◎
児童向け古典まんがの「太平記」
南北朝時代を扱った学習漫画は、日本史シリーズで南北朝時代を扱うものと古典文学シリーズの中で「太平記」を扱ったものとに大別されますが、これは後者の
方。「小学上級以上」とあるように児童向けに変わりやすく古典の内容を紹介するシリーズです。この「太平記」が刊行されたのは1990年12月で、大河ド
ラマ「太平記」放送の直前であるのは偶然ではないでしょう。
漫画を担当したのは
森
藤よしひろさ
ん。学習漫画系を多く手掛けられている方なんですが、面白いことに集英社の「学習漫画日本の歴史」の1998年版でやはり南北朝時代を扱った巻を担当され
ています。そちらについてもこのコーナーで紹介しておりますが、同じ漫画家さんが古典「太平記」と南北朝時代史をどう描き分けているのかが見所です。
さてこの「くもん版太平記」ですが、もともと古典作品を児童に親しみやすく、という狙いの企画ですから、原作である古典「太平記」のストーリーに非常に忠
実です。言いかえればオリジナリティはほとんど見当たらず、また子供でも読みやすいようにと複雑な話は避け、上下にやや短いサイズのページに基本3段の大
きいコマ割り、大きめに描いたキャラで大筋の
展開を追いかけますから情報量もそう多くありません。
となると、「太平記」で児童向けにも分かりやすいところである鎌倉幕府打倒までがメインにならざるをえません。全部でおよそ140ページほどの漫画で、
そのうち90ページほどが鎌倉幕府滅亡までに割かれていて、
後醍醐天皇の
死が130ページあたり。そのあとの観応の擾乱のゴタゴタは10ページ程度で駆け足でまとめてだいだい尊氏の死のあたりまでが漫画化されています。
まぁそれでも古典「太平記」で昔から有名な「絵になる」場面は前半に集中していることも事実ですし、そういった有名どころの場面はおおむねきっちり網
羅しています。見せ場ではフルカラーページもあり、読みやすい作りにはなっています。
「太平記」
はとくに江戸時代に入って「太平記読み」という講談のルーツともいうべき職業があり、それによって人々に内容が親しまれた経緯があります。この漫画でもそ
の雰囲気を出そうと思ったようで
(そうし
ないとただの歴史学習漫画になっちゃうからでしょう)、オープニングとエンディングに江戸時代半ば
(「えどや」というお店があるのがわかりやすい)に
お坊さんが子どもたちを集めて「太平記」の話を聞かせる見開きカットが描かれて、本文内容をくるむ形になっています
(左図)。
◎
ずいぶん老けてる正成
下のおもな登場人物のお顔一覧を見ていただければお分かりでしょうが、児童向けを意識してキャラデザインはおおむね綺麗な顔立ちの人が多い。後醍醐天皇
や
護
良親王といった主役級皇族がたは非常に端正な顔立ちで、とくに護良親王は討幕の中心となる皇子様だけにヒーロー然としたお顔で
実際にヒーロー的に描かれます。もっとも建武政権期に入るとそれが堕落してしまいうという描写もちゃんとありますが。
主要人物のキャラデザインで男らしいカッコ良さで際立つのは
足利尊氏。
古典「太平記」の実質主役を尊氏にする漫画の例は他にもありますが、このくもん版は大河「太平記」直前ということもあってかなり意識してカッコよくしてる
んじゃないかな、という気もします。尊氏というとどうしてもあの「ザンバラ髪の騎馬武者像」のイメージが強く、この漫画でもそれを元にデザインしてます
が、髪を後ろに流すだけでなく軽くカールして短くまとめていて、ヒゲ面とあいまってなかなか男らしくカッコいい。しかし最初からこの髪型のせいか「もとど
り」を切った出家騒動は一切描かれません。
それとは対照的に
高
師直のキャラデザインは「悪役」そのもの。ハゲ、デブ、出っ歯の非常にだらけた顔の男として描かれるのはやはり古典準拠だから
でしょうか…ページ数がないんで深入りしてませんが、女性に恋文を渡そうとする1コマもあります
(もちろん「塩冶判官の妻」とのエピソードが元)。
いくさ上手であることは書かれてますが、戦場ではかぶともかぶらずハゲ頭に何か「輪」のようなものをつけている変な恰好で、
楠木正行と
の戦いではあわてふためくカットがあるなど、あんまりカッコよくないです。
キャラデザ
インの中で目立つのは、「太平記」でたいてい一番カッコよく描かれるはずの
楠木正成。
ご覧のとおり、一見老人かと思ってしまうほど老けた顔に描かれています。そりゃまぁ正成は生年不明、江戸時代以来なぜか戦死時42歳という年齢設定が横行
しましたが、息子たちの年を考えるとだいたいそのくらいかとは予想されます。老けやすかったと言われる昔のことだから40代もこんなかも、という意見もあ
るかもしれませんけど、それにしても他のキャラと比べて明らかに老け過ぎ。子供向けにも正成はカッコよく描いた方がウケがよいだろうに、と思うのですけ
ど。
正成が初登場するくだりは古典そのままに「南の木」の夢を後醍醐天皇が見て、という展開になってますが、笠置へ馳せ参じた正成の姿を見て、後醍醐は
(さぞかしりっぱな武士かと思ったが、ただのいなかざむらいではないか)と
ガッカリする描写があります
(右図)。
これ、古典「太平記」原文にはそんな記述はなく、この漫画では珍しいアレンジなのですが、そういう「一見みすぼらしい武将が実は名将」といったパターンを
踏襲したのではないかと
(実際小説類では
正成をみすぼらしい外見に描くことが多い)。そのために正成を風采を上がらない外見で描いたら老人みたいになっちゃった…とい
うことなのかもしれません。
すでに書きましたように、森藤さんはこの数年後に「日本の歴史」シリーズで南北朝時代を担当し、この漫画にも出てきたキャラの多くを再び登場させるのです
が、そのほとんどがデザインを一新しています。そのなかで正成だけはこの「太平記」と同じ「老人顔」なんですね。森藤さんのなかでは「正成の顔はこれ」と
確信があったのかもしれません。
本書では漫画以外の部分でも読みどころがあり、「けがの手当ては?」「首を取るのは武士の名誉」といったミニコラムがところどころにあり、児童読者の興
味をひく工夫もしています。南北朝時代には徒歩斬撃戦が多くなったために負傷の割合が増加、武士たちは染料の原料となる「紫根草」の粉末を血止めに使って
いた、なんてのは僕がこの本で初めて知った豆知識です。
◆
おもな登場人物のお顔一覧◆
皇族・公家 |
|
|
|
|
|
後
醍醐天皇 |
護
良親王 |
日
野資朝 |
日
野俊基 |
花
山院師賢 |
|
|
|
|
|
万
里小路藤房 |
光
巌天皇 |
坊門清忠 |
|
|
北条・
鎌倉幕府 |
|
|
|
|
|
北
条高時 |
|
|
|
|
足利・
北朝方 |
|
|
|
|
|
足
利尊氏 |
足
利直義
|
高
師直
|
赤
松円心 |
|
新田・
楠木・南朝方 |
|
|
|
|
|
楠
木正成 |
楠
木正行 |
楠
木正時
|
楠
木正季 |
新
田義貞 |