◎大河ドラマタイアップ企画の教材漫画 これはつい最近まで存在に気付かなかった作品です。発行年を見ればお分かりのようにNHK大河ドラマ「太平記」放送時にタイアップ企画
(便乗ともいう)で
学習漫画の老舗・学研が「6年の学習」の教材特装版という形で発行した一冊です。学研にはすでに「まんが人物日本史」シリーズの伊東章夫さん作の漫画「足
利尊氏」が存在したわけですが、少々内容が物足りないと思ったのか、まったく新しく尊氏漫画を制作することにしたようです。なお、学研は「歴史群像」シ
リーズでも「戦乱南北朝」をすでに出していましたが、大河放映に合わせて特別版「ピクトリアル足利尊氏」全2冊を刊行するなど、かなり力を入れてました。
こんなこと、後にも先にもありませんから、やはりNHK大河の影響力は大なのであります。
「6年の学習」教材とうたいながら、実に
300ページを超える大ボリュームの本書は、第一部は「資料編」として巻頭カラーで大河「太平記」の足利市大オープンセットの紹介、そのあと南北朝時代の
年表や登場人物の簡単なプロフィールなどの解説があります。こういうところはいかにも「教材」ですね。
そして第二部がメインとなる
「まんが太平記」です。漫画を担当されたのはやはり学研の学習漫画常連のお一人であった
田中正雄さ
ん。「漫画少年」から活動していたという大ベテランで、この当時でもやや古風に思える絵柄ではありましたが落ち着いた品のある画風が子供心にも安心して読
める空気を醸し出していました。歴史物では学研の人物シリーズの「源頼朝」を僕も読んだことがありました。ちと頼朝を無理やりな美化
(義経も美化しちゃってるので)に難を感じたこともありますけどね。
この「まんが太平記」、最近になって初めて読みとおしたのですが、大変な力作です。なんといっても290ページの大ボリューム。大河ドラマとのタイアップ
だったからこそ実現した、学習漫画としては異例の長編です。サブタイトルにあるように大河に合わせてあくまで足利尊氏を主人公としていますが、「まんが太
平記」と銘打ったように伝記漫画というわけでもなく南北朝通史漫画という位置づけもできます。だって尊氏の死後、南北朝合体までちゃんと描いちゃってます
から。
失礼ながら予想外に本格的な内容で驚いたのですが、監修・指導に佐藤和彦さん、錦昭江さんといった鎌倉・南北朝史研究家がしっかりついて
ることも一因かもしれません。当時は大河で初の南北朝ということで、南北朝専門家の皆さんがかなりハシャいでいた覚えもありますし、力が入ったんじゃない
でしょうか(笑)。
◎又太郎くんはやさしいお兄ちゃん! この漫画の2色カラーの冒頭は、少年
又太郎(のちの尊氏)が鎌倉の町を馬に乗って進んでいるシーンから始まります。凛々しい少年武者の尊氏が何かにあっと驚き、ページをめくるといきなり2ページ見開きで、美少女が猛犬に襲われている場面になります。もちろんこの猛犬は
北条高時の闘犬用の「お犬様」というわけで、誰も止めやしません。そこへ美少年武者・又太郎が駆けつけ、美少女を救います。又太郎の凛々しい成長ぶりに守役の老臣・
早川多門(この漫画のオリジナルキャラ)は「家時さまの置文」のことを思わず口走り、又太郎にそれは何だと問い詰められますが、それは貞氏の臨終場面までおあずけとなります。
又太郎が館に帰ってくると、いきなり一人の少年が
「ずるいぞっ」と声をあげて竹刀で又太郎に殴りかかってきます。
「何をする、次郎」と太刀で受け止める又太郎。そう!この次郎くんがのちの
足利直義なのであります!直義の幼名は不明で、大河ドラマでも兄が又太郎なのに弟が直義と呼ばれるという変な少年時代が描かれてしまったのですが、この漫画は「次郎」にすることであっさり解決。
「兄上はわたしを一人ぼっちにして、いなくなっちゃうんだもん」とスネる次郎に
「次郎はかぜをひいてるんだから、おとなしくねてなくちゃいけないだろう」と諭す又太郎、実は弟のためによく効く薬草を取りに出かけていたのでありました。
「兄上は、いつも次郎のことを思っていてくれてるのだ」と内心感激する次郎くん。
「ありがたいけど…苦いっ」と言いつつ薬を飲む次郎に
「文句を言わずに早く飲め。元気になってこの鎌倉の野山をかけめぐろうぞ」と優しく言う又太郎兄さん。田中正雄さんの優しい絵柄もあいまって、足利兄弟ファンならメロメロになりそうな(笑)微笑ましいやりとりが強烈に印象に残ります(左図)。もちろんこれも後年の悲劇の伏線となっているわけですが…
このあと又太郎は
北条高時と面会することになりますが、そこで先の話ながら縁談の話題が出ます。もちろん守時の妹・
登子と
の縁談なのですが、ここで高時が「登子はもうお前を知っているぞ」と言い出します。なんと冒頭のシーンで又太郎に救われた美少女が登子さんだったのであり
