◎「漫画ゴラク」が南北朝をやると…こうなる!? 日本文芸社といえば「漫画ゴラク」。この
「劇画・足利尊氏」も同社の「ゴラク・コミックス」の一冊として刊行されています。「漫画ゴラク」に連載されたわけではないようで
(未確認ですが)、1991年1月10日という発行日を見る限り、明白な大河ドラマ便乗企画の一冊として大急ぎで制作されたように思えます。内容的にもその「大急ぎ」っぷりが目に浮かぶ出来でして…。
だいたい
「永井豪・監修」と大きく銘打ってる時点でかなり変(笑)。永井先生がどのように関わったのか全く不明ですが、巻末に前年12月に書いたという
「時代の申し子、足利尊氏」という永井先生のコラムが載っています。そこでは尊氏がこの時代でとくに傑出した人物とは思えないと書きつつ、
「しかし、尊氏が彼らと一つだけ違っていたのは、彼が強烈な信念を持っていたことだと思う」とし、
「たとえば、日本の長い歴史の中で、天皇にたいして反旗をひるがえした者が、足利尊氏以外にいただろうか?否、である。(中略)この時代の価値観からすれば、明らかに常軌をいっした行為であり、文字通り神をも恐れぬ態度といえよう。しかし、人々は尊氏に従った。いかに尊氏に人望が集まったかということである。それは尊氏にカリスマ性があり、魅力があったからに他ならない。(中略)信念のもとに圧倒的なパワーによって行動するとき、人々は彼に神以上のなにかを見たのだろう。人が事をなすとき、もっとも必要なものは知恵や武器の多寡よりも、パワーと人望であるということなのだ」となかなか熱い「尊氏論」を展開していらっしゃいます。尊氏の理解不能な言動を知る南北朝マニアとしてはそこまで持ちあげなくても、と思っちゃうところですが、本の趣旨上、尊氏を「時代のヒーロー」として読者に紹介するためにいろんな言葉を駆使してるように思われます。
このコラムには
永井先生サイン入りの尊氏像という実に貴重なイラストが掲載されておりますが(右図)、その姿はまさに神をも恐れぬデビルマン的尊氏(爆)。失礼ながらこれも大急ぎで書いたらしく
(下書きもしてなさそう)、かなり荒い絵なのが残念。
しかしもっと問題なのは、どうも永井先生、このコラムを「劇画・足利尊氏」の内容を読んでから書いたとはおよそ思えないことです。劇画の内容については下
記で紹介しますが、神をも恐れぬとか強い信念だとかとは程遠い内容でありまして…実質「名義貸し」だったんでしょうね、これは。そういうビッグネームのお
墨付きがないと売れないと判断したか。
そもそも「南北朝」は長い不遇もたたって、歴史ファンでもよく実態を知らない人が多く、毎年の大
河ドラマに便乗本を出す出版業界も「太平記」のときは明らかに困惑しているフシがありました。主人公の尊氏からして「成功者」とはあまり言い難いですし、
といって悲劇のヒーローとするのもどうかという人です。専門家ですら理解不能と投げ出すような複雑怪奇な人なので本を売る側からするとやりにくくてしょう
がなかったと思われます。
で、日本文芸社としては便乗コミックで「尊氏」やるぞ!と決めちゃってから、どうしたものかと困っちゃったんじゃない
かと(笑)。尊氏の伝記を一冊のマンガ単行本にまとめる企画にそもそも無理があります。しかもあの「漫画ゴラク」の編集部が作るわけですから、成人向け熱
血マンガのノリにならざるを得ない(笑)。その結果、なんともツッコミどころ満載の珍品南北朝漫画が世に送り出されることになってしまったわけです。
◎前代未聞の「南北朝学園ドラマ」 序盤はいいんですよ、
足利家時の切腹から始まり、高氏の誕生、青年に成長した高氏が鎌倉へ行って
北条高時(次期執権候補と紹介される)に会って北条氏の腐敗を実感、武蔵野の平原を馬で走るうち新田義貞とも知りあい、その家格コンプレックスを知るといった序盤の展開は尊氏ドラマの定番の流れではあります。ところが父・
