☆マンガで南北朝!!☆

伊東章夫・著/監修:樋口清之
「足利尊氏・南北朝の争い

(1979年、学習研究社・図解まんが日本史6)


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◎史上初の足利尊氏主役コミック?

 確信はないのですが、この伊東章夫さんの手による「足利尊氏」は、足利尊氏を 主人公とした漫画としては日本史上初なのではないかと思っています。そもそも歴史コミックそのものがめったに描かれるものではありませんでしたし、南北朝 時代をとりあげるケースなんてまず考えられません。唯一ありえたのがこのような学習漫画のケースなんですが、やはり尊氏となると戦前以来のタブーがまだ 残っていたと思われます。この漫画が出る以前に集英社の最初の「学習漫画日本の歴史」で南北朝時代を扱った巻がありましたが、そこでの尊氏はやはりかなり悪人扱いでありました。昭和40年代ではまだまだそんな感じだったんでしょう。

 そんなわけで1979年発行のこの「足利尊氏」が、彼を主人公にした最初の漫画であろうと推測しているわけです。この「図解まんが日本史」シリーズは後に「まんが人物日本史」シ リーズと改められ時期によって冊数に変化があるのですが、僕が所有する初版では全12冊構成、各時代を代表する人物を一人ずつ選んでその伝記漫画という形 で日本通史を描くというなかなかユニークな企画でした。このうち室町時代代表として足利尊氏をセレクトしたのは自然なようにも見えますが今にして思えば思 い切った英断だったかもしれません。NHKですら1991年までやれなかったんですから、やはり尊氏ってデリケートなテーマなんですよ。
 小学生高学年を対象としたと思われるこのシリーズは、基本的に主人公の美化が目立つシリーズです。したがって本書でも足利尊氏は基本的に「いい人」でありヒーローとして描かれます。他の巻では美化が無理やりなものも目立ったシリーズなんですが(個人的には「源頼朝」が凄かった。逆に「豊臣秀吉」は後半突き放してましたね)、この「足利尊氏」はそう無理なく尊氏を「えらい政治家・武将」として描くことに成功しているのではないかと思います。
 
  個人的な話になりますが、実は僕を「南北朝ワールド」にハマらせたのが本書です(笑)。確か古本市で母親が二束三文で買ってきたものだったはず。すでに歴 史に興味をもち大河ドラマも見ていた僕に「まるっきり無視されてる時代」ともいえた南北朝時代に興味を持たせてしまっただけでもかなりの「名作」であると 思っています。
 なお、作者の伊東章夫さんは学習漫画の世界では常連のお一人で、僕も科学解説ものを中心によく読んでましてすでになじみの漫画家 さんでした。歴史物ではこの学研のシリーズで「北条時宗」「武田信玄と上杉謙信」などを担当されてました。基本的には可愛い系統の絵なんですが「信玄と謙 信」では劇画タッチを披露して僕を驚かせたものです。


◎「太平記」作者登場!?

  この手の児童向け学習漫画は、難解な話をいかに面白く読ませ理解させるかが作者の腕の見せ所なのですが、ややこしい南北朝時代だけに大変な苦労があったの ではないかと思います。よくあるのが読者の代理といえる少年の架空キャラクターを登場させる方法でして、本作でも記憶を失った少年・太郎丸が 狂言回しとして登場しています。彼が記憶を取り戻していく過程もしっかりドラマの中核をなしておりまして、実は北条に滅ぼされた瀬戸内海賊の孤児であり、 護良親王の配下たちの辻斬りにあって生死不明となり、都を荒らす大盗賊として再登場したあげく、最後に記憶を取り戻して尊氏のもとで海外貿易に出るとい う、大変な波乱万丈。思えば僕の南北朝と並ぶ趣味である「倭寇」ワールドとこの時点でしっかり結びついていたわけですね。

 この太郎丸と一緒に時代の目撃者となるのが、小島法師。そう、「太平記」の作者です!「いまにノーベル文学賞をもらうつもり」とうそぶく小島法師(笑)はルポルタージュ戦記小説として「太平記」を書き、千早・赤坂攻防戦などを現地取材している設定。尊氏や直義とも顔を合わせており、尊氏から「高氏はなかなかハンサムであったと書いておいてね」と耳打ちされ、「よく聞こえませぬ、もっと大きな声で!」とやり返すなど、ギャグキャラクターとしても大活躍します。しかしこの小島法師が終盤、盗賊となった太郎丸と処刑場で再会、尊氏に対して「皇室や公家や武士たちに、いいようにふみにじられたんだ!この太郎丸は!」「北条の政治が、足利の政治が、太郎丸を野盗にしたのだ!」と大演説をぶって尊氏の心を動かすシーンは大感動です(左図)。尊氏を主役としてカッコよく描きつつ、庶民の観点から政治・戦争への批判を叫ばせるという、児童向けながらあなどれない社会派作品とみることもできるでしょう。


