◎教育図書のコミック古典シリーズ この本は厳密には「マンガ」「コミック」とは言えないかもしれません。「コミックグラフィック」と銘打たれておりまして、巻末の説明によりますと
「コミックグラフィックは出版の世界に出現した、全く新しい分野。若者文化の「コミックス」(ストーリーマンガの分野)プラス「写真・グラフ」のことです」と
あるように、マンガに図版を加えた新表現ということです(右図参照)。もっともそういう表現は学習漫画のたぐいではとっくに登場してたと思いますし、実際
にこの本を読んでみても「全く新しい分野」とは全く思えないというのが率直な感想です。「コミックグラフィック」で「商標登録申請中」とありましたが、登
録されたのかどうか。
出版元を見ても分かるように、このシリーズは各家庭よりは学校や図書館といった施設で並べてもらおうという意図
が強い教育図書です。日本の古典文学を子供にも親しみやすいマンガで読んでもらおうという試みはいくつも例がありますが、1988年という段階ではかなり
早い企画だったのではという気がします。この「コミックグラフィック日本の古典」は全18巻構成で、有名どころの古典文学はだいたいおさえていますが、
「源氏物語」だけで3巻を占めているのが目を引きます。
さてこの「太平記」ですが、構成を担当しているのが
辻真先さ
ん。作家としても知られてますが、TVアニメ草創期からの名シナリオライターとしてアニメ史の生き証人となっていることで有名な方。このコミックグラ
フィックにどのように関わられたのかは判然としませんが、ページ配分やシナリオ原案などを手掛けられているのではないかな、と。128ページという少ない
ページ容量、B5版と大きめのサイズで写真資料なども挿入する本なので、きっちりとした構成が必要だったのではないかと思われます。
画を担当したのが
一峰大二さ
ん。この時点ですでに大ベテランであり、特撮ものの漫画版を多く手がけていた漫画家さんです。この方と「太平記」というのはずいぶん意外な組み合わせと思
うのですが、「織田信長の経済学」なんてマンガも手掛けておられるようですので、まぁ頼まれればなんでも書いちゃうということなんでしょう。余談ながら、
一峰さんは「怪盗ルパン」シリーズのコミック版も手掛けられており、
横山まさみち氏ともども「南北朝」と「ルパン」という僕の二大趣味(笑)の両方にかかわりをもつという偶然があります。
◎古典文学を親しみやすく 古典文学を子供に親しみやすく読んでもらおうという趣旨のシリーズですから、この「太平記」でも随所にそうした工夫が見られます。基本的には古典「太平記」の内容をほぼそのままなぞる形で進んで行くんですが、
後醍醐天皇が挙兵を決意し、
花山院師賢が
天皇の「影武者」として比叡山に入り、正体がバレてしまう展開はかなりコミカルに表現されています。楠木正成の神秘的な登場とその大活躍も古典のとおりで
すが、そのキャラデザインは湊川神社にある近代の大楠公木像をモデルにしたようで、かなり渋い。目も開けてくれません(笑)。後醍醐も正成を初めて見たと
き
「な なんと!!あんたが楠…風采のあがらぬ ただの田舎ザムライ…」などとガックリしてます。天皇が「あんた」とか言っちゃいけません(笑)。
もちろんその風采に似合わず正成は大活躍を見せてくれるわけですが、赤坂城攻防戦ではゲームよろしく黒子の審判がついていて、勝ち負け判定をするという楽
しい趣向があります(左図)。この漫画、合戦描写は割とリアルに凄惨な描き方をするので、ゲームっぽくしちゃうのは不謹慎という気もしなくはないのですが
(笑)。
赤坂城・千早城の攻防戦はカラーページを大きく割いて大迫力で描かれており、やはり「太平記」は楠木なんだなぁと思わされます。まぁ子供向け図書としても正成の知略を尽くしたゲリラ戦は素直に面白いですよね。
他の南北朝作品にもある傾向ですが、本書も鎌倉幕府打倒までが華でページを大きく割かれ、建武政権崩壊過程はダイジェスト状態。湊川の戦いも簡単に済まされてますが、さすがに正成と
正行の「桜井の別れ」には長いページが割かれ「泣かせる」演出となっていて、その後正行が四条畷で戦死したことが一足先に書かれています。
足利尊氏(高氏)はここでもあの「騎馬武者像」をもとにデザインされていて、最初からもとどりを切ったザンバラ髪状態。北条への反逆を決意して家族も連れて上洛しようとするくだりで、
「父上ーっ、わたしたちも一緒に連れてってくださるの?」「おう そうだよ そうだとも 母上もばあやもみな一緒にいくのだよ」な
んてマイホームパパっぷりを披露する場面もあります。ところでこのシーンで高氏の子供が二人描かれているのですが、片方は千寿王としてもう一人は竹若のつ
もりなのかな?二人の息子が蹴鞠で遊ぶ様子を見て「人質となるとこの子たちは殺されるかも…」と苦悩するなど割といい人っぽく描かれる高氏ですが、やはり
後半になると悪人ヅラの陰謀家の顔つきに描かれるようになっていきます。古典「太平記」がすでにそうだからという面もあるでしょうけどね。
新田義貞は
北条高時か
ら千早攻め出陣を命じられる場面で尊氏より先に登場しますが、なぜかこの漫画では千早攻めに行かないと本人が明言し、自ら葛城山中にもぐりこんで護良親王
から令旨を受けるという、かなり不自然な展開になっています。鎌倉攻めでは太刀を投げ込む古典「太平記」の名シーンはしっかりと描かれていましたが、藤島
の戦いでの戦死シーンでは眉間に矢が命中しても即死もせず、場所を変えて涙する家臣に付き添われながら切腹する描かれ方になっていたりします。
なお、この「コミックグラフィック」は新田義貞の戦死で事実上終わってしまいます。
勾当内侍のエピソードもしっかり入りますが、そのあとは後醍醐の死、そして足利氏の内紛などが簡単に語られ、最終ページで
足利義満の登場
(漫画ではなく肖像が登場)により三十年後にようやく平和がもたらされたと記してエンディングとなっています。
◆おもな登場人物のお顔一覧◆
皇族・公家 |
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後醍醐天皇 | 護良親王
| 日野俊基
| 阿野廉子
| 花山院師賢 |
北条・鎌倉幕府 |
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北条高時 |
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足利・北朝方 |
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足利尊氏 | 足利直義 |
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新田・楠木・南朝方 |
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楠木正成 | 楠木正季 | 楠木正行
| 新田義貞 | 勾当内侍 |