☆マンガで南北朝!!☆
甲斐謙二・画/兵藤裕己・監修
「マンガ太平記上・下

(1990年、河出書房新社・古典コミック)


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◎古典文学「教材」コミック

  この本もつい最近になって存在を知ったのですが、初版刊行は1990年12月。つまりNHK大河ドラマ「太平記」便乗企画の一つだったことは間違いないで しょう。ただし、河出書房新社はすでに「古事記」「今昔物語」「平家物語」「雨月物語」といった古典コミックシリーズを発行しており、その流れでちょうど 大河も放映するし…ということで「太平記」をチョイスする、ということになったんじゃないでしょうか。
 
 「古事記」や「平家物語」でも 二巻体制をとったこのシリーズは、やはり「太平記」も上下巻構成をとりました。それぞれ約300ページ、合計600ページという大長編で、古典「太平記」 漫画化作品としてはかなり気合の入ったものになっています。ただ、あくまで漫画による古典の「紹介」といった趣旨のシリーズのようで、古典の内容を忠実か つ簡潔かつ淡々と、ほとんど独自の展開もみせることなく漫画化してるので、「あらすじ」を追いかけさせられてる感も強いです。その代わり、古典「太平記」 の巻頭から巻末まで、すなわち後醍醐天皇の即位から始まり、足利義満細川頼之の登場による太平の到来までを完全網羅。とくに原典の文学的名場面はほぼ完璧におさえられています。

 漫画を担当したのは甲斐謙二さん。下のキャラクター表をご覧になれば一目瞭然、手塚治虫末期の絵柄に酷似した絵を描かれてます。プロフィールを見るとやはり手塚プロに所属しアシスタントをされていた方のようで、この人の手になる「鉄腕アトム」(2度目のアニメ化の時)なんかも存在しているようです。独立後はこの作品のような学習・解説漫画を多く手掛けられている模様。手塚先生によく似たタッチは落ち着いていて非常に読みやすいのですが、難を申し上げればキャラのバリエーションが少なく似た顔が多くなってしまうこと(ヒゲを描くのがおきらいなのかな?)、全体的に静的な演出のため軍記物語なのに戦闘場面で盛り上がりに欠ける、といった点が挙げられます。左図が湊川合戦のシーンですが、「迫力」ということではイマイチなのがお分かりかと。左下で叫んでる新田義貞楠木正成も区別がつきませんし。

  調べたところ学校図書館納入用のバージョンもあったようで、教材としての利用も考慮されていたようです。内容的にはあまり子ども向けではなく、高校生以上 が対象と思われます。同じく古典「太平記」のコミック化である、さいとう・たかを版と比較すると実にクソ真面目に原典に忠実、一歩も踏み外さず漫画的遊び が一切ないのは、やはり「教材」だからなんでしょう。
 また古典「太平記」は史実と明らかに齟齬する部分が少なくない「文学作品」でありますが、あくまで「太平記」の記述に沿った漫画化がされていて、欄外の注釈で史実をフォローする、といった配慮がされています。
 監修についているのは「太平記<よみ>の可能性」や「平家物語」に関する著作で知られる兵藤裕己さん。歴史研究者ではなく文学研究者の方が監修されたわけで、どのていどの関わられたのかはわかりませんが、巻頭の解説で「太平記」という古典を実に簡潔、的確に紹介しておられます。「『太平記』は、その作品としての不統一を代償にして、現実の不可解さ、人間の思惑を超えた歴史のダイナミズムを、身をもって表現した文学」とはまさに至言だと思います。


◎古典「太平記」をイッキ読みには最適

 これ、「南北朝漫画」の一冊には違いないのですが、あくまで古典「太平記」の内容を真面目に忠実にビジュアル化した作品なので、このコーナーでは正直扱いづらいんです。ツッコミどころがないと言いましょうか(笑)。
 ホントに古典の内容をそのまんま漫画にしてますので、出てくるエピソードはすごく多く、密度は濃いです。南北朝・太平記をあつかった漫画ではカットされがちな細かい話もたくさんとりあげられていて、たとえば赤松円心則祐父子の奮戦ですとか、千種忠顕の戦場逃亡、尊氏の庶子・竹若の殺害といったエピソードも出てきます。箱根・竹之下合戦でも脇屋義助義治父 子の奮戦話にページが割かれるなど、有名ではないけれど原典で文学的に盛り上がるところは細かい話であろうとちゃんと取り上げるので、ディープな太平記・ 南北朝マニアは喜ぶでしょう(笑)。ただどれもあくまで淡々と漫画化されてるので、盛り上がりにはやっぱり欠けるんですよねぇ。

 上下巻構成で、上巻は足利尊氏の九州落ちまで。原典全40巻のほぼ真ん中までという、こういうところも忠実な配分です。下巻は最初の方で湊川合戦が描かれ、半分ぐらいで楠木正行が戦死。このあと観応の擾乱の展開も、高師直(塩冶判官の話も当然あります)足利直義の死、足利直冬と尊氏の対決、そして尊氏の死までが「太平記」に忠実に漫画化されてます。新田義興が謀略によって殺され、その怨霊が出る話までちゃんと漫画化してるのは本作ぐらいじゃないでしょうか。
 尊氏の死後、足利義詮の時代の幕府内紛もちゃんと語られており、佐々木道誉の謀略により細川清氏が南朝に走り、楠木正儀らと京都を一時占領、その後細川頼之に討たれる展開も、簡単ではありますが「太平記」最後の盛り上がりとして漫画で語られているのは、「室町太平記」作者としても嬉しいところです。

 古典「太平記」完結の直前にある、光厳上皇の旅路も漫画化してるのは、この本ならではでしょう。動乱の中で辛酸を舐め、僧となった光厳上皇が金剛山の古戦場を眺めて涙し、吉野へ入って後村上天皇と対面して語り合うというお話は文学作品としての「太平記」をしめくくるエピローグといえ、静的な描写が目立つ甲斐謙二さんの漫画がよくマッチしていると思えた場面です(右図)。
  このあと原典通り不吉な事件が続き、基氏・義詮があいついで亡くなり、どうなることかを思わせて細川頼之の執事就任、義満の時代の到来で「中夏無為の世と なった」と終わります。これまで出てきた主要人物たちの顔が空に浮かぶ見開きページのあとに、金閣の絵でジ・エンドです。それにしても南北朝漫画は金閣で 終わるのが定番になってる気もしてきますね。
 

◆おもな登場人物のお顔一覧◆
古典の忠実な漫画化ということで、登場人物はかなり多いです。これでも厳選したつもり。
皇族・公家

後醍醐天皇護良親王日野資朝日野俊基阿野廉子
万里小路藤房花山院師賢千種忠顕文観北畠親房
北畠顕家坊門清忠後村上天皇光厳天皇西園寺公宗
北条・鎌倉幕府
北条高時赤橋守時北条泰家北条時行
足利・北朝方


足利尊氏足利直義
足利義詮足利直冬足利義満
高師直土岐頼遠佐々木道誉赤松円心赤松則祐
山名時氏桃井直常細川清氏細川頼之
新田・楠木・南朝方その他


楠木正成楠木正季楠木正行
楠木正儀
児島高徳
新田義貞脇屋義助勾当内侍新田義興名和長年

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