ます!これには完全に意表を突かれました。もっともこれだけ劇的な出会いにしておいて、その後登子の出番はあまりないんですね。下の顔画像が少女顔なのは
それが原因です。ところで大河ドラマの設定の影響でしょうか、北条高時がこの手の漫画としては珍しく穏やかな「いいひと」っぽく描かれてまして、足利をい
じめる悪役回りは
長崎高資が担当する形になってます。
少年時代にページを割くのは児童向け伝記漫画の定番手法でありましょう。しかしその間にも
後醍醐天皇の登場と皇室分裂・討幕計画の展開が描かれていきます。なお、この漫画は「太平記」の作者・
小島法師とその聞き手の少年
(名前なし)が
物語の進行役をつとめる形になっていて、複雑な歴史背景もなかなかわかりやすく説明してくれています。後醍醐天皇が米価高騰対策として「金持ちがたくわえ
た米を安く売らせる」政策を行う描写がありますが、この漫画では後醍醐に命じられた役人たちが金持ちの蔵から米をほとんど略奪のように持ち去る描写になっ
ていて、
「理想としても、これはどうも無理がありそうですな」と小島法師に批判的に語らせています。
楠木正成の登場はわりと早く、元弘の乱の前に
日野俊基が山伏に変装して正成と接触していたことになっています。やがて元弘の乱が勃発、史実通りこのとき高氏の父・
貞氏が亡くなり
(ただし場所は下野・足利荘)、そのまぎわに「家時の置文」を読まされるという展開も描かれます。笠置山に続き赤坂城攻防戦では高氏も参加していたことになっていて
(そうしてる漫画が多いのですが、大河でも描かれたように伊賀方面を掃討していたのが史実のようです)、正成のゲリラ戦模様は「太平記」にのっとって面白おかしく語られます。赤坂城を三十万の軍勢が囲んだ…と「太平記」が書いてることに、進行役の少年が「ほんと?」とツッコミを入れると、小島法師が
「気にしない、気にしない、大げさな方が面白いじゃないか」と答えます(笑)。この「太平記」名物ともいえる誇張表現に、いちいちツッコミを入れるギャグはこの漫画中何度か繰り返されます。
やがて高氏も倒幕の挙兵をし、
新田義貞も挙兵して鎌倉幕府は一気に滅びます。義貞は主人公のライバルのためか、この漫画ではキツネ目の悪役ヅラになってます
(下のキャラ画像参照)。序盤以来出番がなかった守役の早坂多門は
千寿王(義詮)を連れて鎌倉を脱出、義貞のもとへ合流する役目を果たしています。
◎南北朝の後半・終盤もバッチリ 建武の新政から尊氏の二度目の挙兵までは淡々と進んでいく印象で、とくに目立つところはありません。ビジュアル的に目を引くのは
護良親王が古代の「みずら」の髪型になっていること、
阿野廉子が
江戸時代ごろの宮中女官(?)みたいな髪型になってることでしょう。髪型の考証は僕も素人ですので自信はないのですが、この時代にはどちらの髪型もなかっ
たんじゃないかなぁ…?髪型といえば尊氏の寺ごもりと「一束切り」の場面もあり、そこで進行役の少年が「一束切りってなーに?」と聞き、小島法師が図解入
りで丁寧に説明してくれるところが嬉しい。要するに髪の毛を手で一つかみして切る、ということ。実は今まで僕も具体的なイメージはいま一つだったんで助か
りました(笑)。
尊氏の京都占領と敗北、赤松円心と合流して院宣を受ける手はずをとり、九州まで落ちて多々良浜で逆転、水陸から東上…
という展開もわりと淡々。湊川の戦いをまえに正成が「京へ足利軍を入れて兵糧攻め」という例の作戦案を奏上してますが、そのあとに「足利との和睦」も一緒
に提案して拒絶される、という展開はこの漫画オリジナルですが、偶然なのか大河ドラマもほぼ同様の展開になっていました。
お約束で桜井の別れが描かれ、いよいよ湊川の合戦。戦場へ向かう尊氏が
「我らが和田岬への上陸を、新田も武将なら一応は読んでいよう。我らはその裏をかくがごとくして、またその裏をかく」と言いますと、
「ええっ何を言ってるのかわかんないよ」とごもっともな兵士のツッコミが(笑)。ともあれ新田軍はまんまとその作戦にはまり、正成は壮烈な戦死を遂げます。逃げる新田軍に
「義貞さんは戦うよりにげるほうが得意みたいだね」「こんな時のためにジョギングやってたんだ」と足利兵たちが散々な言いようで、ここでも義貞は「戦下手」のレッテルを貼られちゃってます。
このあとは南北朝動乱に突入、さすがに駆け足状態になってきますが、重要な史実の展開はほとんど落とさないところがエライ。
北畠顕家の戦死が描かれるのは当然ですが、その直前に書かれた彼の後醍醐批判の諫奏文の内容が大きく取り上げらてているのは珍しいです。義貞の戦死、後醍醐の死、それを慰霊する天竜寺建立、それからしばらく間をおいて
楠木正行の活躍と戦死、彼を倒した
高師直の横暴がほぼ「太平記」のままに描かれ