◎南北朝を大ダイジェスト

 この漫画、実質120ページぐらいしかありませんし、読みやすいように大ゴマが多用される傾向があるので内容的にはかなりのダイジェストになっています。それでもずいぶん読みやすいので小学生ぐらいには最適な南北朝入門書といえそうです。
 「太平記」の作者も出てくるだけに、内容もほぼ「太平記」に準拠しており、北条高時は完全にバカ殿暴君状態。楠木正成は 超人的な戦略家としてかなりカッコよく登場し、赤坂城攻防戦では高氏の目の前で知略を駆使した戦いぶりを披露、千早城攻防戦も大活躍で、これを目撃した小 島法師にネタを提供することになります。湊川へ出陣する前に足利軍を京へ入れ兵糧攻めにする作戦を提案、これが公家たちに退けられる場面もちゃんと描かれ ていて、「これはわたしに、死にに行けということ…」とつぶやくように抗議するカットもあります。湊川の戦いも大迫力で描かれていて、この漫画、どうしても子ども心には楠木正成のほうが印象に残るんですよね。
 一方の新田義貞はそのぶん割を食っちゃったようで、主役のライバルの割に出番が少ない。鎌倉攻めもいたって簡単に済まされており、稲村ケ崎の名シーンもないありさま(巻末解説でちょっとフォローしてますが)。顔もさえないキャラになっているのでほとんど記憶に残りません。壮絶な戦死シーンがちゃんと2ページで描かれていることが救いでしょうか。後醍醐天皇はさすがにそれよりはマシ、という感じですが…建武の新政開始で「手始めに北条のもっていた土地を分けよう。まず、わたしにがっぽり。きさきにも、やらなくちゃ」なんてセリフが妙に記憶に残ります(笑)。

 尊氏が主役であるだけに、祖父・家時の置文の一件は当然出てきます。また珍しいことに父・貞氏の臨終シーンが描かれており(高氏・直義がかなり若く書かれてるので元弘の乱よりずっと前になってるみたいですが)「たのむぞ高氏、父の願いをかなえてくれ、志を忘れるな!」と言い残される場面は、はるかのちの大河ドラマのシーンをほうふつとさせます。
  建武政権に反旗を翻した尊氏が出家騒動を起こす場面は残念ながらカット。一度は京を占領しながら北畠軍に敗北、九州まで逃げるくだりは劇的なのできっちり 描かれてます。ただ資料を読み間違ったのでしょうか、尊氏とわずかな家臣たちが九州の多々良浜に上陸してボロボロの姿で再起を誓うという場面が描かれ、多 々良浜合戦はカットされてしまっています。
 弟の足利直義、腹心の高師直も もちろん登場しますが、ページ数の都合もありあまり出番はありません。直義が小島法師から「太平記」の千早城攻防戦のくだりを読みきかされ「信じられん」 と怒るシーンがあるんですが、史実でも直義が「太平記」未完成版をチェックしたとされているのでそれをヒントにしたのかもしれません。直義と師直・尊氏が 相争う観応の擾乱は1〜2ページのダイジェストでまとめられてしまってますが、複雑極まる内乱だけに仕方がなかったところでしょう。尊氏が直義を毒殺する シーンは2コマ程度ながら描かれており、「兄の尊氏が殺した…そういう説もあります」というナレーションがつけられ、直義の遺体を尊氏が涙ながらに抱きあ げるカットが描かれています。

 漫画としてのしめくくりは前述のように盗賊・太郎丸を処刑しようとする尊氏が小島法師の説得を受けて処刑を中止(それでもムチ打ち百回の刑にする)する場面になっています。尊氏は記憶を取り戻した太郎丸に「どうかな、父親の仕事のあとをついでは?」と外国貿易の話をもちかけ、「平清盛がやりのこした仕事なんだ。わしのゆめの一つでもある」と語ります。作中明記はありませんがこれは「天竜寺船」のことを指しているんでしょう。孫の義満の時代の日明貿易も視野に入れたセリフとも思えます。尊氏の死までは描かれず、のちに孫の義満が南北朝を統一したこと、武家政権の勝利をつづってこの漫画は幕を閉じてます。

 なお、伊東章夫さんは大河ドラマ「太平記」放送時にポプラ社から発売された海城文也・著「足利尊氏と楠木正成-こども太平記」(1990)の挿絵も担当されていて、この漫画とはまるっきり違う「太平記」キャラたちを描いています。


◆おもな登場人物のお顔一覧◆
他の漫画との比較を目的に選出してるので、出番が多いのに選ばれなかった人やセリフもないのに選ばれてる人もいます。
皇族・公家
後醍醐天皇護良親王坊門清忠?北畠親房北畠顕家
北条・鎌倉幕府



北条高時


足利・北朝方

足利尊氏足利直義高師直足利貞氏千寿丸(足利義詮)
新田・楠木・南朝方



新田義貞楠木正成楠木正行
その他



小島法師太郎丸(少年期)太郎丸(青年期)



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