貞氏から「京都学問所」へ行って勉強してこい、といわれるあたりから変な空気が流れ始めます。京にいる貞氏の従兄弟・
足利朝友という人物
(まるっきりの架空人物でしょう)の家に高氏は下宿することになるんですが、江戸時代風のボロ長屋に「足利朝友」なんて表札をかけてる冴えない謎のオジサンなんです。ここで高氏は
「京都学問所」というのが全国の秀才が集まる超難関校で、ちゃんと入学試験もあることを聞き愕然とします(笑)。体育会系の高氏は必死に勉強して試験会場に赴きますが、そこには河内の
楠木正成くん、上野の
新田義貞くん、京の
日野資朝の娘・
日野紫さんといった受験生が来ています。試験は正成・紫が満点合格、義貞も合格、高氏はハナからあきらめてましたが一問差でかろうじて合格。
かくしてこの四人の学園ドラマが開始されるわけです(爆)。この時代としては画期的にも
男女共学で
して、男3人に女1人の状態ですから微妙な三角だか四角だかのラブコメ風味もあり、なかなかしっかり学園青春ドラマしています(笑)。授業についていけず
上の空の高氏に紫が答えをささやいてくれたり、家が貧しいので学費が続かずさっさと故郷に帰ってしまう義貞、秀才で二枚目の正成と美少女・紫が二人だけで
会っている気配を察して
悶々と部屋にひきこもる高氏とか知られざるドラマ(笑)が展開されていきますが、実は紫と正成は
後醍醐天皇の倒幕の密議に参加していたという話になっていきます。この密議に高氏までが参加してしまい、後醍醐天皇ともここで顔を合わせます。この展開は大河ドラマの筋を参考にしているフシがありますが、漫画自体のノリは1960〜70年代の学生運動っぽい感じです。
「試験前にもいった事だが 俺の考えは今の幕府には不満だ。誰が政治を行うとしても一部の人だけが利益を得る政治ではいけない。武士の世ではいけないのかも知れない」と高氏に持論を述べる学生運動家・正成もすごいですが、その話を聞きとがめて尋問してくる六波羅探題の密偵をブチのめした高氏が
「その汚い顔をどかせよ。六波羅探題だとかいって偉ぶるんじゃねえ!」とタンカを切るのもまさに熱血学園漫画。とても良い家のお坊ちゃんのセリフとは思えません(笑)。
高氏が鎌倉に帰るとさっそく高時にいじめられ、憤然とする高氏を父・貞氏は足利館のある一室に連れて行きます。開かずの間となっていたその部屋は祖父・家
時が切腹した部屋で床にはそのまま血の跡が。ここで例の置き文を読んだ高氏は自らに課せられた使命を悟る…とまぁ、この辺は吉川英治とおんなじですね。
一方同窓生の正成と紫は学生運動家から反政府活動家へと成長(笑)、
文観らとともに倒幕活動を進めますが、密告により失敗して文観は逮捕され、彼らはあさま山荘…もとい、赤坂城にたてこもります
(ギャグとして書きましたが、どうも作者も70年安保を意識して書いてる気がしてきます)。
この赤坂城攻略を同窓生だからという理由で高氏が命じられるんですが、高氏は正成をわざと見逃します。学園ドラマにページを割いたせいで残りのページが足
りないことに作者も気づいたのか(笑)、この辺から話の展開が急にあわただしくなり、ナレーションを多用した紙芝居状態のページが多くなります。
その後千早城の戦いが行われ、またまた高氏が出陣を命じられる。この漫画ではなぜか丹波篠村に正成と
千種忠顕が来ており、尊氏は
「俺は幕府を倒すためにお前の所にやって来た」と同窓生の正成・紫と熱い握手を交わして一緒に六波羅攻撃に向かっちゃいます。そして高氏から連絡を受けたもう一人の同窓生・義貞が挙兵して鎌倉を攻め落とす。高時は
「この鎌倉がこんなに簡単に滅ぶものか…うそだ うそだ〜」と言いながら半分気がおかしくなって自害していきます。
◎同窓生の直接対決!
