☆マンガで南北朝!!☆
岡村賢二・著/吉川英治・原作
「私本太平記」

(2006〜2008年、リイド社「COMIC乱TWINS」「戦国武将列伝」連載)


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◎「吉川太平記」初の劇画化

 説明の必要もないかもしれませんが、「COMIC乱」とはリイド社から発行されている時代劇専門月刊コミック誌です。リイド社の創業者であるさいとう・たかを氏による池波正太郎作品の劇画版の連載が看板となっていて、時代もの・歴史もの作品のみで構成されるというかなり異色の雑誌ですが、そこそこ軌道に乗ったんでしょうか(他社も似たようなの出してますし)、ほぼ同じ体裁の月刊兄弟誌「COMIC乱TWINS」も発行されるようになりました。その「TWINS」のほうに2006年末からいきなり始まって僕も驚かされたのが、この岡村賢二作画による劇画「私本太平記」です。

 「私本太平記」とは言うまでもなく南北朝時代を描いた吉川英治の晩年の大作。戦前においてはタブーともいえた足利尊氏をヒーローとして主役にすえ、戦前の「大忠臣」・楠木正成についても悪党・散所の長者といった当時の最新研究の成果も踏まえて「平和を愛する土豪」という新解釈で提示するなど意欲的な作品で、今なお南北朝小説では最大のスケールをもつ小説といっていいでしょう。大河ドラマ「太平記」の原作もこの小説です。
  その「吉川太平記」を劇画化する…とは思い切ったことをしたもんだとやっぱり思ってしまいます。南北朝時代は大河ドラマ化すら一度しかしておりませんし、 商売的に見れば明らかに鬼門。時代劇専門雑誌とはいえ、戦国・江戸・幕末を扱った作品が大半という実態で、あえて南北朝に挑むとは、と驚いたのです。大河 ドラマ放映時ならまだ分からないでもないですが…どういう経緯でこの企画が持ち上がったのか聞いてみたいもんです。

 劇画化をしている岡村賢二さんと いいますと、最近でこそ上杉謙信だの真田十勇士だのといった時代ものを書かれてますが、僕にはかつて少年サンデーに連載された「GOAL」ってトンデモ・ サッカー漫画が強烈に記憶に残ってます。知らん方は「爆裂消球」で検索かけてみてください。結構あちこちで話題になってますから(笑)。


◎ド迫力の絵で展開される「太平記」
 
 岡村さんの絵は昔からとにかくインパクトが強い。粘着系かつ炸裂系と申しましょうか(笑)、キャラクターのデザインはいずれも一度見たら忘れられないほど思い切ったデフォルメで濃い。中にはやりすぎと思うほど怪物めいた顔も出てきます(笑)。
 後醍醐天皇の初登場カットがもう怖くて怖くて…(汗)。笠置陥落で捕らわれてからヒゲが伸び(これは原作にもあり、大河も踏襲した)、それからはかえって穏やかな表情になった気もしますが、眼光は鋭いまま。原作にもあるシーンですが、佐々木道誉ですら初対面してその眼光の前にまいってしまうのも無理はない、と思うほど。
 その佐々木道誉のデザインも凄い。こちらはかなり妖怪めいてまして、なぜかマフラーをつけてる。その爬虫類的な姿は「エリマキトカゲ」を連想せざるを得ません。まさにヌエのごとく南北朝を生き抜くキャラにふさわしいデザインとも思えますが、ちとノリが軽い気も。
 北条高時大仏様みたいなお顔で…(笑)。原作ではそうでもないんですが、この劇画では典型的な悪役ヅラで、駄々をこねる幼児的な人物になってます。
 楠木正成も どうなることやらと思ってましたが、おおむね原作のイメージを岡村流に再現した形になってると思います。大河ドラマも参考に見たのは確実で、ちょっと武田 鉄矢が入ってる気もします(笑)。でも岡村流だけにかなり筋骨隆々。野生的たくましさを感じさせるデザインです。その影響か、正成以上に武将的イメージの ある弟・正季がおとなしそうな外見になっています。
 新田義貞は珍しく美形の優男キャラ。初登場シーンが女に膝枕してもらいながらでしたし、後日の勾当内侍との絡みで「色男」キャラにしたのかもしれません。逆に「皇子様」ということで美形に描かれることが多い護良親王は神がかった仁王様みたいな怖い顔になってしまいました(笑)。
 主役の尊氏(高氏)はというと、普通に美男子というところでしょう。ヒゲを生やしてからはかえって目立たない顔になっちゃった気もしますし、一見義貞と見分けがつかない(汗)。劇画のタッチのせいか、原作以上に男くさい野心家という印象もあります。

  さて岡村劇画の「濃さ」はキャラだけではありません。セリフや演技、背景にいたるまでとにかく派手でオーバーアクションです。よくあるのが登場人物の感情 が頂点まで昂ぶると周囲の空気までがゴゴゴゴゴ…と音をたて、風がわき起こるという描写です。さすが「爆裂消球」の作者だ、と思うばかりで、知らない人が 読むと超能力バトルをしているよう見えちゃうでしょう(笑)。


◎スピーディーな展開で原作を消化

  この文章を書いている2008年5月時点で、この「私本太平記」は連載17回をすぎ、次回の第18回で鎌倉陥落、幕府滅亡というスケジュールになってま す。単行本にして3冊ちょっとでここまで来ちゃうというのは物凄いスピードです。原作小説だってここまでで文庫本で4冊消化してまして、文章を劇画化した 場合は普通はその数倍のページ数がかかるもんです。岡村さんの絵は大ゴマが多いですから、なおさらスピーディーに展開しているのがわかるでしょう。やはり 月刊誌、しかも雑誌の性格上あんまりノンビリ構えてられず(あえて書きますがいつまでもつか、という危惧もありますし)、きちんと完結を目指してのスピード展開なのだと思われます。