(さすがに塩冶判官の一件はなかったな)、物語は観応の擾乱に突入していきます。
さすがに大人にすら難解な展開の観応の擾乱、子ども向けに説明するのは苦労しています。ただ学習漫画のいいところで、ストーリーを語るだけでなく「図解」
という手法でなんとか説明しちゃってます。高兄弟の軍勢が尊氏邸を包囲するなか尊氏・直義兄弟が対話する場面もありましたが、さすがに定説のように「尊氏
の自作自演」という説はとってません。
師直兄弟の暗殺、そして尊氏・直義ふたたび対決、という展開はサクッとまとめてはありますが、それなりにちゃんと南朝・赤松・佐々木それぞれの動きをふまえて説明しています。そして直義を降伏させ鎌倉にはいった尊氏に、尊氏の三男・
基氏(12歳)が
「おじ上となんとか仲直りしてください」と意見する場面があります。
「そなたはやさしいのう…」と言いつつ尊氏は、一緒に鎌倉や足利を馬で駆けた少年時代の直義の姿を思い浮かべ、
「そのやさしい気持ちをいつまでも忘れぬようにのう。だが わたしと直義の間はもうおそいのだ」と目を潤ませる…このコマ、まさに感動の名カットです(右図)。このあと直義が突然死んだこと、黄疸と発表されたが毒殺のうわさもある…と小島法師が「太平記」そのまんまに
(そりゃ作者ですから)語ります。聞き手の少年も
「武将って悲しいね」としみじみと言います。
このあと正平の一統と南朝軍の約束破りの京都突入とあっという間の奪回が描かれ、ようやく
佐々木道誉がその展開の立役者として登場します。ここまで全然出てこなかったのに急に重要人物扱いで登場、出家姿ではなく俗体で描かれてるところから、やはりNHK大河で重要キャラだからと後から出すことにしたんじゃないかと推測してます。
急に出てくるといえば
足利直冬も同様。まぁ子ども向けには「登子以外の女性との間に産まれた子」というあたりでサラッと説明するしかないでしょう。それでも尊氏と直冬の戦いをしっかり描くのは子ども向けとしては異例です。
「父である将軍をせめるのは心苦しい」と直冬が書いた願文を紹介し、
「直冬も悲しかったのじゃろう」と小島法師に語らせています。そしてその直後に尊氏の死が意外にあっさりとナレーションで語られています。
それでも「まんが太平記」は終わらない。義詮時代の南北朝の戦いも意外にしっかり描かれていて、
細川清氏が反乱をおこして南朝に降伏、
楠木正儀が
「京都を占領しても短期間しかもちませんよ」と意見してその通りになる展開も漫画化されてます。そこまでやるんなら正儀が道誉邸に入ったエピソードもやってほしかったところですが、さすがにそこまでの余裕はなかったようで。
義詮が
細川頼之に
義満を託して死に、「太平記」の内容はここで終わっちゃうんですが、
「この後どうなるか、もう少し続けることにしよう」と
小島法師が話を続けます。細川頼之の政治と義満の教育、頼之から声をかけられた正儀の北朝降伏、花の御所の建設、攻略の政変による頼之失脚とその復活、そ
してついに南北朝合体がなるところまで、かなり簡潔にはなってますが触れられることすら珍しい南北朝終盤戦をしっかり描き、金閣と義満・尊氏の姿を描いた
カットで「まんが太平記」は幕を閉じます。
漫画部分だけで290ページ。その合間合間に「歴史おもしろコーナー」という読み物をはさん
で、この時代をより深く知ることができるようになってます。続く第三部は「Q&A早わかり歴史入門」と題してよりディープな解説が読めるようになってい
て、こうしたいたれりつくせりな内容はさすが学研と言いたいところ。
◆おもな登場人物のお顔一覧◆
皇族・公家 |
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後醍醐天皇 | 護良親王 | 日野資朝 | 日野俊基 | 阿野廉子 |
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後村上天皇 | 光巌天皇 | 北畠親房 | 北畠顕家 | 長慶天皇 |
| | | | |
後亀山天皇 | | | | |
北条・鎌倉幕府 |
| | | | |
北条高時 | 赤橋守時 | 長崎高資 | | |
足利・北朝方 |
|
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| | |
足利尊氏 | 足利直義
| 足利貞氏
| 足利義詮 | 足利義満 |
| | | | |
赤橋登子 | 早川多門 | 足利直冬 | 高師直 | 高師泰 |
| | | | |
佐々木道誉 | 赤松円心 | 細川頼之 | 細川清氏 | |
新田・楠木・南朝方 | その他 |
| |
| | |
楠木正成 | 楠木正行 | 楠木正儀
| 新田義貞 | 小島法師 |