作品になってます。
 厳密には鎌倉時代ものなので「マンガ で南北朝!」コーナーで扱うのはどうしようかとも思ったのですが、登場人物の多くが太平記キャラであるだけに広い意味での南北朝ものととらえてとりあげさ せていただきました。なんつっても現時点で女性漫画家による南北朝がらみ作品はこれしかないようですし。


◎あくまで北条目線の「太平記」

 物語の主人公は北条一門・赤橋家の四男・四郎範時。もちろん架空の人物で、最後の執権・赤橋守時足利尊氏の妻・登子の弟という設定です。うまいところに目を付けたもんだと思ってしまいましたが、作者によると「私本太平記」から太平記ワールド入りしたのが大きかったみたいですね。
 この赤橋四郎と、最後の六波羅探題となる北条仲時、そして足利直義の三人が大の親友(一歩間違えるとBLものに行きそうな気すらする)ということになっていてドラマの中核を担っています。尊氏ではなく直義というチョイスが面白いところで、この漫画の影響もあったのかもしれませんけど僕の知る範囲でもどうも直義というのは女性ファンを呼びやすいキャラのようです(笑)。

 後醍醐天皇の 噂を聞いて四郎が京都にのぼると、四郎がひそかに憧れていた斉藤利行の娘・利子は土岐頼員の妻になっています。ここから正中の変の話になっていくわけで、 「太平記」の話とフィクションのキャラクターとかそこそこうまく融合して陰謀暴露の展開になっていきます。「太平記」と決定的に違うのは作者が明白に北条 びいきの立場に立っているため、後醍醐天皇とその一党の討幕計画が「悪だくみ」にしか見えてこないところ(笑)。そもそも後醍醐天皇自身や日野俊基らはまともに顔が描かれることもなく、描かれてもかなり悪役扱いです。楠木正成や新田義貞らもまったく出てこず(それでいて正季は出てくるんですが)、その軍勢が攻め込んでくる様子だけが描かれるのも、あくまで北条一族の目線ということでしょう。
 北条高時の田楽狂いや幕府政治の腐敗も描かれてはいますが、高時は遊びにうつつをぬかしながらも彼なりの苦悩を抱えており(この辺は吉川英治の影響が強い気がします)、赤橋守時や四郎、そして北条仲時らは幕政を立て直し、平和を維持しようと一生懸命。その平和を乱そうとする後醍醐らはワルにしか見えてこない…というのは北条ファンとしては素直な気持ちなんでしょうね。

 それでも時の流れは止まらない。主人公たちの抵抗も空しく、北条幕府はじわりじわりと滅亡の淵へと落ちていきます。このジワジワと蟻地獄に落ちていくようなムードが全編に漂っていて、好きな方にはたまりません(笑。作者も「私はサドではないのよ、史実だからしょーがないの」って書いてますね)。作中人物たちも「平家物語」の平氏の運命を自らの行く末に重ね合わせ、滅亡を予感しつつもそれにあらがって懸命に生きようとする、というところがこの漫画の読ませどころでしょう。


◎滅びゆく予感のなかで

 少女マンガということで…この滅亡の予感の中で恋愛ドラマもあっちゃこっちゃで展開してます。主人公・四郎は親友の仲時の義妹・基子と、四郎の妹・章子は直義とそれぞれくっついたり離れたりのラブコメやってます。やってることは学園ドラマとそう変わんないなと思うのですが、そうした微笑ましい展開が終盤一気に歴史の激動に流されていっちゃうことは読者も察知してるので、その悲劇性はいっそう強烈です。

  男同士の友情も恋愛ドラマの一環と見れるでしょう。とくに一族の宿命を背負って親友たちを裏切ることになる直義の苦悩はかなり深刻。直義は理想主義者、あ くまで人々の平和を第一に考える人物として描かれ、最後にはふっ切って、兄まで励まして「裏切り」を実行します。なお、この漫画、北条氏滅亡後のことは一 気にナレーションでまとめて語ってますが、しっかり最後に直義が毒を盛られて死ぬ場面が描かれています。北条一族ではないけれど、作者が直義というキャラ クターにかなり強い思い入れをしていたことがうかがえます。大河ドラマの直義=高嶋政伸というキャスティングに直義ファンの人が「やっぱり三の線でした ね」とガッカリする様子が4巻の巻末に書かれてます(笑。まぁ南北朝史の佐藤進一先生も「あんな直義がいるわけがないっ」と嘆いてましたっけ)

  討幕側の人間があまり出てこないのもこの作品の特徴ですが、足利尊氏はさすがにしょっちゅう出てきます。赤橋家の登子の夫だから当然といえば当然ですが… ただ直義との対比のためか、少々冷たい印象を受けるキャラクターです。登子も当然出番が多く、足利兄弟の裏切りから鎌倉滅亡にいたる過程ではほとんど主役 じゃなかろうかというほど存在感があります。登子が千寿王(義詮)を産むことで北条氏の血筋が足利将軍家に受け継がれていく、という観点も見逃せません。
 足利氏関係では尊氏の庶子・新熊野丸(もちろん後の直冬)が 可愛く登場しております。主人公たちは直義ともども新熊野丸としょっちゅう顔を合わせてまして、鎌倉陥落のときも彼を連れて脱出するくだりがあります。意 外なのは尊氏が新熊野丸を実子と認めずひたすら冷たく扱うのに対し、登子が尊氏の子としてかわいがろうとする描写があること。もっともラストで語られる 「その後」では継母として直冬に冷たくあたったことになってるようですが。そういえば尊氏のもう一人の庶子である竹若は登場してません。

 単行本の第5巻では「続・風の墓標」という中編も収録されています。これはタイトルの通りの後日談で、主人公の一人であった北条仲時の遺児のその後を描くお話。足利直義が再び登場しています。
 また他にもこの作品の続編的存在として北条時行や足利直冬を描いた作品もあり、「明日菜の恋歌」という単行本に収録されています。

◆おもな登場人物のお顔一覧◆
この漫画、討幕側の人はほとんど登場しません。姿を苦労して探してこんなモンです。
皇族・公家


後醍醐天皇護良親王日野俊基花山院師賢
北条・鎌倉幕府



北条高時赤橋守時赤橋四郎範時章子基子
北条仲時長崎円喜冬野夏野
足利・北朝方


足利高氏(尊氏)足利直義
千寿丸(足利義詮)赤橋登子新熊野丸(直冬)
高師直足利貞氏
新田・楠木・南朝方



楠木正季新田義貞

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