  基本的には吉川英治の原作小説に忠実に劇画化しているのですが、カットするところは大胆にカットしてどんどん先へ行くのがこの作品の特徴。連載第1回の 50ページで青年・高氏の京訪問、佐々木道誉との出会い、鎌倉に帰って幽閉され、足利家と新田家の喧嘩…という流れが全部入っちゃってたから驚きです。そ れでもまさに「勢い」で読ませちゃうところが岡村流です。
 原作および大河ドラマだとこの道誉のところで高氏は美少女・藤夜叉と運命の一夜を共にして後の足利直冬を作っちゃうわけですが、この劇画の第一回では藤夜叉は登場はするものの問題のシーンをあっさりトバしてます。どうするんだ?と思ったらあとの章で回想として1ページでフォローするという仕掛け。一色右馬介の使い方は原作小説に完全に準拠してますが、原作にはあった阿新丸の仇討話はカット。その一方で日野俊基の愛人・小右京の話は道誉がからむためかしっかりと描くなど、原作エピソードの取捨選択が見どころでもあります。ただ、原作読んでない人はついてこれるかな…?

  吉川英治という大物の原作がついているせいもあってか、この劇画オリジナルな展開は今のところとくに見えてきません。まぁ絵だけでとてつもないインパクト があるので、その必要はないってことかもしれませんが…あえて挙げるなら佐々木道誉の存在感が、そのキャラデザインのせいもあってか原作小説や大河ドラマ とはまた違った強さがあり、道誉の目線で動乱を眺めるようなところがある…というあたりでしょうか。
 ともかくまだ連載中の作品なので、これから 建武政権とその崩壊をどう描いていくのか注目してます。吉川英治はもっと長大な構想をもちつつも体調のために湊川以降を大幅に圧縮して完結させているの で、この劇画がそれをフォローする形になってくれないかなぁ、という期待もあるのですけど、やっぱり湊川で実質終わっちゃうかな…?

<2012年4月追記>
  この劇画版「私本太平記」は第18回で鎌倉幕府の滅亡、第19回で建武の新政の混乱を慌ただしく描いて護良親王の失脚を描いたところで唐突に「連載終了」 となってしまいました。南北朝ファンとしては残念な限りなのですが、やっぱり南北朝では人気は取れず実質打ち切りということになっちゃったようです。 2008年のうちにその部分まで収録した単行本第4巻が発売されています。
 それでも一応の「けじめ」はつけるべき、ということだったんでしょう。2008年年末から「コミック乱」グループ誌のひとつ「戦国武将列伝」に掲載誌を移して連載が再開されました。「戦国」と冠する雑誌に移行するため「TWINS」の最終回も「南北朝動乱が戦国時代への潮流となる」という半ば無理やりなナレーションをつけてしめくくられましたし、さらに「列伝」の形式の雑誌に合わせて標題も「私本太平記・足利尊氏」とサブタイトル入りに変更されています。湊川の戦い前後は正成を中心としたため「私本太平記・楠木正成」として掲載されたこともあります。

 「戦国武将列伝」は隔月誌で、「私本太平記・第二部」は5回、8月号まで連載されました。
  第1回は中先代の乱から箱根・竹之下の戦いまで。第2回は尊氏の九州落ち、多々良浜の戦いまで。第3回は「楠木正成」がサブタイトルとなり湊川の戦いの前 夜まで。第4回が湊川の戦いから室町幕府成立まで。そして第5回で40ページ以上をかけて一気に観応の擾乱と尊氏の死までが描かれ、どうにか「有終の美」 を飾ることができました。ラストのナレーションが「足利尊氏が切り開いた新しい時代は、その後数百年にわたって受け継がれ、やがて戦国時代へと舞台を移して行くのである――」となってるあたりは、「しょせん南北朝って戦国の前哨戦程度の位置づけなのね」と悲しくなってしまうところではありましたが(涙)。
  原因が異なるとはいえ結果的に吉川英治の原作同様、湊川以降は大ダイジェストになってしまった本作。しかも連載の都合もあり冒頭から物凄いトバしぶりだっ たために結局は原作のダイジェスト漫画版という印象の作品になってしまいました。南北朝時代という不人気ジャンルに果敢にアタックした企画自体は大いに買 うものではありますが……最終的にはなんだか戦国ファンに媚びるような感じで終わってしまったのが残念です。

 おまけにこの「第二部」は単行本化されていません。リイド社雑誌の連載作品は一冊分ができあがると速攻で単行本が発行されるという傾向があるのですが、2009年8月に連載が終わった(一応206ページあるのでじゅうぶん一冊分ある)に も関わらず、2012年4月段階でも単行本化の動きがない。よっぽど読者の反応が悪かったんでしょうか…もしかして作者も編集部も「もう忘れたい」気分だ とか?つくづく不遇な作品です。このままだとせっかく詳しく描かれた箱根・竹之下、多々良浜、湊川の一連の戦いの描写がお蔵入りになってしまう恐れがあり ます。

◆おもな登場人物のお顔一覧◆

皇族・公家
後醍醐天皇護良親王日野資朝日野俊基阿野廉子




宗良親王万里小路藤房光厳天皇
北畠顕家
北条・鎌倉幕府



北条高時赤橋守時金沢貞顕
足利・北朝方


足利高氏(尊氏)足利直義
足利貞氏千寿王(足利義詮)赤橋登子
高師直一色右馬介藤夜叉足利直冬佐々木道誉
新田・楠木・南朝方
楠木正成楠木正季久子多聞丸(楠木正行)新田義貞

脇屋義助

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