この漫画、350ページほどなのですが、幕府滅亡までで300ページ使っちゃいました。その300ページのうち3分の1ぐらいは京都学問所の学園ドラマに
使っちゃってますから、終盤にいくにつれ慌ただしさが増していきます(笑)。残り50ページで尊氏の死までいくなんて誰が思うでしょう?
建武の新政が始まり、同窓生4人は久々に集まって旧交を温めてましたが、次のページでは早くも新政崩壊。関東で挙兵することになった尊氏は自らの髪を斬り捨て、
「よく聞け!この髪は俺の過去だ!だが今からの俺は、武士の棟梁となる!」と、あのザンバラ髪スタイルになるわけです。この漫画の尊氏はずっと烏帽子をかぶらず、ロングヘアを後ろで束ねているだけという個性的髪型だったんですが、この場面のためだったのね、と読者はようやく納得するわけです(笑)。
それからわずか3ページで尊氏の京都占領と九州への敗走、今度は東上という展開が文字情報ばかりで説明され、話はいきなり湊川のクライマックスへ。正成は
例の作戦案ではなく尊氏との和議を後醍醐に進言しますが当然退けられ、義貞と一緒に湊川へ出陣。死を覚悟した正成は義貞を逃がして、雨の中足利本陣へ突入
していきます。
「尊氏どこだ〜!」と叫ぶ正成を発見した尊氏は
「その男を斬るな!」と命じますが、正成はかまわず尊氏に直接斬りかかります。直接刃を交え、
「尊氏 いつかはこうなると思っていた!」「正成!」と声をかわす二人でしたが、空気の読めない兵士の一人が正成に背中から斬りつけます。
「尊氏…こんなふうになってしまったが 俺は俺は…お前と会えて嬉しかった…さらばだ、尊氏!」などと一昔前の少年ジ●ンプ風味なセリフを吐いて、正成は自刃してしまいます。涙して正成を抱きかかえる尊氏でありました。
そのあとのことはあっさりと1ページで説明され、いきなり話は最終章
「終焉」。死の床に伏した尊氏がやおら老いた肌を露出し
「正成は自分を斬って死んだ!だが俺は自分を斬れずにこの愚体をさらして死ぬのだ!」などと言ったりします。そして武蔵野を馬で駆けた青年時代を思い浮かべながら息絶えます。それから間もなく夏の武蔵野を尼となった紫が旅し、「尊氏さまもここを馬で駆けたのですね」と懐かしげにつぶやき、真夏の青空に
「足利尊氏、楠木正成、そして新田義貞。友情の中で互いの立場の違いで闘い、そして死んでいった。しかし三人の心はきっと、高い空のように澄みわたっていたはずである…」というナレーションがかぶさって「完」となります。
無茶というしかない学園ドラマ方式ですが、この構想で2〜3巻ぐらいあればなかなか熱いドラマとして読めた気はします。絵も端正で読みやすいのは確かです
(ただ合戦シーンやアクションシーンがぎこちない)。なお、この桜井和生・たかださだお両氏のコンビは同じ日本文芸社の歴史コミックシリーズで「織田信長」も書かれているようです。未読ですがノリが同じなのか興味のあるところですね。
◆おもな登場人物のお顔一覧◆
他の漫画との比較を目的に選出してるので、出番が多いのに選ばれなかった人やセリフもないのに選ばれてる人もいます。
皇族・公家 |
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後醍醐天皇 | 日野資朝 | 日野紫 | 文観 | 千種忠顕
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北条・鎌倉幕府 |
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北条高時 | 長崎高資? |
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足利・北朝方 |
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足利尊氏 | 足利貞氏 | 足利家時 | 足利朝友 | |
新田・楠木・南朝方 |
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楠木正成 | 新田義貞 |
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